表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第二期 フラグメンテーション

「アヤカ。あと一期だね。ここまで良く勤めてくれた。感謝するよ」

「後任探しは順調ですか?」

「ああ。候補は複数名挙がっている。このうちの何人が魔法少女になってくれるものか」

「でもクラインさん。魔法少女の存在が周知のものとなりつつある現在は、なりたいと思う人も多いんじゃないですか?」

「そうあってくれると良いんだが」

 アヤカは積極的に魔法少女になった訳ではない。僕の説得により渋々承諾したというのが本当だ。恵まれた環境に育ったアヤカにとって、四期勤めた報酬である願い事などなんの意味もなかったのだ。目標のない業務に対し人は真剣になれるものではない。当初アヤカはキリシマ姉妹が言うところの「浮ついた気持ち」で魔法少女の業務をこなしていた。ところがとある事件がアヤカを変える。

 名門の私立中学に進学する際、偶然目にした戸籍により現在の母親が継母であることを知ってしまったのだ。父親を問いただしたところ、実の母は籍を入れることなくアヤカを生むと去っていったという。その理由を父親は頑として教えようとしなかった。また実の母が何者で、今何処にいるのかさえ教えようとしなかった。アヤカはこれを魔法の力で知ろうと決意する。これを機にアヤカは魔法少女と真剣に向き合うようになり、キリシマ姉妹との共闘も積極的に行うようになったのだ。

「アヤカ」

「はい?」

「君の願い事はやはり、母親探しなのかい?」

「ええ」

「真実は必ずしも正解ではないぞ」

「わかっています。しかしどんな人であろうと母は母です。わたくしは会わなければならない。そしてなぜ去ったのか、その理由を知らなければならない。自分のルーツを知らずして、これからの人生を歩めるとは思えません。ただこの行為が今の母を傷付けるのではないか、それだけが心配です」

 継母と知り、今の母への愛がより深まったという。今まで実の子と変わらぬ愛をアヤカに注いでくれたからだ。

「遅かれ早かれ将来的には必ず直面する問題です。たまたま中学進学時に露見してしまっただけのこと。父がなにを隠したいのかは知りませんが、わたくしはただ真実が知りたい」

 ここまで現実主義な魔法少女を僕はアヤカ以外に知らない。


     ◇


 深夜の山奥。都心を離れたこの場所に、ナオをはじめとする五人の魔法少女が集まった。目的は訓練だ。厄災(バグ)による破壊行為が連続したため、警察の目が厳しくなり街中の訓練が難しくなってしまったのだ。

「ミラクルショット!」

 ミラクルブラスターから光弾が発射される。

「曲がれ!」

 ナオの叫び声も虚しく、光弾は一直線に山の斜面に飛んでいく。閃光が走り、斜面にぽっかりと黒い穴が開いた。

「やっぱりダメか。よし、今度はウララ、頼む」

「オーケー」

 再びナオが光弾を放つ。それを追ってウララが風を起こす。ミラクルブラスターの光弾を、ウララの風でコントロールしようというのだ。

「えい! このぉ! それ!」

 バブル時代のOLよろしく、ウララが扇を振り回す。若干は軌道が変化したものの、とてもコントロールしているとは言いがたい。光弾は再び山の斜面に穴を開けた。

「重い。すっごく重いよ、ナオくんの(たま)

