やつあたりだとわかっているけど、ちょっと殴りたい
部活の休憩時間のこと。
校舎のはざまの小さな中庭で同じクラスの兼井さんが泣いているのを私は見つけた。
何を隠そう以前から、私は兼井さんと友達になりたいと思っていたのだ。
出席番号は離れている、付き合う友だちのタイプは違う、席替えでは常に対極の位置を引き当てる、と今まで話をする好機は訪れなかった。
今こそビッグチャンスだ。近づいて声をかけねば!
あわよくば弱りめにつけこんでお友だちになろうと企んだ私は、颯爽と手近な窓を開け足をかけた。
窓をのり越え中庭に出れば、兼井さんまで10歩の距離だ。
スカートの下にはジャージをはいているので大股開きで豪快に窓枠に乗り上げれば、どこから歩いてきたのかと思うほど兼井さんから近距離にさわやかなイケメンが立っていた。
兼井さんを目指して歩いてきたらしいイケメンは、スカートの下にはいたジャージを丸出しにして窓枠に乗り上げた私を視界に入れると一瞬目を丸くした。私も目を見開いた。……いつのまに来た。なぜこのタイミングで私に気づいた。
視線を空へあげたイケメンは幻でも見たのだとばかりに仕切りなおすと、またまっすぐ兼井さんに向かって歩き出した。
「兼井さん、どうしたの?」
私がいうはずだったセリフをイケメンは清涼感のある声でいった。
私は唖然としてしまう。
「高城くん」
前から見ても横から見ても絵になる男の高城くんは、どこでそんな英才教育を受けてきたんだという様になる身のこなしで兼井さんの前に膝を折った。
私はひとりにわかに騒然とした。仮に私が兼井さんの前に片膝をついてもせいぜい任侠世界の舎弟のごとくにしかしかならなかっただろうに。
「僕でよければ話を聞くよ」
組み合わせた自分の手に上からやさしく手をそえられて、兼井さんは少し照れたようだった。うらやましいほど白い頬がうっすらピンク色に染まっている。
ぱちりと瞬いた兼井さんの頬をたまった涙がつたう。
私は身を乗り出した。ちょっと、高城! なにさまのつもりだ。
知り合いなのかなんなのかは知らないが少なくとも彼氏ではない男のくせに、高城くんは兼井さんの頬にそっと手をのばすと流れる涙を静かにぬぐった。
のばした手のぶん近づいた瞳で高城くんは憂いをこめて兼井さんを見つめる。
……どれだけ距離を詰めるつもりだ。
高城くんの男子力に呑まれた私は完全に出遅れてしまった。
今更空気を読まずにあの場に特攻するわけにはいかない。
窓枠に不良座りをして一部始終眺めていた私は、しかたなく庭側でなく廊下側に飛び降りた。
くそう、見つけた時点で一も二もなく呼びかければよかった。
そうすればイケメン高城に出鼻をくじかれることもなく、兼井さんの前にさっそうと立っていたのは私だったはずなのに。
しかし、しょせんは負け犬の遠吠え。
私は乱れたスカートを整えると、すごすごと部室へ戻ることにした。