3 制御
力は何も無しには得られない
〝赤色の戦士〟
そこに立っていたのは間違いなく〝赤色〟だった。
土煙が少しずつ晴れてくる瓦礫の山から現れた赤色。
肩を全く動かさず呼吸をしているのかと……指先ひとつ動かさないその金属の人形はただ立ち尽くしている。
「〝赤色〟……本当に……」
灰色の悪魔は驚いていた。
体が固まったような状態……金属で覆われた体からではわからないが嫌な汗をかきその姿を実感するたびに息苦しさも覚えるほどだ。
しかしそれだけではなかった。
「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉぅ!!」
赤色の戦士は空を見あげ吠えるように声を上げた。
咆哮を終えると赤色の戦士は前傾姿勢でしゃがみ込み唸りをあげる。
その体からは手のひらサイズの金属同士が随時ぶつかるような音を響かせる。
「う゛う゛っ!! う゛う゛っ!! う゛う゛う゛う゛!!」
灰色の悪魔は異常だと気づいた。
スーツが精製され終わっているのに何故あんな音がなるんだと。
灰色の悪魔は少し後ずさる。
すると赤色の戦士の腕の部分からさらに液体状の何かが精製されていく。
あまりにも不思議な変化を起こしている。
湯水が溢れ出すように体から金属を精製し、しかしそれは形を留めるような雰囲気がしない。
「アイツ……制御が効いてない……そこまでエネルギーが膨大なのか……!?」
必要な金属は全て精製したと思われる赤色の戦士。
しかし赤色の戦士のイメージがデカすぎて金属があふれ出ている。
しかしそれを制御する感情がとても不安定なせいでその制御が間に合わないのだ。
だが時すでに遅し。
「グ……グゥルル…………ルルルルルルルゥゥァァァ!!」
赤色の戦士の体からは蒸気が発せられ増えた金属が手足に収集されていきその蒸気は無理やりその液体を固めるように熱を奪っていく。
その金属はどんどん丸太のように大きくなりそれが重みを増すかのように体がさらに深く沈んでいく。
バギバギバギバギ!
音とともに丸太のような手足の金属に亀裂が走りその手足はとても禍々しい形の爪のような形に変わっていった。
「ガァァァァァァァァァア!!」
咆哮とともに赤色の戦士から尾のようなものが生えてきた。
もちろん金属で出来ていて脊柱のような形をしている。
〝戦士〟は〝獣〟となったのだ。
周辺の蒸気が獣の体に集まり吸い込んでいく。
排出した熱をまた自身に蓄積するかのように。
〝赤色の獣〟は産まれたばかりの動物のように頭を持ち上げ周りを見渡す。
「ちっ……あんなの今のレベルでどうこう出来るわけねえ…………」
灰色の悪魔は震えた。
さっき殺した青色とは比べ物にならないほどの金属の量。
早く逃げないといけないことはわかっている。
しかし体が言うことを全く聞かないのだ。
「…………ヴヴッ?」
赤色の獣は悪魔に目線を向ける。
するとまるで猿が喜ぶかのように赤色の獣が跳ね上がったのだ。
その光景は初めての玩具をもらった子供。
灰色の悪魔はただ逃げることだけを考えた。
今暴走しているなら制御は出来ていない。
動くことさえ出来れば逃げられるかもしれない。
「ア゛ァ゛ッ?」
獣は一瞬にして灰色の悪魔の前にいたのだ。
「なっ!」
灰色の悪魔はのけぞる。
距離が100m無いにしろほんの数秒で俺の目の前に立ちふさがったこの獣には万が一なにがあっても殺せる見込みがないということが灰色の悪魔にはすぐにわかった。
目線も逸らしたつもりは無い。
アレは何も使わずここまで跳んできたのだ。
モーションもあったようには見えない。
油断などしていなかった。
その状態でさえ奴は俺にもわからないほどの脚力で跳んできたのだ。
その勢いだけで床のコンクリートがいともたやすく飛び散る。
地面に落下していく瓦礫の音にすら耳に入らない。
「ギギィ?」
赤色の獣は首を傾げながら少しずつ近づく。
認識していたのではないのか?
