表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
25/60

襲撃

 

 遊園地内の全ての電気系統が停止したことで、場内は、ちょっとした騒ぎになっていた。

  

 場内アナウンスを流すことが出来ないので、係員たちが汗をふきふき、拡声器を手に走り回っている。


「落ち着いて下さい!」


「大丈夫ですから!」

 

 そんなことを連呼しているようだが、その声は、拡声器を通しても大きくはならない。係員たちは、しきりに首を傾げたり、持っている拡声器をコンコンと叩いたりしている。

 

 ────冗談じゃないぞ!

 

 今、(はるか)鈴子(すずこ)の乗っているゴンドラは、ちょうど天辺(てっぺん)近くで停止してしまっている。

 

 こんな所で、それもたった一人で、今からここへとやって来る鬼を迎え撃たなくてはならない。

 

 遥は、急いで童子切(どうじきり)安綱(やすつな)の梱包を解き、じっとりと汗ばむ両手で、鬼を殺すための妖刀を抜き放った。

 

 刀は、沈黙したように何の反応も示さなかった。

 

 前回はガタガタと騒いで、刃の興奮が、(つか)を通して遥自身にも伝わってきたというのに。

 

 この無反応さが気にはなったが、それでも少しだけ落ち着きを取り戻した遥は、素早くゴンドラの外へと視線を走らせた。

 

 どこから来るのか?

 

 どんな「形」で現れるのか?

 

 鈴子も、しきりに不安そうな顔で、窓の外に注意を向けている。

 

 ふと、右側の窓から見える雲の一部が、遥には割れたように思えた。

 

 目をこらすと、雲の上から「何か」がするする(・・・・)と降りてくる。

 

 それは巨大な────あまりにも巨大すぎる、一本の「腕」であった。

 

 ────う、嘘だろ?

 

 あまりの事に、遥は驚いて声も出ない。

 

 陽の光の下でも、その腕が淡く発光しているのがわかる。それにしても、その巨大さは尋常ではない。


 あの腕に一撫でされれば、この地上100メートルを越す観覧車だって、まるでオモチャか何かのように()ぎ倒されてしまいそうだ。

 

 ────前の(やつ)みたいに、一撃すれば、それで消えてくれるのか?

 

 遥は、剣をにぎる手に力を込めた。それにしても、あれほど巨大な相手に、刃なんて通用するのか?

 

 少しの間、地表をまさぐるかのように動いていた巨大な「手」が、いかにも何かに気が付いたかのように、急にその動きを止めた。

 

 ────来る……

 

 遥が観念して息をのむと、巨大な手は、なぜだかゆっくりと、観覧車から遠ざかり始めた。

 

 ────え?何?

 

 訳が分からないまま、遥がへたり込む。そして軽い振動と共に、観覧車も動き始めた。

 

 なぜ、どうして目の前の危機が去ったのかまでは、この時の二人に考える余裕なんて無い。

 

 観覧車が地表へと近づいてゆくに連れて、遊園地には不似合いな、黒服の男達がこちらを見上げていることに、遥も鈴子も気が付いた。


「あいつら……」


「残念だけど、ここまでみたい…」


「……」


「今日は、どうもありがとう」

 

 遥は何となく返事を返しずらくて、少し口ごもった挙げ句、結局何も言えなかった。



 


 京都郊外の遊園地で、原因不明の停電騒ぎが起こっていた頃────同じく、京都でも指折りの名家、(みなもと)一族の宗家では、それ以上の騒ぎと混乱が起こっていた。


鬼道(きどう)が開いただと?バカな……」


「それを事前に察知するのが、お前の役割であろうが!卜占(ぼくぜい)屋め!」

 

 奥まった御座敷に座す二人の老人たちが、突如あらわれた巨大な手の接近を告げに来た季武(すえたけ)に対し、叩きつけるように言い放った。


「返す言葉も御座いません。お叱りのほうは、後ほど如何様(いかよう)にも────」


  膝をついた姿勢のまま、季武は(うやうや)しく頭を下げた。

 

 二人の老人は、いわゆる源家の長老格である。


 (ふる)い家では、こういった一族内での序列のようなものが、平然と根強く残っている。


「とにかく、碓井(うすい)家の見鬼を呼べ!今、すぐにだ!」

 

 老人のうちの片方────(みなもと)弥三郎(やさぶろう)が、震える声で怒鳴った。額に浮かぶ玉のような汗が、ひとすじ流れて畳に跡を付ける。


「今からでは、とても────」

 

 季武の言葉は、ズズズッという地響きによって中断された。

 

 いきなり、屋敷全体が激しく揺れたのである。女中部屋のある離れの一つが倒壊し、巨大な「手」の形に押し潰されたのだった。


「ひいいいい────何だ?もう、すぐそこまで来ているのか?どうなんだ?卜部(うらべ)家当主!」

 

 慌てふためきながら、弥三郎は四つん這いに近い姿勢で季武のことを見上げた。

 

 季武は、誰にも(わか)らないように冷笑していた。


 危機に対し最も力の無い者が、普段は最も偉そうにしている。本当に、滑稽でならない。


「……奥内(おくない)様」

 

 もう一人の老人、(みなもと)征一郎(せいいちろう)が、この奥座敷の上座(かみざ)に座る人物に声をかけた。

 

 この、今まで一言も発さず、身じろぎ一つしていない人物こそ、現在の源一族を統べる、御当主様である。

 

 奥内様と呼ばれた人物は、一見、子供のような風貌だった。由良(ゆら)よりも、もっと子供である。身長といい、体形といい、幼稚園児に近い。

 

 だが、浅黒い皮膚────特に顔は、老人のように深いシワが刻み込まれていて、若いのか、老いているのかはっきりしない。そして自分では立つことも出来ないのか、一人の、名も知らぬ少女に抱きかかえられる形で、そこにいた。

