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素庵日記  作者: 春野一人
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11月24日(木) 晴なれど朝方寒

「成吉思汗の秘密」の作者高木彬光(たぎあきみつ)のベッドディクティブ小説としては第二作目である「邪馬台国の秘密」を読み始めた。これは、手応えとしては、三作目の「古代天皇の秘密」よりもずっと良い感じであり、この先が楽しみである。孫はコナン・ドイル「まだらの紐」を読んでいるだろうか?

その後の事を聞いていない。読ませていると言うことで、思いついたのだが、わが愚息が読もうとしている、山本一力作の「損料屋喜八郎始末控え」(2005年、文芸春秋刊)に登場する悪徳札差(ふださし)(旗本への金貸し。膨大な利益を手にし、江戸文化の花と歌われた。歌舞伎のスーパースター、助六がこの札差である)笠倉屋は、素庵と濃厚な関係がある。この笠倉家は素庵家と親戚である。素庵の母の母(祖母)の妹が、笠倉家に嫁いでいる。この祖母の妹の夫(つまり笠倉氏)が素庵の父と母を結び合わせた。(妻の姉の、その娘を知っている家に紹介したということである)つまり、素庵は札差という家系の末に生まれた人の影響下で生まれてきたといえる。札差の運命が一つ狂えば、素庵はこの世に存在しないという幸せな歴史的事態が招来されたであろう!この笠倉屋はどうやら幕末まで札差を稼業としてきたようであるが、札差がなくなった明治に入り、淺草の木馬亭のオーナーとなったと言うことだ。幼少期の素庵は、この家に出入りしていたが、そんなことは全然知らなかった。ただ、「偉い武家であった」と、聞いただけであったのだ。

 祖母の妹の連れ合いのこの人は「笠倉知栄かさくらちえい」と言い、かなり先駆の写真家で昭和初期に文京区団子坂に写真館を開き、フォトグラファーとして、かなり作品をのこしている。川崎市民ミュージアムには、大型写真機と300枚のデジタル化された銀板写真がのこされている。これはネットで見ることはできない。ミュージアムに行くには南部線武蔵小杉駅よりバスが出ている。ちなみに、この美術館は川崎フロンターレの本拠地のとなりにある。館内にしっかりしたレストランもあるから秋の一日の行楽にはおすすめである。・・・知栄さんは、木馬館主であった、その父(幼かった素庵は長い白あご髭で禿頭のこの人を見ると泣いたという。小学生になった素庵はもはや、そんな事はなくなったが・・・)に、「みっともないから勤め人になんかなるな!」と言ったという没落貴族的な人であったから、知栄さんは、昭和初期では珍しい自動車運転の教師をやったり(今でいえば飛行機の運転教師と言ったところであろう)大型外国製カメラを手に入れて(今の値段で言えば一千万円はしたと思われる)写真撮影稼業をしたりの不思議な人生を歩んでいる。

 今日の食事。朝はホットドッグ。長いウインナをゆでた後、湯からあげてフライパンに油少々でウインナを炒める。ドッグ用パンはオーブントースターで軽く焼く。パンの内側に、フランス製の「マイユ種入りマスタード」を塗ったのちレタスと前記ウインナを挟み、ケチャップ少々。これにコーヒーと前の晩のアサリの味噌汁をつけた。ホットドッグはまじめにつくるもので、やはりうまい。昼は「ナチュナル・ローソン」の店内調理のピザ一切れ(280円)に、店のマシンによるホット珈琲ストレート(160円)である。夜は町内の親睦会の皆さんと食事会。近所のこじんまりした「レストラン・ガーリック」を借り切っての会である。(満席でも20人ほどしか入れない店である)メニューは赤ワイン・生ビールにチーズ・クラッカー・生牡蠣・フィッシュフライ・サラダ・トマトスープ・ガーリックトースト・ハンバーグである。的を得た良い料理である。近場に、このようなキッチン風の店があることは良い事である。

 飲み過ぎ。今日は創作なし。




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