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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第一章 日常(5)

 突然の巨鳥の飛来に、公園は悲鳴や歓声で満ちた。

 巨大な白イルカの翼は折りたたまれ、同時に側面から搭乗タラップ(に間違いないもの)が伸び、地面に着いた。


「さ、急いで乗って。あまり目立ちたくないから」


 促すセレーナに、僕は何も言うこともできず、ただ背を押されるままにタラップを駆け上るしかなかった。

 そこに座れ、そのベルトを締めろ、という立て続けの指示にただ従い、気がつくと彼女も隣の席にベルトで固定されている。


 そして次の瞬間、突然の落下感に襲われた。


 落ちる――という本能の悲鳴にも関わらず、窓から見える景色は下に向かってすさまじい勢いで流れていく。

 暗いオレンジだった空の色は、ぐんぐんと暗さを増していき、紫を過ぎてやがて真っ黒に変わった。

 僕の体の感覚は相変わらず落下し続けていると警告を発している。


「急がせちゃったわね、ジーニー・ルカ。無事に会えてうれしいわ」


 誰にともなくセレーナが呼びかける。


「こちらこそ、無事に再会できて光栄です、セレーナ王女。水上船の上に置いていかれたときは心細かったですよ」


 部屋のどこかから、中性的でまったくなまりの無い模範的標準語を話す声が響いてきた。


「ご苦労様。こちらはジュンイチ、怪しいものじゃないわ」


「念のため身元検索しておきます」


 会話が途切れたところを見計らって、僕は口を開いた。


「誰か乗ってるのかい? この……飛行機……に」


 僕の疑問に、彼女はなぜか勝ち誇ったかのように鼻で笑った。


「そっか、普通の人はあまり見たこともないものかもしれないわね。この船に積み込みの私専用のジーニーよ。それから、これは飛行機じゃなくって、私専用のマジック宇宙船」


 僕はその言葉に声を失って驚くしかなかった。

 ジーニーにマジック! 

 地球人で、実物を目にしたことがある人がどれほどいるだろうか、この二つの超技術を。


 ジーニー、幾何ニューロン式知能機械(GEometrically Neuronized Intelligence Equipment)、いわゆる人工知能のひとつ。政府や大企業が政策判断とかに使っているなんてうわさに聞く知能機械。論理知能と直感知能を併せ持つ、人類究極の知能マシン。近隣のジーニー同士がジーニー同士しか知らない相互接続方式(それはもはやいかなる技師も理解できない)で論理記憶を共有して強力な論理推測をするばかりか、フェーディングメモリというあいまいな記憶のパターンマッチングを使って瞬間的な直感により推論を補足する。


 こんなものが、個人用の宇宙船に載っているなんて。これだけで何十億クレジットというお値段のはず。


 マジック、巨視的反重力慣性帆走(Macro-Anti-Gravity Inertial Career)。簡単に言えば反重力推進システム。その存在こそ誰でも知っていても、それを積んだ船が飛んでいるところを見たことがある地球人など数えるほどだろう。非常に高価で希少なマジック鉱という特殊な鉱石がないと作れないこの貴重な反重力エンジンは、地球みたいな田舎じゃちょっとお目にかかれない。何しろ、このマジック鉱ってやつは、一説によれば惑星形成時の近隣の超新星爆発の影響で偶発的に作られたとも言われる奇跡の鉱石で、宇宙でもたった一つの惑星でしか……。


