1 臆病
それは全てが狂い始めた最初の痛み
その日僕らは英雄になった。
小さい頃、僕は元気な少年だったと思う。小学校くらいまでは特徴があっても無くても何も差別を受けなかったからだ。小さい頃の僕はものすごく無鉄砲で今を楽しめばそれでいいだったと本当にそんな感じだったのを忘れない。
テレビをよく見る子供だった。
小学校1年くらいには特撮戦隊物が大好きで仕方なかった。その中でも僕が好きだった物は[メタルマン]だった。赤と黄色で色分けられた金属で覆われた体。強さの象徴とされる一つ目の仮面。足の裏からジェットのようなものをだしながら空を飛び。手のひらから空気の玉をだして悪の組織を倒す。
しかしキャストが演じているキャラクターの過去設定や内容が子供向けではないと主張する大人たちもいたがそれでもその番組は1年間やり遂げた。当時の僕もメタルマンにどっぷりとはまっていた。理由は子どもがヒーローを観て願うこと。
"正義は必ず勝つ"
それが僕にも魅力的だった。メタルマンの人形に靴。パジャマに変身アイテム、帽子に鞄、虫取り網から手袋まで、僕はメタルマンが大好きだった。
いつも勝利に導いてくれる英雄。格好良くて大好きだった僕のヒーロー。
だけどこの世にメタルマンなんて存在しない。
◆
兵藤一輝は極めて平凡だった。
髪は短めの黒色無造作ヘアー。無造作というよりボッサボサと言った方があっている。身長はあまり大きくなく165㎝ほどで止まった。体つきが細く見えるがそれなりに筋肉質である。勉強が出来るわけでも無ければ運動が得意という訳でもない。どれをとっても平均以下ですでに自分の限界だとそう思うことしか出来なかった。それなりの努力はどんな事でもかまわず続けていた時があった。しかしどんなに頑張っても人並みに到達するかしないかの瀬戸際、無意味だと判断した。
それでつけられたあだ名は〝補充要員〟。
いてもいなくても変わらない、空気。都合のいいときにしか誰にも必要とされない……ただそれだけの存在。
ピピピピピピピ!
携帯のアラームに不快感をもちながら僕は目を覚ました。朝の携帯ほど僕は恨んだものはない。大して大きくもない部屋、夏のこの時期には暑すぎてこれでしか寝れないタオルケット。棚の中に沢山入った漫画本。小学校の頃にははしゃいでいたが中学校から勉強が嫌いで椅子にすら座らなくなった机。その部屋のベッドで大の字になってるのが僕である。
眠い……。まだ7時じゃん。いつもなら後10分は眠れるわ。もう少しだけ……。
「一輝、学校ー!」
親の言葉により不機嫌そうに起きた。少しでもストレスを発散させるためにタオルケットを蹴り上げてベッドから出る。
こうして兵藤は無意味でそして出来れば行きたくない学校に向かわなければならないと確定した。
「……いってきます」
黒くそれなり重みのある扉を開ける。
扉の向こうにはいつもの風景。
その日の空は清々しいほど青かった。
綿を千切ったような雲が少しだけ。
青い。
それだけが兵藤の頭の中で何回も呟いた。
何かを考えるのは好きじゃない。
一日中考えているようなものだからだ。
「はぁ…………」
学校に行くのは本当に嫌だ。
勉強が好きというわけでもないし。
休み時間に話す友達も多くはない。
いや……ほぼいないと言っても過言ではない。
僕には心から信頼する人間なんて存在しない。
いや……違うな……。
僕には……。
そう考えながら徒歩を進めていたらバスの停留所にいた。
兵藤はズボンの右ポケットから携帯をとりだし開く。