「俺のタマってそんなに重い?」

 ナオがニヤニヤしながらウララの顔を覗き込む。

「もう、ナオくんったら! それってセクハラ!」

「俺は確認しただけだぜ? どこがセクハラなんだよ」

 依然ニヤニヤしているナオにキララが言う。

「コントロールは諦めて、ウルトラマン方式にしたら?」

「それじゃあ、ヌトヌト相手と戦えない」

「わたしたちがいるじゃん」とキリシマ姉妹。

「そうなんだけど、やっぱりコントロールできないと危険だ。どっかに飛んでいって人に当たったら、取り返しの付かないことになる」

 ナオも多少は魔法少女としての自覚が出てきたようだ。今履いている短パンを除けばの話だが。

「ウララちゃん。そんなに重いの?」

 光り輝くルイが尋ねる。ルイはこの山奥にあって照明係として立っていた。不思議と走光性のある昆虫が寄ってこない。光の成分が太陽や電灯とは異なるのだろう。

「超重い。岩の塊みたい」

「ナオちゃん、もう一回撃ってみて」

「どうする気だ?」

「重さがあるのなら、わたしがコントロールできるかも知れない」

 なるほど。理にかなっている。

「よし、行くぞ。ミラクルショット!」

 放たれた光弾に向かって、ルイがクリスタルリングをかざす。

「止まれ」

 光弾が空中に静止した。

「おお! 止まったぞ!」

「上昇」

 ゆっくりと持ち上がる。

「回転」

 直径三メートルほどの円を描き始めた。回転速度が上がり、光弾がうなりを上げる。

 残像効果で光の輪ができた。

「やった! 完全にコントロールできている。ルイ、すげーぞ!」

 素晴らしい。まるでルイはナオの欠陥を補うべく存在する魔法少女のようだ。この二人が力を合わせれば、どんな厄災(バグ)も脅威に値しない。最強タッグの誕生と言えよう。

「解放」

 重力から解き放たれた光弾が遠心力で飛び出した。山の斜面に沿って上昇していく。

「あ、ルイ! ストップ! ストップ!」とキララが叫んだ。

「え?」

「送電線がある!」

 閃光と共に火花が飛び、麓の街の灯りが一斉に消えた。


     ◇


 夏休みに入り、ルイ、ナオ、マミがユイナの家で勉強会を開いていた。一週間の短期集中で夏休みの宿題を全て片付け、あとは遊んで暮らそうという魂胆である。だが僕の経験上、この(たぐい)の計画が予定通り遂行される確率は極めて低い。

「ぶあー。頭破裂しそう。馴れないこと、するもんじゃないなぁ」

 ユイナがシャープペンシルを放りだし、大の字に寝転んだ。

「残りは明日にしない?」

「ダメ。今日の分は今日の内に終わらせる。初日から予定をこなせなかったら、一週間で片付けるなんて絶対できないよ」

「うえーん。ルイ厳しいー。一週間じゃなくて十日にしない?」

「一週間って言ったのユイナでしょ?」とマミ。

「そーなんだけどさぁ。数学苦手だしさぁ。最近リアプリ出ないしさぁ」

「リアプリ関係ないじゃん」

「あるよー。リアプリはわたしの元気の源なんだよう」

 ルイがため息をつきナオに視線を移す。ナオの手はさっきから止まったままだ。

「ナオちゃん、どうしたの? サッカー疲れ?」

 ナオは朝練のあとこの勉強会に参加している。

「それもあるけど、さっぱりわからないって言うか」

「どこがわからないの?」

「その……XとかYとか、文字がどうして足したり引いたりできるのかなって思って」

「そ、そこから?」

「うん」

「期末試験とかどうしたの!」

「ほら、あの手の答えって大抵マイナス1とか2じゃん? 適当に書いたら偶然当たった」

「嘘、でしょ?」

 ルイが頭を抱える。

「あー、ナオくんもそうなんだ。わたしも実はよくわかんなくてさぁ。大体なんでXとかYなの? Pでもいいじゃん。Pの方が断然可愛いよねぇ?」とユイナがヘラヘラと笑った。

 ルイが立ち上がり宣言する。

「宿題は後回し! 今日中に一次関数をたたき込んであげる。理解するまで帰さないから覚悟しなさい!」

 夕方で終わるはずの勉強会は夕食を挟み、夜の十時まで続いた。マミはそのままユイナの家に泊まることとなり、ルイとナオは家路についた。

 住宅街を抜けたところでナオが言った。

「ここでさよならだけど、本当に送って行かなくていいのか? 昨日のニュースで隣町に変質者が出没しているって言ってたぞ」

「送って貰ったらナオちゃんが遠回りになちゃう。そうしたら復習する時間がなくなっちゃうでしょ?」

「お前ってホント厳しいよな。ユイナなんか目の下にクマ作っていたぞ」

「一次関数ができなければ二次関数も因数分解もできやしない。あとになればなるほど辛くなる。今日解って幸いだったよ。それに送るって言うけど、そもそもナオちゃんが女の子なんだよ。忘れてない?」

「そりゃ、そうなんだけどさぁ」

「わたしだって変身できるんだ。変質者の一人や二人、大丈夫だよ」

「わかったよ。気をつけて。おやすみ」

「おやすみ、ナオちゃん」

 キスをし、ハグすると二人は別れた。


 夜道を一人黙々と歩くルイ。暗闇を恐れる様子は微塵もない。こういったルイの性質は生まれ持ったものなのだろうか。それとも男の子として育てられたゆえ身についたものなのだろうか。ナオの場合はどうだったんだろう。二人を見ていると性差とは何かを考えずにはいられない。アスファルトから昼間の熱気の余韻が立ち昇るなか、甘く冷たい空気が漂ってきた。見ると緑豊かな公園がある。ルイは迷うことなくその公園に足を向けた。