「あぁっ!」


 僕は思わず大声を上げてしまった。

 マジック鉱を唯一産出する惑星の名前。どうしてこんなことを今まで思い出せなかったんだろう。

 その惑星の名前は、エミリア。


「君は……ひょっとして、あの、惑星エミリアの……」


 僕が声を震わせながらセレーナに尋ねると、彼女はぽかんとしたような顔を一瞬見せ、


「……呆れた、気づいてなかったのね。マジック推進もろくに普及してない田舎惑星じゃしょうがないかと思ってたんだけど」


「いや、その、ずっと地球のどこかの田舎王国の人かと思ってたんだよ」


 言ってから、これまでの自分の言動を思い出し、顔がほてるのを感じた。


「なるほど、話がかみ合わないはずだわ」


 そう言って、セレーナはくすっとかわいらしく笑った。


「そんなわけで、惑星エミリアまでの旅のエスコート、よろしくね」


 隣のシートから右手を伸ばしてきたセレーナ。

 自分の勘違いのひどさに恥じ入り、その手をとるかどうか、逡巡し――


 僕は左手を伸ばして何とか届いた薬指と小指を握った。


「予想とはまったく違う旅になりそうだけど、よろしく、我が王女様」


 と、恥ずかしさを吹き飛ばすように負けじと笑って見せた。

 彼女が、小さく、ふふん、と鼻を鳴らしたのが分かった。


***


 図らずも星間旅行をする羽目になってしまって、とりあえず、親父にはメッセージをひとつだけ送っておいた。返事はなかったが、そのうち星間通信で返事が来るだろう。


 星間旅行と言っても何をすればいいのか分からない、と言うほど僕だって無知じゃない。使う機会がないだけで、誰だってそのくらいのことは心得てる。

 何をおいても広い星間空間をジャンプするためには、『大砲カノン』が必要だ。


 宇宙船を何光年も先に超光速でぶん投げる大砲。宇宙船は目的地の星系に『着地』する。


 カノンジャンプ一発でどんな遠くにでも、ってわけにはいかない。中継カノンをいくつも乗り継ぐ必要がある。


 宇宙の田舎町に当たる地球へのカノン航路はたった一本。地球近辺は宇宙の中では過疎地なのだ。


 二つの中継星系を経るその航路を抜けると、星が密集した宇宙の大都会に出る。そこが、地球の上空を支配しているアンビリア共和国主星、『アンビリア』だ。その先は、人類が開拓した深い宇宙まで幾通りもの航路が蜘蛛の巣のように張り巡らされていて自由自在だ。


 と言っても、宇宙旅行者がすべきことは、行き先のチケットを買って、案内に従って船を乗り換えていくだけ。個人船の場合は乗り換えさえも必要ない。そのまま中継カノンに身を任せているだけで、密集した航路の中から選ばれた最短ルートをとるようにカノンが放り投げてくれる。


 セレーナの足取りを隠すために、チケットの購入と船の操縦者認証に僕のIDカードを使うことにした。

 ジーニー・ルカと呼ばれる彼女専用のジーニーが、(たぶん違法な)迂回ルートで僕のIDにセレーナの信用情報を移転し、僕のIDでも巨額の星間航路チケットを買えるようにしてくれたらしい。

 僕のIDを船の読取装置に差し込んだ状態で、エミリアまで一枚、と頼むとたちまち決済が終わってチケット情報が僕のIDに入ってきた。信用余力残は三億数千万クレジット。あの大言は嘘ではなかったらしい。僕のお金じゃないとは分かっていても、自分のIDにこれだけの大金の残高が表示されているのを見ると、心がさざめく。


 ジャンプの順番を待つ間に軽く食事を取って、セレーナはシャワーを浴び、十五分ほどで戻ってきた。おなじみの白無垢姿ではなく、緑のシャツに白い短パンという姿。


「お帰り。なんだい、もうあの格好はいいのかい?」


「あの格好? ああ、正装のことね。窮屈ったらなかったわ。すぐに父に会えると思って正装でこの船を飛び出して。そしたらすぐに摂政の手のものに見つかって、水上船に一般客として逃げ込んで。着替えを取りに戻る時間もなかったんだもの」


