第一期・後 アクティベイト
「ねえ、これ可愛くない?」
ユイナがラックに掛かったハンガーをひとつ取りだし、自分の胸にあてがう。
「ユイナは子どもっぽいのが好きだよねぇ」
「えー、どこがー? これ普通に可愛いじゃん!」
ここは先月駅前にオープンしたばかりのショッピングモールだ。日曜の午後ということもありフロアは家族連れで溢れている。ルイ、ユイナ、マミの三人が冷やかしているのは二階のティーン向けブランドショップだ。
「ウチの学校は制服ないから、休日におけるファッションのギャップが望めない分、デートのトキメキ度がどうしても下がるよねぇ」
「そうよ、それ。『いつもと違うわたしを見てイベント』が成立しない。これは致命的だよね。なんでウチは制服ないんだろ」
年齢イコール彼氏いない歴の少女たちが一端の口を利く。だが実際制服のない学校は、日々の服装選びが大変らしい。昭和の小中学生のように、着た切り雀とはいかないのだ。
「あ、見て! 水着、もう出てるよ」とマミが吹き抜け対面の店を指さす。
「行ってみよう」
色とりどりの水着が並んでいた。デザインも魔法少女のコスチュームに劣らない多様性だ。
「凄いねぇ、一杯あるねえ」
「あー。これ、今流行りの重ね着タイプ! どうやって着るんだろう?」
ユイナとマミがはしゃぐ中、ルイだけ少し離れ、花柄のワンピースをぎこちなく手に取り眺めていた。
「ユイナは結構スタイル良いし、思い切ってビキニとかいけるんじゃない?」
「ナオくんは可愛いのが好きじゃないかなぁ。ルイはどう思う?」
「……え?」
ルイが慌ててワンピースから手を離し、ドギマギとユイナを見た。
「あれ? チュチュ付きのワンピなんか見てるの? ルイはもっと大人っぽいのが良いと思うよ。これなんかどうよ」とユイナが背中の大きく開いたワンピースを指さした。
「おお。大胆! 完全大人向けじゃん。でもルイって手足が長いから似合いそう。一度試着してみれば?」
マミが水着をラックから取りルイに差し出す。
「わ、わたしはいい」
ルイの目が泳ぐ。
「えー、着てごらんよ。ルイの水着姿見てみたいー」
「わたし、胸ないし。スタイル良くないし。泳げないし」
「あ、そう言えばルイは、耳の病気でプールに入れないって言ってたね」
「そうなの。だから水着も必要ないの」
「必要ないことないでしょ。水に浸からなくても、プールサイドクイーンになれるよ」
「恥ずかしいからイヤ」
「恥ずかしがっていたら人生損しちゃうぞ。女の子はオシャレ楽しんでナンボのもんでしょ! 胸なんかパッド重ねれば……」
「イヤなものはイヤなの!」
珍しく大声を上げたルイに、ユイナとマミが困惑の表情を浮かべる。
「そんなに怒らなくても良いじゃん……」
その時ズシンと大きな地響きがした。
「なに? 地震?」
「違う。下からっぽい」
店から出て吹き抜けを見下ろす。一階のイベント広場に巨大な生き物がいた。
「なにあれ?」
「ゾウぽいねぇ。どっちかというとマンモス? なんのイベントだろう」
ユイナとマミがのんびりと眺めている。僕はポケットの中からルイに囁いた。
「ルイ、厄災だ。直ぐにこの場を離れろ」
ルイは「わかった」と呟くと二人に言った。
「ユイナ、マミ、逃げよう。ここは危険だよ」
「えー? なんで? あれってなんかのイベントでしょ? 見ていこうよ」
マンモスが巨大な鼻を振り回し、近くにいた数名をなぎ倒すのが見えた。
「うそ!」
「今飛ばされた人、お客さんだよね?」
マンモスが鼻を振り上げ大音響の雄叫びを上げた。それは人々の恐怖を本能から呼び起こさせる不快なものだった。例えるなら黒板を爪で引っ掻いたようなあの感覚……。ショッピングモール内は一瞬にしてパニックに陥った。
「ヤバイ! ヤバイ!」
ユイナとマミが青ざめ、エレベータに向かおうとする。
「ルイ、エレベータは危険だ。階段を使うんだ」
ルイはユイナとマミの手を摑むと階段へ走った。しかし既に人が殺到し、押し合いへし合いをしている。再び振動が起き、階段口から砂埃が噴き出した。誰かが「階段が崩れたぞ!」と叫ぶ。非常ベルが鳴り響き、階段に群がっていた人々がいっせいに蜘蛛の子を散らす。一部がエスカレータに殺到し将棋倒しが起きた。悲鳴や怒号がこだまする。
「クーちゃん、どうすればいい?」
「今、ナオとキリシマ姉妹がこちらに向かっている。それまでの間、逃げ切れ」
ルイは辺りを見回すと再び階段へ足を向けた。
「ルイ、階段は危ないよ、今崩れたって……」
怯える声で訴えるユイナにルイが答える。
「崩れたのはたぶん下の階。屋上に逃げる」
まだ砂埃が立ちこめる階段を、ルイは二人を引きずるように駆け上がった。屋上の踊り場には施錠された扉があり、サムターン式のカギにプラスチック製のカバーがはめられている。ルイは近くにあった小型消火器を振り下ろすと、一撃でそのカバーを破壊した。鮮やかな手際に思わず「さすがは男の子だね」と声をかけたら「うるさい。絞めるぞ」と怒られた。怖い。
ルイは解錠すると再び二人の手を引き屋上中央まで出た。
「ここで助けを待とう」
「助け?」
ドンと大きな音を立て、黒い影が屋上に落ちてきた。コンクリートが砕け、鉄筋がめくれ上がる。それは魔法少女ナオだった。ユイナが指をさし叫ぶ。
「あー! 遊園地の人だ!」
「ル……じゃなくて、みんな怪我はないか?」とナオ。
ユイナが目をキラキラさせながら答えた。
「はい! 大丈夫です!」
「ナ……じゃなくて、その、魔法少女さん。下で厄災……怪獣が……」とルイ。
「わかっている。もう双子が戦っているはずだ。俺はル……みんなをここから逃がす」
そう言うとナオはルイを背負い、ユイナとマミを両腕に抱えるとジャンプした。
「きゃあああ」
ユイナとマミの叫び声が空の彼方へ飛んでいく。
「ダメだ! 大きすぎて火炎竜が効かない。しかもダメージが回復していく!」
「ウララ、バックドラフト行く?」
「やるっきゃ、ないっしょ!」
マンモスに似たそれは体高約五メートルの、稀に見る大型の厄災だった。ここまであからさまに人前に姿を現し、破壊と蹂躙を行う厄災も珍しい。しかも自己治癒能力を備えた再生型だ。
「火炎球!」 「圧縮解放! バックドラフト!」
キララが作った火の玉を、ウララが圧縮して厄災へ打ち出す。パチンコ玉大に圧縮された火の玉が、厄災の頭上でその圧縮を解放される。一気に酸素を取り込んだ火の玉が爆発的に燃え上がり、巨大な炎となって厄災を包み込んだ。
「どうだ! これがバックドラフトだ!」
厄災がゆるりと動きを止めた。さすがはキリシマ姉妹だ。これほど巨大な厄災を足止めするとは! しかしその足止めはつかの間だった。スプリンクラーから水が一斉に噴き出し、消火を始めたのだ。
「そんな! 火が消えちゃう! キララ! 回復する前にもう一発!」
「わ、わかった!」
キララが再び扇を振ったが、充分な火炎が発生しなかった。
「どうしたのキララ!」
「ご、ゴメン、体力が……」
キララが膝を付き倒れる。変身が解けた。
バックドラフトの炎が消え、厄災が急速に再生してゆく。これは危険だ。
「ウララ、ここは一度下がるんだ! キララを連れて引け!」
「けどクーちゃん……」
「あとは彼女に任せるんだ!」
「彼女?」
「よぉ、双子。苦戦しているじゃないか」
「ナオくん!」
ルイたちを近くのビルに避難させたナオが戻ってきたのだ。
「お願いしますって頼むんなら、助けてやってもいいぜ?」
「ナオ、悠長な事を言っている場合ではない。早くあれをなんとかしろ」
「了解!」
ホルスターから銃を抜き構える。
「ミラクル……あれ?」
「どうしたナオ?」
ナオが自分の下半身を見て叫んだ。
「短パンがない!」
「短パン?」
「さっきまで履いていたのに! 変身したあと履いたのに!」
ナオのジャンプは数秒で時速三百キロメートルに加速する。市販されている短パンなど、たちまち引きちぎれてしまうのだ。彼女はそれを理解していない。
「短パンなんかどうでもいいだろ。早く撃て!」
ところがナオはその場でしゃがみ込んでしまった。
「この真っ昼間にパンツ丸出しで飛んでたのかよぉ。ただの変態じゃないか!」
例の如くナオが拗ね出した。厄災を目の前に一体なにをしているのだ、ナオ!
それを見たウララがナオの銃を奪い取り引き金を引く。光弾が厄災の頭部を消し去った。
「よし、いける! もう一発……」と言ったところでウララも膝から崩れ落ちた。
「あれ? ウララどうしたの? 変身が解けちゃったよ?」
「魔法の使いすぎだ。高次元エネルギーの負荷に参ってしまったんだ。それより早くあれを片付けろ。直ぐに再生するぞ、あの厄災は」
ナオはウララから銃を取り戻すと光弾を連射し、厄災を消し去った。
「二人ともへばっちゃったぞ。大丈夫なのか。ちゅうか、なんでルイはこの銃を撃てたんだ? あいつ三発も撃ったのに平然としていたぞ?」
ナオの言うとおりだ。ナオの銃に特殊な性質があるものと考えていたが、ウララの様子を見る限りそうではないらしい。となるとどうしてルイはこの銃が使えたのだ?
