第五章 真実(4)
目を覚ましてもセレーナの姿は無く、それでも、四つあるベッドのうち僕のベッドとは別にもうひとつが乱れているのを見ると、どうやら僕が寝た後に帰ってきて、僕が起きる前に出て行ったことが分かった。
僕が起きてすぐに艦内アラームが鳴り始めた。何事かと周囲を見回すと、アラームの意味を示す簡単な説明が壁にかかっているのを見つけ、鳴っているアラームの音と突き合わせてみたところ、アラームの意味は、カノンジャンプまで三十分を示すものだった。軍艦らしいと言うか、実に粗暴な通知方法だった。
何回かアラームを鳴らした後、比較的優しい加速を経て、戦艦はどこかに跳んだ。
すぐに僕の朝食が提供され、それから二時間もしないうちに次のアラームが鳴り始めた。この日はこんなことを深夜まで含めて五回も繰り返した。
セレーナは深夜まで一度も部屋に顔を見せず、しかし、深夜にジャンプアラームで起こされたときには、確かに彼女はベッドに身を沈めていた。身じろぎ一つしないのを見て、起こすのも悪いからと声をかけるのは控えた。
それとほぼまったく同じような日をもう一度過ごした。気がつくと彼女はいなくなっていて。何度も星間ジャンプのアラームが鳴り。夜遅くまでセレーナは帰ってこなくて。
次の夜が明けるとき、早朝わずかに覚醒したチャンスを捕らえて必死で目を開けた。セレーナはまだ寝ている。
もう絶対寝ないぞ、と決意し、先に着替えてハンモックベンチに腰をすえ、彼女が起きるのを待つ。
標準時間午前六時ちょうどに彼女は起き上がった。
僕がすでに起きていることに気がついたが、気にせずにベッドスペースのカーテンを閉めて着替えをしているようだった。
それから間もなく白無垢のフォーマルで出てきて、僕に声をかけずに出て行こうとした。
「待って、セレーナ、君が何をしているのか聞きたい」
僕はたまらずに声をかけた。
「聞いてどうするの?」
「……君を助けたい」
僕が言うと、彼女は力の無い瞳で床を見つめた。
「分かってるでしょう。あなたにできることはもう無いの。次のジャンプで艦隊は国境を越えてベルナデッダに着くわ。あなたに、この大艦隊の進軍を止める力があって?」
「止めてほしいのか?」
僕はとっさに彼女の言ったわずかなヒントを捕まえ、詰問した。
「あなたが止めることなんてできるわけが無いでしょう」
「それでも、君がどう思っているのかを知りたい」
「この行動の全責任は私が負うわ。それで答えになっているかしら?」
「君は嘘をついている」
僕の口から唐突に言葉が出てきた。頭の中で形になるよりも早く。
「私は嘘をついていません」
セレーナは即答する。
「言い換えよう、君は本当のことをしゃべっていない」
「私の言ったことは全部本当」
「しゃべらなかったことに真実がある」
「何が真実かは私が決めるわ」
「つまりそれが君の本音だ」
その時初めてセレーナと視線が合った。
僕の中で、気付かないうちに膨れ上がっていた疑問が、怒涛のように噴出する。
コンラッドの言葉に怒りをあらわにしたセレーナ。
立ち去る僕を見たこともない表情で見送ったセレーナ。
あの表情は、今思えば、彼女が初めて見せた絶望の表情だった。
そして、なぜ、大軍を率いる立場の彼女が、夜間は囚人の僕と同じ部屋に押し込められているのか。
あらゆる状況が、別の真実を示しているじゃないか。
「君は真実を捻じ曲げて僕をかばおうとしている、何度もそうしてきたようにね」
「私の勝手よ」
「いいや違うね。君は最初から陰謀を巡らせてなんていない。馬鹿な僕に連れまわされた挙句、狡猾な本部長に陰謀の濡れ衣を着せられているだけだ」
「どう思おうとご勝手に」
彼女はぷいっと顔を背け、出て行こうとした。
僕はとっさに宙を泳ぎ、右手で彼女の左腕を掴んだ。ぐいっと引き寄せると、勢いあまって彼女の顔が僕の胸に飛び込んでくる。一瞬逃れようとした彼女の右肩を力任せに手のひらで押さえる。
セレーナは怒りの表情もあらわに僕の顔を睨み付ける。
「エミリア王国国王の第一息女にこんな真似をして――」
「ただで済むとは思っていない。さあ、どうする? 君がこの遠征軍の責任者だと言うのなら、不敬の罪で軍法会議にでもかければいい。できるかい?」
しばらく僕の顔を見つめていた彼女だが、左腕を強引に振り払うと、