兵藤の携帯は赤色の普通の携帯、普通というか装飾が無さ過ぎるというか。
時間的には後一分くらいでバスが来る予定だがそんなにぴったりと来ることはない。
遅くても2分は遅れる。
僕は学校を登校するさいバスを使う。
停留所もそれなりに近いし学校がとても徒歩でいくような距離じゃない。
一番の理由として父親がバス会社で働いていてその職員を親に持つ人間はだいたい無料で定期券を作ってもらえるためだ。
正直降りるときに便利だが家族証明のために自分の顔写真を貼るのは少し恥ずかしいのである。
「おはよぉかずき」
バスの時間を何度も確認する中ふいに声が聞こえその方向に首を向けた。
「お、おはよう斎藤……」
そこには同じクラスの女子、斎藤がいた。
斎藤麻衣。
髪がロングの黒で身長は僕より少し低いくらい、顔立ちも整っていて美人と呼んだ方がいいタイプの顔。
クラスでもリーダーシップが高く運動も勉強もそれなりに高いレベルで出来る。僕とは正反対と言っても過言じゃない女子だ。
実のところ関係がないわけでは無い。
小学校の四年生の時、兵藤のいた学校はとてもちいさくとてもじゃないが環境が整っているわけではなかった。
そのため両親は少し近い場所に引越し兵藤はその場所の大きな小学校に転校した。
そのときの幼馴染が始めて兵藤を紹介した人が斉藤なのだ。
つまり約二年間この同級生と通学をともにしたわけだ。
「もう……斎藤って呼ぶのやめてよぉ麻衣でいいって何回も言ってるでしょぉ」
斎藤が少しだけ不満げな顔をして兵藤を見る。
「ごめん……珍しいね? 斎藤がバスなんて」
どうして僕にかまうのだろう。
こんなクラスの人気者が僕に話しかけてなんの意味があるんだ?
確かに関係がないわけではないがだからってはなしかけれるものなのか?
今の僕は補充要員……いやそれいかかもしれない。
僕に話す度胸試し的なゲームでも出来たならわからなくもないけど。
「また斎藤って言ったー」
バシッ。
いつのまにか隣にいた斎藤が兵藤の背中を叩いた。
「いっ……!?」
僕は顔を歪ませた。
「えっ!? ごめん大丈夫!?」
斎藤の方を見たらものすごく慌てていた。
両手を前に出しているがどうすればいいのかと考えているのだろう。
出したり引いたりとわたわたしている。
「いや、全然痛くないけど」
流石に痛くないにしてもここまで慌てている同級生に謝られても自分が更に惨めな気がする。
それに正直どういう対応をすればいいのかわからなかったから。
すると斎藤は。
「いやー」
と苦笑いした後こっちを見つめた。
プーッ!
そんな事をしていたらもうバスが目の前で扉を開けて出迎えている。
兵藤は斎藤の前に出てバスに乗り左側の一番前の列に移動した。
プーッ!
キィッ!
バン。
バスの扉が閉まり、エンジンの音に遅れてバスが走り出す。
兵藤は景色を眺めながらこう思った。
僕が生きてる意味あんのかな?
ボソッ。
ボソボソッ。
後ろから聞き慣れた声が聞こえる。
バスだったら絶対に聞こえる声……。
内容は……いいや……知っても僕に意味はない。
◆
「どうして麻衣はあんな奴と話してんのぉ?」
愛佳ちゃんが私にそう聞く。
山本愛佳。
身長は私と同じくらい。
髪の毛は茶髪のショートより少し長いくらいかな?
毛先がカールされていて左耳には小さめの赤いピアスがついている。
顔立ちも整ってるけど目につけまつげをつけててちょっと恐いかな。
クラスでも愛佳ちゃんは少しやんちゃで先生たちも警戒してる。
けどいい子なんだよ?
