2月11日(土) 晴 風が冷たい 横浜馬車道を歩く
先々週、アド街ックでやっていた、横浜のJR関内下車の、馬車道を歩きに行った。馬車道に行くのはかれこれ30年ぶりである。港へ続く歩道が、赤煉瓦で美しく舗装された。車道も綺麗な色合いに舗装されている。横浜についてみると風は収まって、寒さを感じなくなっていた。それでのんびりとした気持で歩き歩き始めることができた。
馬車道の入り口向かって左側の角の三角の建物が、今は評判のいなり寿司「泉平」になっているが、こここそは、素庵青春の思いでのヨットマンが経営するところのアメリカンダイナーの「珈琲屋」があったところである。(場所は多分ここだという話。余談だが、この影響を受けて葉山マリーナでヨット帆走を習い、ついには会費制のヨットに乗せて貰い伊豆七島を航海した事がある!)
さて、この「いなり寿司泉平」も老舗で、先祖が旗本・旗本以下の御家人などへの金貸し「札差」で、貸し金チャラの幕府の度重なる政策で、多分幕末には本業が傾いてきたからであろう、横浜港築港の人々にいなり寿司を提供する店を出した(1839年)ようである。札差は、歌舞伎のスーパーヒーロー、助六の職業である。江戸時代を知りたいなら札差を知れといったところであるのだ。
さて、煉瓦道を歩むと、やがて左手に明治13年に建造されて、関東大震災も第二次世界の空襲の災害も逃れることができた神奈川県立博物館、元、横浜正金銀行本店のネオバロック様式のドームをかかげた壮麗で重厚ビルがそそり立っているのに驚かされる。横浜正金銀行は、東京銀行(やがて、三菱銀行と合併)の前身で、戦前には永井荷風が勤めた会社である。荷風は日記のなかで、銀行勤めに悪態をつきながらも、一定期間海外支店で銀行員を勤め、あめりか物語、ふらんす物語を書き上げたのであったなと素庵ひとしきり感心。博物館内部は天井が高く、どっしりしている。幕末の開講時の様子、蒸気船の模型、写真、画が飾ってある。それに神奈川のもう一つの歴史的記念物である、鎌倉時代の鎧、木彫が見事である。資料図書室は静謐かつ重厚であり、読書人には魅力的な場所であり、またティルームもシックな良い雰囲気であった(あいにく利用しなかった)。
今日は、県立博物館で時間をとられてしまったが、近所には、煉瓦造りとステンドグラスが美しい横浜市開港記念館と、開港資料の充実した横浜開港資料館があり、春の良き日、また散策しようと思っている。(各館にはティールームあり、軽い食事なども取れる)。関内駅近く、馬車道の横道には、グルメで美しいレストラン「馬車道十番館」がある。ああ、若かったらデートコースにするのに!素庵は山の神と歩くのみである。・・・ところで2月14日(火)午後8時半、日本テレビで愛を叫ぶオヤジがいたら、それは素庵である。




