カミノゾキブルーの夜に
3日間30時間の作業 お金は1円にもならない シナリタライターの男
仕事が決まらない葛藤でハイボールの酔いで不安を誤魔化す。
日曜日。午後10時。
液晶ディスプレイの青白い光だけが、静まり返った部屋を支配している。
机の上には、戦い終えた後の残骸。空のエナジードリンク缶、乱雑に引かれたプロットの線、そして、琥珀色の液体が揺れるハイボールのグラス。
キーボードを叩き続けた指先はまだ微かに震えていて、30時間で1万字という、肉体の限界を削り取った執筆レースの余韻を刻んでいる。
「133人、か……」
クラウドソーシングの画面を見つめ、一人の書き手は小さく呟いた。
ターゲットは50代男性。SNSから特定のプラットフォームへ誘導する、日常系の台本制作。
募集枠に対して、現時点でのライバルはわずか1人。
実力の世界だという過酷さを知る。
30時間で10話完遂。
「完走」という二文字だけを燃料に、彼は暗闇を駆け抜けた。
画面の向こう、クライアントのプロフィールには「累計売上 億単位」という圧倒的な実績。
【現在の採用率はおよそ20人に1人。スキルだけでなく、誠実に取り組める方を重視しています】
18人に1人。5%の狭き門
だが、今の彼には、その数字すら心地よい挑発に聞こえた。
30時間戦い抜いた自分への、これ以上ない「信頼の裏付け」が、手元の原稿だからだ。
「ふぅ・・・よしっ!!」
彼は、夜の静寂の中に、最後の弾丸を放った。
マニュアルにあった、ニッチな伝統色。
その色を、ターゲットの郷愁と、絶妙なエロティシズム、誠実な日常に落とし込んだ、キレ味鋭い3つのプロット案。
「これなら、プロ集団も、足を止めざるを得ないはずだ」
スマホを裏返し、ハイボールを一口あおる。
喉を焼く刺激が、心地よい。
だが、時間は残酷だ。
渾身のメッセージを送ってから、画面は「既読」がついたまま沈黙を続けている。
「最終アクセス:32分前」
その表示だけが、相手が確かに自分の言葉に触れたことを示し、そして静止している。
不安が、琥珀色の液体から立ち上る泡のように、ふつふつと湧き上がってくる。
だが、彼の中に迷いはなかった。
執筆中、何度も脳裏を掠めた「客観的な確信」が、静かに彼を支えている。
「このキレなら、いける。不採用だから連絡がないんじゃない。レベルが高いからこそ、相手も慎重になっているんだ」
その確信こそが、孤独な執筆を支える唯一の灯火だった。
視線を、他の案件のメッセージ画面に移す。
案件A:長尺の物語。 午後に「担当確認」へ回った。
構成の整合性と、キャラクターの一貫性。プロが今まさに、彼の原稿を精読している。
案件B:大手制作チーム。 夜に「受領連絡」が来た。
日曜の夜にわざわざ連絡をくれる、管理の行き届いた組織。彼の「完走能力」は、こういう場所ほど、喉から手が出るほど欲しがるはずだ。
案件C:動画プラットフォーム向けショート。 昼にトレンドを抑えたトライアルを提出済み。
「短文のキレ」と「最後のズラし」。自身の瞬発力をぶつけた一作。
「4面待ち、か……」
30時間前には、ただの「無謀な挑戦」だったものが、今は「4つの巨大なチャンス」へと姿を変え、目の前に並んでいる。
「どこか、受かってほしいな」
本音が、ポロリとこぼれた。
30時間戦った後の、この「静かな待ち時間」は、執筆中よりもずっと、精神を削りに来る。
「不安だ・・・」
スマホが震えるたびに、心臓が跳ね上がり、通知の内容を確認しては、落胆と安堵を繰り返す。
「落ちたかもw」
だが、彼は知っている。
「返信がない」のは、自分の提案が「価値がある」からこそ、相手が慎重になっている証拠だということを。
「不安に思っても仕方がないさ
」
30時間という作業に終えるも試用テスト。
1円にもならない
言葉は失い、体がガタがつき視野がぼやける
ピンとが合わない。
年齢のせいではない、人間の肉体の限界だと男は確信する。
成功を収めているプロたちも、新進気鋭のクリエイターも、今、彼という「計算できる戦力」を、どう迎え入れるか、真剣に検討しているのだ
と、弱気な気持ちを男は楽観的に捉える
創作が好きだ
時計の針は、夜の更けを告げようとしている。
「果報は寝て待つしかないか」
彼は、ハイボールの最後の泡を飲み干した。
複数から合格通知が届き、「どれを選ぼうか」と悩む贅沢な状況。
そんな予感が、確信へと変わる。
「よし、寝よう」
30時間戦い抜いた、その手と脳を労わるために。
明日の朝、画面を開いた瞬間に飛び込んでくるであろう通知を、万全の状態で受け止めるために。
彼は、電気を消し、ベッドに倒れ込んだ。
暗闇の中、液晶の残像が目に焼き付いているが、彼はもう、スマホを確認しなかった。
自分のセンスと、30時間の努力を信じて、彼は静かに、深い眠りへと落ちていった。
明日、10時を過ぎたあたりで、彼というライターの新しい物語が、爆発的なスピードで魂が燃え上がるのだ!!!
金がなきゃ、創作活動に没頭出来ないと焦る男だったのだ。