 

 奥内様は、自分自身を抱いている少女の長い三つ編みを、乱暴に引っ張った。


 引っ張られた少女は「あっ」と小さく叫びながら、引っ張られるままに、奥内様に対して耳を近づける形になる。

 

 いつもの光景なのだった。

 

 奥内様が、少女にボソボソと耳打ちする。

 

 要するに源家の御当主様は、自分の言いたいことを、この少女に代わりに喋らせるのである。

 

 他にも様々な「()け口」の対象に、この少女はされているらしかった。


 少女の腕や顔は、絆創膏(ばんそうこう)や包帯、眼帯などでぐるぐる(・・・・)巻きなのである。そのことを誰かに()かれても、少女は、自分で転んだとか、ネコに引っ掻かれたとか、物憂(ものう)げな声と表情で言うのだった。

 

 耳打ちが終わり、少女が顔を上げて姿勢を正す。


「奥内様は……」

 

 抑揚の無い声が告げる。


「各々が、各々の役割を果たせ、と(おお)せです」

 

 どこも見てはいないような虚ろな目で、眼帯、三つ編みの少女は答えた。



 


 目眩(めまい)を起こしそうなほど長い障子(しょうじ)の連なりと共に、廊下はどこまでも続いている。長々と続くその中を、季武はダルそうに歩いていた。


「そうとうオカンムリ(・・・・・)だな、あれは」

 

 季武の目が、無意識に細まる。


「う〜ん……」

 

 溜め息のように一声もらして、とりあえずは皐月(さつき)のところへと向かうことにする。


 カエル男との大立ち回りで無理をしすぎた皐月は、現在、客間の一つで横になっているはずだ。


「皐月ちゃん、回復してるかなぁ……してないだろうなぁ……でも、してるといいなぁ」

 

 できれば、面倒な鬼の相手は皐月に代わりにやってもらいたいのである。

 

 そんな都合のいいことを考えながら、季武は皐月のいる部屋の障子をカラリと開けた。


「あ……」

 

 皐月と季武の目と目が合い、どちらも小さな、そして同じ声を上げた。

 

 畳の上に敷かれた布団(ふとん)の様子から、皐月が少し前まで休んでいたのは明らかだ。

 

 鬼の出現を自ら感じ取ったのか、あるいは、大騒ぎになっている外の様子を聞き付けたのか────いずれにせよ、彼女は起き上がって、今、まさに着替えている最中だった。

 

 メガネの奥の季武の目が、小さな下着を一枚身に付けているだけの皐月の胸を素早くロック・オンした。

 

 フンッと一発、荒い鼻息がもれる。これは、(おとこ)が己の中の「迷い」を捨て去った時の咆哮なのだ。


「季武、てめぇ〜」

 

 震える手で、皐月はすぐそばに立て掛けてあった、骨喰(ほねばみ)眞守(さねもり)の柄をつかんだ。

 

 季武が、ハッと我に返る。


「お待ちなさい!女の子が、そんな汚い言葉を使ってはいけません!私ではなく、その可愛らしいおパンティーの、水色のリボンに申し訳ないと思いなさい!」


「死ね‼︎」

 

 季武の顔面に、皐月のパンチが炸裂した。

 

 季武は鼻を押さえつつ、二、三歩よろめき、「それはそうと、もう起きちゃっていいんですか?」と、ハンカチで鼻血を拭き拭き、心配そうに言った。


「そんな場合じゃないでしょう?由良くんも、遥もいないんだから……」

 

 皐月は、手際よく白い道衣と黒袴を身に付けると、最後に白いハチマキを、キュッと()いた。


「私が、やらないと!」

 

 長く、まっすぐな髪をポニーテールに結んで、廊下へと出る。


「凛々(りり)しいですねぇ、さすが坂田(さかた)家の────いえ、何でもないです」

 

 皐月にキッ(・・)と睨まれて、季武は情けなくハハハと笑った。


「で、敵の特徴は?」

 

 廊下をスタスタと歩きながら、皐月は季武に尋ねた。


 「ああ、ハイハイ」と気の抜けた返事が返り、季武は説明を始めた。


「一体だけのようですが、巨大です。それも、とてつもなく。あれほど巨大なものは、今までに出現例がありません」


「────そんなに⁉︎」

 

 まだ実際に鬼を見ていない皐月は、天を()くような巨人の姿を想像して驚きの声を上げた。見開いた瞳には、明らかな動揺が見て取れる。


「巨大といっても、見えているのは『手』だけです。どうも鬼そのものは、雲の上にいるようですね。雲に乗る、なんてことは物理的に出来るわけありませんから、雲の上に鬼道(きどう)が開いたんでしょう。ということは、敵の大部分はまだ『あっち』の世界にいて、鬼道から『手』だけ出している状態なんじゃないでしょうか?別棟の一部が、すでにその『手』によって押し潰されました」

 

 ちょうど、手探りで箱の中をまさぐっているような感じですねと、季武は締めくくった。


「それにしても、鬼は何でこっちに来てんの?今、お姫様は、ここにはいないはずでしょう?」

 

 皐月は、用心深く声をひそめた。


「それは、私の方こそ知りたいですよ」

 

 答える季武の声も、(ささや)くように低い。


 今、この館に鈴子がいないという事実を、一体何人の人間が気付いているのだろう。季武は、いまだに誰にも気付かれてはいないなんて、呑気なことは考えていない。


「それに、何で『敵』の出現を予知できなかったのよ?今回ばかりは、いつものサボリ癖じゃ済まないわよ?」


「今、この瞬間から心を入れかえ────うわっ‼︎」

 

 二人が歩いている廊下の、わずか数メートル先が天井ごと崩れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