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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
29/60

夕闇は夜の始まり

 

 暮れかけた道を、鬼道が開く予定の場所へと、二つの人影が歩いてゆく。

 

 渡辺(わたなべ)(はるか)と、少女の姿をした童子切(どうじきり)安綱(やすつな)である。

 

 童子切安綱は、あの遊園地での一件以来、頻繁に人の形態をとりたがり、驚くほど、よく喋るようになっていた。


「そんな深刻そうな顔しないでさ、てきとーに戦えばいいじゃない」


「そんな余裕、あるわけないだろ。俺一人しかいないんだぞ、今回は!」

 

 不安と緊張で、声に不機嫌さがこもる。

 

 目的地の「二条城(にじょうじょう)近くの交差点」までは、あと10分程度といったところだ。


 目の前の信号が点滅を始め、青から赤へと変わる。この辺一帯は完全に封鎖されているので、二人は構わずに横断歩道を渡った。

 

 渡りながら、童子切が遥の弱気を揶揄(からか)うように顔を近づけてくる。


「何よ、その情け無い声。この前の遊園地の時は、一人で何とかしてみせるつもりだったんでしょ?自信持ちなさいよ」


 「あれは、正直うぬぼれてたよ……」

 

 苦い響きが、声にこもった。


季武(すえたけ)さんは何も言ってはいなかったし、そもそも鬼道なんて、そうそう開きっこ無いって思ってた」

 

 でも、それでも鬼道は開いたし、そこから、鬼は出てきた。

 

 その巨大な姿を前にして、小さなゴンドラの中で右往左往(うおうさおう)しているだけの、ただ、それだけの自分自身。


 その姿が、遥の頭の中に第三者視点で再現され、揺蕩(たゆた)うように消えない。


「……怖かったの?」


「ああ」

 

 自分の顔を覗き込むようにして訊いてきた童子切安綱の顔を、何となく遥は見れなかった。


「……でも、変なの」

 

 童子切は、いつの間にかビルとビルの間に浮かんだ、まんまるに近いお月様を見上げていた。


 空は一面の群青色で、星も瞬きはじめている。


「私は普通に、人間のほうが怖いけどなぁ」


「何でだよ。得体が知れない相手の方が、人間よりも、よっぽど怖いよ」


「でもさ、鬼共(あいつら)の行動原理って一貫してるよ。その点、人って、時々とんでも無い事考える奴とかいるし」


「とんでも無い事?」


「例えば、鬼をわざと人に憑かせて、人鬼(じんき)の兵隊を造ろうとした奴がいたわ。ほんの、70年くらい前の話よ?」


「人鬼?鬼に憑かれた人間のことを、そんなふうに呼ぶのか……。それにしても、酷いな、それ」


「まぁ、戦争に勝つ為なら、どんな事でも許された時代だったからねー」

 

 呆れ返ったように、童子切は笑った。


 もしかして70年前、そんな事をしようとした奴に、彼女は使われていたのだろうか……。

 

 何となくだが、遥はそう思った。


「何だろ……あれ?」

 

 童子切が、不意に前方を見据えた。


「え?」

 

 ────何だ?あれは……

 

 人だ。

 

 遥と童子切の前方、10メートルくらいのところに、人が立っている。

 

 それも、二人。

 

 鬼道が開いたわけでは無い。その証拠に、信号にも街路灯にも、まったく変化は無い。


「よう」


(けい)……()?」

 

 目的地の交差点で親しげに片手を上げてきたのは、クラスメートの菅原(すがわら)啓太(けいた)だった。

 

 その隣には、確か初陣の日、由良(ゆら)が「鬼の血を引く一族」と言っていた、着物を着た、遥と同い年位の女の子が立っている。二人いたうちの、背の高いほうだ。


「こっちも、女連れで来させてもらったぜ。俺の役目は、お前の足止めだ」


「……」


「意味がわからないか……そんな顔すんなって。まいったな」

 

 啓太は、ばつ(・・)が悪そうに笑った。


「私、こいつ嫌……」

 

