坂ノ上学院、高校白書 ②
昼休みになった。
坂田皐月と麻田絵里の二人は、しんと静まり返った薄暗い一室で、互いに向き合うようにしながらお弁当を囲んでいる。
「ねぇ」と、絵里が皐月に話しかけた。
「委員長と渡辺君ってさ、よく話してるとこ見るよね?仲、いいよね……」
絵里の声は、次第に尻すぼみになっていった。ハァと、小さな溜め息が、それに続く。
ここ最近の絵里の話題は、そればっかりだ。皐月は、そんな絵里が、近頃、少し鬱陶しい。
「えいも、あいふふぉふふうにしゃふぇれぶぁいいふぉ」
「……わからないよ、皐月ちゃん」
皐月はモニョモニョと口の中にモノを入れたまま喋るのをやめ、いったん、完全に飲み込んでから、改めて口を開いた。
「絵里も、アイツと普通に喋ればいいよ」
「無理 無理 無理!絶っっっ対に無理‼︎だって、私が話せる事って言ったら漫画とかさ、あとは流行りのドラマの話題しかないもん!きっと、バカだって思われるよぉ!」
泣きそうな声で、絵里は縋るように、皐月に顔を近づけた。
「大丈夫よ、アイツだって、結構バカだし」
皐月はニッコリと微笑んで、絵里の肩をポンと叩いた。
薄暗い室内に、半ば閉じられた遮光カーテンから光が差し込んでいる。そこに出来た陽だまりが、やや場違いな温もりとなって、黄金色のオアシスを形作っている。
たいして広くもない室内は、この二人の少女たちの他には、いくつかの人体模型、剥製、骨格標本、そして壁面の棚いっぱいに陳列された、ホルマリン漬けのガラスケースで占められていた。
ここは、見たまんまの「標本室」なのである。
坂ノ上学院は、創立が江戸末期というだけあって、どれもみな年代モノだ。特に、いくつかある骨格標本の中には、一体だけ、本物の人骨を使ったものが混じっているというウワサまである。
こんな気味の悪いところで、よく箸なんか動かせるなと、皐月は絵里を見て思った。
────普段、気味の悪いモノを見慣れている私だって、こんなところで食べようなんて思わないのに……
その、「こんなところ」に彼女を連れてきたのは皐月本人なのだから、勝手といえば勝手な理屈である。
最近、絵里のことが煩わしくって、この際遠ざけてしまおうと、こんな気味の悪いところまでやって来たというわけだった。
なのに、絵里は平然と、特に嫌な顔などせずに、自分と一緒に、ここでゴハンを食べている。
目についた、古ぼけた人体模型と目が合うと、皐月は自分自身の身勝手さを見透かされてるような気になって、つい、アッカンベと舌を出してやりたくなってしまう。
「だからさ…お願い!」
絵里は、両手を合わせて「お願い」のポーズを作った。
「はぁ?」
絵里の話を適当に聞き流していた皐月には、何が「だから」なのか、さっぱり分からない。
「皐月も、渡辺君と仲いいじゃない?だからさ、それと無く訊いてみてほしいの」
「……何を?」
嫌な予感がして、皐月は後退るように、少し身を引いた。
「渡辺君、いま付き合ってる子がいるのかどうか……あ、それとも『いま、好きな人いますか』のほうがいいかな?どう思う?」
「…………しょうがない……」
「え?」
「これだけは言いたくなかったけど……絵里、落ち着いて、よく聞いて?」
「何?」
「渡辺遥って、実は……」
「うん」
「変態よ」
皐月の目は真剣で、絵里は、半ば気圧されるように目を真ん丸くした。
「ヘン…タイ?」
「そう。男なのに、男が好きなの」
「……」
「その証拠に、一つ前の席の菅原啓太と、異様に仲がいいでしょう?」
「そうかな?普通だと思うけど……」
「ところが、それが普通じゃないのよ。この前なんか、二人仲良く抱き合ってたんだから!(大ウソ)」
「……」
「その他にも、口じゃ言えないあんな事や、こんな事も……」
何を想像しているのか、皐月は真っ赤になりながら、口の中でモゴモゴと言った。
「あんな事や、こんな事……」
二人の頭の中を、今、妙な妄想が目まぐるしく駆け巡っている。
やがて、どことなく気不味い沈黙が降りはじめた。
「……きょ、教室、戻ろうか?」
「……うん」
二人はぎこちなく微笑を返し合って、ぎこちなく目線を逸らし合った。皐月は、またもや人体模型と目が合って、去り際、今度は思いっきり人差し指で下まぶたを引き下げ、舌を出してやった。




