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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
33/60

異域(いいき)

 

 包帯少女の咳き込む姿に、鈴子はハッと息を呑み込んだ。

 

 鬼道(きどう)が開く前日、自分の夢に必ず現れていた、自分と同じ顔をした、もう1人の自分────ただし、もう1人の自分は体のあちこちに包帯が巻かれていて、しきりに(せき)込んでいた。


「ふふ、ようやく気が付いた?夢の中で会っていたもう1人のあなたは、私だよ」


「ウソ……」

 

 鈴子は、しきりに首を振った。


「あなたが、私のお姉さんだっていうのも本当はウソなんでしょう?」

 

 震える声で、自分自身の言葉に(すが)ろうとする。


「だって私…私、そんなこと一度も聞かされたこと無かった……」

 

 その弱々しい訴えを、「姉」を名乗る少女は鼻先で(わら)った。


「はん、コイツにぃ?」

 

 そう言うなり、さっきまで大事そうに抱えていた人形を、足の先で蹴飛ばす。

 

 鈴子は、自分がさっきまで祖父だと思い込んでいた人形を見て、強い眩暈(めまい)を覚えた。

 

 季武(すえたけ)が、倒れそうな鈴子を抱きとめる。


「この家の人達はね、最初から『お姫様』を矢面に立たせるつもりなんて無かったってことです……」


「季武さん……」


鬼道(きどう)が開く前日の夜、眠っている君は、こっそりと、あるもの(・・・・)を注射されていたんですよ」

 

 慰めているかのような口調だったが、季武の言葉に、鈴子の顔はみるみると青ざめてゆく。

 

 それを無視するように、季武は続けた。


「すなわち────お姉さんの、血を」

 

 あまりの事のおぞましさに、皐月(さつき)(むすび)が、この場にいる「(みなもと)(せい)の男2人に、嫌悪に満ちた視線を向けた。

 

 2人の男────源征一郎(せいいちろう)と源弥三郎(やさぶろう)は、その視線に一瞬だけたじろいだ。

 

 弥三郎のほうが、弾かれたように慌てて取り繕う。


「こ、これは、何もワシらが始めたことでは無い!」

 

 必死さが、口調と表情、そして身振り手振りを通して、露骨なくらいに伝わってくる。

 

 それとは対照的に、もう1人の伯父────源征一郎は、開き直ったように落ち着いていた。「そうだ」と、堂々と口にする。


「すでに儂らの代では、普通に行なわれていた事だった」

 

 自分の声に、一段と力を込める。

 

 伯父たちの弁解に、季武は苦笑────というか失笑し、皐月はますます嫌悪の色を濃くし、結は眉をひそめて、下唇を噛みながら下を向いた。

 

 周りを取り巻く黒服の男達のみが、基本的に無関心だった。


 彼等にしてみたら、雇い主と、その身内たちが、よくわからない理由で内輪モメを始めたくらいにしか思えない。


「本当、誰が最初に、こんなやり方を考えついたんでしょうね?でも、このやり方で確かに鬼は騙されたんです。『姫君』でも何でもない鈴子ちゃんを、自分たちが切望し、探し求めるお姫様だと、奴等は都合よく勘違いした……。わざわざ鬼道の開く場所で奴等を迎え撃っていたのも、要するに、奴等に先に鈴子ちゃんのほうを見つけさせるためです」

 

 季武が喋るのを止めると、誰も、何も喋ろうとはしなかった。


 皆、それぞれにそれぞれの表情で、率直に感情を表している。ちなみに源家の伯父2人が、いちばん不愉快そうな顔をしているのが季武には傑作だった。

 

 鈴子が、ボロボロと涙を流してその場に座り込んだ。耐え切れないというように、耳を塞ぐ。

 

 「姉」が、そんな「妹」の顔を覗き込むように、顔を近づけた。注射跡が青アザのように内出血している鈴子の腕に、一瞬だけ脇目をふる。


「私の血を注射するとね、しばらくの間、私との間に『チャンネル』が開かれるらしいのよ。だから、私とあなたは夢の中でお話しが出来たってわけ。それに、注射した後、数日くらいなら私と同じように見えるんだってさ。『奴等』が」

 

 鈴子が、涙に滲む目で姉のほうを見返す。


「夢の中のあなたが……私と同じ顔をしていたのは、なぜ?」

 

 問う声も、ボロボロの涙声だ。

 

「姫君」は、可笑(おか)しさをこらえていると分かる表情で言った。


「ああ、それは多分…あんた、私のことを何も知らなかったでしょう?だから自分で、私の顔を自分と同じにしちゃったのね。ま、あんたの夢の中だしね」

 

 ケラケラと笑いこそしなかったものの、そんな口調である。


「ついでに言うと、鬼たちに『形』を与えているのも私。私がアイツらに形を与えてやることで、あいつらに、その『形』に沿った動きしか出来なくさせているのよ」

 

 これは私だけの特権なの、と自慢するように言い添えると、本当の姫は短く笑った。

 

 その時、突然、夜の(とばり)の奥から声が聞こえた。


「スエタケ……」

 

 (にご)り無く澄んではいるが、感情というものが全く伝わってはこない声だ。

 

 居並ぶ者たち全員が、虚を()かれたように声のほうを見た。


「いい加減にしろ。不用意に、ペラペラと……」

 

 そう言いながら、抑揚の無い声の主が闇の奥から姿を現わす。

 

 現れたのは、古い感じのセーラー服に身を包んだ、中学生くらいの少女だった。

 

 オカッパに近い髪型に、これまた古めかしい、赤い結紐(リボン)を結んでいる。その声と同様、少女の顔には、表情と呼べるものがまるで無い。この少女は、特に季武のことを見ているふうでも無かった。

 

 鬼丸(おにまる)国綱(くにつな)……と、2人の源家の伯父達のうちの、どちらかが口にした。

 

 それは、渡辺家の家宝である鬼殺しの剣の名称であった。


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