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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
24/60

座敷少女と、籠の中の護り手 

 

 ハァ〜…………と、長い溜め息が流れた。

 

 お昼と呼ぶには、少し遅い時間だ。そのぶん、遊園地内のカフェテリアは空いている。人もまばら(・・・)だ。

 

 遥はもう一回ため息をついてから、チキンと野菜を詰めたサンドイッチをかじった。


「やだ、何でそんなに落ち込むの?落ち込むことないよ」

 

 鈴子が、笑い出しそうなほど明るい声で言った。


 緊張や物怖(ものお)じが取れて、おそらくは本来の、17歳の少女としての()が出てきたような印象である。物珍しそうに、自分の顔の半分はありそうなサンドイッチを見つめている。


「ごめん……」

 

 遥は、お化け屋敷がひと月近くも前に終了していたことに、心底すまなそうに謝った。

 

 鈴子は大きなサンドイッチを手に持ったまま、勢いよくブンブンと顔を横に振った。


「私、渡辺君のせいだなんて全然思ってないからっ!」

 

 訂正の思いが強すぎるのか、鈴子の語気は強い。

 

 お化け屋敷に関して、遥は、請け負ってくれた啓太(けいた)の言っていたことを、ほぼ全面的に鵜呑みにしてしまっていた。


 少しは、自分でも調べておくべきだった。遥は、後悔しながらピタのサンドイッチを噛み締めた。


「まだ、お姫様とUFOがあるじゃない」

 

 待ちきれない、というように、嬉しそうに鈴子が言う。


「あー……それなんだけどさ…」

 

 遥は言いにくそうに言葉を濁すと、サンドイッチとセットで付いてきたコーラを飲んだ。ノドの奥が、ジリジリ言う。


「お姫様の遊園地って、ここじゃないんだ」


「え?」

 

 短い一言の後、鈴子は当惑したように、「そうなの?」と言った。


「人間くらいあるネズミやアヒルと、別の遊園地で楽しく暮らしてる……みたい。ここからじゃ、かなり遠いよ」


「じゃあ、UFO……」


「それなんだけどさ、(みなもと)さん、その手の話を、いったい誰から聞いたの?」


季武(すえたけ)さんに……」


「まったく、あの人はいい加減なことを……」

 

 遥の眉間に、軽く(しわ)が寄った。

 

 鈴子は、ひょっとしたら、そんな事は百も承知だったのかもしれない。

 

 遥の表情を見て小さく笑うと、鈴子は、実は、生まれて初めてのサンドイッチを口にした。


「ねぇ、渡辺君は、何か乗ってみたいのって無いの?」

 

 鈴子は、ここに来た時に見た、巨大な観覧車を眺めながら言った。


 それは、この遊園地のどこからでも見えるほど巨大だった。


「う~ん……そうだ、さっきのメリーゴーランド、もう一回行く?」

 

 鈴子は、即座に首を振った。


「それだと、渡辺君は乗らないでしょ?」

 

 鈴子は、不服そうに唇でへの字(・・・)を作った。

 

 学校では、彼女がこんな顔を見せることは、まず無い。


 遥は、この子は本来、こういう子だったんだろうなと、そう思わずにはいられなかった。


「あれに乗ろうよ!」

 

 鈴子が、はしゃぎながら観覧車を指差す。

 

 地上108メートル、約15分かけて中空を一周する大観覧車は、この遊園地の目玉の一つだ。


「行こ、行こっ!」

 

 鈴子が、楽しそうに遥の手を引っ張った。


「あれ?腕、どうかしたの?」

 

 遥は、鈴子の左腕に見慣れないものを見つけて、思わず声を上げた。


「え?あ、ううん、これは違うの」

 

 鈴子は、言われて初めて気が付いたかのように、あわてて左の手を後ろに引っ込めた。その腕には、青紫の(あざ)がはっきりと浮き出していたのである。


「私、すぐにどこかにぶつけて、知らないうちに内出血とかしちゃうの」


「そう────なの?」

 

 そういうことって、あるんだろうか?


「それより、早く行こう?」


「あ、うん」

 

 そうだった。

 

 時間は限られているのだ。有効に使わなくてはいけない。

 

 遥も席を立ち、ゴミを捨てて、トレーを返す。

 

 視線を少し上にやると、すぐに巨大な観覧車が目に入った。同時に目に飛び込んできた時計塔の時計が、二時半近くを指していた。



    ※    ※    ※    ※



 観覧車のゴンドラは、遥と鈴子を乗せて、ゆっくりと昇っていった。


「すごい!すごい!まるで空を飛んでるみたい!」

 

 初めて体験する、ゆっくりと地表を置き去りにしてゆく感覚に、鈴子のはしゃぎようは尋常ではない。

 

 眼下の光景を見下ろしながら、幼い子供のような目を、(せわ)しなく動かしている。


「どうして渡辺君は、私なんかを外へと連れ出そう、なんて思ってくれたの?」


「え?」

 

 ゴンドラの外に向けられていたはずの鈴子の目は、いつの間にか、遥の、鬼を見る目に据えられていた。

 

 なぜ────どうしてと()かれると、自分でも返答に困ってしまう。ただ、源家のやりようは許せないと思った。


「源家のやってる事は、間違ってる…」

 

 (おさ)え難い気持ちが、声にこもった。


「源家だけじゃない、僕の渡辺家にしても、皐月(さつき)の坂田家にしても────」

 

 それを口にしたところで、それじゃ一体、どうするのが一番いいのかとなると、そんなことは遥にも分からないのだ。わからないくせに、それでも、言ってみずにはいられない自分がいる。


「源さんはさ、今の自分の境遇を、どんなふうに受け止めてるの?」


「どんなふうって言われても……」

 

 いきなりの質問に、鈴子は困惑して言葉を詰まらせた。

 

 もの心ついた頃から、こう(・・)だったのだ。

 

 ずっとそれが、彼女にとっては「普通」だった。受け止めるも、受け止めないも無い。


「季武さんが言ってた。君の存在は、簡単に言ってしまえば福の神だって。東北のほうに、座敷童子って伝説があってさ」


「……」

 

 聞いている鈴子は、下を向いた。


「小さな子供の姿をした神様で、それが住む家は繁栄する。逆に、座敷童子がその家から出て行ってしまうと、その家は落ちぶれてしまう。だから没落しないため、幸運を手放さないために、福の神は────」

 

 鈴子が、絶望したように目を閉じ、耳を塞いだ。


(まつ)られたり、閉じ込められたりするんだ」


「やめて!」

 

 鈴子は、首を何度も左右に振った。全身で、もう聞きたくない、と表現している。


「私には、どうする事も出来ないのよ……そうでしょう⁉︎」

 

 消え入りそうな言葉の後に続いた一言は、彼女にしては、強い、叫ぶような一言だった。

 

 その時、軽い衝撃が二人を包んだ。わずかに、ゴンドラが揺れているのがわかる。


  ────止まった?

 

 ハッとして、二人は顔を見合わせた。

 

 外を見ると、案の定、遊園地内の全てのアトラクションが停止している。

 

 鬼道(きどう)が、開いたのだ。



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