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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
20/60

澱(おり)

 

 約束の、土曜日がやって来た。現在、午前10時30分だ。

 

 遥は所在無(しょざいな)げに、(みなもと)家の正門前を行ったり来たりしている。

 

 純和風の、長い長い塀瓦にぐるり(・・・)と囲まれた「源さん()」の中の様子は、外側からだと、全く(うかが)い知ることはできない。

 

 「外側」と言ったって、遥が今立っている場所からして、もう、正確には源さん家の中なのである。あまりにも人気(ひとけ)が無いのでフラフラとここまで入ってきてしまったが、来る途中、「私有地」の立て看板を何度か目にした。


「う~ん……」

 

 と唸ってみても、どうにもならない。

 

 重厚な構えを見せる門戸は、一切の訪問者を拒否するかのように、固く閉ざされたままだ。その上、塀の内側には鬱蒼(うっそう)たる竹林が広がっていて、この先にある全てのものを覆い隠そうとでもしているかのようだ。

 

 もともと遥は、鈴子とは、ここから少し離れた神社の境内(けいだい)で、10時に落ち合う約束をしていたのである。


 しかし────


「約束なんて、あって無きようなものだからなぁ……」

 

 鈴子は、家の人にわからないように抜け出してくるのである。

 

 ────そもそも、そんな器用な真似、あの子に出来るんだろうか……

 

 案の定、30分待っても、彼女は現れなかった。やはりと言うか、抜け出すことに失敗したらしい。

 

 ────最初から、無理がある計画だと思わないでもなかったけど……

 

 そう思って様子を見に来てはみたものの、遥は、厚く閉ざされた白い塀の連なりに吐息するばかりで、あとは、ウロウロすることくらいしか出来ないのだった。

 

 ふと、竹林のはるか向こう側に、薄く白煙が上がっているのが見える。

 

 ────いつ頃からだろう?気が付かなかったな……

 

 ここに来た時には、多分、無かったように思う。

 

 二度三度、(まばた)きをする遥の頭上を、明らかにあの煙から逃げてきたと思われる数十羽もの鳥たちが、慌てるように、集団で飛び去っていった。


 *    *    *    *

 


 (みなもと)家の裏手には、玉砂利を敷き詰めた広大な日本庭園が広がっている。

 

 いま、卜部(うらべ)季武(すえたけ)は、そこを横切るように歩いていた。

 

 彼はこうして、ちょくちょく源家を訪れるのだ。彼の母親の眠る墓所が、ここにあるのである。

 

 家の敷地内に一族の墓地があるというのは、何代も続く古い家では珍しくは無い。

 

 要するに季武の母は源家の人で、卜部(うらべ)季武(すえたけ)(みなもと)鈴子(すずこ)とは、実は、かなり近い親戚同士なのである。

 

 季武の母は、(よわい)十六で、源家から卜部家へと嫁いできた人だった。

 

 嫁いできて、すぐに季武を身ごもり、母になる。だが、それから数年後、今から十七年ほど前に、自らの手で命を絶ってしまった。

 

 姫────源鈴子の誕生に合わせて、同年代となる見鬼を産むことが出来なかったことが原因だと言われている。


「よぉ、愛しいママのお墓参りは、もう済ませたのかい?」

 

 背後からの声に、季武は、ピタリとその足を止めた。

 

 声の主に対し、ゆっくりと体ごと振り返る。振り返る前に、彼は心底、嫌そうに唇を噛んだ。


「ええ、済みました。もう帰るところですよ」

 

 内心の心情を覆い隠して、季武は穏やかに言った。


「それにしても、気の毒になぁ」

 

 季武に声をかけた男は、愉快そうに言った。


 見かけは、まるで風船を擬人化したかのような大男である。体型そのものが、驚くほど球体に近い。信じられないほどの肥満体を、特注の、黒系統の上下のスーツに包んでいる。


「聞いたぜ?お前の母親、気を病んだあげくに自殺しちまったんだって?」


「……」


「まったくバカげてるよなぁ、この家の子供の誕生に合わせて、子供をつくる風習なんてよ」

 

 男の愉悦まじりの声は、嘲弄の波間にゆらゆら(・・・・)と揺れている。


「お前がたまたま見鬼だったから、まだ救われているようなもんだぜ、お前の家はよ」

 

 季武は、穏やかな表情のままで、クスリと笑った。


「そんなことより、君のほうこそ、なぜこんなところに?」


「仕事に決まってんだろ。今日、源家の『お声がかり』で、()る政治家のバカ息子が、ここで見合いするんだと。ホレ、この家は、何かと妙な噂が多いだろ?鬼を(だま)して、財を成したとか何とか……」


「……古い家ですからね」


「こんな化物屋敷、護衛がなくちゃ怖くて入れねぇんだとよ。他人(ひと)を出し抜き、蹴落とそうとしている人間ってのは、自然と猜疑心が強くなるらしいや。そういう人間に限って、呪いだの、(さわ)りだのを真に受けやがる。お笑いだよなぁ。まぁ、いいお得意だけどよ」

 

 馬鹿にしたように、風船男は「キシシ」と笑った。


 ただでさえ男の顔は、付き過ぎた頬肉に圧迫されて、両目は細い糸のように弧を描いている。普段から笑ったような顔なので、笑っても、男の顔は、あまり表情が変わらなかった。


「……殺し屋風情が」

 

 ポツリと、季武が囁くように口にした。


「あん?何か言ったか?」

 

 男の両目が、すう(・・)と細まる。この男の場合は、逆に少しだけ両目が開かれた。

 

 季武の顔からも表情が消え、目は針のように細まる。はるか上空を、飛行機が、傍目にはゆっくりと白い軌跡(きせき)を描きながら飛んでゆく。


「それにしても、まったく羨ましい限りだぜ、季武さんよ」


「……」


「この家の一人娘をダシにして、鬼が何だと、いもしねぇモンでっち上げてよ、運気が逃げるとか、金回りが悪くなるとかよ……騙されるほうも騙されるほうだが、まったくどうかしてるぜ、なぁ?」

 

 大男が、「そう思わねぇ?」と付け加えた。そのすぐ後に、男の後ろ頭に何かがブチ当たった。それは、まだ青い紅葉(もみじ)の柄のついた、小さな巾着袋だった。


「ずいぶん、好き勝手言ってくれるじゃない」

 

 男は、ぽかんとした表情で巾着の飛んできた方向を見た。季武も同じ方向を見て、意外そうに目を丸くする。


「おやま、めずらしい所で」

 

 いつも通りの口調で、季武が言った。

 

 男二人の視線の先に、坂田(さかた)皐月(さつき)が立っていた。


 鬼殺しの薙刀、骨喰(ほねばみ)眞守(さねもり)を手に持ち、目にも鮮やかな、京友禅(きょうゆうぜん)の振袖に身をつつんでいる。季武のことを不満そうに見返すと、腰に片手を当てて、目の前の大男をビシっと指さす。


「ちょっと、季武────さん、何でこんな奴に、好き放題言わせておくのよ⁉︎」


「何でって言われても……それにしても、今日はまた、ずいぶんと(めか)し込んでますね」


「それがさぁ、聞いてよ!」

 

 皐月は不機嫌そうに、頬にかかる長い髪を、肩の方へと押しやった。


「30過ぎのオジさんと、見合いさせられるところだったんだから!」


「ああ、なるほど────ま、旧家っていうのは、たいがい早くに跡継ぎを欲しがるもんですから」


「おい!」

 

 風船男の怒鳴り声が、割って入ってきた。


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