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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
32/60

偽りの隙間から…


 (みなもと)鈴子(すずこ)を囮として、寄ってくる鬼を迎撃する。

 

 その最終防衛ラインを築く場所として選ばれたのは、つい最近、皐月とカエル男が大立ち回りを演じた、あの中庭である。

 

 中庭といっても、一般的な学校の校庭くらいの広さがある。

 

 当初は、出入り口が一つしか無い屋内で迎え撃つべきでは?との声もあったが、巨大な鬼が離れを倒壊させたばかりということもあって、屋外での迎撃が決まったのである。

 

 鬼の接近によるエネルギーストップを考慮に入れて、中庭の各所には、松明(たいまつ)による篝火(かがりび)が焚かれている。

 

 まさに、平安時代そのままの迎撃態勢である。

 

 突然「奥内様(おくないさま)」こと源家当主が、自分を抱いている女の子の、長いお下げ髪を引っ張った。

 

 顔を近付けてきた女の子に、ボソボソと耳打ちする。

 

 その光景に、皐月(さつき)はゾクリと鳥肌を立てた。


「奥内様は────」

 

 抑揚(よくよう)の乏しい声で、女の子が当主の言葉をしゃべり始める。

 

 この女の子が当主の言葉を代弁するのは、源家ではおなじみ(・・・・)の光景だ。


「なかなか敵が来なくて、退屈だと仰せです…あっ」

 

 容赦のない、平手打ちがとんだ。

 

 どうやら当主の言いたかった事と、少女が口にした内容とには、多少のズレがあったようだった。もっとも、平手打ち程度は当主の虫の居所が悪いだけでも、よく飛ぶらしい。

 

 何度か、そんな光景を目にしている皐月が、見るからに不快そうな表情を浮かべた。

 

 そんな事はおかまい無しに、源家の御当主様は、今度は何やらがなり立て(・・・・・)ながら、少女の髪を乱暴に引っ張りはじめた。

 

 少女が、たまらずに泣きはじめる。


「お、お祖父(じい)様⁉︎」

 

 実際には初めてその光景を目にした鈴子が、驚いて声を上げた。

 

 ピタリと、当主の動きが止まる。

 

 源家当主は、再び自分自身を抱いている女の子に、ボソボソと耳打ちをはじめた。


「奥内様は、鈴子様に『こちらへ』と仰せで御座います」

 

 女の子の声が、暗く沈んだような気がした。

 

 呼ばれた鈴子が、おろおろ(・・・・)と躊躇する。

 

 どうやら鈴子は、この祖父との生活上の接点が、かなり希薄らしい。いちいち、鈴子の反応が固い。


「早く、と仰せですっ!」

 

 少女の声が、さらに呼ばわる。

 

 その声は、かなりイライラとしていて語気が荒い。喋る前の、「当主の耳打ち」も無い。

 

 突然、人が変わったような眼帯少女に、鈴子は恐る恐る近付いていった。季武(すえたけ)のほうをチラリと見たが、季武は、人が悪そうに苦笑を返しただけだった。


「あの…おじいさま?」

 

 鈴子は、眼帯の少女に抱きかかえられている自分の祖父に向かって、小さく声をかけた。

 

 ぴしん、と、いきなりビンタが飛ぶ。

 

 鈴子の頬に強烈なビンタを放ったのは、源家の当主ではなかった。

 

 その「当主」を抱いている、痛々しい、包帯と眼帯の少女のほうである。

 

 突然のことに、鈴子は一声「あう」と発して、その場に倒れ込んだ。

 

 皐月と(むすび)が、驚いて目を剥く。

 

 黒服に身をつつんだボディーガードの何名かも、面喰らったように視線を交わし合った。


「やーん、なんてステキな倒れ方♡期待通りだわ!」

 

 心底楽しそうに、少女が言う。同時に、その腕に抱きかかえられていた「源家当主」が、ドサリと地面に落っこちた。

 

 包帯と眼帯の少女が抱いていたのは、人形だったのだ。


「ちょっと変わってるけど、君のお姉さんです」

 

 許してあげて下さい、と、季武が鈴子を助け起こしながら言った。


「え?…え?…」

 

 さらに意味がわからず、鈴子は左頬を押さえながら、しきりに「え?」を繰り返している。


「驚くのも無理ないですけどね、要するに源家っていうのは、こうやって────」

 

 自分のことを、凄まじい形相で睨みつけている源家の伯父たち2人の視線に気が付いて、季武は、「はいはい」と肩を(すく)めながら口を閉ざした。


「ここには部外の人間も多い。軽々に口を開くな」

 

 (みなもと)征一郎(せいいちろう)が念を押すように警告するが、まるで動じた様子など無い季武は、それどころか、親指と人差し指でメガネの位置を直しながら、再び口を開くのだった。


「源家と、卜部(うらべ)家の極一部にしか知らされていない秘密……」

 

 季武は、いかにも鼻先で笑うように言った。


 その内容よりも言い方に、2人の伯父は明らかにひるんだ。


「でも、もう秘密は、秘密でも何でもないみたいですよ伯父さん?なにしろ、もう肝心の鈴子ちゃんが────」

 

 喋りながら、季武の視線が鈴子へと流れる。


「薄々、気が付き始めちゃってるでしょうから」

 

 伯父たちは何かを言いかけたが、途中で、それを言葉にするのをやめてしまった。


過日(かじつ)……ここを襲った鬼は、何ゆえ姫君を無視して、ここを襲ったのか?」

 

 季武の手が、またゆっくりと、自分のメガネの位置を直した。そのメガネごしの目が、正面から鈴子を見る。


「君は────本来なら、いわゆる普通の生活を送れたはずの、普通の子です。遊園地の時は、まったく何も見えてはいなかったでしょう?」


「……」


「違いますか?」

 

 季武に重ねて問われて、鈴子は黙り込んだまま、頷いた。


「わかったら、あまり思い上がらないで欲しいものね。守護者(ガーディアン)たちだって、本当は私のために戦っているんだから」

 

 ゴホゴホと、包帯の少女は咳き込みはじめた。睨むように、鈴子を見ながら。

 

 そして、苦しそうに口を開く。


「私は、あなたと違って皆から愛されてる……」

 

 ゴホゴホと、また激しく(せき)をする。



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[良い点] ちょくちょく読ませてもらっています(*^^*)地の文の表現力が豊かで、キャラの心情や事情をとても丁寧に書いておられるのがとても印象的です。ストーリーの中に歴史を感じることや、それぞれの家の…
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