「二人とも消耗が激しい。ナオ、今から言う場所に二人を運んでくれ」
◇
ウララが目を覚ました。
「おお? フワフワのお姫様ベッド。ここは天国かしらん?」
ウララはしばらくベッドの天蓋を眺めたあと、ガバッと起き上がった。
「キララ!」
キララはウララの横で寝息を立てていた。
「お二人ともお身体に異状ございませんのでご安心を。体力も完全に回復しています」
「アヤカさん!」
ここは光属性の魔法少女、フジノモリ・アヤカの家である。
アヤカのコスチュームカラーはコーラルピンク。スカート丈は膝下まであり、肌の露出は少なめだ。ペンダント(ID)は最もポピュラーなステッキ型に変化し、癒しの魔法を発揮する。アヤカは人当たりが良く温厚にみえるが、その実気位が高く潔癖症。学年はナオたちと同じだが、妙に大人びており、高校生と間違えられる事も珍しくないという。
「今回は苦戦されたようですね」
「うん。焼いても焼いても回復しちゃうんだ。スプリンクラーが火を消しちゃうし。あれじゃあ体力がいくらあっても足らないよ」
「で、助けて頂いたのが、あのユウキさん?」
変身を解いたナオが、部屋の隅に置かれたチェスト上の置物を眺めていた。
「ナオくん!」
「お、ウララ。気がついたか。今回のは貸しだぞ」
「なんで直ぐ撃たなかったの? 回復したら弾が当たらなくなるじゃない!」
「まぁ、堅いこと言うなよ。それにしてもアヤカの家ってすげーな。こんなお嬢様って本当にいるんだな。勝ち組ってやつ?」
「凄いのはお爺さま、お父様です。わたくしはなにもしていません」
フジノモリ家は昔で言うところの財閥だ。戦前ほどの勢いはないが、その財力は今も政界に大きな影響力を持つという。アヤカはそのフジノモリ家のご令嬢なのだ。広大な敷地に建つこの屋敷には二十もの部屋があるという。
「天井の付いたベッドなんてテレビでしか見たことがないぞ」
「天蓋です」
「ベランダも超広い」
「バルコニーです」
「このガラス細工、古いけど綺麗だな。高いのか?」
「ガレです。お爺さまから中学進学のお祝いに頂きました。工房初期の作品で……」
「それって高いって意味?」
「……」
「それにしても驚いたよ。ナオくんのピストル」とウララ。
「もの凄いエネルギーが身体の中を通り抜け、体力を一瞬にして奪っていった。あんなの連射できるなんて考えられないよ」
小柄なこともありキリシマ姉妹は体力がある方ではない。しかしたった一回の射撃で倒れたということは、ナオの銃に供給される高次元エネルギーが、いかに莫大な物であることが伺える。ナオはともかくも、ルイはその銃を三回も撃って平然としていた。これは一体どういうことなんだろう。
「俺って精力絶倫だからな。一晩中寝かさないぜ。わははは」
アヤカが眉をひそめる。
「クラインさん」
「なんだい?」
「わたくし、ユウキさんとはお友達になれそうにありません」
「え、なんで? 俺にもいやらし(・・・・)の魔法掛けてよ」とまたナオが笑った。
「こんな下品な方だとは……」
「アヤカ。個性は人それぞれだ。ナオの実力は僕が保障するよ」
アヤカは依然不満げだが、僕はそれを無視して続けた。
「ナオ。キリシマ姉妹とアヤカは相互安全保障協定を結んでいるんだ。アヤカには攻撃能力がない。キリシマ姉妹はそれを補う代わり体力の回復、怪我の治療をアヤカに委託しているんだ」
「へぇー。色々分担があるんだな」
「ナオとも近々顔合わせして貰う予定だったが、実戦になろうとは」
「おう、俺は全然構わないぜ。よろしくな、アヤカ」
「あなたに名前を呼び捨てにされる覚えはありません」
「あれ? アヤカってツンデレなの?」
「違います!」
部屋の扉がコンコンとノックされた。
「ちょっと待ってください」と扉の向こうに声をかけアヤカが変身を解く。
「どうぞ」
扉が開くとメイドさんが立っていた。ナオが一際大きな声を上げる。
「おお! スッゲー、本物のメイドさんだ! ここはアキバかよ?」
アヤカが再び眉をひそめた。
「お嬢様、お茶の支度ができました」とメイドさん。
「おい、今の聞いたか? 『お嬢様、お茶の支度ができました』だってよ!」
無邪気にはしゃぐナオ。悪気がないのはわかるが、見ていてさすがに恥ずかしいぞ、ナオ。メイドさんは気に止める様子もなく、色とりどりのお菓子とお茶をワゴンで運び入れる。
「わ、美味そう! これ、ルイには内緒な。あいつ絶対拗ねるから」
「お土産に包んで差し上げましょうか?」
「いいよ、いいよ。その分、俺が食うし」
キララも目を覚ましお茶の時間となった。
ナオがマカロンを口一杯に頬張りながら尋ねる。
「なぁ、みんなはなんで魔法少女になったんだ? どんな願い事をする気なんだ?」
アヤカとキリシマ姉妹が顔を見合わせ黙った。
「アヤカなんかこんな金持ちなのに、望む事なんてあるのか?」
「願い事は人それぞれ。話すようなことではないでしょう」
「それって、ワケありってこと?」
「ナオくん。そこまでにしておこうよ」とウララ。
「なんだよ。秘密主義かよ。ウララ、キララもか?」
「わたしたちは死んだお父さんを蘇らす」
マカロンに伸ばしたナオの手が止まる。
「え? お父さん居ないの?」
「一年前に事故で死んだ。今は母子家庭。生命保険が満額下りなかったみたいで、お母さんが早朝から深夜まで働きづめでわたしたちを食べさせてくれている」 「中学を卒業したら働くつもりで居たけど、この魔法少女というチャンスが巡ってきた。また家族四人でファミレスに行くのがわたしたちの夢なんだ」
キリシマ姉妹が「浮ついた気持ち」を許さない理由がここにある。四期を無事勤め上げることは、彼女たちにとって切実な問題なのだ。キリシマ姉妹を見つめていたナオの目に、涙がうっすらと浮かぶ。
「そうだったのか。お前ら苦労してきたんだな」
「な、ナオくん。大げさだって」 「そうだよ。泣かないで」
「俺にできることがあったらなんでも言ってくれ。力仕事なら男並に働くぞ」
「ありがとう」 「そう言うナオくんは?」
「俺? 俺はシンプルだぜ」
涙を拭い、鼻を啜ると笑顔で言った。
「男になる」
「男の子に?」
「そう。俺はチンコが欲しい。男になったら真っ先に立ちションするんだ。立ちションは男の
証だからな。そこら中にしてやるぜ。そしてルイとセックスする」
「ユウキさん! わたくしのお部屋で猥雑な言葉を口にしないでください!」
とうとうアヤカがあからさまに不快感を表した。彼女の性格を鑑みれば、今までよく我慢した方だろう。
「ワイザツ? どれがだ? チンコか? 立ちションか? セックスか?」
「クラインさん! なにか言ってやってください!」
「ナオ。前にも注意したが、女の子が人前でそのような単語を口にしてはいけない」
「でもさ。ドーテイの俺が言うのもなんだけど、セックスって人のコンゲンだと思わないか? こうしてお菓子食ったり、ウンコしたり、寝たりするのと同じだと思うんだよな。なのにみんなその話を避けたがる。おかしくないか?」
「理屈ではありません。イヤなものはイヤなのです!」
「俺はこの事でずっと悩んできた。でもルイはキチンと両親と話し合い理解を得た。あいつの生き方は俺の手本なんだ」
「ナオ。その言い方だとルイが日頃、卑猥な単語を連呼しているように聞こえる」
「クライン。お前がルイをどう思っているのかは知らないが、あいつは想像を絶するエロエロ大魔神だぞ」
「エロエロ大魔神?」
「ああ。前に俺の指をだな……」
「指を?」
「……やっぱ、やめておく」
「そこまで言っておいて、やめることはないでしょう!」とアヤカが今度は打って変わって不満げな表情を浮かべた。アヤカ?。
「ワイザツな話は嫌いなんだろ?」
「猥雑かどうかは聞いてから判断します」
「ルイにチンコってどんな感じなんだよって聞いたらさ、ルイが俺の人差し指を咥えながら言ったんだ。この指をナオちゃんのおチンチンだと想像してごらんって。俺の目を見ながら丁寧に丁寧にしゃぶってくれた。頭の中でなにかが爆発したのを覚えている」
キリシマ姉妹が叫んだ。
「エロッ!」
アヤカが口元を押さえる。
「なんてイヤらしい……!」
「ルイってそんな人だったんだ」 「見た目に騙されちゃいけない。あれはやっぱり男子なんだよ。わたしたちをエロい目で見ているんだよ」とキリシマ姉妹。
君たちをエロい目で見ているのはナオの方なんだが。
アヤカが身を乗り出し言った。
「で、他には?」
僕の知らないアヤカの一面を垣間見た。
◇
「信じられねぇ」
翌朝、新聞記事を前にナオが顔を青くしていた。
謎の怪生物ショッピングモールを襲う。記事にはそうあった。重軽傷者四十三人の大惨事である。買い物客が撮影した写真が添えられ、厄災と共に魔法少女の姿も写り込んでいた。
「君たちはするべきことをした。むしろこれだけの騒ぎで死者が出なかったのは不幸中の幸いといえる。君たち魔法少女活躍のおかげだ。よくやった」
「……ちげーよ。俺が……写ってるじゃないか」
「心配するな、誰もこれがナオだとは気が付かない」
「だからちげーって」
「なにがだ?」
「パンツ丸出しの写真が新聞に!」と落ち込んだ。
魔法少女が新聞の一面を飾ってしまった。過去何回か表沙汰になりかけたが、その都度記憶操作と証拠隠滅で乗り越えてきた。しかし真っ昼間の大騒動を隠し通せるほど現代のネット社会は甘くない。これから各地で魔法少女の姿が露見するようになるのかもしれない。記事は厄災と謎のコスプレ少女三人との関連性を臭わす内容となっており、警察も重要参考人として三人の行方を追っているとあった。
学校も休み時間の話題は魔法少女一色だった。当事者となったユイナ達の周りには人垣ができ、ちょっとした有名人状態だ。ユイナは助けられた時の状況を、身振り手振りを交え繰り返し語った。ネットでかき集めた写真を見ながらマミが呟く。
