5. 学びと始まり
『前回のあらすじ』
ノアとルナは村を襲った魔獣グロウベアを討伐し、村人たちから感謝される。
討伐の後、マリグヌス男爵を取り押さえた。
一方、公爵家では不穏な動きがちらついていた。
あの事件から数週間が経過した。
先日、マリグヌス男爵が病死したとの知らせがユスティナ様から伝えられた。
皆は言わないが、誰かに暗殺されたのだろう。
ユスティナ様の仰る雰囲気でなんとなく察した。
(それにしても、グロウベアはあんな温暖の地域に出没するような魔獣ではないのに……どうしてーー)
先日の事件について考え込んでいると、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、そこにいたのはテルラだった。
「ノア?今日は魔法学を教える予定だったでしょう?」
「部屋にいないから探しに来たのよ」
「え!?今日だったっけ教えてもらうの……」
「ふふ。そうよ」
「ごめん……」
「気にしていないわ。今から始めましょう」
テルラは穏やかな表情を浮かべながら僕の部屋へ向かう。
テルラはルナの双子の姉で、帝国内でも数百人しかいないアルカノルの称号を手にしている魔法師だ。
まさに天才。
そんな天才から魔法を学ぶ理由はーー。
「ノアが闇魔法を使ったことがユスティナ様のお耳に入り、とてもお怒りだったわ」
「す、すみません……」
先日の任務で僕が闇魔法を使ったからだ。
ユスティナ様の名が出た瞬間、部屋の空気がひんやりと冷たくなったように感じた。
僕の胸はぎゅっと縮む。
姿がなくとも、叱責の影が背後に立っている気がしてならない。
「無事に戻ってきたからよかったけれど……本当に心配したのよ」
「今日はユスティナ様のご指示で魔法学を教えてあげるから、覚悟していてね」
「はい。よろしくお願いします……」
テルラはおっとりした話し方をしているが、ところどころに圧を感じる。
こうして魔法学の授業が始まった。
◇
「まずは魔法の基礎からよ」
「魔法は体内にある《ヴィス》と呼ばれるエネルギー、または《ヴィス結晶》と呼ばれる鉱物を媒介にし、呪文を唱えることで発現する現象よ」
「魔法は大きく分けて《通常魔法》と《血統魔法》の二つに分類されるわ」
「通常魔法は、難易度の差こそあれ誰でも使える魔法」
「血統魔法は、特定の血統のみが使える魔法や、一部の地域に伝わる伝統的な魔法のことよ」
(本当に基礎からかぁ……。眠たくなってくるなぁ)
「ノア?眠たいとか思ってないわよね?」
「い、いえ!思ってません!」
「ならいいわ。続けるわよ」
笑顔で話すが、その目は笑っていない。
◇
テルラが手を振ると、宙に小さな炎が灯り、風が吹き、水滴が舞い、黒い石の粒が浮かんだ。
「次に魔法の属性についてよ」
「基本の属性は、炎、風、鉱、水の四つ」
「さらに組み合わせによって、水と風で幻覚を、風と炎で雷を作り出すこともできるの」
炎と風が交わり、眩しい閃光が走る。
ノアは思わず目を細めた。
「これらが《基礎魔法》に分類されるわ」
「《血統魔法》は数が多く、未だに全貌は明らかになっていない」
「代表的なものは、光魔法と闇魔法ね」
その名を聞いた瞬間、僕の指がびくりと動く。
「光魔法は怪我や病を癒し、物の再生を促す魔法。ユスティナ様がよく使用されるから、知っていると思うけど」
「反対に闇魔法は、生命を吸い上げたり、物を破壊することに長けている」
「闇魔法は最も攻撃力のある魔法とされていて、実際にどの属性にも特攻を持つ。ただし唯一、光魔法にだけは弱いの」
「あなたが一番よくわかっているでしょう?」
「はい……」
僕は少し俯き、空気が気まずくなる。
ユスティナ様の姿が頭に浮かび、背中に冷たい汗が伝った。
「最後に、魔法師の称号について説明するわ」
光の板が宙に浮かび、階段のように五段に分かれる。
「魔法は各属性ごとに初級・中級・上級と別れている。そのうち何級を何種類を扱えるかで称号が与えられるの」