私が先生に誤解されて怒られた時にその誤解を解いてくれたんだよ。
多少強引な所もあったけど愛佳ちゃんはとてもいい子だよ。
「麻衣? 聞いてる?」
愛佳ちゃんが私の顔を睨むように見てきた。
「聞いてるよ、あと愛佳ちゃん顔怖いよ?」
「マジっ!?」
「マジで」
愛佳ちゃんは両頬を手のひらで押し付ける。
「アヒルみたい」
すると愛佳ちゃんは顔を真っ赤にさせてうつむいた。
自分でやったわりには結構シャイな女の子だ。
赤くなった顔を持ち上げ私をみる。
「別にたいした理由なんてないよ? クラスメイトがいたから話しかけたぐらいのノリだよ」
私はそう答えた。
だけど愛佳ちゃんはそれでも不満そうな顔をしてこう言った。
「アイツ教室で〝補充要員〟って呼ばれてんじゃん? いい意味のあだ名では無いだろうし……アイツと関わったら麻衣もなんか言われんじゃ無いの?」
その目は真剣だった。
私から視線を外さない愛佳ちゃんを見て少し嬉しかった。
「大丈夫だよ、ありがとう、心配してくれて」
私はそう答えても未だに不安そうな顔をしている愛佳ちゃん。
「それにかずきはいい人だし、かずきをそんな目で見てるみんなの方が酷いと思うよ」
「麻衣……アイツの事好きでしょ?」
さっきまで真剣だった愛佳ちゃんの顔が急にニヤニヤと笑いだした。
急に話が飛んだ気がする。
「そんなんじゃ……ないよ」
私は正直戸惑った。
確かに嫌いではないし。
話すと面白いしちょっと心配しちゃうけど……。
私、かずきの事好きなのかな?
いやいやいや。
そんな急に好きですには飛ばないでしょう。
けど…………。
「顔赤いよ?」
「もう!」
◆
僕はここ〝北海道桂西高等学校〟の生徒だ。
ちなみに二年。
バスが止まりプシュウと炭酸飲料を開けたような音で扉が開く。
基本兵藤は最後に降りる。
前の人からバスを降りたらスムーズに降りられないため後ろから順に降りるそれが桂西でのバスの降り方だ。
だから自然と一番前を選ぶ兵藤は最後に降りる。
後ろの生徒が降りたのを確認し兵藤は席を立つ。
運転手に定期券を見せゆっくり降りた。
生徒が溢れる玄関前には生徒指導の先生が微笑みながら挨拶してくる。
「おはよう」
社会のルールもとい半強制的にやらされているこの挨拶運動に正直やらされてる感もあるけど一応会釈だけはしている。
玄関で上履きに履き替え……ても履くのが面倒で靴の踵を踏みながら教室に向かう。
朝の廊下は正直好きじゃない。
理由はわからないけど朝だけ廊下を歩いていると息苦しくなる。
呼吸が整わない感じだ。
教室の前は最初から扉が開いているため物音をたてずにスッと入れた。
僕はこの瞬間から何も起きないでくれとそう願った。
◆
昼休み。
皆が好きな所に固まり弁当なんか食べて雑談に浸る時間。
けど僕にはそんな友達もいるわけでは無いので自分の机で黙々と食べてから寝る。
食べてからだとすぐ眠たくなる僕にはこれほどいい時間はない。
今日は母親が作ってくれた弁当を広げる事にした。
二段式の青色の弁当箱の中には親が考えて入れたのかどうかはわからないがびっちりとおかずが入っている。
僕は箸を取り弁当に向けて箸で摘む瞬間……。
ガァァァァァァァァァン!!!
