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夢維霧錯  作者:
2/8

潜入

文久三年も六月を迎えた。


後の新選組…今は壬生浪士組の名乗りではあるが、その局長たる近藤 勇と副長の土方 歳三は人材集めに躍起になっていた。


誕生してまだ三ヶ月足らずの、この壬生浪士組を天下を舞台にひと暴れもふた暴れもさせるには、余りに人手が足りなさ過ぎた。

そこで広く隊士募集の公募を行うと共に、京大坂界隈の道場をくまなく回り、これは、と思う腕利きの武芸者を勧誘して歩く日々が続いている。



ある日、土方がいつもの様に隊士の勧誘を終えて屯所に帰ってくると、近藤が縁側に腰掛け、西瓜すいかかじりついているのを見つけた。


このでかい口で囓りつかれては西瓜も堪るまい、と土方は妙な事を思った。なにしろ近藤の口は、自身の拳がすっぽりと入るほどに広い。


そんな土方の顔を近藤はじっと見上げ、


『何か言いたげだな、歳さん』


『いや、そこまで美味そうに西瓜を食べる人は、天下広しといえど、あんたくらいだな、と思っただけさ』


そうかな、と近藤は西瓜の種が張り付いた頬を掻き、次いで土方にも西瓜を一切れ差し出した。土方も遠慮なく頂戴し、近藤と並んで腰を下ろす。


『それで、目ぼしいのは居たかい?』


種を撒き散らしつつ盛大に西瓜を頬張る近藤の問いかけに、土方は首を横に振り、


『駄目だな。他の連中も勧誘に狩り出しちゃあいるが、成果は今ひとつ…どころの騒ぎじゃねぇ』


無名の悲しさである。いくら会津藩御預かりを謳ってみたところで、この素性も知れぬ怪しげな集団に、自身の明日からの行く末を委ねようなどと考える酔狂な者は居ないだろう。まして、多少なりと名の通った武芸者なら尚更である。



『結局、多少なりと集まってくるのは俺たちと同じ、今日の食い扶持にも事欠く様な食い詰め浪人どもばかりさ』


皮肉っぽく土方は笑ってみせる。


『そういや歳さん、例の、あの色っぽいのはどうしてるんだ?確か、名は…』


『楠 小十郎の事か?』


そうそう、と近藤は鷹揚に相槌を打ちつつ、またも西瓜にかぶりつく。


浪士組の門を叩いてその隊士になろうとする者は、土方の言う通り、総じて氏素性の怪しい者ばかりである。先日加入した数名ほどの新入隊士も全て、何処の馬の骨ともつかぬ様な手合いばかりであった。


土方としては『来るもの拒まず』で、余程の事が無い限りは、そういった連中の加入をも赦している。壬生浪士組の戦力はまだまだ脆弱であり、まずは頭数を増やさない事にはどうにもならない。


近藤にしても同様の考えだが、ただ楠の加入には反対した。若すぎる、というのが理由である。

さらに、女と見間違う様な可憐な容貌に加え、刀の差し方すら覚束無おぼつかないとあっては、到底実戦では役に立ちそうも無かったろう。



『確かに私は皆さんの様に武芸に秀でてはいません。その代わり、隊の雑用を仰せつかっても構いません』


京の治安を守る皆さんのお役に立ちたいのです…と健気にもそう懇願する楠の表情が、今でも鮮明に思い出される。


結局は『どんな名人でも、駒がなけりゃあ将棋は差せねぇ』との土方の一存に押され、近藤もあくまで『隊内の雑用係』として楠を採用したのであった。


『歳さんは、美人に目が無いからな』


楠の、まるで色小姓の様な美貌を思い描きつつ、近藤は下手な冗談を言う。


『冗談じゃねぇ!俺はそっちの気は…』


分かってるよ、と言いつつも近藤はクックッ、と忍び笑いを漏らすものだから、土方などは堪らない。


『とりあえず、楠は原田のとこに預けてある。放っておいても原田の奴がやっこさんをびしびし、としごき上げるだろうよ』


『…そいつは可哀想に』


半分本気で、近藤は楠に同情したが、その時、土方は既に自身の思考の池に身を沈めている。



これまで入隊を望み、屯所を訪れた連中は、後に『鬼の副長』と呼ばれる土方の峻烈な眼光を前にして、大いにすくみ上がるか、もしくは必要以上に虚勢を張るか、の二つに一つだったが、思えば楠だけは違っていた。


土方を恐れるでもなく、虚勢を張るでも無く、ただ自然な自分の姿を披露してみせた。その取り澄ましぶりは、得体の知れぬ不気味さを感じさせる。



…まさか、な。



土方は内心、そんな自分の思考に苦笑した。まさか楠が、長州藩から送り込まれた間者などと、この時は夢にも思っていない。


そんな土方の思考を中断させる様に、近藤が声を掛けてくる。


『歳さん、あんたはさっきから西瓜の種をほじり出すばっかりで、全然口を付けてないじゃないか』


近藤の言う通り、土方の持つ西瓜の反面は、既に綺麗に種が取り除かれている。



『どうせ食うなら、その前に邪魔になるものは徹底して取り除きたい性分タチなんでね』




笑いもせず、土方は種取りの作業に没頭している。


楠を含め、四方から掻き集めた新入り達を土方はわざわざ『ふるい』にかけるつもりは無い。浪士組の任務が京の治安を守る為、絶えず実戦に望まねばならぬ定めにある以上、実力の及ばぬ者は自然と淘汰されてゆくであろう。後は、幾多の死線を掻い潜った最精鋭が残っていればよい。



近藤は、種一つ無くなった土方の西瓜を味気無さそうに見やり、



『歳さん、西瓜ってのは多少邪魔になったって、種ごとかぶりつくから美味いんじゃねぇか』


近藤はまたもひとかじりし、後に景気よく口から種を吐き出して見せる。多分にして、種の全てを吐き出せる訳も無く、いくつかは彼の胃袋に混じり入った筈だが、近藤はそんな些事には斟酌などしない。


『…やっばりあんたは、大将の器だよ』


土方はそんな近藤に逆らわず、ただ笑顔を一つ見せて立ち上がった。


『おい、歳さん、西瓜…』


訳の分からぬ風の近藤の掌へと、土方はそっと西瓜を渡し、



『たまには、種の無い西瓜をかじるのも乙なもんだぜ?種取りの苦労が、味によく滲み出てるだろうからな』








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