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魔法と魔人と王女様  作者: 月立淳水
第一部 魔法と魔人と王女様
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第一章 日常(2)


 残る考査が終わったのは夕方に近かった。

 結局毛利はどこかに遊びに行った。プリンを求める浦野を振り切って帰り道にたどり着くと、強い西日が目を刺した。

 西の空には色を濃くしつつある雲がなびき、きっときれいな夕焼けになるな、なんてことをふと思いついたりする。


 地下鉄を使えば家までなんてほんの数分の道のり。それを一時間近くかけて歩いて変えることに決めたのは、別に夕焼けを見たかったわけじゃない。だた、いろいろと考え込むことがあって、一人になりたかっただけ。


 どうして僕はここにいるんだろう。

 平和で。


 でも何の刺激もなく。

 ただただ誰かに与えられた安寧の中で。


 浦野の言葉を思い出しながら、そんなことを考える。


 滑空する宇宙往還シャトルが遠くの空に見える。あれにはきっと、何光年も向こうの星の世界からの旅行者が乗り、地球ではほとんど産みだされなくなった貴重な資源が詰まっている。

 僕ら地球人のほとんどは、穏やかな時間と引き換えに、きっと一生星の世界を知らずに過ごすだろう。

 歴史学者になれたって、宇宙時代の千年紀を採掘するために広い星海に漕ぎ出せるものなんて、地球にはきっといない。


 川沿いの土手道に入る。ほとんど誰も通らない、家への近道。


 僕には、どうしても不思議に思っていることがある。

 実のところ、地球の軌道より上は、十光年先の隣国アンビリア共和国のものだ。星間旅行をするための必須施設はアンビリアが支配し、僕ら地球人は自由な宇宙開拓を封じられている。


 地球は相変わらず宇宙で一番の人口と経済を持つ大国なのに。

 条約のくびきは地球で一番の大国『新連合国』を自ら縛っている。

 新連合国は地球以外のあらゆる天体の領有を禁じられている。


 なぜ僕らの国はそんな枷を自らに課すのか。


 西日がだんだんオレンジ色に変わりつつある。土手を歩く僕のつま先を照らしている。


 北米に残った巨大なクレーター。


 軌道上まで支配された地球。


 結び付けて考えるのは当然じゃないか。


 北米に大穴を空けた超兵器の一撃で地球は戦争に敗れ、地球人は、惨めに地上に縫い付けられている。


 そうとしか思えなくて。


 もう一度、空を眺める。一機、シャトルが空を横切っていった。


 惨めな地球人だって、空の見える町を歩いて、はるか宇宙と遠い過去に思いを馳せ、星の彼方からの非日常を妄想して歩くことくらいは許されていいと思う。


 こんなくだらない日常から一歩ぐらい抜け出したっていいんじゃないかって。


 僕はときどき、やっぱりこんな気持ちになって、空が見える道を一時間以上かけて歩いて帰る。半ば習慣みたいなもので、だから、この道は、僕にとって歩き慣れたいつもの道。


 誰にも邪魔されず遠い過去に想いを馳せることのできる、僕のお気に入りのプライベート空間。


***


 その少女は、そんな僕のプライベートを破って、向こう側から駆けてきた。


 金色の腰まであるストレートの長い髪、その髪の左側にしがみつくのは、白い花をあしらった大きなリボン。

 オレンジのシンプルな縁取り模様が少し施されただけの真っ白なぴったりとしたスカート丈の短いワンピースに、これまた白に金色装飾のロングブーツ。腰には白いホルスターのようなもの。


 要するに、えらく場違いな白無垢少女が駆けてきたわけだ。


 辺りを見回しながら駆けてくる彼女は、あと数歩で僕にぶつかるかもしれない、というところで僕の存在に気が付いたようだ。

 避けて駆け抜けるかと思いきや、僕の目の前で足を止めて話しかけてきた。


「あなた、この辺の人?」


 目の前にしてみると、これがまた端正な顔立ちだ。

 左右対称のパーツ、大きな目の中にはブルーの瞳。

 だけど、身長百七十弱の僕から見ると十センチくらい低く、浦野に比べればちょっと貧相な体つきは、たぶん十七の僕らより年下に違いない。


 逆に言えば彼女から見れば僕はきっと明らかに年上に見えているはずなのに、見知らぬ年上に対していきなりこの口のきき方はどうだろう。


「あ、はい、まあ」


 しかし、彼女の偉そうな態度に僕はつい丁寧に答えてしまう。


「ちょっと面倒な人に追われてるの」


 と、彼女はさらに面妖なことを言う。どこのサスペンスドラマの話だろう。


「それはまた大変なことですね。お気をつけて」


 平凡な日常からは抜け出せるかもしれないけど、さすがにこれはごめんこうむりたい。

 こんな場所で見知らぬ人を捕まえて『追われてるの』は、もちろんドラマの中では良くある光景だけれど、現実でもし遭遇したなら、間違いなく面倒事。それも、心躍る事件などではなく、どちらかといえばその言葉を発した側の脳内の問題と決まっている。