 沈み込むような暗い声で、童子切が言った。


「こいつ、何か血が(にお)うし、殺っちゃったほうがいいよ……」


「……」

 

 「そのほうがいいよ」と、童子切がねだるように繰り返す。


「……そうだな。そのほうが良さそうだ」

 

 同意の声を聞いて、童子切が嬉しそうに自分の両手を遥の右手へと(から)めてゆく。その姿が、妙に艶っぽい。


「うわ、って、ちょっと待てって、お前のためなんだぜ?」


「僕のため?」

 

 遥の目が、うっすらと笑っている。この瞬間、初めて啓太は、渡辺遥のことを怖いと思った。


「これから起こることに、何もお前が巻き込まれるこたぁ無いんだって、おい!」

 

 あわてる啓太の目の前で、童子切安綱が真の姿へと形を変える。


 思わず、二、三歩退いた後、啓太はゴクリと唾を呑み込んだ。


「しょうがねぇ、こっちもやるぜ⁉︎」

 

 啓太も、(かたわ)らに立つ着物姿の少女に向けて右手を差し出す。だが、差し出された少女のほうは、ツンと横を向いてしまった。


「何やってんだよ、ホレ、お前も、あっちみたいに武器になれって。なれるんだろ?」


「イヤ」


「は?」


「あんたなんか、嫌だって言ってんの」


「お、おい、ちょっと待てよ……」

 

 啓太は、反射的に着物の少女────大通連(だいつうれん)に詰め寄り、声を荒げた。


「お前、ここへと来る前、俺の言う事はちゃんと聞くよう、お前の御主人様にキツく言い渡されていただろうが!」


「それはそれ、コレはコレだから」

 

 堂々とした態度で、きっぱりと言い切られてしまった。

 

 啓太は何か言い返そうと、口を開いたり、また閉じたりを何度か繰り返した。繰り返して、そして最終的に出てきたのは、途方にくれたような吐息だけ────だった。

 

 童子切を構えた遥も、いきなり展開され始めた内輪モメに、どう対処していいのやら分からない。

 

 もともと、遥は形の上でだけ一戦やらかし、怪我をさせないよう細心の注意を払いながら、どこまでも都合よく啓太をねじ伏せ、その上で、知っている事を都合よく全部しゃべってもらう────という、呆れるほど都合のいい事を考えていたのである。

 

 だが目の前の相手は、急に仲間割れを始めてしまった。

 

 着物娘の、啓太に対する糾弾は未だ止まない。


「それに、こんな騙し討ちみたいなマネして、少しは恥ずかしいとか思いなさいよ!」


「お前、ふざけんな!こんな作戦考えた野郎は、お前の御主人だろうが!」

 

 啓太が言い返すと、着物の少女は、不貞腐(ふてくさ)れたようにプイッと横を向いてしまった。

 

 啓太の、(にが)りきった舌打ちの音が小さく響く。


「あー……あのな、啓太────」


「その同情するような目つき、やめてくれ……」

 

 啓太は、ガックリと肩を落とした。


「ああ、うん……そうだな、ゴメン」


「……」


「……」


渡辺洸(わたなべこう)って、お前の従兄弟(いとこ)なんだって?」


「!?」

 

 その名を聞いて、遥の目は大きく見開かれた。


「今回のことは────その、洸さんの考えた事なんだ」

 

 ────⁉︎

 

 見開かれたままの目の奥に、驚愕が閃光となって(きらめ)く。それが、啓太の目にもよく解った。


「そりゃま、驚くよなぁ……」

 

 ()もありなん、という口調で発した瞬間────

 

 啓太は、とつぜん遥に胸元をつかまれていた。


「どういう事だ?説明しろ!してもらうぞ‼︎」


「わっ、て、いてて、痛いって、悪かった、俺の言い方が悪かったよ!これは洸さんと、卜部季武(うらべすえたけ)って奴と、そんでもって、(ともえ)アキオって奴の三人で考えた『計画』なんだよ!」




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