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8. トキシア草

『前回のあらすじ』


ノアとフォルティヴァの決闘は幕を下ろした。

時間ができた二人は城下のイベントに足を運ぶが、そこに男性の助けを求める声が響き――。

だ、誰か助けてくれぇぇぇ!!」


祭りの喧騒を切り裂く悲鳴が広場に響き渡った。

楽しげだった広場が、一瞬でざわめきと恐怖に染まる。


「ノア!」

「はい!」


僕たちはすぐに声のした方へ駆け出した。

人々が波のようにざわつき、誰もが何が起こったのか分からずに立ち止まっている。

酒の匂いと焼き菓子の甘い香りに混じって、かすかに血の臭いがした。


「すみません、通してください!」


僕達は人波を押し退け狭い路地へと進む。

石畳の隙間に滴る赤い液体が、街灯の光を反射していた。

その先に、女の人が倒れている。


「大丈夫ですか!?」


女性は腹部を押さえ、ぐったりと地面に横たわっていた。

服の色も分からないほど血が染み、周囲の地面まで赤黒く濡れている。


「その身なり……あんた貴族だろ!頼む、うちの女将さんを助けてくれ!!」


近くにいた男性が、涙を浮かべながらルカス様にすがりつこうとした。

僕は慌ててその腕を押さえる。


「落ち着いてください!何があったんですか!?」

「早く助けてくれよ、頼む!」


男性は取り乱し混乱しているようだった。

ルカス様は静かにその横を通り、女性のそばに寄り地面に膝をついた。


「俺が診る」

「ルカス様、危険です!まだ周囲に何か潜んでいるかもしれません!」


その瞬間、金属の靴音がいくつも響いた。


「何があった!?状況を報告しろ!」


警備兵たちが駆け寄ってくる。

僕は素早く振り返り、声を張った。


「負傷者がいます!通路を確保してください!」


兵たちが人波を押し退ける中、ルカス様は女性の傷口に手を翳した。

彼の指先から淡い金色の光が溢れ、血の流れがゆっくりと静まっていく。

その姿は、喧騒の中でも不思議と凛として見えた。


「……まだ間に合う。すぐに教会へ運べ!」


低く通る声に、警備兵たちは一斉に動き出す。

担架が運ばれ、女性は慎重に持ち上げられた。

泣きじゃくる男性がそのあとを追い、路地裏に再び静けさが戻る。



数時間後——


教会内


処置を終えたルカス様が部屋から出てくる。

僕は急いで駆け寄った。


「ルカス様、お疲れ様です」

「ノア、付き添いの男性は?」

「すぐにお呼びします」


男性を連れてくると、ルカス様は穏やかな口調で告げた。


「命に別状はない。出血も止まった。しばらく休めば回復するだろう」

「そ、そうか……!本当に、ありがとうございます!」


男は涙をこぼしながら深々と頭を下げた。


「何があったか、話してくれるか」

「あ、ああ……」


男は震える声で語り始めた。


「俺たちは串焼きの屋台を出してたんだ。そしたら突然、通りすがりの女が商品を掴んで逃げやがって……。女将さんが慌てて追いかけた瞬間、ピカッと光って何かに斬られたみたいに倒れて……血まみれに……」


男は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。


「……そうか、怖かっただろう。協力、感謝する」


ルカス様は静かに頷き、僕たちは教会を後にした。


「今日は公爵邸に戻るぞ」

「はい」


夕暮れの光が石畳に長い影を落とす。

祭りの喧騒が風に乗って遠くから届くが、どこか現実味がなかった。

夕日の赤だけが、今日の出来事を焼き付けるように沈んでいく。



公爵邸に戻ると、応接室ではすでにヴァノ様が待っていた。

重厚な扉を開けると、柔らかな明かりに照らされたその姿が見える。

机の上には書類の束が積まれ、窓の外では夜風に揺れるカーテンが静かに波打っていた。


「――以上が現場での経緯だ」

「……なるほど。詳しく話してくれて助かった」


ヴァノ様は顎に手を添え、しばし黙り込んだ。

炎が静かに揺れ、机の上の書類に淡い光と影を落とす。


「つまり、犯人は無銭飲食をし、注意を受けた女性に攻撃魔法を放った……そういうことだな」

「ああ。ただ、奇妙なのは魔法の痕跡がまったく残っていなかったことだ」

「痕跡がない?そんなことが可能なのか?」

「通常であれば、魔法の残滓が微かにでも残るはずだ」


ヴァノ様は眉を寄せ、深く息を吐いた。


「……かなりの手練れか、あるいは特殊な術式を使ったか」


沈黙が落ちる。

時計の針の音だけが部屋に響いた。


「この件は私から父上に報告しておこう」


そう言って、ヴァノ様は書類に視線を落とす。


「――他に気づいたことは?」


「この件とは関係ないが、毒性のあるハーブを混ぜたジンジャーブレッドを出す出店があった」

「なに……?」


椅子の肘掛けに置かれたヴァノ様の指が、わずかに止まる。


「食べたのか?」

「幸い、ノアが気づいて食べずに済んだが……」

「ノア、よくぞ気づいたな」

「いえ……匂いが少し違っただけです」


言葉を濁す僕に、ヴァノ様の視線が鋭く向けられる。


「毒草か……もしやトキシア草のことか」

「トキシア草?」

「最近帝国内で蔓延している毒草だ」


その声は低く、重かった。


「熱帯の湿地に生える常緑の小草で、神経毒と強い中毒性を持つ。誤って摂取すれば、激しい腹痛や頭痛、発熱を起こす。それだけでなく、繰り返し摂れば依存性を生じ、やがて幻覚や震えを引き起こす――実に厄介な毒だ」


ルカス様が小さく息を呑む。


「私から警備兵に出店の調査を命じておこう」

「ああ。頼む」


ヴァノ様は窓の外へ視線を向けた。

夜の闇に街灯の光が点々と揺れ、遠くの星が瞬いている。


「……これは偶然ではないかもかしれないな」


ヴァノ様のその一言に、室内の空気がひんやりと張り詰めた。



その夜——


高い建造物の上で、数人の影がイベントの広場を見下ろしていた。


「おい、また勝手に食いもん盗ってんのかよ」

「え〜?別にいいじゃん。ちょっと味見しただけだもん」


小柄な女性が飴を舐めながら笑う。


「殴るなよ〜。女の子に暴力とかサイテー」


「事件が起きても祭りは続行、ね……。さすが公爵家主催の大会ね。人命より体面を取るとは」


もう一人の女が煙草を咥え、くすりと笑った。


「裏では毒が侵食していることにも気がつかない帝国の犬どもが。これからが楽しみだ」



数日後——


大会当日の朝。


雲ひとつない快晴の空の下、王都中の注目が集まる中で――

新たな幕が、静かに上がろうとしていた。

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