「称号は上から——エスティス、アルカノル、プラエヴァリス、ファウトル、イグナルス」
テルラは自分の胸に手を当て、少し目を伏せた。
「そして、エスティスの称号を得た者の中でも、帝国内で最も魔法や剣術に優れた十名だけが選定される《ルクス》」
「選定されれば皇帝の次に権力を得られるわ。これが私の夢なの」
テルラの声が熱を帯びる。
「私はこれで……エルフ族の差別をーー」
しかしその言葉を遮るように、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ノア様ー!」
ルナが飛び込んできた。
「ルカス様とレオニス様が戻られます!」
「あ、うん」
「ルナ!急いでいるのはわかるけど、ノックくらいしなさい」
「あ、姉さん!姉さんも一緒に出迎えに行こ〜」
「もう、しかたないわね。ノア、みんなでお出迎えに行きましょう」
「はい」
テルラは呆れたように息を吐いたが、ルナはとてもテンションが高い。
(こう見ると性格は真反対だけど外見は似てるなぁ)
◇
オルディス伯爵邸・門前
ルカス様とレオニス様のご帰還のため、門前で整列して待機する。
やがて豪奢な馬車が到着し、中から二人の男性が降りてきた。
ライトブラウンの髪に、ユスティナ様と同じ青い瞳を持つルカス様。
そして騎士らしく引き締まった体格のレオニス様。
ルカス様はオルディス伯爵家のご長男で、僕より一つ年下の十五歳。
現在は全寮制の学院に通っており、帰省は年に数回ほど。
剣術は帝国内でもトップクラスで、将来が非常に楽しみなお方だ。
レオニス様は伯爵家付きの騎士で、二十六歳にしてエスティスの称号を手にする天才。
まさに未来のルクス候補筆頭だ。
二人が僕の前で足を止めた。
「おかえりなさいませ、ルカス様、レオニス様」
「ああ」
「ノア、後で俺の部屋に来てくれ」
「はい。かしこまりました」
ルカス様はそのまま屋敷に入っていった。
「お、ノアじゃん!お久〜」
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「うぇ、全然元気じゃねぇぞ。最近、国境近くに魔獣が頻繁に現れるせいで全然屋敷に帰れなくてな」
「早く風呂入って酒飲みてぇ!!」
「え、魔獣が?」
「そーだよ。ほんと迷惑な話だよなぁ」
「あ、そういえばお前も魔獣討伐したんだって?すげーじゃん」
レオニス様は僕の頭を撫でた。
「うわっ……でもルナと一緒に討伐したので、一人の力じゃないですよ」
「何言ってんだ。討伐にかかった人数なんて関係ねえ。逃げずに立ち向かってやり遂げたことが大事なんだ」
「ありがとうございます……」
「じゃあ、ユスティナ様のところに行ってくる。またな!」
「はい!」
僕はレオニス様に一礼した。
(レオニス様は剣の腕前だけでなく、内面までもエスティスだな……)
◇
数十分後——
ルカスの部屋
コン、コン、コンーー。
僕はルカス様の部屋の扉をノックした。
「ノアです」
「入ってくれ」
中に入ると、窓から差す光に照らされ、ライトブラウンの髪と青い瞳を輝かせるルカス様がいた。
「君に頼みがある」
「はい。なんでもお申し付けください」
「二週間後、エクセリア公爵領で開催される魔術大会に参加してほしい」
『魔法師と騎士の称号について』
称号は上位から
1.エスティス
2.アルカノル
3.プラエヴァリス
4.ファウトル
5.イグナルス
の順になっています。
魔法師と騎士では称号の取得方法が異なります。
魔法師は初級から上級まで段階ごとの魔法を習得し、年に二度行われる試験に合格することで称号を得ることができます。
上級魔法を一つ覚えるには、早くても二年ほどかかるのが普通で、一般の魔法師にとって上級魔法を一つ扱えれば十分とされています。
一方、騎士は帝国内外で開かれる名高い大会で、一定数の戦績を収めることで称号を手にすることができます。




