第一章 日常(1)
★第一部まえがき★
全六部構成の「魔法と魔人と王女様」、その第一部全七章です。
第一部のテーマは『大人と子供』。
★★
■第一章 日常
旗艦の艦橋メインモニターは漆黒の闇。
もう何時間、その漆黒の闇を眺めていただろう。
旗艦の周りには、おびただしい数の宇宙戦艦と、さらに多くの護衛艦がひしめいている。
われわれ宇宙人の、地球人に対する大侵略。
圧倒的な物量を誇る地球に対して、しかし、勝算はある。
黒一色だったモニターの中に、小さな青い円盤が見え始めている。
あれは地球だ。
あれこそが目的地、地球だ。
われわれはこれから、彼らを支配下に収めるのだ。ただの一撃で。
地球の防衛艦隊が現れた。
わが艦隊をはるかに上回る規模で、わが艦隊の行く手をふさいでいる。
いよいよ戦端が開かれる。
超光速航行技術を応用した見えない弾丸が雨あられと発射され、地球艦隊の戦艦は次々と火を噴いて砕けていく。
同時に、わが艦隊の戦艦も、あるものは分子以下にまで分解され、あるものは核融合の炎を吐きながら宇宙の闇の彼方に消えていく。
旗艦を擁する行動単位が一気に突進し、中央突破を図る。
地球艦隊は隊列を乱し、両軍大混乱に陥る。
この混乱こそが狙いだ。
彼らが周囲に目を向ける隙を与えず、時間を稼ぐのだ。
われら、アンビリア共和国艦隊は、別働隊を放っていた。
それは、すでに地球周回軌道の裏側へ。
わずか数隻の別働隊だが、彼らこそが、この侵略の決め手だった。
乱戦を苦闘しながらも、別働隊からの中継映像をモニターで確認する。
彼らの視界には、地球の表面の模様がはっきりと見え始めている。
あの形は、北米大陸。地球新連合国の本部のある大陸。
ちかちかと小さな光が見えたかと思うと、地上からたくさんのミサイルが飛び上がってくる。別働隊の存在に気がついたようだ。
だが、宇宙艦隊にとって、そんなものは何の障害にもならない。
護衛艦に装備された防空レーザーが片っ端から弾頭を焼く。それだけで、ミサイルは誘導機能を破壊され、無意味な弾道軌道を取りながら落ちていく。大気の壁に当たってはじける光がやがて見える。
宇宙艦隊を滅ぼせるものは宇宙艦隊だけなのだ。
司令官が、『最後の一撃』を命じた。
それは、別働隊に装備した秘密兵器。
地球支配を完璧なものにする、人類史上類を見ない『究極兵器』。
別働隊の一艦が抱えた究極兵器が、命令と同時に火を噴き、次の瞬間には地上に着弾した。
突然、モニターに映る北米大陸の真ん中に、巨大な光球が出現する。
まぶしい虹色の光。
すさまじい破壊の化身。
光の奔流はビーチボールに開けられた穴から噴出する空気のように、地球から虚空に向けて吹き出した。
その現象は、やがて数キロメートルに及ぶクレーターを残すだろう。
理解不能の威力に、地球は降伏するしかない。
宇宙人による地球侵略はこうして――。
***
頭に、がつんという強い衝撃を受けて、目を開けた。
目の前には、樹脂の机の表面と、最後まで埋まった答案用紙。
それと、ちょっとのよだれ。
「大崎、いくら早く終わったからって考査中に居眠りは、なあ」
あれ? 司令官?
……じゃなくて、試験監督の先生だ。
状況を思い出してきた。
秋の考査。
その、数学の試験中だった。
答案を埋め、見直しも終え、退屈なので頬杖をついていたところまで覚えている。
そして、いつの間にか居眠りして変な夢を見ていた、らしい。
その夢の内容は、僕が時々夢想する、千年前の悲劇。
地球は、大昔の戦争に負けた。宇宙を切り拓いていった人々の作った宇宙の国との戦争に。
宇宙人のたった一発の超兵器の攻撃で降伏して以来、地球人は地球の表面に縫い付けられたままだ。北米大陸の真ん中にうがたれた大きなクレーターはその一撃の跡。
残念ながら学校の歴史の教科書には、核施設の大事故があったとしか書いていないけれど。だから僕みたいな考えを、歴史マニアの妄想だと決めつける人も多い。
気がつくと、周りでくすくすと笑う声が聞こえる。
ああ、そうだ、担任にボードの角で思い切り殴られたんだ。
いまさらながら、頭頂部にひどい痛みを感じて、思わず左手で押さえる。
とりあえずまた殴られるのは嫌なので、残り時間、必死で眠気を我慢する。
夢ではなく妄想で、千年前の出来事を追いかけながら。
***
「気持ちよさそうに寝てたねぇ」
試験が終わると声をかけてきたのは、隣に座る浦野智美。
背が高いわけでも低いわけでもなく、見た目が痩せ型と言うほどでも太目と言うほどでもなく、肩までのストレートの黒髪とちょっとかわいらしい二重の目。
特に勉強ができるという風でもないし体育で活躍してるといううわさも聞かない、本当にどこにでもいそうな十六、七の女子高生という属性の彼女は、言ってみれば僕の数少ない友人の一人だ。
「大崎君、数学いつも百点だもんねえ、余裕だよねえ」
そしてこんなことを間延びした声で言うのは、本当に皮肉でもなんでもなく、ただそう思っている、と言うだけで、何というか、裏表の無い『いい子』なのだ。
「知ってる問題しか出ないんだから仕方ないだろ」
僕は言いながら、回答に使ったペンをトントンと机につけて揃える。
「うわー、いーやみいー」
と、彼女はくすっと笑う。
「でーも知ってるもんねぇ。大崎君、歴史学者になりたいとか言ってるくせに、歴史の点数この前五十五点だったもんねぇ」
