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東の果てのマビノギオン  作者: 秋月つかさ
14/60

季武と、アキオちゃんと、見鬼たちの憂鬱


昭夫(あきお)ちゃんに会った?」

 

 報告を受けた季武(すえたけ)は、驚きの声を上げた。相変わらず、その声に緊迫感はゼロだ。

 

 ここは卜部(うらべ)家の、奥まった一室のうちの、どれかである。「リーダー」である季武が戦わないため、「定例行事」を終えた遥たち四人は、その首尾を、逐一(ちくいち)、季武に報告しに来なければならない。


「……アキオちゃんっていうんだ、あの性格悪いの」

 

  皐月が、つい先程までの事を思い起こして、一言一句、いまいまし気に口にした。


「アキオちゃんでも何でもいいけどさ、いつまで幼馴染み感覚でいるつもりだよ」

 

 うんざりとした顔つきの由良は、その感情を、皐月以上に声に込めながら言った。


「昔は『アキオちゃん』『スエちゃん』と、お互い愛称で呼び合っていた仲だったんですけどねぇ」

 

 メガネの位置を直しつつ、そのくせ両目は閉じながら、季武は言った。


「向こうは、とっくの昔に、そうは思っていないわよ!」

 

 あいつ、今度会ったら絶対ボッコボコにしてやるから!と、ものすごい剣幕で皐月が意気込む。


 それに同調するように、由良が、身を乗り出して口をはさんだ。


「今度と言わず、明日にでもこちらから仕掛けてみるってのは?」

 

 その瞳は、不敵な輝きで溢れている。鬼を退治てきた一族の末裔、という誇りと自負が、必要以上に圭角(けいかく)となって、由良自身を支配している。そんな危うい狷介(けんかい)さが、確かにこの少年にはあるようだった。


「どうして君は、そう過激な方へと、話を持っていこうとするかなぁ」

 

  両手を肩の高さまで上げて、手のひらを上にして首を振る。「やれやれ」のポーズだ。


「甘すぎるんだよ、季武はさ」

 

 由良はポツリと口にしながら、不満そうに外方(そっぽ)を向いた。まだあどけなさを強く残す少年の顔が、舌打ちでもしかねないほどに歪んでいる。


「あの────」

 

  しばらく口を(つぐ)んでいた遥が、遠慮がちに口を開いた。


「鬼の子孫って言っても、今では、ほとんど人間────に近いんですよね?」


「うん、まぁ、そうだね。人との間に子供を設けるということは、つまるところ鬼の『身体(からだ)』も、人間と同じでなくてはならないわけだし……」

 

  由良の家でもそうらしいが、卜部(うらべ)家でも「鬼」という存在に関する研究、調査には抜かりが無いらしく、季武の口調には、(よど)みというものが全く無い。


「例えば、人間の遺伝子とチンパンジーの遺伝子は、98%同じです。ですが、たったの2%違うというだけで、この二つの霊長類の間に、子供は決して生まれないのです」

 

 子孫を残す、ということは、それほどデリケートなものなのだと季武は言う。


「つまり、鬼────というか、異世界の存在が人との間に子孫を残せる、ということは、取りも直さず、鬼は人の体を乗っ取る際、故意に対象者の『構造』を変えていないか、あるいは変えられない、もしくは、変えない方が都合が良いのだと考えられるわけです。だから鬼と人との間に生まれる子供は、まず100%人間、ということになりますね」

 

 違いがあるとしたら、西洋人と東洋人くらいの差しか無いんじゃないかなぁ、と、季武は締めくくった。

 

 つまり巴一族(かれら)は、自分たちと同様、普通に人間だということになる。


 それなら、二つに別れて仲間割れなんてしてる場合じゃない。現実に、源鈴子という人間の少女を、何だかよくわからない異形のものたちが奪いに来ているのだ。

 

 この異様な状況に、「本家(ほんけ)」の人間達は慣れきってしまっているように思える。

 

  遥は、視線をさりげなく鈴子へと向けてみた。

 

 鈴子は畳の目でも数えるように、伏し目がちの視線を、(うつむ)くように下へと向けながら正座している。学校でも、よく見かける姿そのままである。

 

  彼女は自分自身の境遇を、どう思っているのだろうか。

 

 ふと、そんなことを考えてみた。

 

 考えてみれば、遥はまだ、一度も彼女とまともに会話を交わしたことはなかった。というか、鈴子が喋っているところ自体、あまり見かけない。


昭夫(あきお)ちゃんは、大獄丸(たいごくまる)っていう強~い鬼を退治した英雄の家系ですから、彼の『見鬼』は、その先祖の血が色濃く出たものでしょう」

 

  やや(せわ)しない口調で喋りながら、季武は、ここにきてチラチラと壁際の時計を気にしている。その動作は、あからさまにワザとらしい。


「ちょっと、さっきから、なにをそんなに時間気にしてんのよ」

 

  皆の心を代弁するように、皐月が不愉快そうに口を開いた。


「あれ?わかっちゃいました?」

 

 応じる笑顔も、またワザとらしい。明らかに、誰かが指摘してくるのを待っていた顔である。


 皐月と由良の目が細まって、ある種の「臨戦態勢」をとった。


「実は、これからちょっと、人と会う約束が……」


「約束~?」

 

