座敷少女と、籠の中の護り手
ハァ〜…………と、長い溜め息が流れた。
お昼と呼ぶには、少し遅い時間だ。そのぶん、遊園地内のカフェテリアは空いている。人もまばらだ。
遥はもう一回ため息をついてから、チキンと野菜を詰めたサンドイッチをかじった。
「やだ、何でそんなに落ち込むの?落ち込むことないよ」
鈴子が、笑い出しそうなほど明るい声で言った。
緊張や物怖じが取れて、おそらくは本来の、17歳の少女としての地が出てきたような印象である。物珍しそうに、自分の顔の半分はありそうなサンドイッチを見つめている。
「ごめん……」
遥は、お化け屋敷がひと月近くも前に終了していたことに、心底すまなそうに謝った。
鈴子は大きなサンドイッチを手に持ったまま、勢いよくブンブンと顔を横に振った。
「私、渡辺君のせいだなんて全然思ってないからっ!」
訂正の思いが強すぎるのか、鈴子の語気は強い。
お化け屋敷に関して、遥は、請け負ってくれた啓太の言っていたことを、ほぼ全面的に鵜呑みにしてしまっていた。
少しは、自分でも調べておくべきだった。遥は、後悔しながらピタのサンドイッチを噛み締めた。
「まだ、お姫様とUFOがあるじゃない」
待ちきれない、というように、嬉しそうに鈴子が言う。
「あー……それなんだけどさ…」
遥は言いにくそうに言葉を濁すと、サンドイッチとセットで付いてきたコーラを飲んだ。ノドの奥が、ジリジリ言う。
「お姫様の遊園地って、ここじゃないんだ」
「え?」
短い一言の後、鈴子は当惑したように、「そうなの?」と言った。
「人間くらいあるネズミやアヒルと、別の遊園地で楽しく暮らしてる……みたい。ここからじゃ、かなり遠いよ」
「じゃあ、UFO……」
「それなんだけどさ、源さん、その手の話を、いったい誰から聞いたの?」
「季武さんに……」
「まったく、あの人はいい加減なことを……」
遥の眉間に、軽く皺が寄った。
鈴子は、ひょっとしたら、そんな事は百も承知だったのかもしれない。
遥の表情を見て小さく笑うと、鈴子は、実は、生まれて初めてのサンドイッチを口にした。
「ねぇ、渡辺君は、何か乗ってみたいのって無いの?」
鈴子は、ここに来た時に見た、巨大な観覧車を眺めながら言った。
それは、この遊園地のどこからでも見えるほど巨大だった。
「う~ん……そうだ、さっきのメリーゴーランド、もう一回行く?」
鈴子は、即座に首を振った。
「それだと、渡辺君は乗らないでしょ?」
鈴子は、不服そうに唇でへの字を作った。
学校では、彼女がこんな顔を見せることは、まず無い。
遥は、この子は本来、こういう子だったんだろうなと、そう思わずにはいられなかった。
「あれに乗ろうよ!」
鈴子が、はしゃぎながら観覧車を指差す。
地上108メートル、約15分かけて中空を一周する大観覧車は、この遊園地の目玉の一つだ。
「行こ、行こっ!」
鈴子が、楽しそうに遥の手を引っ張った。
「あれ?腕、どうかしたの?」
遥は、鈴子の左腕に見慣れないものを見つけて、思わず声を上げた。
「え?あ、ううん、これは違うの」
鈴子は、言われて初めて気が付いたかのように、あわてて左の手を後ろに引っ込めた。その腕には、青紫の痣がはっきりと浮き出していたのである。
「私、すぐにどこかにぶつけて、知らないうちに内出血とかしちゃうの」
「そう────なの?」
そういうことって、あるんだろうか?
「それより、早く行こう?」
「あ、うん」
そうだった。
時間は限られているのだ。有効に使わなくてはいけない。
遥も席を立ち、ゴミを捨てて、トレーを返す。
視線を少し上にやると、すぐに巨大な観覧車が目に入った。同時に目に飛び込んできた時計塔の時計が、二時半近くを指していた。
※ ※ ※ ※
観覧車のゴンドラは、遥と鈴子を乗せて、ゆっくりと昇っていった。
「すごい!すごい!まるで空を飛んでるみたい!」
初めて体験する、ゆっくりと地表を置き去りにしてゆく感覚に、鈴子のはしゃぎようは尋常ではない。
眼下の光景を見下ろしながら、幼い子供のような目を、忙しなく動かしている。
「どうして渡辺君は、私なんかを外へと連れ出そう、なんて思ってくれたの?」
「え?」
ゴンドラの外に向けられていたはずの鈴子の目は、いつの間にか、遥の、鬼を見る目に据えられていた。
なぜ────どうしてと訊かれると、自分でも返答に困ってしまう。ただ、源家のやりようは許せないと思った。
「源家のやってる事は、間違ってる…」
抑え難い気持ちが、声にこもった。
「源家だけじゃない、僕の渡辺家にしても、皐月の坂田家にしても────」
それを口にしたところで、それじゃ一体、どうするのが一番いいのかとなると、そんなことは遥にも分からないのだ。わからないくせに、それでも、言ってみずにはいられない自分がいる。
「源さんはさ、今の自分の境遇を、どんなふうに受け止めてるの?」
「どんなふうって言われても……」
いきなりの質問に、鈴子は困惑して言葉を詰まらせた。
もの心ついた頃から、こうだったのだ。
ずっとそれが、彼女にとっては「普通」だった。受け止めるも、受け止めないも無い。
「季武さんが言ってた。君の存在は、簡単に言ってしまえば福の神だって。東北のほうに、座敷童子って伝説があってさ」
「……」
聞いている鈴子は、下を向いた。
「小さな子供の姿をした神様で、それが住む家は繁栄する。逆に、座敷童子がその家から出て行ってしまうと、その家は落ちぶれてしまう。だから没落しないため、幸運を手放さないために、福の神は────」
鈴子が、絶望したように目を閉じ、耳を塞いだ。
「奉られたり、閉じ込められたりするんだ」
「やめて!」
鈴子は、首を何度も左右に振った。全身で、もう聞きたくない、と表現している。
「私には、どうする事も出来ないのよ……そうでしょう⁉︎」
消え入りそうな言葉の後に続いた一言は、彼女にしては、強い、叫ぶような一言だった。
その時、軽い衝撃が二人を包んだ。わずかに、ゴンドラが揺れているのがわかる。
────止まった?
ハッとして、二人は顔を見合わせた。
外を見ると、案の定、遊園地内の全てのアトラクションが停止している。
鬼道が、開いたのだ。
 




