古代史の驚くべき資料みつけた。
素庵、目下の所「九州王朝伝説は本当か?」という、歴史推理小説を、キンドルで三部まで、出版している。第三部では神武天皇が九州においては、一小国の王子に過ぎなかった事を明らかにしている。時は卑弥呼の親族である壹与が、邪馬台国を再建したころだ。
日本書紀・古事記は日向の神武の父の国が、この先、発展の展望がないことを、神武に語らせている。新領土を求めて王子達は、東に発進する。この発進は、素庵の分析によれば、わりと少数の軍隊であったように思われる。
したがって、神武の発進は全倭国を従えての事ではないので、当然ながら倭国は九州に存在したままである。書紀・古事記は、九州に残された倭国の事は書かずに、叙述は大和に移ってしまう。だからそのあと倭国はどうなってしまったのか、不明である。倭国は消滅してしまったのであろうか?
以前、古田武彦氏の本で「九州暦」と言うのがあると知った。そのときは、あまり根拠のない話じゃないかと思ったが、このほど、私の「小説家になろう」の作品「カルカヤの歌」に「つちかべ」さんから感想が寄せられ、「日本大文典」なる本を読んで見なさいという、アドバイスを頂いた。
ウィキで「日本大文典」を調べて見ると、徳川家康にも親交があった、ポルトガル人のイエズス会、司祭ジョアン・ロドリゲスの作った、日本語文法書で1608年木版印刷されたという。
ネット上に「日本大文典」翻訳本のコピーがあった。それを読むと以下のようであった。
我が主キリストの年代順に並べた日本の年号
各年号の始まりと継続年数を示す
年号を表示することについて、日本人の間に二つの意見がある。一つはキリスト暦の522年に善記を持って第一の年号が始まるというものであり、今一つはキリスト暦の761年に大宝をもって初とするものである。後者の方に確実さが多いように思われる。
しかしながら、書物や歴史は大宝以前の別の年号を記述しているので、善記から始めよう。
522年 善記 4年続く
526年 正和 5年続く
531年 教到 5年続く
(以下略)
まさに驚きではないだろうか!・・・と、言うことは大和王朝に先だって、倭国が存在したと言うことではなかろうか!