迷図
「計……画?」
「そう、ラッキープリンセス強奪計画。や、この名前は、今、俺が考えたんだけど……」
「何で……」
────そもそも、なぜ、どうしてここで、洸さんの名前が出てくるんだ……そりゃあ、生きていると思ってはいたけど……
「ちょっと!この計画って、卜部家の人間も関わってたの⁉︎」
着物を着た少女が、いきなり二人の会話に割って入ってきた。今度は、大通連が啓太の胸ぐらを掴んで揺らす。
「どうなの⁉︎」
「は、はい、そうです……」
答えながら、啓太は二回ほどコクコクと頷いた。
「卜部家────」
大通連は折り曲げた指を、自分の唇に軽く押し当てるようにして呟いた。そして、遥のほうをチラリと見る。
「ねぇ、君」
「はい?」
大通連が遥に声をかけた瞬間────童子切の切っ先が、着物の少女に向かって勢いよく跳ね上がった。
「……ふ〜ん、そう。私が近づくことさえ、許さないってわけなんだ」
着物の少女、大通連は、目つきと一緒に声まで座ったように思えた。
「いや、これは決して俺の意思ってわけではなくて……!」
遥は、見えない磁石に引っ張られてでもいるかのような童子切を抑えつけるのに、文字通り必死だ。
────どうしても言う事を聞かないときは、手を放しちゃって下さい
遥は、童子切を手渡された時の季武の言葉を思い出した。
────でも、ここで掴んでいる手を放したりなんかしたら……
童子切は、それこそ放たれた矢のように、目の前の着物の少女に向かって飛んでいってしまいそうだ。そう思うと、とても手なんて放せない。
────鞘、鞘だ!
遥は、1分近く格闘した後、なんとか童子切安綱を鞘へと納刀した。
二人そろって「ふぅ」と一息ついたところで、着物の少女が、「さて」と声を上げた。
「これから、どうするつもり?」
「……」
「多分、アキオ様もしょーもないこと考えてはいるんでしょうけど……きっと、卜部家はもっと『しょうもない事』を考えてるわ」
「卜部家って────要するに、卜部季武さんのこと、ですよね?」
「あそこの当主は、ずっと、その名前だけどね」
着物の少女、大通連は微笑した。
そういえば、自分の名前は代々世襲されるものなのだと、季武さん本人が言っていたっけ。
遥は、卜部季武と初めて会った日の事を思い出す。
調子のいい、それでいて、人懐っこそうな笑顔が浮かぶ。
遥は、季武のことが決して嫌いじゃなかった。
だけど────
今回は、どう考えても少しおかしい。
予定の時刻はとっくに過ぎているというのに、鬼道が開く気配は無い。そして、多分それは、自分の所だけでは無いのではないだろうか……。
事によると、今日ひらくはずの四つの鬼道────そのいずれもが、もしかしたら全部ウソなのかもしれない。
そうでは無かったとしても、少なくとも自分には、卜部家当主、卜部季武は嘘を教えたのである。
────何のためだ?
何のために、季武さんは、こんなウソを……
「……」
「戻るの?」
遥は無言で頷いた。
どっちにしろ、ここにいては何も分からない。一番手っ取り早いのは、季武さん本人に直接きいてみることだ。
「卜部家の人間は、とても貴方が太刀打ちできる相手では無いと思うけど」
「……彼は、別に敵じゃない」
「それ、関係無いと思うよ?」
やり合う時は、敵だろうと味方だろうと、関係無くやり合うことになるから。
大通連は、そう言って笑った。
「だから、私も行く」
「ええっ⁉︎」
「私のほうが、卜部家の人間との付き合いは長いもの」
「……それって、とりあえず今は敵対関係よりも、協力関係を優先し合おうってこと?」
怪訝そうな顔で問いかける遥と、大通連の目と目が合う。
着物の少女は、急に、慌てて自ら視線を外した。
「その代わり、条件────が、あるんだけど……」
大通連は頬を赤らめ、髪の毛を、指先でくるくると回している。
照れているらしい。
「……」
────「条件」って……何で、あっちがいつの間にか「行ってあげるんだから」的な立ち位置で喋ってるんだよ……
当然、遥からしたら意味不明である。だいたい自分から同行を申し出ておいて、「条件」を付けてくるなんておかしいだろう……と思う。
「私が役に立ったら、私を貴方の所有物にしてほしいの」
「は?」
遥は、かなり巣っ頓狂な声を上げてしまった。
横で聞いていた啓太も、声には出さなかったものの、同じ形に口を開けている。
「匂いでわかるよ。君、源家の人間では無いでしょう?童子切安綱は源家の家宝なわけだし、いわば借り物じゃない?だったら、私のほうが良くない?」
────こいつ、さては最初から、そのつもりだったか
啓太は、内心で両目を細めて納得した。
ここへと来る前、付喪神である少女、大通連は、対になる剣、小通連を押し退けてまで、自分との同行を強行したのだ。
何のことは無い。ありがちな話じゃねぇかと、啓太は思った。
童子切が、怒りを据えかねたように鍔元をカタカタと鳴らしている。
いわゆる異種婚姻譚というものは、昔話なんかで割と目にする類いの話だ。
人間でないものが、人間に恋心を抱いてしまう。逆に、人が、人でないものに心奪われてしまうというパターンも存在する。そして最後は、悲劇的な結末で幕を下ろすことが多い。
「役に立てなかったら、突っ返してくれていいんだから。ね?いいでしょ?今なら、大変お買い得になっておりますってことでさ」
「う〜ん……でも君、本来は敵側なわけでしょ?」
「何でも敵と味方で分けて考えるのは、私は良くないと思うなぁ……それにほら、よく言うじゃない?『敵』の『敵』は味方とか、昨日の敵は、今日の友とか────ね?」
「いやいや、敵の敵でも敵は敵だし、昨日の敵なら、今日も敵だろう。だいたいにおいては」
「お前ら、行くなら、バカ正直に来た道を引き返さないほうがいいぞ」
堪り兼ねて────というように、啓太が口をはさんだ。もう、まともに付き合ってなどいられない、という顔だ。
「このへん一帯、封鎖されてるんだろ?って事は、同時に見張られてもいるって事なんじゃねぇの?だったら、横道入って、裏路地とか通ってけ」
「あ、そうか……」
考えてみれば、そうだ。
鬼道が開いてもいない内に、自分はこの場所を放棄しようというのだ。見つかったら、色々と不味そうである。
「じゃあ啓太、色々とありがとな」
遥が、軽く片手を上げながら踵を返す。
「ああ、また明日、学校でな」
啓太のほうも、軽く片手を上げる。
空には、月と星。早くも、冬の気配を少しだけ漂わせていた。
 