「な……!?」
衝撃音。
耳元で鳴り響く金属音に僕は目を見開いた。
横に薙ぎ倒された机。
飛び散る弁当箱の中身。
弁当箱の中身が空になったことを告げる乾いた弁当箱の落下音。
僕は目線を前に向けるとそこには金崎がいた。
金崎拓磨。
黒い髪の毛がヘルメットのように頭を覆い舐め回すような細い目つき、体つきはふくよかで顔はボチャッとして誰も口にはしないが少しだけ鼻が割れていてけっして整っているとは言えない。
性格は一言で言えば厨二病……だけならまだしもホモ、腐女子系アニメばかり好む。
これだけを聞けば好かれる要素0の男。
しかし金崎は話上手というか自分より弱い人間をけなす天才とよんでも良いぐらいに喋らせたら舌を休める事が無かった。
「……なにすんだよ……」
僕はゆっくり席をたった。
よく見てみると金崎の後ろには数人の男子達が笑いながら見ていた。
何が楽しいんだ。
周りに目線をやると無視する者、ニヤニヤしながらこっちを見るもの、僕に睨みを聞かせる者とたくさんいた。
「カズキきたねえ」
金崎が笑うと金崎の後ろにいた奴らが落ちている弁当の中身を僕に投げつけてきた。
そのたびに僕の制服は柔らかい感触と共に色が付いた。
グシャ。
卵焼き。
母親が作ってくれる僕の好物が僕の額ではじける。
その瞬間教室内が笑い上がった。
皆が僕の顔を見て笑っている。
「今日からお前のあだ名は〝残飯処理のカズキ〟だ」
また僕は何も出来なかった。
ただ黙ってしゃがみ弁当箱の中にあった中身を手で拾い集める事しか出来なかった。
今更手が汚れるとかそんな事思わなかった。
こんなになっても僕は見られるだけ幸せだと思うことにした。
僕に注目して……くれ……た……。
いつしか兵藤の人生は底辺より沈んだ。
◆
兵藤は学校を早退する事にした。
理由は教室にいるのが辛くなったからだ。
あの後、職員室に行き担任に頼んで帰らせてもらった。
担任は何も聞かず兵藤を帰らせた。
面倒事に巻き込まれたく無かったのだろう。
学校前に良い時間帯にバスが無く待つのも嫌だったので歩いて帰る事にした。
ターミナルにつけばすぐにバスが見つかるだろう。
ターミナルはバスが集中してくるためそこにつけばすぐにバスが来ると踏んだ。
親にはどう説明しよう。
親は厳しくあまり休ませてくれないため本当に少ないが時々学校を早退する事があった。
しかしそのたびに社会人になれないだの生きていけるかなど説教くさいことを聞かされた。
学校に行くのに比べて帰りは足取りが軽くなる。
解放されたと言っていいくらいだ。
僕は歩いているとふと下を見てしまった。
足が自然と止まる。
目の前にあったのは吸い捨てられた煙草。
踏みにじられ煙草の中身が突き破ってきたように出てきている。
「僕も……こんなもんか」
〝今日からお前のあだ名は残飯処理のカズキだ〟。
ポツッ。
地面に水が落ちた。
一向に晴れる天候。
雨雲一つ無い空から雫が落ちた?
違う……。
僕の涙だ……。
兵藤の目で大粒の涙が流れていた。
どこから僕の人生はこんなにも痛々しいものになったのだろう。
何で僕がこんな目にあわなくちゃ行けないんだ。
生きる意味なんて僕には元から無いんだろ?
だったら殺せよ。
最初からやるんだったらもう人思いに殺して欲しい。
こんな生き地獄に堕ちるぐらいなら死んだ方が楽だと思い続けた。
胸が締め付けられ嘔吐にも感じる感覚が確実に兵藤の精神を蝕んだ。
死にたい。
死にたい。
死にたい。
ブゥゥゥゥ……。
車の音で僕は我に帰った。
まだ外だ。
公共の場だ。
泣くのは家に帰ってからでいい。
幸いにもターミナルは目と鼻の先だ。
兵藤は目元を荒くこすり涙を拭った。
◆
停留所。
兵藤はターミナルの迎えにある停留所にいた。
街自体田舎のようなものだから周りの風景も正直レトロな感じを漂わせる。
近くにはお婆さんが一人だけ。
兵藤は携帯を開き時間を確認する。
あと5分か……。
5分って長いと思ってすごく短いよな……。
だって5分たってバスで家について夕飯に風呂入って寝たらまたすぐ学校だもんな……。
こんな日常。
毎日繰り返してなんの意味があるんだろう。
少しでいい……。
何かが変わればいい……。
兵藤は迎えにあるターミナルを意識もせず何となくで見た。
ふと見たターミナルから見える景色。
他のビルに比べて大きくは無いがどっしりとしたその会社は貫禄があった。
その青い空に一つの小さな光が見えた。
これが僕の人生が狂い始めた最初の瞬間だとも知らずに。