フォーマット(アナザーエンディング)
この物語は「任期を全うすると願い事が叶う」という劇中設定を無視する結末になっています。ナオもルイも自身の願い事を叶えていません。物語のセオリーとしては間違っていると言えます。なぜこのような終わり方なのかというと、実はミユルを主人公に物語はまだまだ続く予定でした。その前提のもとこの作品は書かれたのです。「リエントリー」は「つづく」という前振りでした。しかし残念ながら作者の力不足ゆえ、当初の思惑に沿った物語にはなりませんでした。したがって「つづかない」バージョンのエンディングも掲載することにしました。「願い事が叶わない」という結末には、こちらの方が理にかなっているように思いますが如何でしょう。
「第四期セミルナティック」からの続きとなります。
そこに空間はなかった。
あるのは肉体の檻から解放された二つの意識だけ。
何ものにも煩わされることのない純粋な存在。
それは戯れながら混じり合い、やがて拡散し消えていった。
完全なる無を確認したあと、僕は三次元宇宙への復帰を試みた。
◇
「ミユル。ミユル」
「……クーちゃん?」
ミユルが意識を取り戻した。身体を起こし、自身の姿を見て呟く。
「変身が解けている? ってことは……ルイさん、死んだんだね」
「ああ」
「……そうだ。ナオさん、ナオさんは?」
僕は答えなかった。
「そう」
ミユルは全てを悟ったようだった。
「ミユル。話しがある。大切な話しだ」
だがミユルは僕を無視して立ち上がると、フラフラとガラス片の散らばる道路へ出た。
そして鋭利なガラス片を一つ拾い上げ……。
「やめろ!」
喉に突き当てる寸前僕は記憶操作を行った。ミユルが脱力してしゃがみ込む。
しばらくして我を取り戻した。立ち上がり不安げに辺りを見回す。
再び僕は声を掛けた。
「ミユル。話しがある」
ミユルがギクリとして声の主を捜す。
「ここだよ、ミユル」
足元にいる僕を発見し、目を見開いた。
「あなたが……喋ったの?」
「そうだ。僕の名前はクライン。三次元宇宙の安定を目的に派遣された、高次元生命体の端末だ」
「クライン? インターフェイス?」
「世界は今危機に瀕している。これから早急に修復しなければならない。再び魔法少女になってくれないだろうか」
「マホウショウジョ? 意味わかんない。それよりここ何処? なんでわたし、こんな所にいるの? 真っ暗で怖い。それに寒い。凄く寒いよ。凍えそう」
記憶を魔法少女登録以前にまで遡り、操作したのはやり過ぎだったか。
「あ」とミユルが口元を押さえ、僕の後ろに視線を移した。
振り向くと三体の小動物がいた。耳の形や毛色はそれぞれ異なるが、いずれも僕と同じ端末だ。カナダ・アラスカ担当のマクスウェル、オセアニア担当のラプラス、ブラジル担当のファラデー。
「どうしたんだ三体とも! 担当地域外で何をしている! 今は自分の担当地域において魔方陣の再構築に努めるべきだろう!」
マクスウェルが口を開いた。
「クライン。状況は君が思う以上に切迫している。全ての端末が復旧するまで少なくともあと一週間はかかる。これを待って魔方陣の再構築を開始しても遅い。すでにICBM(大陸間弾道ミサイル)に液体燃料を注入し始めた国がある」
「なんだって!」
「この危機を回避するため、僕たちの出した最善策を君とミユルに伝えに来た」
「最善策……」
「変身したミユルに六百六十六人分の高次元エネルギーを集中させ、究極の癒し魔法を発動させる。これを持って世界を浄化するのだ」
「馬鹿な! そんな事をしたらミユルは負荷に耐えられず死んでしまう!」
「ミユルは現時点において唯一の光属性だ。そしてシングルマインドの数値が最も高い。ほんの一瞬耐えることができればそれで良い。高次元エネルギーの集中供給は僕たち三体が補佐する」
「その一瞬で死んでしまう! 魔法少女に死を強要するのか。死ぬと解っていてミユルに魔法少女になれと言うのか。ナオの犠牲だけでは足りないというのか」
「クライン。これが最善策であると先に言ったはずだよ」
マクスウェルの言うとおり、今から魔方陣の再構築を行っても遅いのかも知れない。ICBM(大陸間弾道ミサイル)の話しが事実なら、ミユルの生命も危機にさらされるだろう。高次元エネルギーの集中供給が必ずしもミユルを殺すとは限らない。特異ではあるがルイの例もあるのだ。
僕はマクスウエルの提案を受け入れた。
「ミユル」
「なに? さっきからなにを話しているの?」
「改めてお願いする。魔法少女になってくれないだろうか」
「だから魔法少女とかわかんないよ! ここ何処なの? お母さんは? 今すぐわたしを家に帰して!」
「世界は今戦争に突入しようとしている。このままでは大勢の人たちが死んでしまう。君のお母さんも、お父さんも、弟も、友達も、先生も! 人類が滅びかねない」
「みんな、死ぬ?」
「そうだ。今この危機を打開できるのはミユルしかいない。君が持つ癒しの力が必要不可欠なのだ」
「わたしが持つ癒しの力……」
ミユルの目に輝きが戻るのがわかった。
「わたしがお母さんを、お父さんを、救う?」
「その通りだ! 君が救うのだ! 君が大切に思う全ての人々を! ミユル、今一度魔法少女になってくれ!」
ミユルが僕の目を真っ直ぐ見て言った。
「いいよ。わたし魔法少女になる。魔法少女になってみんなを救う。だって魔法少女は憧れだったから!」
ミユル。第二期登録更新。
東の空が光った。
夜明け? しかし日の出にはまだほど遠いはず……。
光りはあらゆる方角に広がってゆく。まさかこの光りは……。
ミユル、早く変身の呪文を。
ミユル、早く癒しの魔法を。
ミユル……
おしまい
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ネーミングについて
「マツナガ・ルイ」は漢字で「松永琉生」と書きます。「琉生」本来の読み方は「りゅうせい」です。とても男らしい名前です。故にルイは「りゅうせい」という読みを嫌い、小学生の頃からナオに「るい」と呼ばせていました。中学に進学してから公の場でも「まつなが・るい」と名乗るようになりましたが、戸籍上はあくまで「まつなが・りゅうせい」という設定です。
「ユウキ・ナオ」は「結城奈緒」と書きます。漢字にすると意外と女の子らしい名前です。
「キリシマ・ウララ」「キリシマ・キララ」は「桐嶋麗羅」「桐嶋煌羅」と書きます。漢字にすると結構厳めしい字面です。
このように漢字で表記すると人格に先入観が出来るので、作中はあえてカタカナ表記にすることにしました。