「ルイ、公園は避けた方が良くないか?」

「どうして? 近道だよ。それに涼しい」

「この公園は木々が多く、隠れる場所が多い。街灯も少なく、近くに住宅もない。危険だ」

「だから大丈夫だって。わたしは魔法少女なんだよ」

 僕の警告を無視して公園へ足を踏み入れる。

「涼しいねぇ。舗装していないだけで、こんなに気温が違うんだね」

 鼻歌を奏でながら公園を進む。中ほどまで来たところで茂みからガサリと音が聞こえた。

 立ち止まり、音のした方向を注視するルイ。

「立ち止まるな。早く公園を抜けるんだ」

「きっとネコだよ。ノラネコ」

 そう言うとルイは茂みに向かって「にゃあ」と鳴いた。しばらく待つが反応はない。

「つまんない」と背を向けたところ、茂みから黒い影が飛び出しルイに抱きついた。

「!」

 大柄の肥満体がルイの身体を抱え上げ、茂みの中に連れ込もうとする。僕はルイのポケットから男の顔に飛びついた。その顔を掻きむしり、鼻の頭を食いちぎってやる!

「な、なんだ、こ、こいつ?」

 男は僕の身体を摑むとそのまま地面に叩きつけた。全身に激痛が走り、動くことも喋ることもできない。限定的存在である僕はあまりにも無力だ。

「クーちゃ……」

 男の大きな手がルイの口を塞ぐ。その手をルイが噛んだ。

「痛っ!」

 男がルイを離した。

 よし、そのまま逃げるんだ。君の足なら逃げ切れる! 走れルイ! 

 ところがルイは有ろう事か、地面に横たわる僕に歩み寄ろうとする。

 何をしている! 僕のことなど構うな。今は自分のことだけ考えるんだ! 

 そう思ったが声にはならなかった。

「ち、畜生! こ、こいつ、か、噛みやがった!」

 肉を打つ鈍い音がしてルイが倒れた。男がルイの顔面を力一杯殴りつけたのだ。顔を押さえるルイの手から、おびただしい血が滴るのが見えた。さらに男はルイの腹を蹴り上げる。無言でうずくまるルイ。

「て、抵抗すると、も、もっと痛い目に、あ、遭わせるぞ!」

 男がルイの襟首を掴み、再び茂みに連れ込もうとする。

「メタモル……フォーゼ」そう呟いたルイの左手にペンダント(ID)が握られていた。

 爆発的閃光が公園を真昼に変える。目の眩んだ男が何か喚きながら尻餅をついた。変身したルイがゆっくりと立ち上がる。純白のコスチュームを赤く染める鼻血を拭いもせず、感情のない目で男を見つめた。そのルイの瞳が一瞬金色に光った様に見えた。

 なんなんだ、この不快な気は? これはまるで……。

 ルイが徐にクリスタルリングをかざした。

 ドン。

 地響きと共に男の右足が血煙を上げ潰れた。断末魔の叫びが無人の公園に轟く。

 ルイがクリスタルリングをかざしながら言った。

「おまえ、死ね」


 翌日のニュース、ワイドショーはリアプリ一色だった。強制猥褻など複数の容疑が掛かる被疑者を、リアプリが捕らえたと伝えるものだった。ユイナ、マミ、ナオ、ルイの四人も勉強会そっちのけでワイドショーを視聴していた。

 ユイナが唾を飛ばしながら喋る。

「女の敵を退治! ああ! リアプリ様! なんて格好良いんだろう! 正義の味方はこうでなくっちゃ! もう、警察なんかいらないよ!」

「けど、捕まった人って大けがしたんでしょ? 警察も傷害の容疑で捜査を始めたって」

 報道では単に大けがとあったが、実際には右足切断の重傷である。数百倍の重力が男の右足に掛かったのだ。一応アヤカに診ては貰ったが、組織が完全に潰れてしまい修復は不可能だった。止血して病院に届けるのが精一杯だったのだ。