「ユイナ。屋上で助けて貰った人とは別に、黄色いのが二人いるよね。仲間?」
「プリキュアみたいのが本当にいるんだよ。驚きだよね! でもイエローが二人ってどう言うことなんだろう。普通こういうのって色違いでしょ?」
「光の加減で黄色く見えるだけで、片方はオレンジなのかも」
「なーる。そうだよ、そうに違いない!」
ルイが写真の厄災を指さし言った。
「プリキュアよりも、こっちの怪獣の方が気にならない?」
「リアプリの方が断然気になる!」
「……リアプリって、なに?」
「リアルプリキュアの略だよ。ネットではリアプリって呼ばれているんだ。フォーラムが立ち上がっていて、わたしなんかリアプリと会話したことのある唯一の人間として超有名なんだ」と小鼻をひくつかせた。
「YUINAで検索してみ。今やわたしは神よ! 『ネ申』と書いて神!」
◇
週末の早朝。ユイナ号令のもと、ナオ、ルイ、マミがショッピングモール前に集合した。
ここでユイナは魔法少女の手がかりを捜すという。
「なんで俺まで引っ張り出されるんだよ」
ぼやくナオを僕はなだめる。
「現場検証は悪くないアイデアだ。今後の厄災対策に役立つかも知れない」
今まで現場検証の類を行った試しがなかった。成果が上がるようなら、今後全ての魔法少女に行わせるのも悪くない。
正面ゲート前に来たところでナオがため息をつく。
「シャッター閉まってるじゃん。中に入れないよ。帰ろう」
「リアプリ捜索隊隊長ユイナ様にお任せあれ。わたくし、ダテに神とは呼ばれておりません」と裏口に回った。
「ここから入れるはず」
一見バリケードで厳重に封鎖されているように見えたが、その一部が手で簡単に動いた。戸板が針金で固定されているだけだ。作業員用の出入り口なのかもしれない。
「なにこれ? メチャクチャじゃない!」
ユイナとマミが驚きの声を上げる。館内は事件当日のままだった。衣類などの商品が散乱し、まるで嵐でも通り過ぎたかのようだ。
「これって足跡?」
丸い大きな足跡が、十数メートルに渡ってイベント広場に並んでいた。
「えっと。この辺かな?」
ユイナが新聞の切り抜きを取りだし現場と見比べる。
「間違いない。この写真はここから撮ったんだ。マンモスでかっ」
厄災の足跡に沿って歩くと、所々にチョークによる書き込みが見られた。警察による現場検証の跡だろう。厄災がナオの銃によって消滅した場所まで来た。
「床が綺麗に丸く凹んでいる!」
ユイナがしゃがみフロアを人差し指でなぞる。
「マミ、この凹み方ってミラーハウスと似ていない?」
「ミラーハウスって陥没事故じゃないんだ。やっぱりリアプリに関係あるんだよ」
にわか探偵の二人が真剣に話し込んでいる。ルイが囁いた。
「クーちゃん。ユイナとマミの記憶が戻りつつある」
「戻ったわけではない。欠落した記憶を自分たちの都合の良いよう補完しているだけだ」
人の記憶とは当人の都合に合わせ、再構築されるものなのだ。
「ルイ! ナオくんも! こっちにおいでよ。この穴、見てみ! 遊園地のと同じのがあるよ!」とユイナが大声で叫んだ。
「馬鹿! 静かに……」
マミが慌ててユイナの口を塞いだが遅かった。
「君たち」とエスカレータの影から男が一人現れた。
「なにをしているんだ? ここは立ち入り禁止だぞ」
黒のキャップにポロシャツとジーンズ。手にはコンパクトデジタルカメラ。警備員や警察官ではなさそうだ。ナオがユイナたちの前に出て立ちはだかる。
「オッサンこそなにしてるんだよ」
「オッサンとは酷いな。僕はまだ三十前だぞ。ひょっとして君たちは、巷で言うリアプリ信者ってヤツか?」
ユイナがナオの肩越しに言った。
「その辺のにわか信者と一緒にして欲しくないな! わたしはリアプリと話したことがある唯一の……」
「ユイナ!」とマミが咎める。
男が驚きの表情を浮かべた。
「え? ユイナってリアプリ情報フォーラムのYUINAか?」
「へっへー。そうだよ」
「知らない男に正体教えてどうするのよ!」
「名前言ったのマミじゃん」
「あ、ごめん」
「これは驚いた! 僕は週間ホットスポットのライター、タジマ・ケイタだ。今、リアプリを取材している。フォーラムでは一度YUINAに取材を断られちゃったんだけど、keitaって覚えていないかな?」
「あー、ひょっとして……三流ゴシップ雑誌のしつこい人?」
「随分な言われようだな」
タジマ・ケイタが苦笑した。
「おい! そこに誰かいるのか?」
正門の方角から声がした。どうやら今度は本物の警備員のようだ。
「ヤバ! 逃げるぞ」
タジマ・ケイタが走り出した。ナオたちも慌ててそれに続く。侵入口から脱出し、信号機三つぶんを全速力で走った。タジマ・ケイタが肩で息をしながら言った。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
「おじさんも不法侵入のクチなんだ。大人のくせに」とユイナ。
「ああ。少年事件の可能性があるとかないとかで、関係者の口が堅くて」
「少年事件?」
「こんなところで立ち話もなんだ。どこか落ち着いた場所で話を聞かせてくれないかな。冷たいもの奢るよ」
四人はタジマ・ケイタに誘われるまま、近くのファミレスへ入った。
見知らぬ男にノコノコとついて行く少女たち! 君たちはお父さんやお母さんに「知らない人について行ってはいけませんよ」と教わらなかったのか! 全くもって不用心極まりない。どうして女の子はこうもマスコミ関係者にガードが甘いのだ。もっともナオがいれば、世界中のペドフィリア(小児性愛者)が群れを成し襲って来ても敵ではない。
「なるほど。遊園地で見たその穴と、ショッピングモールにあった穴がソックリなんだね」
一通りの説明を受けたタジマ・ケイタがメモを置き、スマホを取りだした。
「これ、見て貰えるかな」
スマホの画面に瓦礫の画像が映し出される。
「ここの近くで起きた橋の崩落事故の写真だ。崩れてしまってわかりにくいんだけど……」
崩壊を免れた橋脚の一部を指先で拡大する。球形にえぐられているのが確認できた。
「同じだ!」
ユイナとマミが声を上げる。ルイとナオは無言で顔を見合わせた。
「最近奇妙な事件が頻発している。現場の状況から、警察は何かしらの関連性があるものと考え捜査している。ところがその捜査の行着く先がプリキュアと来た。警察も相当頭を悩ましているらしい。コスプレオタクの愉快犯にしては大がかりすぎるんだよ」
「だって本物のプリキュアだもん。魔法が使えるんだもん」とユイナ。
「ユイナくんが会ったというそのプリキュアは、実際に魔法を使ったのかい?」
「飛んだ! すっごい飛んだ! ビルとビルの間をわたしたち抱えたまま!」
「本当に? 他には?」
「うーん?」
ユイナとマミが顔を見合わせる。
「覚えてないんだよねぇ」
「ひょっとするとあれかも」とマミが宙を仰ぐ。
「なになに?」
「魔法で記憶を消されたのかも」
「それだ! それに違いない!」
「どうしてそう思うんだい?」
「日に日に記憶が曖昧になっていく感じなの。わたしなんかこの写真を撮ったことさえ忘れちゃったし」
マミがケータイの待ち受け画面をタジマ・ケイタに見せた。
「写真を撮ったことを忘れた?」
「家に帰ってケータイ見てビックリしたんだもん」
「君たちはどうなんだい?」
タジマ・ケイタがルイとナオを交互に見る。
「ルイもナオくんも覚えていないんだって」とユイナが答えた。
「こりゃ、いよいよ本物と言うわけか」
タジマ・ケイタが角の丸くなった名刺を財布から一枚取り出す。
「なにかあったら連絡して貰えないかな。どんなつまらないことでも良い。内容次第で謝礼も出せると思う」
ユイナに渡すと支払いを済ませ出て行った。
「謝礼だって。いくらぐらい貰えるんだろう」
「マミ。目先のお金に騙されちゃいけない。わたしたちはそんな不純な動機でリアプリを捜しているんじゃないんだよ?」
「うーん。でも気になるじゃん?」
「どうせ図書カード三千円分ぐらいなものよ」
リアルな数字だ。
「三千円あったらキスマイのCD買えるなぁ」
「マミってキスマイ好きなの?」
「そうだよ。知らなかった?」
◇
アヤカの部屋にルイを加えた五人の「魔法少女」が集まった。ショッピングモール事件の検証と、今後の厄災対策を話し合うため僕が招集したのだ。さすがに今回の事件は表沙汰になりすぎた。これを乗り切るには五人の意思統一が必要不可欠だ。例の新聞を前にウララが呟く。
「クーちゃん、さすがにこれヤバくない?」
「大丈夫。写真とは別人と認識するよう脳にフィルターがかかる。君たちの母親でさえ気がつかないよ」
とは言えこの保護プログラムも旧式化しつつある。昨今の顔認証システムには対応していないのだ。新たな保護プログラムの構築が必要な時期にあるのかもしれない。
「警察とマスコミが本格的に動いている。正体の露見は活動の支障となる。日頃の言動、行動には充分気をつけて貰いたい。たとえ相手が肉親であったとしてもだ」
「俺は口が堅いから関係ねーな」とナオがテーブルに並ぶお菓子を口に詰め込む。
僕は君を一番心配しているのだけどね。
「あの、ちょっと良いですか?」
ルイが小さく手を上げた。
「さっきからみんなの、わたしに対する態度がよそよそしい気がするんだけど」と全員をグルリと見回す。
「そそそんなことないよ、ねぇキラララ」 「もももちろんだよ。ルルルイ」
キリシマ姉妹があからさまに狼狽え、ルイから目を逸らした。
「特にアヤカさんと初めてご挨拶させて貰ったときの、好奇に満ちた視線が気になるんだけど。気のせいかしら」
「男性でここまでお美しい方がいらっしゃるだなんて、思いもよらなかったものですから。ご気分を害されたのならお詫びいたします」とアヤカが笑顔で答えた。
