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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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少年たちと少女たち

 

  こちらに気付いていないのか、「怪物」は別段、襲ってくるような様子は無い。


「まぁ、何にせよ遠回りだな」

 

 神も、触らねば、祟りようもあるまい。そう結論付けて、遥は踵を返しかけた。


 その時───

 

 怪物の行く手に、どこかの学校の制服を着た、自分と同じ歳くらいの女子生徒二人と、その二人と同系統と思われる制服を着ている、小学生くらいの男の子が立っているのが目に入った。


 夜目は、かなり効くほうである。


「何だ?あいつら?」

 

 ────気付いて無いのか?

 

 というよりは、多分「見えて」いないのだ。

 

 ああいったモノは、ふつうは人の目には触れない。


 そしてそれは、霊感があるとか無いとか、多分、そういう類いの問題ではないのだ。「感覚(センス)」ではなく、遥はもっと単純に、「体質」の問題ではないかと思っている。

 

 人間の目は、角膜や網膜によって「光」を感じ取り、それを脳内で映像化することによって、それで物や景色を見ている。


 ということは、「見える」ということは要するに、「光」が見えるということなのだ。

 

 そして人間の目は、その構造上、すべての光を感知でるようには出来ていないらしい。

 

  つまるところ、人の目では捉えられない光の領域────というものが、現実に存在しているということになる。

 

  遥は密かに、幽霊とか妖怪とか、そういう類いの存在は、その「感知できない光の領域」に属しているものなのではないのか?と考えている。

 

  ────それにしても、何だってあいつら……

 

 あんな所に、突っ立ったままでいるんだ?

 

 特に何かがあるわけでもない、単なるT字路の真ん中である。

 

 遥は、何とか身振り手振りで、そのままそこに居続けることへの危険を知らせようとする。が、相手は、一向にこちらに気付いてくれる様子などない。


「だいたい、どうやって説明したら事態を正しくわかってもらえるっていうんだ」

 

  自分にしか見えていないというのは、本当に始末が悪い。散々、ウソつき呼ばわりされまくった苦い過去がよみがえってくる。

 

 遥の視線が、自然に、鞄に突っ込んである竹刀へと移った。

 

 渡辺家の男子は、いわゆる家中制度というやつで、「本家」に伝わる剣技の習得が義務付けられている。もっとも、遥自身は「分家」のうえに、そんなものは大昔の古臭い遺物くらいにしか思ってないから、腕前のほうはからっきし(・・・・・)だ。

 

  ────いやいや、ちょっと待てって。こんなもので、俺は一体何をしようっていうんだ。

 

  焦る遥の気持ちを余所に、人と獣の中間めいた怪物は、一歩、また一歩と歩を進めてゆく。


 その行く手に立つ3人には、いまだに気付いた様子も、逃げ出す素振りもない。


「あぁ、もう!まったく、今日は何て日なんだ!」

 

  考え続けるより先に、鞄から引き抜いた竹刀を片手に、遥は駆け出していた。

 

  しかし────

 

  思いがけない事というのは、当然だが思いがけない時に起きる。

 

 気が動転しきっていた遥は、駆け出すと同時に、派手に両足をもつれさせて、顔面からアスファルトへと突っ込んでしまったのだ。ゴン、と、鈍い音がする。

 

  い、痛い……。

 

 地面は、硬い。

 

 そう認識できたのは、意識下で砕け散った火花が、残光の余韻となって目蓋の裏側に焼きつくまでだ。


 意識はすぐに遠のき始め、やがて、完全に暗闇の中へと埋没してしまった。

 

  要するに、転んで気絶したのである。



 

 その、何分か前────

 

 二人の女子生徒と、一人の小学生の方でも、実は、遥の様子をうかがっていたのである。


「あいつ、来てるか?」

 

 と、小学生の男の子が口にする。

 

  まだ変声期前の声には、年齢に似合わない尊大さのようなものが感じられた。


「少し離れた所から、こっちの様子を窺っているわ」

 

 二人いる女子生徒のうち、片方が男の子の問いに答えた。吊り目がちの勝ち気そうな瞳と、腰まで届く長い髪が印象的だ。背が高く、男子、女子を問わずに、羨望と憧れの眼差しを集めていそうな少女である。


「ああ、いたいた。渡辺ハルカ、とか言ったっけ?」

 

 ゆっくりと近づいてくる怪物の後方に目を凝らしながら、男の子が答える。


「やっぱり、アレが見えてるみたい。とにかく、『見鬼(けんき)』であることは間違い無さそうね」

 

  髪の長い少女のほうも、男の子と同様に、視線にわずかに力を込める。

 

  会話を交わしている二人の手には、ずいぶんと古そうな布で、十重(とえ)二十重(はたえ)に巻かれた長い竿のようなものが握られている。


 男の子のほうは碓井由良(うすいゆら)、髪の長い少女のほうは坂田皐月(さかたさつき)といい、皐月という少女の手にしているほうは特に長く、由良という少年が手にしているほうの、倍近くある。


「まぁ、あそこならアイツの身は安全か。『お姫さま』がこっちにいる以上、化け物の狙いは、こっちなわけだし」

 

  由良が、視線をもう一人の女子生徒、(みなもと)鈴子(すずこ)に移した。由良と皐月の背後に立つ少女は、「お姫さま」呼ばわりされたことに畏れ入るように、ピクン!と、小さく身を縮めた。


「それにしても」

 

  と、すぐに由良は、近づいてくる怪物のほうに視線を戻して、しみじみと言う。


「ああいう『形』は、毎回毎回、何とかならないもんなわけ?」


「え?む、無理だよ……『選んでる』っていう自覚、私には全然ないんだから」

 

  問われた少女は、オドオドと口にした。


 制服は高等部のものを着用しているが、小学生の由良と、さほど身長は変わらない。耳の後ろで左右に束ねた肩くらいまでの髪はともかく、林檎色したほっぺたは、最近の女子高生には珍しいかもしれない。


「それよりさぁ、アレ(・・)は、あんたがやるんでしょ?やらないんだったら私がやって、さっさと終わりにしたいんだけど?」

 

  皐月が、もうかなり近い位置まで近づいてきている怪物の姿に目をやりながら、由良に言った。


「ああ、そうだったっけ。よし、『確認』も済んだし、やるとするか」

 

  そう言うと、由良は自分の手にしている物に巻かれている、ひどく年季のはいったボロボロの布を解きはじめた。


 やがて姿をあらわしたのは、巻かれていた帯状の布と同様、一目で経てきた歳月を感じさせずにはおかない、古びた刀だ。

 

  漆黒の鞘には緑青(ろくしょう)色の装飾が施され、柄の部分にも、同じ色の組紐(くみひも)が巻かれている。「外」へと出た途端、それはガタガタと振動を始め、まるで鞘からの解放を(あるじ)に要求────というより、ねだって(・・・・)でもいるかのようだ。

 

  由良は少し焦らすように一呼吸を置くと、在るか無しかの微笑を浮かべつつ抜刀した。

 

  波打つ、美しい刀身が(あらわ)となる。

 

 日本刀を一つの「美術品」と捉える愛好家が見たら、思わず溜息を洩らしてしまいそうな逸品である。そして同時に、その刀身は「日本刀」と呼ばれる、一歩前の形状であるということにも気がつくだろう。

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