「できるわけ……ないでしょう」
と小さくつぶやいた。
「それが真実だ」
僕が指摘すると、見る見るうちに彼女の瞳に涙があふれてきた。
「私のせいで……こんなことに……」
あふれた涙の粒が空中に光る珠を作る。
「君のせいじゃない、僕のせいだ」
「何度もそう思ったわよ! あなたのせいよ! 何もかもあなたのせい!」
なじられているのに、僕は少しうれしかった。彼女の本当の気持ちを聞けて。
「……でも、こんな罠があるってことくらい、私は予測しておくべきだった。彼らは、スパイを使って、私が摂政と仲たがいして追い出されたってこと、その日のうちに知っていたのよ。軽率な決断をしたのは私。最初から、私は彼らの手中に落ちるように仕組まれていた」
「それだったら、僕だってそれを予測しておくべきだった」
彼女は首を横に振った。
「駐車違反とはわけが違うのよ。私は、王女として、もっと隣国との関係に注意を払っていなくちゃならなかったのよ。ロックウェルとはまだいろいろと面倒な関係があるのに……なのに、間抜けにも、たびたび摂政と喧嘩して。何度も家出騒ぎを起こして。付け込む隙だ、と狙われるのも当然よ。あなたが出ていったあの後、コンラッドはうれしそうにこのことを私に聞かせてくれたわ。私の心を降伏させるためにね。私は……もう手立ては無いと思って、だったら、あなたは私の陰謀に巻き込まれた無関係な被害者ってことにしようと思って……。彼らは、戦後にあなたの証言を得て戦争の正当性を訴えるつもりらしくて、だったら、あなたには最後までだまされていてもらおうと思って……」
「それで君は僕に何も説明をしてくれなかったんだね」
「怒ってるでしょう」
彼女が、僕の機嫌を気にしたのは、初めてじゃなかっただろうか。けれど僕は首を横に振った。
「いや。ありがとう」
彼女の行動を肯定することが、まずは解決への第一歩だと思ったから。
「けれど、君は一人で抱え込むべきじゃなかった。力不足かもしれないけれど、一人よりは二人だ」
セレーナは何も答えずにうなずいた。僕は彼女の右肩を引き止めていた左手の力を抜いた。
「改めて聞こう、君は今、何をしているんだい」
僕が訊くと、
「何も。ただ、提督の隣にお人形のように座っているだけ。この艦隊の行動の正当性を全軍に知らせるために」
「トイレにくらいは行かせてもらえるんだろう?」
僕の問いに、彼女は、鼻水を噴き出しながら笑った。我ながら、彼女の言葉を聞いて最初に思いついたのがなぜこんな質問だったのか、と呆れるが、彼女が笑ってくれたのでよしとしよう。
彼女はあわててハンカチで鼻水をぬぐい、
「三食トイレ付きよ。ま、言われてみれば楽な仕事ね」
と軽口で返してきた。
「僕も呼んでくれないか。その楽な仕事に」
「難しいわ。それに手当ても出ないのよ」
「君なら何とかできるだろう。まず、僕は現場にいたい」
彼女は、どちらの返事もしなかった。
「エミリア軍は、この艦隊を追い払えると思う?」
「この規模の艦隊ならベルナデッダの駐留軍で楽に勝てる。でも……」
彼女はその先を言いよどんだ。
「だったらエミリア軍の勝利で終わりなんじゃないのか」
僕が先を促す。
「別にロックウェルは本気で戦うつもりは無いのよ。あくまでエミリアの王女が摂政の専横を民衆に知らしめて実権を王家に取り戻す、そのために一時的にロックウェルの軍を借りている、そういう形にしたいだけなの」
そう喧伝されてしまえば、確かに、エミリア軍とて、戦って追い払おうとまではしないかも知れない。
「けれど、ロックウェルは、それで何の得があるんだい。まさか、君に貸しを作る、それだけのために?」
「……そんなわけ無いでしょう。ロックウェルにとっても、ロッソは邪魔なのよ。言いたくないけれど、ロッソの手腕はたいしたもので、ロックウェルに付け入る隙を与えずエミリアの権益を守り拡大してきた……強引過ぎるところもあるから私もそりゃいくつか反発したい件もあるけれど……彼がエミリアの守り神であることは間違いないのよ」
セレーナが、素直にロッソの能力を認めている。
単なるいがみ合いの延長で相手を失脚まで追い込むなんて歴史のエピソードは山のように聞いたことがあるが、国内で敵対している相手をここまで率直に褒め称えた例はめったに無いだろう。
