リエントリー
そこに空間はなかった。
あるのは肉体の檻から解放された二つの意識だけ。
何ものにも煩わされることのない純粋な存在。
それは戯れながら混じり合い、やがて拡散し消えていった。
完全なる無を確認したあと、僕は三次元宇宙への復帰を試みた。
だが出口は見つからず、僕は僕自身が何者であったのかを忘れていった。
◇
「おい、ルイ。なにやってるんだよ」
振り向くと男の子がいた。
「あ、ナオちゃん」
「なんだ、その変なネコ」
ナオと呼ばれた男の子が僕の両脇を掴んで持ち上げた。
「あれ? ネコじゃないぞ。フェレット? キツネ? 見たことがないな、こんなの」
「だろうね」
ルイが白い歯を見せた。
「ひょっとして新種? どこに電話したら良いんだろ。動物園? テレビ?」
冗談じゃない! 正体をばらしたくはないが、保健所にでも連れて行かれては面倒だ。
「ナオ。僕を降ろしてくれないかな」
「うわっ!」と叫んでナオが僕を放り投げた。
空中で身体を捻り、辛うじて着地する。
ああ、だから男の子は嫌いなんだ。がさつで乱暴。嫌だ嫌だ。
「キショ! 喋ったぞ! なんだこれ!」
「キショとは失礼だな。僕は三次元宇宙の安定を目的に派遣された、高次元生命体の端末だ」
「また喋った! おい、ルイ。これなんだ!」
「あれだよ、ほら。魔法少女モノに出てくるマスコット的なアレ(・・)」
「魔法少女? 魔法少女ってアニメでステッキぶん回すヤツ?」
「うん」
「ダメージ受けるとパンツ見せて『イヤーン』ってするヤツ?」
「……『イヤーン』かどうかは知らないけど、うん」
「そんなものがどうしてここにいる?」
「わたし、今から魔法少女になるの」
「おい。寝言は寝てから言ってくれ。男が魔法少女になれるわけないだろう!」
え?
「そんなことないもん。わたしだってなれるもん。魔法少女は女の子の憧れなんだもん」
「誰が女の子なんだよ! ニューハーフの魔法少女なんて聞いたことがない。そんなアニメ、PTAからクレーム付いて、たちまち放送禁止だ」
ええっ?
「き、君たち、ちょっと待ってくれたまえ。もう一度言ってくれないかな」
「どの部分?」とナオ。
「ニューハーフがどうのこうの、の辺り」
「ルイは男だ。こんなナリしていて生意気にチンコが生えている」
「ナオちゃん、生意気は酷いなぁ。ナオちゃんだって最近、おっぱい出て来たくせに」
記憶操作を済ませると僕は二人の元を離れた。
あぶないあぶない。あやうく男の子を魔法少女登録するところだった。魔法少女の欠番は魔方陣そのものの存続にかかわる重大な問題なのだ。それにしても時代は変わった。見た目だけで判断してはダメだ。これからは全端末に性別のチェックを義務づけることにしよう。
さて次の候補は……。
ヤマネ・ミユル、中学一年生。
ミニスカートのよく似合う女の子であることを、僕は願ってやまない。
おしまい
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
これでお終いですが、アナザーエンディング「リエントリー」を掲載させていただきます。よろしければ冒頭の見苦しい言い訳ともにどうぞ。