「美しいだなんてそんな。でも本当にそれだけ?」
アヤカも目を逸らした。ルイが無言でナオに視線を移す。ナオも目をそらした。
「ナオちゃん。なにを言ったの?」
「なにも」
「正直に言って。怒らないから」
「だからなにも」
「ナオちゃん。撲つよ」
「……」
「人前では手を出さないだろうとか、甘いこと考えている?」
「いいえ」
ルイがナオの胸ぐらを掴んだ。
「じゃ、喋れ」
「DVだ」とウララがキララに囁く。
「歪んだ愛」とアヤカが呟く。
ナオはルイに責め立てられ洗いざらい喋った。
「そ、そんな事まで?」
愕然とするルイ。
「みんな面白がるから、つい」
「わたしはちっとも面白くない」
ルイはキリシマ姉妹とアヤカに向かって言った。
「この人が言ったことは全て嘘です。そうよね、ナオちゃん?」
「えっと。はい。こないだ言ったのは全部嘘です。みんな面白がるのでつい調子に乗って、あることないこと言いました。ごめんなさい。ルイは指咥えたり乳首舐めたりしません」
ルイがナオの頭頂部にコブシを振りおろす。ズンっと鈍い音がした。
「痛……」
「と言うことです。皆さん、わかりましたか?」
「……」
「皆さん、お返事がありませんが?」
ウララとキララが強ばった表情で手を上げた。
「はい!」 「わかりました!」
アヤカが穏やかに微笑んだ。
「承知いたしました」
「ありがとう」
ルイが満面の笑みを返し、ナオの耳もとでと囁いた。
「あとでゆっくり話そうか」
僕は言った。「話を厄災に戻そう」と。
このあと予想されるルイの辛辣な責めを思うと、僕はナオに同情を禁じ得ない。しかし今日の主題は、あくまでショッピングモール事件の検証と今後の厄災対策である。個人の問題は個人に解決してもらおう。余談だがくれぐれも女(?)の「怒らないから」を信じてはいけない。どんなに追求されようが「知らない」を通すことが大切だ。
「公衆の面前にあれほど強大な厄災が出現するのは珍しい。被害も甚大だ。ナオがいなければ一般市民に死者が出ていたかも知れない」
アヤカがティーカップを手にとり尋ねる。
「なにか要因があるのでしょうか」
「世界的に厄災の動きが活発になっている」
「それはわたしのせい?」とルイ。
「魔法少女が登録期間中非処女となり、現在と似た状況に陥った事例が過去何回かある。しかしそれが原因で厄災の発生が世界に波及したことはない。ルイを原因と考えるのは早計だろう。他に要因があるのかも知れない」
「うわ。中学生でエッチ? いっけないんだ!」 「小学生かもよ?」
騒ぐキリシマ姉妹を遮りナオが言った。
「ルイよりも俺のせいじゃないのか?」
「うむ。ナオの銃に供給される莫大な高次元エネルギーが、魔方陣を不安定にしている可能性も否定できない。これについては現在調査中だ。結果が出次第みんなには報告する」
「そうだクライン。なぜルイはミラクルブラスターを撃てるんだ?」
「……ナオ、ミラクルブラスターってなんだ?」
「俺が使っている銃の名前だよ。名前がないと不便だろ?」
「ダサ……」
「なんだよウララ。文句あるのか?」
「別に」
「なぜルイにあの銃が撃てるのか。実は僕にもわからないんだ」
「一般の方が魔法アイテムを使うと、普通はどうなるのですか?」とアヤカ。
「魔法少女登録を行っていない者が手にしてもなにも起こらない。魔法は発動しない。だが魔法少女登録を行った男の子が魔法アイテムを使用した場合、高次元エネルギーに神経を焼かれ即死する」
「その銃をマツナガさんは三回も撃ったのにご健在であると?」
「その通りだ」
「ひょっとしてマツナガさんは……」と言ったところでアヤカが口をつぐんだ。
「どうした? なにか思い当たることがあるのなら言ってくれ」
「いえ、なんでもありません。わたくしの思い過ごしです。聞き流してください」
「そもそも厄災ってなんなんだ? このストーリーはなにをどうしたら決着するんだ?」
「ユウキさん! あなたはそんなことも知らずに魔法少女になったのですか? 登録時にお聞きにならなかったのですか?」とアヤカが驚きの表情を浮かべた。
「俺の場合、放っておくとルイが死ぬって言うからなったんだ。選択の余地はなかった。でなきゃ、あんなヒラヒラの格好、できるかよ」
「そうでしたか」
「それでは改めて説明しよう」
ナオにも登録時一通りの説明をしたはずなのだが……。まぁいい、この際だ。他の四人にも復習として聞いて貰おう。
「高次元において三次元宇宙は膜状に存在する。これらは複数存在し常に振幅している。振幅が大きくなり互いが接触、交差すると三次元宇宙に綻びができる。大抵の綻びは放置しておいても自然に修復されるが、時として人の精神波動と共鳴し拡大することがある。これが厄災だ」
「言っている意味が全然わからねぇ」
「厄災は人の心の不安が実体化する現象だ。様々な形態をもって具現化する。ケモノ、怪獣、天災など様々だ。なかで最も厄介なのは厄災が人に取り憑いた場合だ。大きな事故や戦争に繋がることもある。第二次世界大戦ではこれが極限にまで拡大した。再び同規模の厄災が発生した場合、人類は滅びかねない。これを防ぐため我々は地球上に高次元エネルギーの受容体を配置することにした。これが魔法少女だ」
「その、『我々』って誰なんだよ?」
「高次元生命体」
「神様みたいなもの?」
「そう考えて貰っても構わないが、創造主ではない」
「なぜ俺たちを守ろうとするんだ?」
「三次元宇宙には様々な生命体が数多く存在する。しかし自我を持ち、文明を築くものはけして多くない。君たちは稀少な存在なのだ」
最も多いのが生命と非生命の中間に位置するウイルスのような存在だ。これが大多数を占める。これらが進化して複雑な生命体となるわけだが、多くの場合環境の激変や、進化の袋小路に迷い込み絶滅してしまう。高等生命体にまで進化し、文明を築くものは極めて稀なのだ。
「そんなに大切なら、神様が直接手を下せば良いじゃないか」
「直接手を下すと三次元宇宙そのものが壊れかねない。君たちの世界に例えるなら、我々から見る三次元宇宙は、水面に浮かぶ花びらのような存在だ」
「花びら?」
「わずかに指を差し入れるだけで振動が発生し空間が波打つ。たとえそれがどんなに小さな波であったとしても、三次元宇宙に与える影響は計り知れない。花びらが波に呑まれてしまえばそれで終わりだ。だから君たちのように、高次元エネルギーを受容できる少女たちに委託するのだ」
「ふーん。で、このストーリーの結末は?」
「ストーリー?」
「だからさ、節目ごとに中ボスが登場して、最後にラスボス登場みたいな展開」
「そんなものはない。これを物語に例えるなら、この物語は世代を超え永遠に続く。人の心から不安が消えるまで」
「なんだよ。締まらない話だな。そんなんじゃアニメにならないぞ」
「これが現実というものだ」
「厄災が活発化していると仰いましたが、具体的にはなにが起きているのですか」
「新聞をめくってごらん」
アヤカがページをめくる。そこには政情不安な中東・北アフリカ等の情勢が記載されていた。
「これらも厄災が引き起こしている。人に取り憑き惑わせているのだ」
「えー、マジで? でもさ、こんなもの、どうやって治めるんだよ」
「この手の厄災に有効なのはアヤカのような光属性、癒し系魔法少女だ。もちろん中東やアフリカにも存在する。彼女たちに任せるしかないが、ケモノや怪獣の姿をした厄災に比べるとその対処は難しい」
「なんで?」
「第一に魔法少女に殺人が許されていないことが挙げられる。化物の様に吹き飛ばしてお終いというわけにはいかないのだ。第二に人に取り憑いた厄災は非常に知能が高い。時として魔法少女をも惑わす。そして第三に少女はどこの国においても政治に無関心だ。なにをどうすれば良いのか、理解しようとしてくれない」
「うわ。それ、耳が痛いね」とウララ。
「俺は関心があるぞ。心は男だからな。ニュース番組とか良く見ている」
「へぇ。じゃあ、ナオくん。今のガイムダイジンの名前は?」
「アフリカの魔法少女って可愛いんだろうなぁ。おでこが広くてテカッとしているに違いないぞ。笑うと白い歯がこぼれるんだ」
「……」
「厄災の活発化に、わたくしたちはどう対応すれば良いのでしょう」
アヤカが話を軌道に戻す。
「現状において個人戦は非常に危険だ。必ずチームを組んで戦って欲しい。また疑問に思うこと、不思議に思うことがあれば遠慮なく報告して欲しい。どんな些細なことでも構わない。魔法少女の感性に引っかかるものにはなにかしらの意味がある。これを僕たち端末がデータ化し分析する」
みんなが頷く。
「それと……今後ナオは活躍の場が増えるかもしれない」
「助っ人だな?」
「その通りだ。ナオの戦闘力と移動力は比類ない。この地域の中核となるだろう」
「おう。俺は全然構わないぜ。全部で十人? 十一人だっけ? 丸ごと守ってみせる」
実に頼もしい発言だ。多少の事態が発生しようとも、ナオなら対処できるに違いない。
「ところでみんな、相談があるんだけど」とナオ。
「ちょっと勢い付けてジャンプすると、短パンがビリビリに破けちゃうんだ。なんとかならないかな?」
またこの話か! いい加減諦めてくれてももいいと思うのだが。
「短パン? ショートパンツを履くんですか? まさかコスチュームの上から?」
アヤカが唖然とした表情を浮かべる。
「うん。ジャンプしたら下からパンツ丸見えだろ?」
「ユウキさん!」
「なんだ?」
「ファッションは我慢です!」
「我慢?」
「そうです。これほど完成されたコスチュームのバランスを崩すなんて、愚か者の所行としか思えません!」
「そうだ、そうだ」とキリシマ姉妹も口を揃える。
その通りだアヤカ! もっと言ってやれ! ウララ、キララも!