「マミ! これは正義なんだよ! マミはヘンタイの肩を持つの?」

「違うよ。リンチが許される社会って怖いと思わない?」

 マミはユイナと違って大人である。私刑(リンチ)の肯定は法治国家の否定を意味する。マミは何となくではあるが、そのことに気が付いているのだろう。

「言っている意味がわかんない。警察がキチンと仕事をしないのが悪いんだよ! だからリアプリが存在するんだよ!」

「うーん。どう説明したら良いんだろう。ルイはどう思う?」

「怪我させたのは問題だと思うけど、結果的には変質者の逮捕に繋がった。これで新たな被害者が出なくて済む。だから良いんじゃないかな」とまるで人ごとのように答えた。

「その通り! さっすがルイ!」

「俺は……」

 ナオが重苦しく口を開く。

「ヘンタイ退治はリアプリの仕事じゃないと思う」

 ルイが能面のような顔でナオを見た。ユイナが口を尖らせ言う。

「じゃあ、なにが仕事なの、リアプリは?」

「えーっと……」

 答えられるはずもなし、ナオは黙り込んだ。


 勉強会が終わり、ルイとナオの二人が家路につく。

「ナオちゃん」

「……なんだ」

「言いたいことがあるならハッキリ言って」

「……」

「わたし、あの男に鼻と肋骨を折られたんだよ。アヤカさんが居なかったら今頃入院だよ」

「ルイは……」

「なに?」

「夕べ。もし俺が止めてなかったら、あの男を……どうしていた?」

 間一髪駆けつけたナオが止めたのだ。

「ナオちゃん、わたし、怖かったんだよ? クーちゃんがやられて、殴られて血が一杯出て。痛かったんだよ? 本当に殺されるかと思ったんだよ?」

「それとこれとでは話が違う」

「なにそれ! 違わないよ、悪いのはあの男なんだ! 犯罪者のあの男なんだよ」

「だからと言って、大けがさせて良いわけがない」

「なんでそんなこと言うの? ナオちゃん、わたしが殴られても平気なの? わたしを守ってくれるんじゃなかったの?」

 僕は提案した。

「ここで議論しても解決にならない。アヤカやウララ、キララの意見も聞いてみないか?」


     ◇


「クーちゃん。そしてみんな。今回のことについて、あらためて謝ります」

 ルイがアヤカの部屋で頭を下げた。

「犯罪者とはいえ人に怪我をさせてしまった。魔法少女の名を汚してしまった。本当にごめんなさい」

「いいよ、いいよ、あんなヘンタイ。性犯罪の常習者だったんでしょ? 新聞に書いてあったよ」 「そうそう。わたしたちなら殺してたね。確実に」とキリシマ姉妹が笑う。

「ウララ、キララ。その発言は看過できない。取り消したまえ」と僕。

「どの部分?」

「『殺す』などと女の子が軽々しく口にするな」

「殺すぐらい普通に言うよ、イマドキの女子は」 「そうそう全然普通」と再び二人が笑った。

 笑いながら言うことか!

「アヤカはそんな言葉、口にしないぞ」

「クラインさん。わたくしとて人に憎悪を抱くことがありますよ。恥ずかしながら過去に数度、死ねば良いのにと口にしたことがあります」

「ほらほら、アヤカさんだってそうなんだから」 「普通なんだよ、これが」

 これが今時の少女の思考なのか。少女を崇拝する僕としてはとても受け入れがたい。

「クラインさん。今回のことは事故です。マツナガさんも充分反省されていますし、もう良いんじゃないですか」

「そうだそうだ。ルイは悪くない」 「ルイは被害者だ」

 キリシマ姉妹も口を揃える。

「けしてルイを責めているわけではない。同じ過ちが再び起きないよう、コンセンサスを取っておきたいんだ。魔法少女の存在意味を今一度考えて貰いたい」

「クーちゃん。確かに今回ルイは、ちょーっとだけやり過ぎたかなっとは思うけど、痴漢を退治したんだよ。どこがいけないわけ?」 「そうそう。むしろ魔法少女の力を正義のために使うのは良いことじゃないのかなぁ。で、こんせんさすってなに?」

 この子たちは事の重大性を理解していない。三次元宇宙の物理法則を越える「魔法」は本来この宇宙に存在してはならない力だ。その存在が許される唯一の論拠は三次元宇宙安定のために他ならない。これ以外の目的に魔法を使うことは原則として許されないのだ。もちろん過去に人助けのため魔法を使った魔法少女は多数存在する。しかしそれはいずれも些細なもので、目をつぶることができる範囲のものだった。だが今回は違う。命に係わる大けがをさせてしまったのだ。川で溺れた子犬を救うのとは訳が違う。

「クラインさん。今回の事件で魔法少女に対する世論が割れています。悪い方に転べばただの暴力と認識されるでしょう。世論を敵に回しては厄災(バグ)とは戦えません。わたくしたち自身が社会悪になってしまっては三次元宇宙の安定どころではありません。世論を味方に付けるための努力が必要だと思うのです」