目の前で青色が死んでその仇討ちに変身してきたはずだ。
暴走してるからといってその感情すら無いのならコレはいったい何を目的に活動している。
コレはいったいなにが起きている。
恐怖と焦りが灰色の悪魔の中でグルグルと回り続けた。
『Borst』
悪魔の胸元から無機質な声が聴こえると灰色の悪魔の手足から爆風が吹かれ空を飛び立つ。
赤色の獣から逃げるために灰色の悪魔が制御できる中で最速の限りを尽くす。
出来るだけ建物の間をジグザグに飛び回る。
しかしその姿は先ほどまでの姿は無くまるで。
獅子から必死になって逃げようとする一匹のシマウマ。
瞬時に飛び立ったためターミナルを抜け出して距離を500mはつけたとそう思い込んだ。
「撒けたか……!?」
灰色の悪魔は後ろをチラリと確認する。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァ!!!」
獲物を狩る野獣のごとく。
悪魔の目の前には赤色の獣が蹂躙する。
飛んでいる高さは悪魔と同じくらいの高さ。
しかしそのスピードは悪魔の比ではない。
戦闘機を越えるような鋭い音速。
その痕跡として周りの建物の窓ガラスが獣が通った後にうねって割れる。
飛んできた。
違う。
獣からは少しも空気を噴出した痕跡もそんな飛び方をできるような体制ではない。
この違和感。
そして一瞬見えた所々の建物のへこみ。
〝跳んできた〟
その獣は建物を蹴り移りその建物を蹴りと淡々とこなしさっきのように跳んできた。
「嘘だろ!? 速す―――」
ガゴォォォッ!!
ガガガッ!!
〝獅子、その頭を捕らえる〟
速すぎる。
そう悪魔が言い切る前に悪魔の頭部に赤色の獣は拳を叩き込まれた。
悪魔は拳の衝撃で地面に引きずられていく。
道路の真ん中をえぐりコンクリートが盛り上がる。
さらに飛び散ったコンクリートは車を破壊しそのたびにガソリンが引火して爆発が止まない。
悪魔は引きずられて車に5台ほどぶつかってやっと勢いが無くなる。
「ごはっ……!!」
灰色の悪魔は仰向けになり周りを確認した。
瓦礫の壁に背中を任せた状態。
この瓦礫が無ければ俺はどこまで飛ばされていたのだろう。
こんなの受けてたら間違いなく死ぬ。
恐怖が体からにじみ出てくる。
「ア゛ァ゛ッ!! ア゛ァ゛ッ!!」
赤色の獣は両手で大きな拍手をしながら喜び、地面に降りてくる。
前傾姿勢で今にも跳んできそうなかまえ。
かまえとは違うかもしれない。
奴は初めて変身したのだ。
つまりあれが今の自然体。
奴が俺の姿を視認した。
"遊び殺される"
『Brast』
悪魔は両手から空気の玉を放ち獣を襲う。
ボォッ!
ボォッ!
ボォッ!
射出された空気は獣の周りのコンクリートをも破壊し獣にも直撃しただろうと考えた。
地面がえぐれたせいで煙が巻き上がる。
「少しは効いたか……!!」
確認するまでも無かった。
ボフッ!
そんなもの確認する暇も無く獣は跳んできたのだ。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛!!!」
体制を低くし飛び込んできた赤色の獣。
それを見た悪魔は追撃する。
「ちくしょおっ! 当たりやがれぇ!!」
ボォッ!
ボォッ!
ボォッ!
ボォッ!
悪魔は叫びながら玉を放つ。
だが獣はそれを紙一重でジグザグに走り回り避ける。
誤差何センチという避け方。
獣の本能がそれを現実にしているのだろう。
空気の玉が当たったであろう地面が吹き飛ぶ。
テレビ画面から見れば爆炎の中から飛び出てきたヒーロー。
しかし現実ではそれは弱肉強食のような地獄。
「ギギィ!」
獣は悪魔の前に現れその右腕の爪を悪魔に見せつける。
それが獣にとってどういう意味なのかわかっていないだろう。
獣はバラバラにする瞬間だったのだ。
獣の一時の油断。
それは悪魔のゆういつの好機。
悪魔は獣の頭を両腕で掴む。
「ガァッ!? ガァァァッ!!」
悪魔の行動に驚いた獣は両手の爪を使って悪魔の体を刻み込む。
バギン!