「パンツ丸見えの、どこが完成されたファッションだというのだ?」
「あれはアンダースコートです。見えて構わないものなのです」
「うっそだぁー! ありゃ完全に女物の下着だぞ」
「アンダースコートです!」
「じゃあ、アヤカはそのアンダースコートだけで街を歩けるのかよ?」
「スカートあってのアンダースコートです」
「だからそのスカートが機能していないんだってば!」
「ファッションとして機能しています!」
「尻を隠せない時点で機能してないだろ! 自分だけ長いスカート履いておいて狡いぞ」
まるで埒があかない。二人の話は平行線のままだ。
「あのー」
ルイが再び小さく手を上げた。
「魔法少女ってわたしたちの他にあと六人いるんだよね、日本に」
「そうだよ」と僕。
「アヤカさんたちは会ったことがあるの?」
「お住まいが遠くにあるのでお会いしたことはありません。たしか北海道と九州に一人ずつ。残りは関西と東海地方にいらっしゃるとか。ねえクラインさん?」
「その通りだ」
「ナオちゃんがいくら遠くにジャンプできると言っても、北海道や九州に行くには何時間もかかるんじゃないかな? 沖縄なんか、どうやって行くの?」
「厄災の発生件数と深刻さは人口密度に比例する。北海道、九州は放置しておいても問題ない。実際今まで厄災が発生した試しはない」
「人口密度に比例?」
「日本国民の十人に一人が東京都民だ。さらに言えば三人に一人が関東と呼ばれる地域に住んでいる。厄災はここを中心に発生する。地方で発生する可能性があるのは大阪、名古屋ぐらいなものだ」
「じゃ、助っ人は遠くても大阪、名古屋に限られるわけだ」とナオ。
「そう言うことだ」
「やっと俺にもわかったよ」
「へぇ。じゃあ、ナオくん。厄災が発生する仕組みを、もう一回初めから説明してみて」
「ウララ、そんなに俺にパンツを脱がされたいのか?」
◇
プールの授業は男女に別れ、二組合同で行われる。今日は三組と四組の合同授業だ。プールサイドに三十着あまりのスクール水着が溢れ、実に壮観である。ナオをはじめユイナ、マミの姿も見えた。ルイはナオのクラスの見学者二名共に、裸足でプールサイド片隅のベンチに腰掛けていた。僕はルイのブラウスに位相空間の窓を設け目の保養に勤しむ。強いカルキ臭とともに隣の子の会話が聞こえてきた。
「にしてもナオくんってエッチだよねぇ。着替えの時、胸の大きい子、片っ端から触っていくでしょ? ヒメノちゃんなんか集中攻撃」 「あれってもう触るってレベルじゃないよね。揉みしだくって感じだよね」と二人が笑う。
ルイの頬がひくりと動いた。
「あの」とルイが二人に話しかける。
「ユウキさんって、いつもそんなことをしているの?」
「有名だよ。体育の着替えの時、ブラのホック外しに来たり」 「でも憎めないんだよねぇ。あの無邪気な笑顔でやられちゃうと」
ルイの頬が再びひくひくと動く。僕にとってこの証言は想像の範囲内(実際に現場も目撃したけどね)だったが、ルイは少し違ったようだ。
「そ、そういう時は、キゼンとした態度をとるべきじゃないかな」
「え? そんな大げさな話じゃないんだけど?」 「女の子同士だもの。別にいいんじゃない?」
「あ、あの子は……」
途中まで言いかけたところでルイは沈黙した。
先生の笛の音に合わせ、スクール水着が次々とプールに飛び込んでいく。
「キサラギ先生、スタイル良いよねぇ」
「鍛えた身体ってグラビアアイドルにはない美しさがあるよね。媚びていないって言うか」
「ナオくん、キサラギ先生の胸も狙っているらしいよ」
「あの子、なんでもあり? でも腹筋とか凄いんだろうな。一度ビキニ姿見てみたい」
「ウチの学校制服ないのに、なんで水着だけは学校指定なんだろう」
その疑問に答えたのはナオだった。
「そりゃ、Tバックとかヒモパンとか、きわどいの着てこられても困るからだろ」
プールから上がったばかりで水が滴っている。
「俺はその方が良いけどな」と笑った。
同年代の女の子と比較すると、ナオの身体は体脂肪率が低めであることがよくわかる。発達した筋肉の流れが美しい。
「なぁなぁ、股から垂れる水ってオシッコぽくない? ほら。区別が全然付かないよ」
ナオがガニマタでルイたちの前に腰を突きだした。
「きゃははは、下品! ナオくん、超下品!」
ナオと同じクラスの二人が爆笑した。なんて情けない姿なのだろう。これが史上最強クラスの魔法少女が取る行動なのだろうか。僕が少女に対して抱く幻想を、よくも尽く破壊してくれる。ルイはと言うと、そんなナオの様子を築地市場に並ぶ冷凍マグロような目で見つめていた。
「ユウキさん! なにをサボっているの! 戻りなさい!」
「はーい」
先生に叱責され、ナオがペタペタとプールへ戻っていく。
「休憩! 全員プールから上がって!」
スクール水着が一斉にプールサイドに上がる。全員が上がりきったところで先生が言った。
「ユウキさん、罰です。みんなの前で泳いでみせなさい」
「はーい」
笛の音を合図にナオがプールに飛び込む。十メートルほど先に浮かび上がるとクロールを始めた。実に美しいフォームだ。プールサイドから感嘆の声があがる。
「良く見て、あの腕の抜き方を。肘から抜くのよ、肘から。水を掻く手は身体の中央に。あれが一番水の抵抗が少なく無駄がない泳ぎ方なの。呼吸の仕方も理想に近いわ。顔が半分水に浸かっているでしょ? 顔が起きちゃダメなの。ユウキさん、次は平泳ぎ!」
二十五メートルを泳ぎ切り、クイックターンを決めて平泳ぎに移行する。
「平泳ぎは一見楽そうに見えるけど、クロールと同じ距離を同じスピードで泳いだ場合、消費するエネルギーは格段に平泳ぎの方が大きい。それだけ平泳ぎは抵抗の大きい泳ぎ方なの。息継ぎを見て。顔を正面に上げるからどうしても水の……」
その時プールの水がドクンと脈を打った。瞬く間に水が黒く濁り渦を巻き始める。ナオがコースロープごと渦に引きずり込まれていく。
「ユウキさん!」
先生がビート板を数枚投げ入れるが届かない。
「誰か職員室に! 誰でも良いから先生に連絡を!」
そう叫ぶと先生はプールに飛び込んだ。プールサイドに悲鳴が上がり騒然となった。
「ルイ。厄災だ。ナオは今ペンダント(ID)を持っていない。したがって変身できない。このままでは二人とも溺れ死ぬぞ」
ルイの反応は早かった。裸足のままナオの教室へ走った。校庭を抜け校舎二階へ一気に駆け上がる。教室に入るとナオの席にあったショルダーバッグを開き、中身を机の上にぶちまけた。
「あった、ペンダント(ID)」
ところが。
「そこでなにをしている。授業時間中だぞ」
生活指導のヤマサキ先生だ。実に間が悪い。ルイは振り返らず、返事もしなかった。
「なにをしているかと聞いているんだ! このクラスの生徒か? 名乗れ!」
ヤマサキ先生がドカドカと教室に入ってくる。説明している時間はない。ここは記憶操作で乗り切るしかない。そう思ったとき、ルイは校庭側の窓を開け、窓枠に足をかけるとなんの躊躇いもなく飛び降りた。二階の窓から裸足で!
下は春に造成されたばかりの花壇だった。コンクリートより衝撃が少ないとはいえ、着地したルイは直ぐに立つことができない。飛び降りた窓からヤマサキ先生が顔を出し、なにか怒鳴っているのが聞こえた。
「大丈夫かルイ! 無茶をするな。足が折れたらどうする」
「大丈夫」
ルイは徐に立ち上がると、ダメージを確かめるようにゆっくりと歩き出した。両足の親指の爪が割れ、地面に血がしたたり落ちる。だが次第にスピードを上げると直ぐに全速力となった。再び校庭を駆け抜けプールへと向かう。プール入り口でルイが立ち止まった。
「これは……」
水面から水柱が立ち上り、竜巻のように回転していた。その中に藻掻く人影が二つ。
「ナオちゃん! キサラギ先生!」
プールから逃げ出ようとする生徒たちが将棋倒しとなり、出入り口を塞いでいた。泣き叫ぶ声が辺りに響く。ルイは出入り口を諦めると金網をよじ登った。天辺からプールサイド側に飛び降りる。スカートが金網に引っかかり音を立て裂けた。
「くそ! これ、お気に入りだったのに!」
ルイはスカートを脱ぎ捨てると、ペンダント(ID)を手にプールに飛び込んだ。たちまちルイも渦に巻き込まれていく。キリシマ姉妹には既に招集をかけたが、彼女たちが到着するまであと三分はかかる。とても息が持たない。このままでは三人とも溺れ死んでしまう!