 それにこの辺じゃあまり見ない金髪碧眼。

 脳内だけじゃなくそのほかにも面倒を抱えているに違いない。


 一瞬でそんな見立てを終わらせ、僕は会話を切り上げ彼女の脇をすり抜けようとした。


 が、その左腕を、彼女の左手ががっちりとつかんでいる。


「この国の紳士は追われている女性を助ける程度のこともできないのかしら?」


 そう言いながら僕の顔をじっとねめつける彼女の視線は真剣そのもので、彼女が本当に追われているか、そんな妄想を現実だと信じるに足るほど頭をやっちゃってるか、どちらかだということは今度こそ確かだと思えた。

 頭の中身はどうあれ、とにもかくにも横柄な物言いと乱暴な鷲掴みにはちょっといらっとしたものだから、一言くらい言い返しておきたい、と思い、僕は彼女に向き合う。


「にわかに追われてると言われても、ねえ」


 僕は彼女の脳内事情を問いただすことにする。続けて、


「悪者なのかい?」


 もちろん悪者に決まってる。

 前世で激しい戦いを繰り広げた悪の魔王の生まれ変わりが、勇者の生まれ変わりを追いかけている、なんていう状況のはず。


「悪者……ってわけでもないんだけど」


 悪者じゃないんだ。


「それじゃどんな設て……状況なんだい」


 危ない危ない、思わず設定って言いそうになっちゃった。


「言わなくちゃだめかしら」


 ああ、そういうパターンね。

 一般人には説明できないんです、っていうアレね。


 ちょっと面白くなってきた。


 彼女の脳内にどんな世界が広がっているのか、覗いてみたい。

 僕は小さくため息をついて見せる。


「いきなりだから。はいそうですかってわけにもいかないよ」


「……ここじゃ誰に聞かれてるか。防犯システムだってあるし」


 彼女の言う通り、こんな寂れた土手道でさえ、カメラと集音マイクによる防犯システムはあまねく覆っている。


 とは言え。

 防犯システムにアクセスして内容をかすめとるような相手?


 どんな大物なんだろう、彼女の脳内敵性勢力は。


 僕がそんな妄想を繰り広げているのも構わずに、少女は続ける。


「せめてプライバシーエリア。この辺に、無い?」


「そりゃもちろんあるけど」


 それは僕の自宅なんだけど。


「お願い。ちゃんと事情は説明するから。それから、助けてくれるかどうか判断してくれてもいいから」


 高圧的な態度を急に崩し、僕を掴んでいた手を放して、両手を組んで僕を見つめる。


 一応、僕の苛立ちの原因だった横柄と乱暴は同時に解決されたわけだけれど、どうしたものだろう。

 実のところ、このちょっとおかしな娘をどうすべきか、僕自身も判断に困っている。


「ちょっと家の人に聞いてみる」


 と言って、僕は情報端末を取り出す。

 僕の『家の人に聞いてみる』と言う言葉を捉えていたブックマークはすぐに僕の目的の人を自動的に示す。

 軽く手を振って音声呼び出しを承認する。


 家には、兼業主夫の親父。

 自宅兼店舗で小さな料理店をやっている。

 この時間はまだ仕込み中のはずだけど。


 頼りになる親父とは言い難いけれど、どうすべきかの相談をしてみようかと考えたのだ。

 なんだか彼女の様子を見ていると、ここに放り出しても勝手についてくる可能性も高そうだし。


 呼び出し始めて三十秒ほどで親父が応答する。


 謎少女から少し離れて、声を小さくする。


「あ、親父。今から帰るところなんだけど」


『おう、どうした』


「その……謎の金髪美少女に絡まれた。悪者……ってほどでもない面倒な人に追われているからかくまってくれって」


 僕が言ったとたんに、回線の向こうの親父が爆笑した。

 しばらく爆笑と苦しそうな息継ぎが続き、ようやく度を取り戻した親父の声が聞こえてくる。


『分かった分かった、今日は遅くなるんだな? ひょっとして帰らないのか? 新しいパターン考えたか、面白かったぞ』


「いやそうじゃなくて本当に」


『せっかく考査終わったんだし、ぱーっとやって来い、母さんも当分帰らないし』


「いやいや親父、とりあえず聞こう、聞け。本当に変な子に絡まれて――」


 そして、いっそう声量を落とす。


「――ちょっと頭をアレしちゃってる感じで、病院を抜け出して職員に追われてるんだと思う」


 すると親父は小さく唸る。


『頭を? ――ほんとだとしたら、お前も随分貧乏くじ引くタイプだなあ。誰に似たんだか。抜け出してきた場所が分かるならお前が引き留めてる間に連絡も出来るだろうが』


「ここじゃ話したくないって言ってる。でも、たぶんほっとくと家までついてきちゃうと思う」


『……んー、そうか。分かった。とりあえず連れ帰れ。俺の方で考えてみる』


「助かるよ。それじゃ」


 通話を切って振り返ると、腰に両手を当てた謎少女が小首をかしげている。


「……で?」


「とりあえず僕の家に」


「……ま、良いわ。とりあえず案内して」


 僕は彼女に気付かれないように小さくため息をつき、先導を始めた。


***


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