「努力? なにをするつもりだ」

「犯罪抑止のため、夜回りをしましょう」

「夜回り?」

「繁華街のパトロールです」

「アヤカ。一日に発生する犯罪が、日本だけで何件あると思っているんだ? 一人二人の犯罪者を捕まえることになんの意味がある?」

「数に意味はありません。悪と対峙する存在として魔法少女を世間に知らしめるのです。マツナガさんを襲った痴漢は片足を失いました。不幸な事故でしたが、これを犯罪抑止効果へ転換するのです。犯罪抑止と魔法少女の好感度アップ。一石二鳥ではありませんか?」

「アヤカさん、あったま良い! で、タイジってなに?」 「やろう、やろう! で、ヨクシコーカってなに?」

「ダメだ。許可できない」

「クーちゃんがなんて言おうが、わたしはやるよ!」 「わたしも! ルイのメイヨバンカイにもなるし!」

 キリシマ姉妹は既にやる気満々だ。こういうときシングルマインドの強さは障害にしかならない。思い込んだら聞く耳持たず、猪突猛進。実に厄介だ。

「ナオ。随分静かだが、君はなにか意見はないのか」

「クラインの言うように、一人二人の犯罪者を捕まえることに意味はないと思う。そんなものはただのギゼンだ。犯罪者を捕まえるのは警察の仕事だ」

「これは意外です。ユウキさんこそ真っ先に賛成して頂けるものと思っていたんですが。偽善のどこがいけないのでしょう? 偽善も善です。それともなにか対案をお持ちで?」

「タイアン?」

「パトロールに代わる、魔法少女の好感度アップ策です」

「世間に媚びる必要などない。魔法少女は魔法少女の仕事をすればそれでいい」

「ユウキさん、新聞をご覧になったでしょう? 傷害事件で警察が捜査を始めたと。このままでは犯罪者扱いですよ」

「言わせておけばいい。魔法少女は顔がわからないんだ。だから捕まりはしない。放っておけばそのうち忘れる」

「マツナガさんはどう思われますか?」

「わたしはあの男に鼻骨と肋骨を折られました。アヤカさんが居なければこの夏休みの間、ずっと入院していたと思います。世の中にはこんな被害に遭っている人がたくさん居るに違いありません。少しでもこれを減らすことができるのなら、魔法少女の力を世の中のために使うべきだと思います」

 アヤカはルイの言葉に満足そうに頷くと「それでは多数決をとりましょう」と言った。

 いつの間にかアヤカが会議の主導権を掌握している。そして実に好ましくない方向に議事が進行している。まさかこんな展開になろうとは。今日の招集は逆効果だったか。だが魔法少女たちの行動は彼女たち自身が決める。これが魔法少女の原則でもある。

「パトロールに賛成の方は手を挙げてください」

 ナオ以外全員が手を挙げた。

「決まりですね」

「俺は参加しない」

「ユウキさん。多数決には従って頂かないと。相互安全保障協定違反ですよ」

「そのソーゴアンゼンなんとかは厄災(バグ)相手の話だろ。パトロールは関係ないはずだ」

「わかりました。ユウキさんは除外しましょう」

 アヤカは穏やかに答えると、ナオ以外の三人に言った。

「それでは皆さん、パトロールの方法について話し合いましょう。なにか意見はありませんか」

 ウララが手を挙げた。

「結局さ、魔法少女がいつも見ているんだぞぉって示せば良いんでしょ? だったら簡単じゃん。場所、時間ともバラバラに繁華街に出没すれば良いんだよ。そして思いっきり飛んだり跳ねたりするんだ。魔法少女の力を見せつけるんだよ」

 キララが手を挙げた。

「わたしは炎を使ったパフォーマンスができる。見た目が派手だからきっと効果あるよ」

「じゃ、わたしは空を飛ぶ」とルイ。

「わたくしはどうしましょう。皆さんのような特技がなにもありません」

 アヤカが首を傾げる。

「アヤカさん。わたしたちって魔法の属性はそれぞれ違うけど、魔法少女は変身しただけで超人的パワーを発揮できるんだよ。素手でも並のチンピラ相手ならムテキだよ」

「そうでしたねウララさん。でもわたくしに人を叩いたりできるかしら」

「あの」

「なんですかユウキさん」

「俺、帰って良いかな」

「そうですね。厄災(バグ)が現れたときに、またお会いしましょう」

 アヤカが穏やかな笑みを浮かべた。


「ナオ、今日の君の態度は立派だった。魔法少女の自覚に基づく素晴らしい発言だった。結果は残念なものだったが見直したよ」

 ナオはなにも答えなかった。ルイたちの賛同を得られなかったことに落胆しているのか。

「パトロールなどそう長く続くものではない。じきに飽きるよ」

「そうじゃないんだ」

「ん?」

「ルイだよ」

「ルイがどうした?」

「ルイの目だよ。超ヤバかった。あいつは本気で殺す気だった」

「馬鹿なことを言うな。魔法少女に殺人は許されていない。そもそもシングルマインドを持つ者に人殺しはできない」

「違う。俺にはわかるんだ。俺が止めなければ、あいつは本当に殺していた」


     ◇

 