しかしルイの体力は僕の想像を遙かに上回った。渦の中を泳ぎ続け、ついにナオの足首を掴んだのだ。身体をよじ登るようにしてたぐり寄せる。そして気を失っていたナオの鼻を摘み、唇を合わせると息を吹き込んだ。深く、ゆっくりと。
まもなくナオが目を開けた。ルイはペンダント(ID)をナオに握らせると渦の底に沈んでいった。
ドンッ。
まばゆい閃光と共に水柱が砕け散る。空中に魔法少女ナオが出現した。
「ルイ!」
ルイはキサラギ先生と共にプールの底に沈んでいた。
「このぉ!」
水面に向けパンチを繰り出す。爆音と共にプールの水が全てはじき飛んだ。
空になったプールの底でナオがルイを抱き起こす。
「ルイ! 大丈夫か!」
「ナオちゃん、わたしよりも先生を……先生はナオちゃんを助けようとして……」
「わ、わかった」
ナオが先生に駈け寄る。先生の顔は真っ白だった。
「先生! キサラギ先生! ……息をしていない?」
「人工呼吸を……」とルイが先生に這い寄る。
日が陰り、空からダムの放流を思わせる轟音が聞こえてきた。見上げるとプールからはじき飛ばされた水が、渦を描きながら空中に集結しつつあった。まるで小型の台風のようだ。
ナオがミラクルブラスターを構える。
「くそ、でかすぎる。ありゃミラクルショット十発でも追いつかないぞ!」
そのナオの叫びをかき消すかのように、火柱が轟音を立て頭上を横切った。幾筋もの火柱が水渦に向かって突進してゆく。
「行け! 火炎竜!」
ポンプ室の上にキリシマ姉妹とアヤカの姿があった。ウララとキララが扇を振り、次々と火炎竜を繰り出す。その数は数十に達した。
「ウララ、キララ……。あんなに火炎竜を放って大丈夫なのか?」
「消費する体力をアヤカが順次回復させている。アヤカの体力が続く限り、ウララとキララは魔法を使い続けることができる」
これはショッピングモール事件において露呈した、体力切れ問題を補う新たな作戦だ。火炎竜が円を描きながら水渦を囲い込んでいく。
「厄災が一塊になったぞ。ナオ、今だ!」
「ミラクルショット!」
放たれた六発の光弾が次々と閃光を放ち、厄災と共に消滅した。
「ナオちゃん! 先生が息をしない! ナオちゃん!」
ルイの声に振り返ると、横たわるキサラギ先生の身体が青紫色に変色していた。
「マツナガさん。ここはわたくしにお任せください」
アヤカとキリシマ姉妹がプール底にふわりと降り立った。アヤカが膝をつきステッキをキサラギ先生の胸元にかざす。途端に先生が激しく咳き込み水を吐いた。みるみる血色を取り戻すと目を開けた。
「先生!」
「マツナガ……さん?」
先生はルイの顔をしばらく見つめたあと、跳ね起きた。
「ユウキさん! ユウキさんは?」
「先生……」
変身を解き、スクール水着姿に戻ったナオがそこにいた。
「良かった! 水は飲んでない? 怪我は?」
「は、はい。大丈夫です」
「一応病院に……ってなにこれ? どうなっているの?」
キサラギ先生は自身がプール底にいることに気付き、驚いて立ち上がろうとした。足がもつれバランスを崩す。それを支えたのはアヤカだった。ぎょっとした表情でアヤカを見る。
「あなた、誰?」
「通りすがりの魔法少女です。しばらく安静にされた方が良いかと」と微笑んだ。
「あなたが助けてくれたの?」
アヤカの頭の天辺から足の爪先までマジマジと観察する。異様に完成度の高いコスプレ少女と、救命救助との関連づけができないらしい。
「おい! しっかりしろ!」
見上げると駆けつけた先生たちが、将棋倒しになった生徒を救出していた。
「あー! リアプリ発見!」と金網の向こうで一際大きな声を上げたのはユイナだ。
どうやらユイナとマミが職員室まで走り、先生を連れてきたらしい。
「マミ! ピンクだ! ピンクがいる! ほら!」
「あ、でもイエローはやっぱ二人なんだ」
「マミ、カメラ! マミ!」
「ケータイは教室だよ」
「取ってくる!」とユイナが教室に走った。
「キサラギ先生! なにがあったんです! プールの水はどうしたんです?」
先生の一人がプールサイドからこちらを覗き込む。見慣れない衣装の少女たちを発見して顔色を変えた。
「おい! 君たちは誰だ?」
「通りすがりの魔法少女です」
アヤカが再び穏やかな笑みを浮かべ答えた。
「魔法少女? ニュースでやっていたコスプレ連中の仲間か?」
子どもたちを預かる教師にとって、近頃出没する「魔法少女」は不審人物以外の何者でもない。たちまち警戒心を露わにする。無理もないか。
「そ、そこを動くな!」
先生がケータイを取り出すのが見えた。これ以上魔法少女を衆目に晒したくない。一応事態の収拾はみた。潮時だろう。
「アヤカ、長居が過ぎたようだ」
「ええ。それにあまり歓迎されていないようです。そろそろお暇しましょうか」とアヤカが悲しそうにキリシマ姉妹を見た。
「そだね。帰ろっか」 「警察とか来ると面倒臭いしね」
「あ、こら、待ちなさい! 君たち!」
引き留める先生を無視して三人がジャンプする。プール底から一気に金網を越えた。
「い、今、五メートルは飛んだぞ? あいつら何者なんだ? 本当に魔法少女?」
たちまち三人の姿が見えなくなった。
キサラギ先生がプールを見回しながら呟く。
「それにしてもプールの水は一体どこに消えちゃったの?」
「えっーと、機械が、ポンプが壊れたんじゃないかな。で、一気に抜けちゃったとか。それに巻き込まれたんだと思う」とナオが適当な返事をした。
「プールはね、水を全部抜くのに何時間も掛かるように作ってあるの。こんな短時間で全部抜けたら、下水が逆流して辺り一帯が水浸しに……ま、マツナガさん? その足、どうしたんです!」
キサラギ先生がしゃがみ込んでいたルイの足を見て叫んだ。足首が腫れ上がり、爪が割れ出血があった。しまった。ルイが負傷していたことをすっかり忘れていた。
「え? あ、ちょっと。大したことないです」
ルイは作り笑いを浮かべると手で足を隠した。それを見たナオの顔が青くなった。
「まさか……俺の為に?」
「だから大したことないって」
「アヤカ! アヤカは!」
ナオが辺りを見回し叫ぶ。だがアヤカは既に引き上げたあとだ。人もぞくぞくと集まってくる。命に別状がない限り今呼び戻すのは得策でない。騒ぎは大きくなるばかりだ。
「そんな! 早く治療しなきゃ! 早く……」と言ったところでナオは言葉に詰まり、声を上げて泣き出した。
「な、ナオちゃん。みんな見てるし」
「だ、だって。ルイの足、ち、血だらけで……。ひっく。お、俺のせいで」
ルイがナオを引き寄せ耳もとで囁いた。
「そんなことよりナオちゃん。今わたし、下着がずぶ濡れで大ピンチなんだ。パッドがズレそうだし、ショーツが股間に張り付いて超ヤバイことになっている。このままじゃ動けない。なんとかして」
「わ、わかった」
ナオはプールサイドに駆け上がると、金網に掛かった特大のスポーツタオルを手に戻ってきた。それをルイの身体に巻き付けると背負って保健室に走った。ところが保健室は将棋倒しになった女の子たちが運び込まれ、蜂の巣をつついた騒ぎだ。遠くにパトカーや救急車のサイレンが聞こえる。
「ナオ、アヤカの家に行くんだ。アヤカは変身を解かず、家で待機している」
ナオはルイを背負ったまま学校を飛び出した。
「な、ナオちゃん! 水着のままだよ! 着替えないと!」
「いい」
「いいことない!」
「いい」
魔法少女が変身できる回数は一日一回。前回の変身から最低十二時間を経過しないと次の変身はできない。通行人の好奇の視線をものともせずナオは走った。その距離実に二キロメートル。フジノモリ家の呼び鈴を押したところでナオは倒れた。
「現場でわたくしが気付いて差し上げれば良かったのですが」
アヤカがソファーに座ったルイの治療をしながら、申し訳なさそうに言った。
「ルイ、ゴメンね。わたしたちも早々に変身を解いちゃったし」
キリシマ姉妹も謝る。
「いえ。このごろ魔法少女の露出が世間の注目を集めています。あのまま居残っていたら、警察や消防の目に晒されていたかもしれない。アヤカさんたちの判断は正しかったと思います」とルイが静かに答えた。
中々この年齢の少女(?)が発言できる言葉ではない。だが今日のルイの行動は紙一重だ。ひとつ間違えればルイもナオもキサラギ先生も、命を落としていたかも知れないのだ。シングルマインドの成せる業とは言えあまりにも無謀だ。しかし結果的には被害を最小限に止めることに成功している。今回はルイの負傷に免じ、大目に見ることにしよう。
「そう言って頂けると少し気が楽になります。それにしても」
アヤカがしみじみと言った。
「お二人の愛に圧倒されました。愛とは見返りを求めないものとは言いますが、お二人はそれを体現していらっしゃる。感銘を受けました」
「そんな」とルイが珍しく顔を赤らめはにかんだ。
「あの、マツナガさん」
「はい?」
「前から少し気になっていたことがあるんですが……」
「ルイ!」
ベッドに横たわっていたナオが叫んだ。意識を取り戻したようだ。
「ナオちゃん、ここだよ」
ナオはベッドから転がり出ると、ルイの座るソファーに縋りついた。
「怪我、大丈夫か!」
「もう直して貰ったよ」
「痛くないのか」
「痛くないよ」
「良かった」
ナオが再び涙ぐんだ。
そんなナオをルイとアヤカ、キリシマ姉妹が穏やかな笑みで見つめる。
「な、なんだよ。俺が泣くとおかしいか?」
「そうではありません。そのお洋服、よくお似合いだと思いまして」
「服?」
ナオが自分の身体を見下ろす。
「わ!」
白の可愛らしいワンピースにようやく気が付いたようだ。
意外とよく似合う。
「なななんだこれ!」
「わたくしのお洋服です。我が家には男子がおりませんので」
「まさか下着まで?」
ナオがワンピースをたくし上げる。ピンクのパンツだった。しかもシルク。
これもまたよく似合う。
「だ、誰が着替えさせたんだ?」
「わたしたち」とキリシマ姉妹が手を上げた。
ナオの顔が真っ赤になった。
「み、見たのか?」
「なにを?」
「お、俺の裸」
「見ないと着替えできないじゃん」 「汗だくの身体、隅々まで綺麗に拭いてあげたんだよ」
「ず、ずるいぞ! ウララ、キララ! お前らのも見せろ! それでアイコにしてやる! おっぱい見せろ! 尻、触らせろ!」
「ナオくんサイテー」
キリシマ姉妹がハモる。アヤカもげんなりと言った。
「マツナガさん。先ほどのわたくしの発言、撤回させて頂きます。無償の愛などやはり存在しないようです」
「ねえ、ナオちゃん。ナオちゃんは体育の着替えの時、女の子に悪戯しているらしいね?」
ルイの言葉にナオが今度は青くなった。
「……え?」
「胸触ったりブラ外したりしているらしいね」
「……してません」
「ナオちゃんは裸見られたり、触られたりするの恥ずかしい?」
「恥ずかしいです」
「自分が嫌だと思うことを、他人にはしないのが最低限のルールじゃないのかな」
「そう思います」
「今回のことは良い教訓になったと思わない?」
「思います」
「よろしい」
ルイはナオを引き寄せると抱きしめた。
「そんなナオちゃんがスクール水着姿でわたしを運んでくれた。着替えてタクシーで行けば良いものを。その方がずっと速いし楽なのに。本当に馬鹿なんだから。でもありがとう。大好きだよ」
「うん」
マッタリとした沈黙のあと、アヤカが躊躇いがちに口を開いた。
「あの、マツナガさん。良い雰囲気をお邪魔してしまって誠に申し訳ないのですが……」
「はい?」とルイが顔を上げる。
「前々からお伺いしようと思っていたことがあるのです。ただ……」
アヤカは言葉を選んでいるようだった。
「大変失礼な質問です。初めにお詫びしておきます。よろしいでしょうか」
「はい」
「マツナガさんがユウキさんのピストルを……」
「ミラクルブラスター」とナオが言い直す。
「それを撃てることについてなんですが……」
一呼吸置いてアヤカは言った。
「マツナガさんは本当に男性なのでしょうか?」
全員が再び沈黙した。どう言う意味だ?