 二人同時に、声が揃う。皐月と由良は、おそらく度重なる経験則から、季武の性格というものを知り尽くしているのだ。


「もちろん、仕事です。仕事の話をしに行くんです」

 

 また言い方が、この上もなくウソっぽい。誰が聞いても、ウソに聞こえる。


「ウソつけ」

 

 と、由良に直球で突っ込まれてしまった。


「どうせまた、加茂(かも)川ぞいの芸妓(げいこ)のところへでも行くんだろ?」

 

 続けざまの少年の言葉に、季武が、やや早口で狼狽(うろたえ)きった声を上げる。


「な、ちょ、ちょっと君、は、一体、何言ってんの?」

 

 少し逆ギレ気味なところが、かえって分かり易い。図星だったと、自分からバラしているようなものだ。


「別に誤魔化(ごまか)さなくたっていいわよ。『玉ネギちゃん』だか何だかよくは知らないけど、芸妓の()に入れあげてんの、とっくに知ってるんだから」

 

 皐月が、冷ややかに言う。季武が、玉菊(たまぎく)です!タ・マ・ギ・クと、ムキになって訂正した。


「タマギクでもタマネギでも、どっちだっていいわ。それより私たち、まだ色々とアンタに()きたいことあるのよね」

 

  声の様子は静かだが、皐月がかなり(いら)立ってきているのがわかる。本気で彼女を怒らせたら、どんなことになるか。坂田の血筋は剛力(ごうりき)なのだ。


 季武の表情が、みるみると強張ってゆく。


「わ、わかりました、では、こうしましょう。また後日────今日じゃない日に時間空けますから、それでいかが?」


「そう言って、本当に時間を空けたことが、今の今まであったかしら?」

 

 皐月が立ち上がり、由良も()りげ()く季武の退路を断つ。廊下へと出る障子を由良に塞がれて、季武が泣きそうな声を出した。


「わ、わわわ、君たち、何を?ああ、約束の時間が……」


「今日こそはリーダーらしく、私たちの訊きたいことに、色々と答えてもらうわよ?」

 

  鈴子だけには、この雰囲気が(ただ)ならぬ状況に思えるらしく、あたふた(・・・・)と持ち前の「おろおろ感」を強めていく。

 

 遥も一応、どうしていいのかよく分からないまま、とりあえず立ち上がった。

 

 その時────


「セバスティアーン、セバスティアーン!」

 

 突如、皐月の背後の(ふすま)が、カラリと開いた。一瞬遅れて、由良の背後の障子(しょうじ)も開く。

 

 由良の側の障子を開いたのは、黒の上下に蝶ネクタイといった、執事の正装に身を包んだ品のいい老人だった。その老人が、素早く由良を羽交い締めにする。

 

 皐月も、やはり由良と同様、自分の背後の(ふすま)を開いて現れた人物に、いきなり押さえつけられていた。


 しがみ付くように皐月を押さえつけているのは、白いエプロンに、白い女中帽という、メイド服がよく似合っている女の子である。見た目は明らかに、皐月よりも幼く見える。ツインテールという、髪型のせいもあるかもしれない。振りほどこうともがく(・・・)皐月を抱き押さえるのに必死で、半泣きである。


「申し訳御座いません、碓井様、坂田様、誠に、誠に申し訳御座いません!」

 

  叫ぶように、老執事が言う。もはやヤケ(・・)なのか、テンションが高い。


「よくやったセバスティアン、それにアユミ。絶対に放すなよ!」

 

 そう言い残して、浮かれながら慌ただしく部屋を出てゆく季武。日本家屋の旧家に、洋装の執事とメイドは、どこかミスマッチだった。すべては、季武(あるじ)の趣味に違いない。


「ちょっと、何やってんの遥くん!」


「えっ?」


「追って!連れ戻すのよ!」

 

 皐月はアユミを引き剥がそうと、その両腕に力を込めた。肘でアユミの片方の()っぺたが押し歪められ、お多福(たふく)のように変形する。

 

 「ひ~ん」と、実に哀れっぽい泣き声が響いた。半ベソをかきながら、アユミは皐月の脇腹へと手を伸ばす。そして間髪を容れずに、くすぐり攻撃を開始。おそらく、力で負けそうになったらそうしろと、あらかじめ(あるじ)である季武に言い含められていたのだ。


「え?あ、あっ!ちょっと!」

 

 どうやら、弱点だったらしい。大股開いて、皐月は実にあられもない格好でのたうち回り始めた。


「追って!追いなさい!」

 

 皐月が、声を振り絞る。笑いながらだから正確には判らないが、多分、そういう主旨のことを言っているのは間違いない。

 

 だが、もう廊下には、とっくに季武の姿は無かった。ただ、遠ざかってゆく車の排気音だけが、遥の耳に微かに伝わってくるばかりである。

 

 思わず、感心してしまいそうになるほど見事な逃げっぷりだ。

 

 遥が「奥の間」へと戻ると、そこには泣きベソをかきながら、なおも皐月をくすぐり続けているメイドと、ひたすら由良に平謝りの老執事という、収拾のつかなそうな光景が広がっていた。


「……」

 

  ─────ひょっとして、普段から、いつもこんな調子なのか……?

 

 半ば茫然と立ち尽くす遥のことをからかうように、何処かで鹿威(ししおど)しの鳴く声が音高く響いた。


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