 ルイの計画実現能力は極めて高いと言える。予定より多少遅れはしたものの、スパルタ的指導力を発揮して、夏休みの宿題を七月中にすべて終わらせたのだ。シングルマインドの成せる技だが、度も過ぎると薬も毒となる。ルイにはもう少し柔軟性のある生き方が必要に思える。

 ルイから……いや、宿題から解放された四人は、打ち上げと称して市民プールに繰り出していた。カラフルなビキニに身を包んだユイナとマミに対して、ナオは迷彩柄のセパレート。ルイはタンクトップとホットパンツ状の水着だった。

「ルイ。それって水着と言うより、ほとんど部屋着じゃない?」

「わたしはこれが良いの」とルイはこれ以上水着には触れるなオーラを出した。

「それよりユイナの身体ってエロいな! 学校ではヒメノの巨乳に目が眩んで、全然気が付かなかったよ」

 ナオの視線がユイナの身体を舐め回す。

「ナオくんのエッチ!」

 普段ならここで皮肉の一つも発するはずのルイが無言だった。あの日の会合以降、ルイとナオはほとんど口を利いていない。

「ねぇ、ルイ」

 マミが小声で語りかける。

「なに?」

「ナオくんとなにかあった?」

「別に」

「そう」

 ナオ、ユイナ、マミが流れるプールではしゃぐなか、ルイだけプールサイドに腰掛け、時々周回してくる三人に手を振っていた。僕もルイのポシェットからプールサイドを行き交う少女達を愛でる。近年の水着デザインは実に多様性に富み、見ていて飽きることがない。繰り返して言う。僕はそういう風に作られているのだ。

 しばらくして三人がルイのもとへ戻ってきた。

「かき氷でも食べない?」

「いいねぇ。買ってくるから席取っておいて。なにがいい?」

 ユイナとマミが売店へ向う。ルイとナオは席取りだ。ナオがルイの横に腰掛け言った。

「パトロール、やっているのか?」

「テレビや新聞に出ているでしょ」

 繁華街に度々その姿を現すようになった魔法少女たちは、若者たちの圧倒的な支持を得た。さながらゲリラライブを開催するアイドル扱いである。いくつものファンクラブが立ち上がり、ネットでの検索数は記録的な数字となった。マスコミも再び魔法少女を取り上げるようになり、ワイドショーの中には「今日のリアプリ」なるコーナーを設け、出没情報を発信しているものまである。この傾向は日本のみに留まらず、世界に広がりつつあった。影の存在で有り続けた六百六十六人の魔法少女たちが、それぞれ自己主張を始めたのだ。

「犯罪って減ったのか?」

「知らない」

「知らないでやっているのか?」

「なにもしていない人に言われたくない」

「そんな言い方するなよ」

「どっちが!」

「なに? ケンカ?」

 かき氷を手にユイナとマミが戻ってきた。

「最近二人、やっぱ変だよね。なにかあったの?」とマミ。

 ルイがかき氷を受け取りながら答える。

「ないよ」

「ふーん。そんな風には見えないけどなぁ」

 ナオが言った。

「リアプリの最近の活動について、意見が割れているんだ」

「へぇ。どんな風に?」

「最近のリアプリは正義をはき違えていると思う」

「リアプリは正義だよ!」とユイナが声を荒げる。

「ナオくんは男の子みたいに強いから、そんなことが言えるんだよ!」

「俺が強い?」

「ナオくんは夜中、後ろから近づいてくる足音を怖いって思ったことある? 日本みたいに安全だって言われる国でも、女の子はビクビクして生きていかなければならないんだよ。だからリアプリが居てくれるだけで、女の子がどれだけ勇気を貰っているか! ナオくんは強いからそういうのがわからないんだよ!」

