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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
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坂ノ上学院、高校白書 ①

 

 朝の教室────

 

 絶え間なく続くざわめきが、その時間特有の、独特の喧騒を作り上げている。その独特の空気に、教室の扉を開ける音が重なった。


「き、来た……」

 

 坂田(さかた)皐月(さつき)の耳元で、一人の女子生徒が低くつぶやく。「来たよぉ」と囁きながら、皐月の制服の袖口を引っぱる。


「そりゃあね、日曜ってわけじゃないし……」

 

 分かり切ったことを、皐月は仕方なさそうに口にした。

 

 夏休みが明けて、二学期の始まりと共に転校してきた渡辺(わたなべ)(はるか)は、実は転校当初から、ちょっとした注目の的になっていた。

 

 もともと、転校生というのは注目を集めやすい。存在自体がミステリアスだし、遥の場合、見鬼特有の「顔立ち」が、それに加わる。

 

 だいたい、見鬼というのは生まれながらに誘惑者と言い切ってしまってもいい存在だから、色々と始末が悪い。

 

 彼等が敵としなければならない「鬼」は、人の体を乗っ取る際、宿主となった人間の身体能力を、ギリギリまで上げて戦いを挑んでくる。見鬼の多くが人を魅了する容姿を持つのは、そういった、もともと人間だった魔物との戦いを、少しでも有利に導くためだ。

 

 そして、もともと生きのびるための能力だから、その魅力(ちから)は、困ったことに男女の別を全く問わない。


 基本的に男性の見鬼は性別のハッキリしない中性的な美貌に、女性の見鬼は凛々しさをも備える、どちらかと言うと両性具有的な美貌に、それぞれ片寄る傾向にある。

 

 遥、由良(ゆら)季武(すえたけ)の三人にも、その傾向は顕著(けんちょ)で、特に10代の遥と由良は、女子の中に混じれば、たちまちその中に溶け込んでしまうほど線の細い容貌をしている。その種の生徒は、多感なこの時期、どうしたって男女を問わずに注目を浴びてしまうものだ。

 

 皐月は、中等部以来の親友である麻田(あさだ)絵里(えり)の横顔を、さりげなく横目で探り見た。絵里は、モロに恋する乙女の視線で、小さな吐息まで()えながら遥のことを目で追っている。

 

 ─────ちょっと、ちょっとぉ~

 

 皐月は心の中で突っ込みを入れると、親友のそれよりも、少し重たい吐息を洩らした。

 

 (チャイム)が鳴っても、担任が来るまでは生徒達のザワめきが止むことはない。


 

 ─────「でね、その後で先輩がね」


 

 ─────「だからぁ、私が言いたいのはそういうことじゃ無くてぇ」


 

 ─────「やべぇ、俺、今日数学当たる日じゃん」


 

 などなど、誰かの声に誰かの声が重なり合って、終わるということが無い。

 

 そんな中、(みなもと)鈴子(すずこ)だけは誰との会話にも加わらず、一人ポツンと、机の上に広げたノートと睨めっこしている。

 

 遥、皐月、鈴子の三人が同じクラスなのは、もちろん偶然ではない。

 

 そもそもこの坂ノ上学院は、皐月の家────というか、「坂田グループ」が経営している学校なのだ。

 

 学院長は皐月の伯父(おじ)、理事長は皐月の祖父、要するにここは、源家の「姫君」のため、わざわざ作られた学校なのである。

 

 どのような時、どのような場所で、どのような事態に陥ろうとも、源鈴子だけは守り通さなければならない────そんな、五つの家の切実な「願い」とでも言うべき事情が体現されたのが、この学校というわけである。

 

 その上で、それぞれの家は、「姫君」の誕生に合わせて子供を産む。

 

 姫と見鬼が同年代だというのは、あらゆる意味で都合がいいからだ。一日中、自然に姫の(そば)にいることが出来る。

 

 だが結果的に、碓井(うすい)家と卜部(うらべ)家は見鬼を産むことが出来ず、渡辺(わたなべ)家は出産が遅れ、坂田(さかた)家だけが唯一、鈴子と同年代の見鬼を産むことに成功したのだった。


