日常
楠は一応、原田の率いる組に配属される事になった。
この殺伐とした浪士組の中でも原田の組は特に荒々しく、原田を含め猛犬の様な手合いばかりが揃っている。だが、それだけにいざ闘争となれば頼もしいであろう。
そこに放り込まれた楠は雑用係として、日々こき使われている。
いや、楠はむしろ自ら進んで他の隊士らの身の回りの世話を買って出た。壬生浪士組には刀槍の達者は数多く居れど、男所帯の哀しさで衣服の洗濯すらままなってない。そんな中、その手の雑務をほぼ一手に引き受けてくれる楠の存在は重宝したであろう。
だが、そんな楠の存在は『壬生の狼』とまで呼ばれた、この荒くれ者どもの中にあってひどく浮いていた。女と見間違うほどの妖しく艶めいた色気は、明らかに異質であったろう。
『鮫の群れに、金魚が一匹紛れ込んだ様なもンだ』
原田などはそう冗談めかしたものだった。無論、原田とて彼の言う『金魚』が、長州藩から送り込まれた間者などと夢にも思ってもいない。もし、楠が自分は長州の間者だ、と告白したところで『俺が長州の連中でも、もっとマシな野郎を間者に選ぶぜ』と一笑に伏したに違いない。
ともかく、楠は諸事目配りの行き届いた男で、原田はこれ幸いとばかりにこき使った。
原田は戦闘の際、基本は他の隊士同様に刀を用いる。だが、この男の真骨頂は槍であった。種田宝蔵院流の槍術の達人であり、一人で多数の敵を相手取るのを好み、また最も得意とした。
楠は入隊後しばらくして、その原田の命とも言うべき槍の手入れまでやらされている…いや、任されるまでになっていた。
そんなある日、原田が市中の巡察から屯所へ帰ってくると、ひどくにぎやかな一団と出くわした。見れば沖田が近所の童たちを集め、饅頭を配っている最中であった。
『原田さん、ご苦労様です。一つ、どうです?』
『総司、相変わらずもてるねぇ』
下手な皮肉と引き換えに、原田は饅頭を摘み上げた。沖田は子供によほど懐かれやすいらしい。その気になれば思いびとの一人や二人は出来るだろうに、彼はそっちの方面にはまるで興味を示さず、たまの非番の日はこうして子供らと遊んでばかりいる。
『いやいや、原田さんの色男ぶりには負けますよ。おまさ さん、でしたっけ?』
『お、お前っ、なんでおまさの事を知ってやがる!』
口の中のあんこが飛び出そうな勢いで、原田は動揺した。たまの非番に、原田がコソコソと隠れる様にして、その おまさ という娘に逢いに行っているのを隊では知らぬ者は無い。当の原田自身だけが、上手く隠し遂せている、と滑稽にも思い込んでいる。
『総司、いいか、誰にも喋るなよ!』
『ふふ、分かってますよ』
沖田はいささか人の悪い笑みを一瞬浮かべたが、すぐにそれを消し、
『それにしても、原田さんも身なりが小綺麗になりましたね』
原田など、身なりに頓着しない代表格の様な男であり、返り血の付いた衣服を幾日も着続ける事も珍しくなかったが、今は随分と こざっぱりしている。
『女みてぇに、細かいトコまで気の付く雑用が居るからな』
『楠君の事ですか』
子供たちに饅頭を配り分けてやりつつ、沖田の視線は原田に向かっている。
『楠君は巡察に出さないんですか?』
『ありゃあ、ひよっ子だ。斬り合いになりゃあ、足手まといにしかならねぇよ』
お互いに長い付き合いである。いかに口は悪く素行荒々しくとも、沖田には原田の心の内がなんとなく分かる。
原田は中間上がりで苦労した分、目下の者をひどく大事にするし、面倒見も良い。口では何のかんのと言いつつ、まだ若い楠を死と背中合わせの修羅場に連れて行きたくないのだろう。
いかにも原田らしい…と沖田は思った。もう一つ、と饅頭を取ろうとする原田の手をするり、と躱して、
『楠君だって、武士になりたくて浪士組に入ったはず。いつまでも雑用ばかりじゃ可哀想ですよ』
いつに無く真剣に沖田はそう呟くと、後は子供らとにぎやかに屯所の門を出て行ったのだった。