「……俺だって夜道は怖いよ」

「だったらわかるはず。リアプリは正義だって!」

「ほら、ナオちゃん。これがリアプリに対する一般的な評価なんだよ。魔法少女は正義を象徴する存在なんだ」

 ルイが満足げに微笑んだ。


 その日の夜。ナオの部屋。

「クライン」

「どうした」

「クラインは今の魔法少女をどう考えているんだ?」

「憂うべき状況と思う」

「だったら、どうしてみんなにもっと注意をしないんだ?」

「僕は端末(インターフェイス)だ。魔法少女のスカウトマンであり、ガイダンス、アドバイザーだ。彼女たちの行いは彼女たちが決める。これが原則だ」

「魔法少女の力を悪いことに使っても?」

「そのような女の子はシングルマインドを持たない。したがって魔法少女にはなれない。魔法少女に犯罪を行う者はいない」

「ルイの一件はみんなの前では事故ってなっているけど、現実には警察が事件として捜査している。あれは犯罪じゃないのか? 海外では街でチンピラ狩りしている魔法少女もいるってテレビで言ってたぞ」

「この国の刑法に照らし合わせれば犯罪かも知れないな」

「言っていることがムジュンしているじゃないか!」

「故意と事故。傷害と正当防衛。いずれも線引きが微妙だ。僕は魔法少女が犯罪を起こさない事を信じる。だからルイのことも信じる。ただそれだけだ」


     ◇ 


 夏休みが明け数日がたったある日。

 真っ黒に日焼けしたユイナが週刊誌を振り回しながら怒っていた。

「あのクソオヤジ、超むかつく!」

 ユイナが手にしていたのは「週間ホットスポット」の最新号だった。その表紙には「恐怖のカルト集団リアプリ」という大きな見出しが躍っていた。

「あのタジマナントカ! 絶対許さない!」

 ユイナが机を蹴った。

「ちょっと見せて」とルイが週刊誌を手にする。

 記事にはこう書かれていた。

『可愛らしい容姿とは裏腹の、些細な悪をも力でねじ伏せようとする暴力性。繁華街で繰り返される、警察への挑発とも受け取れる過度なパフォーマンス。最も憂慮すべき点は、法治国家への挑戦と言えるこの暴力的活動を、若年層が高く支持していることである。これがカルト集団以外の何ものだというのだろう』

 ルイを襲い逮捕された痴漢が、瀕死の重傷を負った事実を公表した上での記事だった。被疑者が未成年と推定されることから、今まで伏せられてきたのだ。リアプリの詳細な出没情報と、予想される生活圏が克明に明記されていた。ナオたちが通う鷹峰中学校も舞台の中心として実名が挙げられていた。この学校に通う生徒が、なんらかの形で魔法少女に関与する可能性を示唆する内容となっていた。

「酷いね、これ」

 記事を読むルイの目が細くなる。

「でしょ? タジマナントカ、さっきからメールしてるのにシカトしやがって。電話にも出やがらない。あの糞オヤジ、マジ殺す!」

 ユイナが口汚く罵る。また「殺す」か。

「けどこれマジヤバイよね。ウチの学校の名前出てるし。マスコミとか来るんじゃない?」

 マミの予想は的中した。夏休み前、鷹峰中学校で起きたプール事故に、魔法少女が関与していた事実が記事によって明らかとなった。これを伏せていた学校にマスコミの取材が殺到し、急遽記者会見が開かれる騒ぎとなったのだ。

「リアプリの何人かが、この学校の生徒だという噂もあるようですが、どうなんですか?」

「そのような事実は確認しておりません」

「リアプリがあなたのところの生徒だから、今まで隠していたんじゃないんですか?」

「当該の事故に、いわゆるリアプリが係わっていた事実を公表しなかったのは、警察からの指導があったからでありまして……」

 通学する生徒にも取材の矛先が向く。

「君はリアプリを度々目撃しているらしいね? リアプリはプールでなにをしたの?」

「人命救助をしただけです! リアプリは正義の味方です!」

「自作自演だという説もあるけど?」

「リアプリはそんなことしません!」

 画面にはモザイクが掛かり、音声も変えられていたが、それは明らかにユイナだった。

「これは酷い」 「メチャクチャだね」

 キリシマ姉妹がアヤカの部屋でテレビを見ながら呟いた。

「わたくしたちは間違ってしまったのでしょうか」

 不安げなアヤカにルイが力強く答える。

「わたしたちはなにも間違っていない。間違っているのは正義を認めないマスコミ。そしてあの週刊誌。タジマ・ケイタ。あの男、絶対に許さない」

「でもマツナガさん。世論は魔法少女の否定に傾いています。今からでも沈黙は金に切り替える方策もあると思うのですが」

「変える必要なんて少しもない。正しいと思うことを貫けばそれでいい。この活動は世界中の魔法少女に広がりつつあるんだ。六百六十六人が一致団結すれば、世界はきっと良くなる。そうすれば世間も認めざるを得なくなる」