沈黙を破ったのはナオだった。
「ルイは男だ。ちゃーんとチンコが付いている。俺は見た。だから間違いねえ」
「わたくしが言っているのは外見的な性別ではありません。マツナガさんの本当の性別です」
本当の性別?
……まさか。
「なんだよ、本当の性別って。チンコ付いてたら、男に決まっているだろ?」
そうではない。アヤカが言いたいのは……。
「アヤカ、それは半陰陽を言っているのか?」と僕。
「そうです。マツナガさんは染色体検査を行ったことがありますか?」
「……いいえ」
そうだ。それに違いない。ルイは半陰陽、インターセクシャルなのだ。外性器の形状が男性と変わらないため、今まで気がつかなかっただけなのだ。これでルイが高次元エネルギーの負荷に耐えることができる説明がつく。
ナオが苛ついた表情で言った。
「そのハンインヨーってなんなんだよ。俺にもわかるように説明しろよ」
「男と女、どちらでもない性。マツナガさんの身体の中には卵巣があるのかもしれない」
「タマとタマゴ、両方あるってことか?」
「半陰陽には様々なタイプがあるので一概には言えません。マツナガさんの場合、外見が男性と変わらない男性型の半陰陽ではないでしょうか。タ……いえ、精巣、卵巣の有無は検査してみないとわかりません」
全くの盲点だった。順序立てて考えれば、当然たどり着くべき答えなのに!
「うふふふ」
突然ルイが笑い出した。
「そうなんだ。わたしって半陰陽だったんだ」
「大丈夫か、ルイ?」と僕。
「大丈夫もなにも。凄く納得がいく。わたしは性同一性障害なんかじゃなかったんだ」
「マツナガさん、半陰陽と決まったわけではありません。可能性があると言っているだけです。判断はしかるべき医療機関において……」
「クーちゃん、アヤカさん。男であろうと半陰陽であろうと、それはわたしにとって大した問題ではないわ。だってどちらも女でないことに変わりはないのだから。ただ自分自身の心の在り方に納得がいっただけ。とってもしっくりするの」
半陰陽は第三の性とも言われるが、実際の半陰陽の多くは男女どちらかのジェンダーを持って生活している。ルイのジェンダーはあくまで女なのだ。半陰陽とわかったところで、ルイの生き方が変わるわけではない。しかし……。
「ナオちゃん。身体の取り替えっこ出来なくなっちゃったね。このままだとナオちゃんが半陰陽になっちゃう」と再び笑った。
「ねぇねぇ、クーちゃん。それじゃあさあ、ルイは魔法少女に変身できるって事?」
「それはわからない。前例がない」
キララの質問に対して僕はこう答えるしかなかった。半陰陽は数千人に一人とも言われる。今まで気が付かなかっただけで、外見が女性と変わらない女性型半陰陽の魔法少女が過去に存在したのかもしれない。ルイが言った。
「クーちゃん。わたし、変身してみるよ」
「ダメだ。半陰陽であることが確認されたわけではない。たとえ半陰陽であったとしても許可できない。死亡するリスクが消えたわけではない」
「ナオちゃんのピストルが……」
「ミラクルブラスター」とナオが言い直す。
「ミラクルブラスター、が使えたんだ。変身だってきっと大丈夫だよ」
「ダメだ。ただの偶然ということもある」
「ルイ。取り敢えずそのナントカ検査を受けてみないか? それからもう一度話し合おう」
ナオが珍しくまともな意見を述べた。
「ナオちゃん。それはできない」
「なんでだよ」
「好奇の目に晒されるのはもうたくさん。半陰陽ともなればなおさら。それに身体の入れ替えが不可能なら、わたしも四期勤めなければ女になれない。だから変身するよ。今ここで」
「ルイ! 話を聞いていなかったのか? 死ぬかも知れないと言っているんだぞ!」
「大丈夫だよクーちゃん。わたしは死なない。わかるの。わたしは変身できるって」
ルイがペンダント(ID)を取り出す。
「やめろルイ! ナオ、ルイを止めるんだ!」
叫んだが遅かった。
「メタモルフォーゼ」
溢れんばかりの光りがアヤカの部屋を満たした。
視界を奪われなにも見えない。
しばらくすると光りが弱まり、一定の光量で安定した。光源に人型が確認できる。それは純白のコスチュームに身を包んだ銀髪のルイだった。手にはクリスタルのリング、背中には天使の羽。このような魔法少女は前例がない。
「気持ちいい」
ルイが恍惚の表情を浮かべる。
「こんなに気持ち良いなら、もっと早く変身すれば良かった」
「クライン。変身が終わったのにルイの身体が光り続けてる。これっておかしくないか?」
「高次元エネルギーが過剰に供給されているようだ。このままでは爆発するかもしれない。ルイ、変身を解け、今すぐに!」
「そんな。勿体ないよ。せっかく変身したのに」と自分の身体を見回す。
「白。純白。なんか皮肉だよね、わたしが白だなんて。まるで花嫁さんみたい。あ、胸がある。わたし、おっぱいがある!」
ルイはナオに駈け寄ると「ナオちゃん、ほら触ってみて! わたし胸があるよ!」とナオの腕を摑んだ。とたんにナオも光に包まれ変身した。
「うおっ? 呪文を唱えていないのに変身した! しかも俺、今日二回目だぞ?」
「ルイから高次元エネルギーがあふれ出しているんだ。早く彼女を止めないと!」
「わたしを止める? ナオちゃんにできるかな?」
ルイは微笑むと窓を開けバルコニーに出た。背中の翼がゆっくりと広がる。片翼だけでルイの身長に匹敵する大きさだ。空を見上げひと羽ばたきした瞬間、ルイはロケットのような勢いで垂直に飛んだ。
「ナオ、追うんだ!」
僕はナオの肩に飛び乗った。ナオもバルコニーに出てジャンプする。渾身のジャンプだ。
「ダメだ、届かねえ!」
ナオのジャンプ力がいくら優れているとはいえ、所詮はジャンプだ。すぐに重力に引き戻され落下に転じる。一方のルイは尚も高度を上げ速度を増してゆく。白い翼が青い空の中に溶け込んで行った。
「ルイー!」
ナオが街中に墜落した。時速百八十キロメートルでアーケードを突き破り、商店街のど真ん中に落ちた。幸い人には当たらなかったが商店街は大混乱だ。ナオは通りのど真ん中で大の字に寝転んだまま、呆けたようにアーケードに開いた大穴を眺めていた。
「君、大丈夫か!」
警察官二人が駆けつけるのが見えた。
「ナオ。逃げるんだ」
「なんで?」
「ナオはショッピングモール事件における重要参考人なんだぞ」
「そうだった」
ナオはむくりと起き上がるとジャンプして、アーケードに開いた穴から外に出た。
「ルイはどこだ?」
空を仰ぐと頭上に白い飛行機雲が見えた。
「まさかあれがルイ?」
「たぶん」
「空を飛べる魔法少女って他にいないのか?」
「風属性等の魔法少女の何人かはある程度飛べるが、あんなジェット機みたいな飛び方をする魔法少女は見たことがない」
「どうすればいい?」
「飽きて降りてくるのを待つしかない」
「そんな。爆発したらどうするんだよ」
「飛ぶことで余剰エネルギーを消費できているのかもしれない」
飛行機雲が鋭角にカクカクっと曲がった。
「あいつはUFOか!」
再びカクカクっと曲がる。
「クライン……こっちに向かってないか?」
「そのように見えるな」
白い点が徐々に人の形になっていく。
「ナオちゃーん!」
羽を広げたルイだった。依然光りを発しながら、こちらに向かって落下してくる。
「まるで天使だ」
ルイは落下する勢いのままナオに抱きつくと(衝突とも言う)、二人重なり合ってアーケードを貫き、再び商店街に落ちた。
「痛ってー!」
「ナオちゃん、ナオちゃん! 知ってた? 空って超寒いんだよ。冷蔵庫どころのレベルじゃないんだよ!」
「知らねえよ! それよりルイ、身体は大丈夫なのか?」
「絶好調! 身体が女体化して精神的にも凄く心地良い。生まれ変わったみたい!」
ルイはナオの手を取ると自分の胸に押し当てた。
「ほら。わたし、女の子だよ」
「本当だ」
パシャ。
またまたカメラのシャッター音だ。商店街に訪れていた客と店舗の従業員が、こちらを遠巻きにしている。
「だっ!」とナオが顔を真っ赤にして足を閉じ股間を押さえた。
「おい! お前たち!」
数分前には「君、大丈夫か!」と口にした警察官が腰の警棒に手を掛け、警戒しながらこちらに歩みつつあった。もう一人の警察官も無線になにか喋りかけている。ナオの姿に思い当たるところがあったのだろう。
「ルイ、逃げよう」
「任せて」
ルイは立ち上がるとナオを後ろから抱き、翼を広げた。
「おおっ」とギャラリーからどよめきが起こる。
「行くよ」
ひと羽ばたきすると二人は商店街入口に向かって滑空した。アーケードを滑るように抜け急上昇に転じる。
「すげぇ。この浮遊感は一体なんなんだ? 飛んでいるというより浮いているって感じだ。俺がジャンプする時のような加速感が全くないぞ?」
「ナオちゃん。わたしの魔法属性は重力なんだ」
重力? これもまた初めて聞く属性だ。地球の引力を遮断することで飛んでいるというのか。まもなくアヤカの部屋のバルコニーに戻ってきた。二人が静かに着地する。
「到着ー。ナオちゃん、怖くなかった?」
「ルイ、お前、すげーな!」
「だから言ったでしょ。大丈夫だって」
「ところでルイ」
「なぁに?」
「下はどうなっているんだ?」とルイのスカートを捲った。