バギン!
バギン!
体が金属で覆われていても相手も同じ金属。
大きな傷が入る。
「いっ……!いてぇぇ……!!」
悲痛……キリキリと刺さる叫び。
傷からは人体に到達ことを表す血液が流れる。
体にあんなデカい爪を浴びる恐怖は普通の人間には尋常ではないと判断出来る。
しかし悪魔は耐える。
悪魔は。
人間は。
どんな最悪の状況だとしても。
何をしてもひっくり返りそうに無い危機だろうと必ず。
〝足掻くのだ〟
どんな死の瀬戸際に立とうと人は生きている限り足掻くのだ。
「あと……少し……!!」
悪魔は傷を増やしながら時を待つ。
痛みに耐え両手の力が強くなる。
「ガァァァ!! ガァァァァ!!」
獣は頭の痛みに我慢出来ないのか悪魔の腕を掴み爪で切れ込みを入れようとする。
バギバギ!
痛々しい破壊音。
どんどん亀裂が増えるその両腕の金属は中の腕をどれほど圧迫しているのだろう。
その音でさえ命を奪うきっかけになるのだ。
「ぐぅっ……!!」
……。
……。
だが耐える。
灰色の悪魔は耐え続ける。
そしてついにその時。
『Full Brast』
無機質に聞こえた声。
その声がどれほどまで救いだろうと思った。
最後の命綱。
助かるための秒読みが始まる。
『set up』
獣の頭を更に強く握り、なおかつ腕を前に伸ばす。
遠ざけたいという一心なのか違うのか。
悪魔はもう何も考えていない。
ただひたすら手を伸ばす。
『ready』
「シュートぉ!!!」
悪魔の腕から放たれた突風。
いや暴風のような風。
頭を掴まれていた獣は勢いよく飛ぶ。
ダァァァァァァァアン!!!
獣は道路の真ん中を真っ直ぐ飛びそのままビルに突っ込む。
「や……やった……見たかイカレレッドが……」
悪魔は肩で息をする。
さすがにあれを喰らって動けないだろう。
悪魔は今度こそ退却する事にした。
さすがにこれ以上は何も出来ない。
ボロボロになったスーツが物語る。
『Borst』
無機質に話す音とともに悪魔は空を舞い獣が飛んでいったビルから離れていく。
空に逃げ込み10㎞弱。
さすがにもう追ってこないだろうと考え振り返り確かめる。
獣が飛んでいったビルの下層。
入り口はしっかり吹き飛んでいる。
どうせ壁の下敷きにされているのだろう。
しかしそんなことでは終わらなかった。
バァァァァァァアン!!
獣がいたビルが全壊したのだ。
ただ崩れ落ちた。
そんな感じにしっくりくる。
悪魔は違和感に襲われる。
さっきの攻撃のせいなのか?
それにして不自然な崩れ方だ。
バァァァァァァアン!!
突如の爆発。
積み重なった瓦礫からは炎が起きる。
爆風。
灰色の悪魔は両腕で風に耐えようと試みる。
「嘘……だろ……」
炎と瓦礫の中から出てきた影。
獣だ。
悪魔は目を疑った。
0距離。
ヘタをすれば小さな山が削れるほどの威力のはずなのだ。
しかし獣は立っている。
猫背のような体制。
その後ろにある尾にはおびただしいほどの血がついており、そしてその尾は最初みた時より大きくなっているのだ。
「アイツ……!! ビルの中にいた人間をエネルギーに……!!」
獣が食したであろう人間。
そのエネルギーで獣が生きているのだ。
影から伸びる尾と禍々しい手足を見て悪魔はこうつぶやく。
「〝プロメテウス〟………………」
獣は瓦礫の山から降りた。
そしたらすぐに周りの金属が剥がれ落ち、膝をついて倒れる。
その中には青色の英雄が助けた少年がいた。
「次の世代は……こんな子供か……どこまで狂ってるんだこの世界は……」
灰色の悪魔は空を飛び空の彼方に消えた。