犯人に告ぐ
何だと言うのか。
「氷いちごバー買って来て」
「あのさぁ、」
目の前、寝転びながら居丈高に命令を下す『同居人』改め『居候』の“彼女”。彼女は────まぁ敢えて名は出すまい。何と言うか、諸事情が有るから。とにかく、『彼女』は居候なくせに何一つ仕事をせず、それどころか家主たる僕を顎で使っちゃうんだけど。
「たまには自分で買いに、」
「え、嫌?」
言い終わる前にバッサリ遮られ、このようにあしらわれる始末。しかし何で疑問系。……まったく横暴な話だよね。そんな『彼女』のお気に入りは『氷いちごバー』。要するに棒状のアイスだ。『彼女』は春も秋も冬でさえもそれを発作的に欲しがるのだ。ただ今夏真っ盛り。時期的にはどの店でもお取り扱いだから、まぁまだ、構わないんだけども。
でも。
これは無いんじゃない?
「あのね、一つ言いたいんだけど」
「ふぇ?」
“ふぇ”じゃねぇよ可愛くねぇよ───そうじゃなく。
「帽子返してよ」だいたい、室内で帽子使う意味わからん。「嫌だ」え、否定? しかも何今度はそのきっぱりした言明口調。殴って良いですか?
否。
殺ったら殺られる。
僕は盛大に溜め息を付き、僕よりずっと遥かに年上たる見た目同い年の『彼女』へ説明を始めた。や。説得だ。
「外さぁ、」
“犯人に告ぐー”
「んー?」
「もう炎天下、炎暑いやもう極暑とか猛暑な訳なんだけど。四万十川とか四十度越えとかそんな話な訳」
“速やかに人質を解放し、”
「へぇー。そりゃ大変ね」
「だから返してほしいんだよね、帽子」
“降伏しなさーい!!”
「嫌」
お父さんお母さん。ついでにお義母さん。
立て籠もり犯は要求を飲んでくれず人質、や、物質を返してはくれませんでした。
が。
ここで折れる僕では無い。
「そう。じゃあ────行かない」
「は?」
……今、オクターブにして最低度に下げられたろう声が出ました。顔は未だ転がって広げた、本に向かってるけどね。正直怖いけど外に出れないんだから仕方ないだろ?
「何言ってくれちゃってんの? あんたは」
「何って、正論?」
「凍死させるぞコラ」
「別に良いよ。……外出て溶けるよりか」
寒さなら耐性は有る。けど、暑さはそうは行かないんだ。多少なら暑さにも耐性有るけど。そんなのはここ最近の温度じゃ大した盾にはならない。
大火傷をして、消えてもらいたいなら別だけど。
「……」
『彼女』が睨むように眉を寄せ目を眇める。有り難いことにその目が向けられているのは僕ではなく、未だ内面を晒すように開かれた本だ。ああ、怖い。反抗は年に一度しか出来ないよ。この人くらいなら僕なんて、息の根さえ凍らせるだろうからね。ああ、怖い。
「ねぇ、」
「……わかったわよ」
お、折れた。
やりました父さん母さん、ついでにお義母さん。僕は勝ちました。
「そう。じゃあ返し……」
「行かなくて良いわよ」
────は?
「え、」
「溶けちゃうんでしょ? 良いわよ? 寝覚め悪いし、お義母さんに悪いもの」
僕の、実母に。
父さん母さん、お義母さん。
目前に不敵な笑みを浮かべる『彼女』は精神的にも身体的にも、
背筋がとても寒いです。
部屋の温度が氷点下マイナスを計測不可にするぐらい下がったと言う感覚は絶対に僕の思い過ごしでは無いはずです。
そうして結局。
「───……行って来ます」
「はーい。いってらっしゃあい」
僕は負けました。
「……あっつー……」
何とか帽子だけは土下座して返してもらいました。あとで知ります。
「あ、涼しっ」
帽子に、『彼女』の[冷気]がしっかり仕込まれていたことを。……これのために僕に渡したくなかったってことね。
そして僕は『氷いちごバー』を買いに。
【Fin.】