ばしっ。
ルイのパンチがナオの顔面に炸裂した。吹き飛ばされたナオが窓ガラスを突き破り、けたたましい音をたてアヤカの部屋に転がり込む。チェストを破壊して止まった。
「ナオくん大丈夫?」とウララ。
「へ、変身していなければ即死だった」
アヤカが粉々に砕けたガラス細工を見て膝をついた。
「お爺さまに頂いたガレが……」
◇
「もう、マジ、信じられない!」
ユイナは怒っていた。トレイに散らばったポテトをかき集め、口一杯に頬張るとコーラで流し込み、再び口を開く。
「まるでリアプリをテロリストみたいに言うんだよ!」
教職員立ち会いのもと行われた警察・消防の現場検証と事情聴取は翌日まで続き、鷹峰中学校は三日間休校となった。リアプリ情報フォーラムの有名人であり、三度魔法少女出現の現場に居合わせる事となったユイナは特に厳しく聴取されたという。今ユイナはその時の鬱憤を、マクドナルドにおいて食欲を満たすことで発散させているのだ。付き合っているのはルイとマミの二人。
「警察ってすっごくしつこいの。同じ事を何回も何回も聞いてくるんだよ。で、初めに言ったこととちょっとでも違うと、揚げ足取って意地悪言うの。超むかつく!」
同じ質問を繰り返す行為は取り調べの基本だ。証言に嘘があれば、繰り返し聞くことで誤差が生じる。その誤差を取り繕おうと、新たにつく嘘が誤差をより拡大させ収拾がつかなくなる。取り調べのプロの前で、嘘をつき続けるのは難しい。
「で、結局どうなったの?」とルイ。
「なにも知りませんを通して許して貰った」
現場から姿を消したルイとナオは、保健室で治療を受けていた事になっていた。保険医の記憶を改ざんしたのだ。その後学校に戻った二人も一通りの事情聴取を受けたが、ユイナほど深く追求されることはなかった。
「リアプリって一体何人いるんだろう?」とマミ。
「今のところ四人だね。ブラック、イエロー、イエロー、ピンク」
「変な組み合わせ。レッドやブルーは?」
「基本は五人だからあと一人は絶対にいる。多分それがレッドかブルーじゃないかな」
「AKBみたいにたくさんいるのかもよ」
「あ、それも充分あり得る。総選挙で選抜メンバー決めているのかも」
一体誰がどこで投票していると言うのだ。
「やぁ、ユイナくんたち。やっと会えたね」
三人が顔を上げると、そこに立っていたのはタジマ・ケイタだった。ショッピングモールで出会ったゴシップ雑誌の記者である。
「そこ、良いかな」とタジマ・ケイタは三人の返事を待たず、アイスコーヒー片手にルイの横に座った。
「何回もメールしたのに、無視って酷いなぁ」
「忙しかったんです」とユイナがムスッと答える。
「プールの事故、君たちの学校なんだろ?」
「知っているなら、いちいち聞かないでください」
「リアプリ出たの?」
「知りません」
「口止めされているの?」
「だから知りません」
実際学校警察から口止めされていた。一時ネットをはじめ、テレビや雑誌でもリアプリは話題の的だった。しかしリアプリの容姿が明らかにローティーンの少女であるため、その扱いは徐々に慎重な物になりつつある。
タジマ・ケイタがポケットからスマホを取りだし、指先でいじりながら呟いた。
「新しいリアプリの写真、手に入れたんだけどなぁ」
ユイナがぴくりと反応する。
「な、何色?」
「さぁ?」
「ピンクならわたしだって見たんだからね!」
「ユイナ!」とマミが咎める。
「そうか。学校に現れたのはピンクなのか」
「み、見せてよ!」
「ギブアンドテイクって言葉知っている?」
「見せて!」
ユイナがタジマ・ケイタのスマホを奪い画面を覗き込む。
「白! ホワイトだ!」
それは商店街に墜落したルイとナオの写真だった。
「しかも羽根付き!」
「なにこれ。光ってるの?」とマミも覗き込む。
「そう。リアプリ天使バージョン。リアプリのリーダーじゃないかと僕は考えている。この光り方、絶対合成じゃない。リアプリ白を中心に、光と影が四方八方へ広がっているからね」
ルイも写真をまじまじと見つめる。口もとにかすかな微笑みがあった。女性としての自身の姿が嬉しいのだろう。
「もっと凄いのがあるよ。羽を広げ飛んでいるのが。見たくない?」
「見たい!」
「ユイナってば!」
「マミは見たくないの?」
「見たいけど、先生や警察の人が……」
「情報源の秘匿はジャーナリストの義務であり仁義だ。君たちの名前は絶対に明かさないから、プールでなにがあったのか教えてくれないかな」
プールでの出来事をユイナは洗いざらい喋った。なんとも口の軽い女の子である。やはりユイナは魔法少女とは対極の存在だ。メモを取りながら一通りの経緯を聞いたタジマ・ケイタが言った。
「リアプリは君たちに近い存在の人だね。たぶん」
「どう言う意味ですか?」
「怪獣の出現や謎の事故はなぜ君たちの前で起きるのだろう。三回も遭遇するなんて、あまりにも不自然じゃないか」
「それは警察の人にも言われました」
「僕が思うに、君たちの知り合いの誰かがリアプリじゃないのかな? 最近できた共通の友人って居ないか?」
「最近できた共通の友達?」
ユイナとマミが顔を見合わせる。その視線はルイにも向けられたが、ルイは表情を崩さなかった。
「ナオくんぐらいしか思いつかないよ。ねぇ?」とマミがユイナに同意を求める。
「ナオくん? ないない。顔が完全にむき出しなんだから、直ぐに気が付くよ。体型も全然違うし」
「でも魔法で気が付かないようになっているのかもよ?」
「ないない。だって写真あるんだから!」
写真にはハッキリと魔法少女姿のルイとナオが写っている。だがユイナとマミはそれに気付くことはない。脳にフィルターが掛かるのだ。
「そのナオくんって誰だい?」
「おじさんもショッピングモールで会ったじゃん」
「え? まさかアーミーパンツ履いていたあの子か? あれって女の子だったのか?」
「へへ。そうだよ。ユウキ・ナオくんって言うんだ。可愛いでしょ?」
なぜかユイナが自慢気だ。
「よし。それじゃあ、ユイナくん。そのナオくんのアリバイを検証してみようじゃないか。遊園地に現れたリアプリの色は?」
「ブラック」
「その時ナオくんはどこにいた?」
「わたしたちとずっと一緒にいたよ?」
記憶操作の結果である。
「ショッピングモールに現れたリアプリの色は?」
「えーっと、ブラックとイエロー? イエローは直接見てないけどね」
「ナオくんは?」
「いなかった」
「プールでは?」
「わたしはイエローとピンクしか見ていないけど、ブラックも見た人がいるらしい。ナオくんは溺れたところをリアプリに助けられたんだって。けどその様子は見ていない」
ユイナとマミは職員室に走り、全ての経緯は見ていない。他の生徒たちもプールから立ち上った水柱に恐れを成し、パニックを起こして一部始終を目撃したものはいなかった。
「ナオくんにはショッピングモール以外アリバイがある。ナオくん自身はリアプリではないのかもしれない。だがなんらかの関連性は否定できない。多くの事件がこの近辺に集中するなか、遊園地だけが離れた場所にある。その遊園地に共通する人物は、君たち以外ではナオくんしかいないからね」
この男、面倒くさいな。今後これ以上踏み込むのであれば、記憶操作もやむを得ないだろう。またなにかあったら連絡してねと茶封筒をテーブルに置き、タジマ・ケイタが席を立った。タジマ・ケイタが店から出るのを確認してからユイナが封筒に手を伸ばす。封筒から出てきたのは千円札二枚だった。
「うわ! 貧乏臭っ! アルバム一枚買えやしない」
「きっと自腹だね。お札ヨレヨレだよ」
「あ! しまった!」
「どうしたの?」
「リアプリの写真、見せて貰うの忘れた!」
その後ルイは変身実験を何度か繰り返したが、身体に異状を来すことはなかった。またルイの変身を境に厄災の出現が途絶えた。魔方陣が安定したらしい。ルイを中心に高次元エネルギーが通常よりも高く安定した状態で供給されているようだ。今後半陰陽の魔法少女について調査研究が急がれることになるだろう。
ルイとナオは揃って第二期の更新を行い、キリシマ姉妹とアヤカも第四期の更新を行った。
「ねぇ、クーちゃん」
机に向かっていたルイが手を止め僕を見た。
「魔法少女のコスチュームって、本当に脱ぐことができないの?」
「ああ。簡単に脱げてしまっては戦闘に耐えられないだろ。ナオやルイのように運動量の高い魔法少女はなおさらだ。ナイフで突こうが火で焼こうが、傷一つ付かないよ」
「その……」
「なんだい」
「……ショーツも?」
「なにが言いたい?」
「変身すると女の子になれる。なのにその姿を自分で見ることができない」
「自分の裸が見たいのか?」
「うん。もっと女の子を実感したい」
「残念だがその願いは無理だ」
「そう」
ルイは再び机に向かった。
「でも魔法少女に変身してハッキリとわかった。わたしは女の子なんだって。心と体が合致するの。とても幸せな気持ち。胸の膨らみが愛おしくて。これを実感できただけでも魔法少女になった意味があったよ」
ルイの穏やかな表情は、今の安定した魔方陣とリンクしているかのようにみえた。
「第二期 フラグメンテーション」に続きます。