「……だったら君はどうして素直にロックウェルの言うとおりに? ――まさか、僕の存在が重荷になってるんじゃないだろうね」
「……ジュンイチ……ごめんね、それは否定しないわ。あなたさえいなきゃ、って何度も思った。こうして私たちが密談していることも、彼らの思う壺なのよ、きっと。あなたの人質としての価値を増すことこそあれ減らすことは無いだろうから……」
セレーナが僕に罪悪感を感じれば感じるほど、僕の価値が増す。
こうして真実を知って――僕が彼女を助けるために苦悩することが、またセレーナにとっての重荷になる。
「……聞くべきじゃ、無かったのかな」
「そうね、だからあなたのことを避けていたのに」
セレーナは、小さくため息をついて、床をじっと見つめた。
「だけど……君の意思は。君がこんなことしたくないと心から思ってるなら、僕のことなんて――」
「実は私もロッソの失脚を本当に望んでるとしたら?」
彼女の言葉に、僕はびくりとしてもう一度、その横顔に一瞥を送る。
冗談でも揺さぶりでもない、とその表情は語っている。
「……そ。実のところ、密かに彼を避けパパを追って地球に行ったのも――そんなたくらみがまるで無かったってわけじゃないの」
いよいよ、事態はややこしくなってきた。
セレーナ自身は、ロッソが失脚することを悪く思ってない、ってことだ。
「いろいろあってね。あなたを巻き込みたくないのは本当。でも、こうなったからには、って思うところもあって」
「……君らしくない」
僕は思わず、つぶやいた。
彼女がこちらに振り向いた気配が伝わってくる。
「君はこんな風に流されて決断するような人じゃないと……僕は思ってた。やるときは、君がやると決めたときだ。そんな君だから、助けたいとも思った。でも、今はそう見えない」
僕は思い出した。さっきの彼女の涙を。きっと彼女は、本当にこんなことは望んでない。そう、やっぱり、ただ僕がここにいるから。それが全部全部、彼女の心の重しになっている。
僕の言葉に、セレーナは応えない。でも、再び視線を送ると、彼女の両目が潤んでいるのに気づいた。
僕のせいだ、って泣き叫びたいのに、それが許されない立場だから。涙腺の出口でそれをこらえている。
その気持ちに思いをめぐらし――僕は、決意した。
「君のすることを、僕が指示しよう」
「え?」
僕の言葉にセレーナが驚いた顔をする。
「どうせ君は流されて決断するだけだ、だったら、僕の言葉に流されろって言うんだ」
彼女は、何かを言いかけようとして言葉を詰まらせる。怒りに任せて怒鳴り散らそうとしても、論理的に反論しようとしても、彼女はしゃべるべき言葉を得なかったのだろう。
「エミリアに入ったら、まず君が名乗りをあげ、逆賊討伐のために道を空けろとでも言うんだろう? じゃあ、そのシナリオは変更だ。正しくこう言うんだ。ロックウェルと共謀してエミリア王女を拉致・脅迫しエミリア侵略をたくらんだこの外国の平民を吹き飛ばせ、ってね」
「そんなことできないわ!」
彼女が即座に反対したが、反論にまで至らない。
「君は、王国と民のために自らの命をささげる立場だと前に言ったろう? 君にはその命令をする資格がある。僕はそりゃ死にたかないけど、君の命令でエミリア軍が砲撃を始めるかもしれない、とロックウェル艦隊をあわてさせるだけでいい。それで一旦は軍を引くんじゃないか」
「そんなことをしたら、あなたは本当の大罪人よ」
「君はそんなことを気にして国を危機にさらす気か!」
思わず僕は叫んでいた。
「セレーナ、もうここまできたら、僕の罪がどうとかっての、やめよう。そんなの後から何とでもなる。いざとなれば地球新連合にも絡んでもらう。僕だって自分を犠牲にしようなんて思ってない、可能ならすぐにでも、あの日常に戻りたい。だからこそ、一つずつ解決しよう」
僕が言うと、セレーナはしばらく視線をそらさず僕を見つめ、それから、うなずいた。
「分かったわ。あなたの覚悟は。――あなたが司令室に入れるように手配してみる」
僕もそれにうなずき返し、遅刻すると怒られちゃうからと言って出て行く彼女を見送った。
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