「あれが正装なんだ、エミリアの?」


「エミリアの国旗見たこと無いの? 白地にオレンジの三本線。それにグッリェルミネッティ家の紋章。誠実の白と活力のオレンジがエミリアのナショナルカラーよ」


 恥ずかしながら、見たことが無かった。

 いかな宇宙の大国と言え、普通は宇宙の彼方の王国の国旗だとかナショナルカラーだとかのことなんて知らないよね。

 と、自分に言い訳する。


 説明を受けながら彼女の姿を見ると、しかし頭の真っ白な花のリボンはそのままだ。ナショナルカラーのホワイト、ってことなんだろうけど。 


「それでもリボンは外しちゃいけないって決まりでも?」


 なんとなく尋ねると、


「あら、言ってなかったわね。このリボンは、通信機なのよ。ジーニー・ルカと会話するための。ブレインインターフェースをここに埋め込んであるの」


 そう答えて彼女はリボン越しに頭を指差した。


「本当は埋め込みデバイスだけでも数メートルの近距離なら通信できるんだけどね、このリボンをつけてれば、星の裏側にだってコマンドが届くのよ」


「そうか、だから、念じただけでこの宇宙船が飛んできたんだね」


 期せずして不思議に思っていたことがひとつ解決した。


「そうね。あまり複雑な思考は送れないけれど、ジーニーへのオーダーならジーニーのほうが勝手に読んでくれるわ。私との付き合いも長いから、私が何を考えているか、ジーニー・ルカもかなり正確に分かるようになってるもの」


 個人用ジーニーなんていうものが想像もつかない僕ら地球人にとっては、このブレインインターフェースの効用なんてものも一生分からないだろうな、と思う。

 彼女はあのエミリア王国の王女だからこそだけれど、宇宙には宇宙レベルのお金持ちははいて捨てるほどいて、そんな人たちは当たり前のようにジーニーやブレインインターフェースを使いこなしているんだろう。


「たとえ地球の裏側でも、分からないことがあったらジーニーに訊けるってわけだ」


「そ。答えもぼんやりしてるから、私も読み取るのにずいぶん苦労して訓練したんだけどね。例えば十七の平方根は、なんて質問しても、答えはさすがに分からないわ。もっと大雑把に、これかあれか、って言う選択があったときに、ジーニーにアドバイスを求めると、最初から答えを知っていたかのように、こっちが答えだって確信するの」


 笑いながらセレーナは答える。

 こうやって自慢げに話す表情は、客観的に見てもかわいいと思う。

 のだけれど、やっぱり、ちょっと高慢で短気なところが、なあ。


 僕の使命は、彼女の笑顔を守り抜くことなのだ(自衛的な意味で)。


「どうも、僕は知らないことばかりだな。この旅は勉強になると思う」


「いいえ、それはお互い様よ。あなた、気がついてる? あなたは、宇宙でもたった一つしかない人類発祥の惑星に生まれて育ったのよ? 私なんかが知らないたくさんのことを知ってるはずよ」


 こうやり返されると悪い気がしない。


「確かに、僕もちょっとした歴史マニアを自認する身だし。地球の歴史についてなら、君に授業するくらいのことなら」


 ついついニヤけ面になりながら彼女のおだてに乗ってしまう。


「へえ。歴史専攻のカレッジ生とか?」


 カレッジってなんだろう、たぶん、教育システムがちょっと違うんだろうけど。


「いや、高校生……で分かるのかな、そういう専攻選択は大学に進むとき」


「一般教養の学校かしら。だったら歴史の成績は特に良いんでしょうね」


 歴史の成績は……前回の考査は……思い出したくない。


「まあその、正答率は六割そこらだけど、ほら、高校の教科の試験って、問題がちょっと、なんていうの、一般人向けにあいまいな説を定説扱いしたりとかさ……」


 と、歴史の考査結果が良くない理由を説明しているが、どうにも彼女が僕を眺める視線は好意的に見えない。


「あなたがちょっとお馬鹿さんなだけなんじゃないの?」


「そっ、そこまで馬鹿ってわけじゃない……と思う」


「……じゃ、数学は?」


「そっちは百点だけど」


 僕が答えると、一瞬妙な顔をしたセレーナは、小さなため息をついたように見えた。


「……あなたがどういう人なのか、とりあえずは分かった気がするわ。ありがとう」


 なにやら妙な苦笑いを浮かべながら、セレーナはすいっと空中を泳ぎ、サーバから紅茶を二つ取り出してひとつを僕に投げ渡してくれた。



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