 ルイはナオに言った。

「そら見たことか、と思っている?」

「いいや」

「本音を聞かせてよ。ざまぁみろって思っているんでしょ」

「思ってないよ」

「じゃ、手伝って。パトロール」

「それはできない」

「どうして?」

「間違っているからだ」

「どこが!」

「ボランティア活動ならギゼンもゼンで良いと思うんだ。売れない演歌歌手が災害被災地に出向き、テレビカメラが回っている前で炊き出しと新曲の宣伝を行う。笑っちゃうけど、それで助かる人と元気づけられる人がいるなら、それはそれで意味のあることなんだと思う。でも正義は違う。法律に基づかない正義など正義じゃない」

「わたしが痴漢に怪我をさせたことを責めているの?」

「違うよ」

「わたしが怪我をしたことはどうでもいいわけ?」

「そんなこと言ってないだろ」

「わたしはわたしの正義を貫く。わたしは一人でもやり抜く」

 ルイが一人アヤカの家をあとにした。

「ユウキさん。わたくしとキリシマさんたちは、あと一ヶ月ほどで魔法少女を引退します。でもこのままではやめるにやめられません。どうしたら良いのでしょう」

「なにもしない。それが一番だと思う」


 翌朝。テレビのニュース、ワイドショーはひとつの事件をこぞって報道していた。

 週間ホットスポット編集部の入ったテナントビルで火災が発生し、多数の死傷者と行方不明者を出しているというものだった。放火の疑いがもたれているという。

 自宅でテレビを見ながらナオが言った。

「夕べみんなはどこにいた?」

「昨日は夜回りをしていない。……ルイ以外は」

「ルイはどこにいた?」

「僕は夜回りには同行していない」

「ルイはなんて言っているんだ?」

「なにも答えてくれない」

「今どこにいる?」

「ちょうど今、家を出たところだ」

 身支度もそこそこに家を飛び出すナオ。校門前でルイに追いついた。

「ルイ!」

 背中に声を掛けるとルイは立ち止まり、ゆっくりとこちらを向いた。

「ルイ、夕べはどこにいた?」

「ナオちゃんもクーちゃんと同じ事を聞くんだね」

「どこにいたんだ」

「わたしを疑っているの?」

「頼む! 一言違うって言ってくれ」

「やっぱり疑っているんだ」

「そうじゃない、お前の口から『違う』のひと言を聞きたいんだ! それだけなんだ!」

 ルイが小さくため息をついた。

「ナオちゃん、がっかりだよ。わたしのことを一番わかってくれているものと信じていたのに。わたしはナオちゃんの事を今までずっと信じて来たのに。わたしたちの仲はこれまでだね。これからは別々の道を歩もう」

 ルイはナオに背を向けると一人校門をくぐった。

 数日後、防犯カメラの映像から放火犯が逮捕された。それは三十過ぎの、リアプリの狂信的ファンの男だった。

 ナオは部屋で一人、泣いた。


 放火事件以降リアプリに対する世論は一変し、カルト集団と認識されるようになった。これまで公にリアプリのファン活動を行って来た所謂(いわゆる)「信者」グループは、社会からの熾烈なバッシングを受け尽く消えていった。ナオたちの通う鷹峯中学校でもリアプリ禁止令が出され、リアプリという単語を口にすることさえ(はばか)られた。


 そして海の向こうのとある国で悲劇は起きた。魔女として捕らえられた少女が私刑(リンチ)を受け死亡したのだ。その少女は魔法少女でなかったのにも係わらず! 世界に広がりつつあった魔法少女たちの活動は、この魔女狩り事件を境に下火となった。


「世の中間違っているよ」

 ユイナが呟く。

「正義が正義として通らない世の中なんておかしいよ」

「でもタジマさん、死んじゃったよ?」とマミ。

「あれはキモオタの仕業でしょ? リアプリ関係ないじゃん!」

「リアプリがいなければタジマさんも死なないで済んだかもよ。外国の女の子も」

「もう言わないで。実はちょっと後悔しているんだ」

「なにを?」

「マジ殺すとか言っちゃったこと。本当に死ぬなんて思いもしなかった。凄く後味が悪い。胸に引っかかってしんどいんだ」と少し涙ぐんだ。

 ユイナの言葉をルイは無表情に聞いていた。

「第三期 アップデート」に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