 だからこのクラスには、由良の兄である「碓井」の姓をもつ生徒もいる。皐月の話では、彼は見鬼では無いことを気に病み続け、あげく登校拒否になって、一度も学校に出てきてはいないらしい。


「遅いわよ、渡辺君!」

 

 このクラスの学級委員(ルーム)長、御厨(みくりや)素子(もとこ)が、待ち構えていたように遥に声をかけた。


「予鈴が鳴り終える前に、教室には入っていなくちゃ!」

 

 本来は遅刻です!と、口調を強めながら遥に詰め寄っていく。

 

 丸みを帯びた顔に、編み込んだ三つ編みと黒縁メガネの組み合わせが、意外なほど良く似合っている。


「まぁ、いいじゃないの」

 

 すかさず、間延びした声が別の方向から返った。


 遥の一つ前の席の、菅原(すがわら)啓太(けいた)だ。


「慣れてきたっていう、何よりの証拠じゃん。なぁ?」

 

 そう言いながら、啓太は読んでいた漫画雑誌を閉じ、顔を上げた。いかにも悪ガキ然とした顔で、遥に笑いかける。

 

 菅原啓太は、この部活動の極めて盛んな坂ノ上(さかのうえ)学院において、いくつかの部を(かけ)()ちする身だ。


 遥、皐月、鈴子のように、何の部にも籍を置いていないというのもここでは珍しいが、彼のような「掛持ち派」も、それはそれで珍しい。180センチ近い長身、そのうえ茶髪とくると、もう、この学校では唯一無二の存在といっていい。


「そういう慣れ方は、困ります!」

 

 教師然としたモノ言いを、特に違和感なく板につかせてしまうのは、メガネというアイテムが持つ、不思議なところだ。彼女は学級委員じゃなかったときも、「委員長」というアダ名を付けられていたらしい。


「あ……」

 

 啓太が、可笑(おか)しそうに素子の眉間を指差す。


「何よ?」


「また、眉間にタテ(じわ)寄ってるぞ」

 

 プッと、わざと吹き出すマネをする。


「…………」

 

 一瞬肩を震わせ、素子は黙って、啓太の机の上の雑誌を手に取った。それをクルクルと丸めて、棒状にする。

 

 啓太と遥が、顔を見合わせた。恐る恐る、二人一緒に素子の顔へと視線を戻す。

 

 素子の目は、すわっていた。その上、顔には表情が無い。


「あれ?何だか、かなりヤバそうなんですけど……」


「お前は、いつも一言多い。いつか言おうと思ってはいたんだ、僕は」

 

 ふざけ半分で問いかけてくる啓太を拒否するように、遥は慌てて言葉を被せた。

 

 啓太が、口を開いて何か言いかける。

 

 だがその前に、啓太の頭は嵐のようなポカポカ攻撃の連打にさらされ、とても何か言うどころではなくなってしまっていた。


御厨(みくりや)……チャイム、鳴ってんだけど…」

 

 その声に、素子はハッとなって教壇のほうを振り返った。

 

 いつの間にか、このクラスの担任である坂田先生(当然、皐月の身内。いったい、何人の身内が入り込んでいるんだ)が、教卓の前で弱りきった表情を見せている。

 

 教室の各所から、クスクスという笑いが漏れ出す。


「号令、号令だってば、委員長」

 

 遥に耳打ちされて、ようやく素子は自分の役割を思い出した。


「き、きりーつ」

 

 たどたどしい号令をかけながら、取り繕うように自分の席へと素子は戻ってゆく。声が、妙に半泣きっぽい。

 

 そんな素子を見て、啓太は遥の肩に手を置き、大笑いしている。

 

 これじゃ何だか、自分が共犯みたいでイヤだなぁ、と、遥は思った。


 

 これから少しの間、学校でのエピソードを綴っていきたいと思っています。

 

 見鬼である彼等にも学校での生活があり、学校内での交友関係もある、というところを描いておきたいと思ったのです。

 

 不特定の人間が多数集まる「学校」という空間は、何て言うか、魅力的な場所ですよね

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