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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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古都にて

  

 ポッカリと、丸い月の浮かぶ晩である。

 

  人通りの途絶えた通りで、「まいったなぁ」と、一人の少年が弱りきった表情でつぶやいた。

 

 十代も、ようやく折り返し地点に差しかかりはじめた、といった印象の容貌だが、今年、彼は夏がくる前に17歳になっていた。

 

 少々乱暴に、髪の毛をクシャクシャとかき回す。空いているほうの手で、ポケットから赤と青のツートン・カラーで縁取りされた、一通の封筒を取り出した。


 エア・メールだ。

 

 宛名部分には、かなり達筆な字面で「渡辺(わたなべ)(はるか)様」と書かれてある。

 

 自分の名前が好きではない遥は、そこに一瞬、イヤそうな視線を射込んだ。

 

 「ハルカ」という名は、たいていは女の子に付けられる名前である。自分が、子供の頃からよく女の子に間違われるのは、こういう名前を付けたふざけた両親のせいだ、と固く信じて疑っていない。

 

 実際、17歳という年齢にあって、遥の体格はかなり華奢であり、その線の細さと、もともとの中性的な顔立ちが、彼の、見た目の性別をかなり「あやふや」なものにしている。

 

 不機嫌そうな一息をつきながら、遥は封筒の中身を取り出し、カサカサと数枚の便箋を広げた。やはり、達筆と呼べる文章の羅列を目で追いはじめ、ある箇所に目を止めると、そこを、頭の中で復誦する。

 

  ────京都(こっち)へと帰って来るついでに、名古屋名物「ういろう」を買ってきてもらえると嬉しい。あれは、味と歯触りの絶妙な芸術品であり……

 

  だが、手紙でわざわざ指定までしてきてあった国際空港のある場所から名古屋までは、今、自分が立っている京都の街を通り越して、列車の旅をさらに160キロも延長しなければならない。つまり、「ついで」でも何でもなかったわけである。


「これって、何かの嫌がらせなのか? 」

 

 家庭の事情で日本を離れ、こうして故郷の土を踏むのは、実に何年かぶり────という遥だったが、それにしても、こうまで日本の地理に疎くなってしまっていたなんて思わなかった。


 我ながら、赤面ものもいいところである。


「それにしても、卜部(うらべ)季武(すえたけ)か……一体どんな奴だよ」

 

  いまいましそうに、遥は手紙の差し出し人の名を口にした。おかげで、少なくともお昼前には帰ってこれるはずだった予定が、すっかり夜になってしまったのだ。


 手に持った重そうなボストンバッグからは、名古屋名物「ういろう」が顔を出している。

 

  季武、とやらに対する不平をブツブツとつぶやきながら、遥はこれから自分が世話になる、彼の親戚の家────渡辺の、本家(ほんけ)までの道のりを急ぎはじめた。


 遥の家は、その「本家」の「分家」であり、彼の家族は、いまだ海をへだてた遠方の地で、せっせと事業に勤しんでいるはずである。

 

 一歩、また一歩と、遥は見覚えのある風景を眺めながら歩いていく。


 石畳の路地、小路の横の道祖神、石段の上の柳の木は、大きく、覆いかぶさってくるような迫力が、幼い頃はどうしようもなく怖かった。

 

  そして、入り組んだ角を曲がった何度目かに、それはいきなり、遥の眼前に飛び込んできたのである。


「何だ、アレは……」

 

 遥は、昔から「おかしなモノ」が見えてしまう体質だ。


 しかも、それはどうやら「家系」的なものであるらしく、これから向かう先、渡辺本家の長男、遥の従兄弟(いとこ)にあたる、5歳年上の渡辺(わたなべ)(こう)と、その妹の(むすび)も、自分と同じような体質だったはずだ。

 

 それでも、こんなに凄いのは初めて見る。

 

 それは、民家の二階ほどもある巨体を前屈気味にかがませながら、夜の住宅街を、のそり、のそりと静かに徘徊しているのだ。


 額からは、確かに一本の角が突き出ている。真っ黒な剛毛に覆われた体は青白い光に淡く包まれ、まるで月光を反射しているかのようだ。実に、シュールな光景である。


「────鬼? 」

 

  に見える。

 

  一つしかない大きな瞳がギョロギョロと動き、まるで何かを探しているふうである。


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