「いっ、いつ見たんだよ」
「うえへへー、この前答案ほっぽりだしてたでしょーう」
そんなことあったか。
ともかく、こいつは油断がならないやつだ。
「うへへ、ばらされたくなければ、プリン食わせろー。今日は購買のやつで許してやる」
隙を見てはプリンをたかろうとするし。
「別にばらされても痛くもかゆくもないよ。そもそも正解だって言う解答だって数ある説の中の一説に過ぎないわけで僕がどの説を採用するかは」
「また始まったー。マービンくーん」
と浦野が呼ぶと、二つ向こうの席に座っているマービン・洋二郎が振り向く。
「はは、大崎君、また例の『究極兵器』ですか」
また例の、とはずいぶん失礼な言いっぷりだが。僕が何度か、浦野やマービンに、『究極兵器』の話をしたのは事実だ。
それは、さっきの僕の夢に出てきた、地球侵略の最終兵器。
きっとそんなものがあったはず。それが今、消えていることにも何か理由があるはず。
そんな話をしたのだけれど、二人にはいまいちピンと来ていないらしくて。
マービンが情報端末に開いていた参考書らしきものから目を上げて立ち、歩いてくる。眼鏡の向こうの薄ブラウンの瞳とふわふわの髪が特徴的な、アングロサクソン系の血を引く好男子。
「もちろん、面白い説だなとは思いますよ、でも、まだ具体的な証拠がありませんね」
と彼は言うけれど、
「無かったっていう証拠もないし、あの北米のクレーターは核融合炉の事故にしちゃ大げさすぎるよ」
僕はいつもどおりの反論を呈する。
「それには私も合意です。実は大崎君にその説を聞いて、私なりに調べてみたことがありまして……確かにあそこに核融合関連施設があったのは事実らしいのですよ。ただ、あれだけのクレーターを形作る爆発となると……被害を最小限にとどめようとした事故、と言うよりは、爆発の被害を最大化する努力が払われたと考えるしかない、その点に関しては、確かに大崎君の言うとおりです」
そう言う彼の右手をちらりと見ると、端末に表示されているのは参考書の類ではなく、コンピューターサイエンスがどうのこうのという今日最後に残っている古語学の考査にはまったく無関係の本だった。
僕が、ほらみろ、という顔をしてみせると、しかし浦野はただ僕らの会話をにこにこして聞いているだけで、その顔に感心だの驚嘆だのの表情は一切含まれていないわけで。
「とにかく僕はこの説をいつか確かめて――」
「じゃあ大崎君は、歴史学者になったら……研究のために宇宙に飛び出す、のかなあ?」
「僕が?」
どうなんだろう。
宇宙に飛び出す――そんな夢を見ながらも、結局、地球の表面に縛られて一生を終える地球人のいかに多いことか。
そんなことを考えたとき、その不遇を呪わざるを得ないんだ。
「研究のために宇宙に出るなんて……よっぽどの実績のある学者さんかお金持ちの学者さんじゃないと」
残念ながら僕の家はお金持ちでもないし、僕の家系に著名な学者の名前は見当たらない。小さくため息をついて肩をすくめた。
「じゃあ、まずは『究極兵器』の証拠を見つけて、それを世界に発表して大学者さんになるってことねえ」
浦野がそう言った時、確かに、僕の中の何かがそれに反応した。
学者になってから究極兵器を探すんじゃなくて、究極兵器を見つけてそれを踏み台に学者になる。
悪くない考えだ。
「おーい、大崎」
ふいに後ろから話しかけられ、首だけを曲げてみると、そこには、『悪友』の部類に入る毛利玲遠が立っていた。白目がちの目はにこにこと笑って僕を見ている。
「遊び行こうぜ、あーそーび。今日テスト終わったらさ、東京行って大宮行って松本行って……」
「ちょ、ちょっと待てよ、東京行くだけで帰りは夜中だろ」
「ばーか、徹夜に決まってんだろ」
「何しにいくんだよ、特に松本とか……」
「ありえねーことするから面白いんだろが」
毛利は口をあけて笑う。高い背とワイルドなつりあがった眉とぼさぼさトゲトゲの頭が特徴的な彼のしぐさに、僕は思わずクスリとする。
彼はこの手の悪事が大好きなのだ。悪いことをするわけじゃない。でも、親だの先生だのの監視をかいくぐって意味の無いことをする、そのスリルをただ楽しむのが『頭の悪い大悪党』と自称する彼なりの悪事。
「じゃ、浦野、お前だけでも来いよ」
「やめとけよ、仮にも女の子だぞ」
「仮にもって、ひどーい」
浦野がふくれっつらで僕の二の腕を叩いた。
「じゃマービン……は、無理か」
「そうですね、一応親族の目もありますし」
地元ではちょっとした名家扱いのマービンの家も、いろいろと大変みたいだ。
「それよりお前、次のテストの準備しとけよ、今度赤点取ったら」
「だーいじょうぶだって、何とかなるって! つーか大崎も赤点じゃないだけで俺と似たようなもんだろが」
再び毛利はがはははと笑う。
僕は知っている。
それにつられて笑っているマービンも、成績って意味じゃ大して違いが無いことを。
***
★第一部まえがき続き★
できたら第三部くらいまで読んで好き嫌いを決めて欲しいですが、とりあえず第一部第一章くらいで、どんな未来を描いているのか? くらいは読み取っていただけるかな、と思います。
まずはふんわりと作品世界の雰囲気を楽しむくらいの気持ちでお気軽にお読みいただけるとうれしいです。
★★