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4. スビエカ村 ④

『前回のあらすじ』


魔獣討伐を終えたノアとルナは、村人から歓喜の声を浴びる。

しかし洞窟に残された血痕や足枷は、ただの魔獣被害では済まされない闇を示していた。

調査を進めるうちに、背後にマリグヌス男爵の影が浮かび上がる。

僕たちは一度小屋を後にし、スビエカ村へ戻る。


「魔法師様、魔獣はどうなりましたか!?」


僕たちを見つけた村人が、数人駆け寄ってくる。


「安心してください。魔獣は討伐しました」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「これでようやく安心して暮らせるわ……」


村人たちは次々と声を上げ、安堵の表情を浮かべる。

中にはその場に泣き崩れる人の姿もあった。


「すみません、一つお尋ねしたいことがーー」


日暮れということもあり、その日は村の好意に甘えて一泊させてもらった。


「ルナ、風魔法お願いできる?」

「もちろんです!ユスティナ様に報告するんですね?」

「うん。風魔法は僕よりルナのほうが得意だから」

「えへへ、嬉しいです!……ユスティナ様、どんな判断をされるでしょうね?」

「僕には分からないよ。ただ、指示に従うだけだよ」


僕は今日あった出来事を記しユスティナ様の元へと送った。



数日後——


僕たちはユスティナ様の指示で、壊れた家屋の片付けや他の魔獣が村を襲わないか監視目的でスビエカ村に滞在していた。


「ルナ、村の片付けも落ち着いたしマリグヌス男爵邸へ行こうか」

「はい!ちょっと楽しみですね、ノア様」


僕たちは数日ぶりに男爵邸を訪れた。

相変わらず成金趣味に満ちた屋敷を進むと、マリグヌス男爵が朝からソファでワインをあおっていた。


「ほう、魔獣は討伐できたのだな」


マリグヌス男爵は口元をゆがめ、ソファにふんぞり返ったままワイングラスを傾けた。

その頬は赤く、まだ朝だというのに酒の匂いが漂っている。


「しかし……報告が遅いな。小僧と小娘には、やはり荷が重かったのではないか?」


挑発めいた言葉に、僕は小さく息を吐いた。


「想定外のことがございました」

「想定外だと?」


男爵の目が細まる。


「はい。魔獣討伐後、森の奥の小屋に奇妙なものが残されていました」

「人を拘束するための枷や、血の染みた布切れです。どう考えても、魔獣の仕業ではありません」

「……ふん」


男爵は飲みかけのワイングラスをテーブルに置き、一呼吸置いてから話し始める。


「小僧。わしと取引をせんか?」

「取引ですか?」

「お前が見た内容を内密にするならば四千リブラ出そう」


男爵は真剣な顔つきだが、どこか見下すような目で僕を見つめる。


「小僧が稼ぐ年収の二倍やろう。悪い話ではあるまい」

「この国では奴隷の売買は違法ではない。わしのやり方に口を挟む権利は誰にもない」


その言葉は、甘ったるい酒の香りと混じりながら胸の奥に冷たい棘を残した。


(どこまでも自分勝手なお人だな……)


自然と握り拳を作っていた手を解く。


「せっかくのご提案ですが、丁重にお断りいたします」

「なにぃ?なぜだ!お前はただ黙っておれば良いだけだぞ!?」


男爵はテーブルを叩きながら声を荒げる。

その態度には、己の地位に絶対の自信を持つ傲慢さがにじんでいた。


「私共は魔獣討伐後、小屋にて奴隷売買に使われていたであろう現場証拠の品と、スビエカ村の者からマリグヌス商会の荷車が森の中を頻繁に行き来していたとの証言を得ました」

「この情報を伯爵家へ報告し、監査が行われました」


ルナが横で頷き、言葉を添える。


「結果、商会の台帳から脱税と不正取引の痕跡が見つかっちゃいました♡」

「なっ……!」


男爵の顔色が一瞬で変わる。

僕は真っ直ぐに男爵を見据えた。 


「ユスティナ様の命により、あなたには本件についての事情聴取を受けていただきます」


重苦しい沈黙が落ちる。

男爵の目は血走り、顔は醜く歪んでいった。


「貴様ら……小僧風情が、私を罪人扱いとは!」


怒号が部屋を揺らす。

男爵は立ち上がり、机を叩きつけるように拳を落とした。


「来い!衛兵ども!」


執務室の扉が乱暴に開かれ、数人の衛兵が駆け込んでくる。

鎧がギラリと光を反射した。

ルナがそっと僕の袖を引いた。


「ノア様、やっぱりビンゴでしたね!」

「うん。覚悟はしていた」


僕は静かに短剣の柄を握りしめた。


「くっ……囲め!」


衛兵たちが一斉に剣を抜き、僕とルナに殺到してくる。


「ルナ、油断しないでね」

「はいっ!こんなの秒で片付けますよ〜!」

Venti (ヴェンティ)Lati(ラーティ)


ルナの翳した右手から緑色の魔法陣が現れ、鋭い刃のような暴風が飛び出し周囲の衛兵を切り裂く。

僕は飛びかかってきた衛兵の剣を短剣で弾き、そのまま喉元を切り裂いた。

返り血が散り、床に倒れ込む音が響く。


「ノア様!」

「任せて」


刃を滑らせ、肩口を突き刺し衛兵を崩す。

ルナも素早い一撃で腕を切り落とすと、相手の悲鳴が響いた。


――やがて、室内に残る衛兵は一人きりとなる。

その騎士は漆黒の鎧を纏い、禍々しい瘴気をまとった剣を構えていた。

ただの衛兵とは一線を画す圧迫感。


「ほう……」


男爵は口の端を吊り上げ、面白がるように僕たちを眺めた。


「ここまでやるとは思わなんだ。だがこの騎士に勝てる者などおらん」


鼻で笑いながら、わざとらしく声を低くする。


「聞いているぞ。オルディス伯爵家の当主は病で床から離れられぬそうだな?そして、実質的に伯爵家を動かしているのはその娘だと」

「娘に変わってからというもの、領地には魔獣が頻繁に現れスビエカ村のような事案が増えていると聞いておる」

「治世一つまともにできん女が、家督の真似事とはな。所詮は男の後ろに隠れている腰巾着よ。主人を選べぬ貴様らもさぞかし哀れだな」


僕は短く息を吐く。


「ーー黙れ」


声は冷えきっていた。

ルナが僕を見る。

普段とは違う冷酷な口調に、彼女の目が揺れた。


「グォッ!」


騎士が突進してくる。

その剣が僕の胸を狙った瞬間、僕は踏み込み、短剣を急所へ突き立てた。


「……終わりだ」


鎧の隙間を貫かれ、騎士は倒れ込み返り血が僕にかかる。


「フハハハハハ!」


男爵が狂気じみた笑いを上げた。


「知らぬか!こやつは闇属性の血統魔法の使い手!受けた攻撃は呪いとなって相手を喰らう!逃げ場はないぞ!」


倒れたはずの騎士の体が震え、黒い靄が立ち上がる。そして僕に向けて、同じ短剣の一撃を『返す』かのように襲いかかってきた。


「ノア様!」


ルナが声を上げる。

しかし僕は笑った。


「返す?面白い。やれるものならやってみろ!」

Nigrum(ニグルム)Ardere(アルデーレ)


静かに告げる。

次の瞬間、僕の右手から黒い魔法陣が現れ黒炎が噴き上がった。

それは闇そのものが燃え上がったかのような、形を持たぬ炎。

呪いの刃を飲み込み、逆に騎士の身体を焼き尽くしていく。


「ギィイイイイアアアア——!」


人間とは思えない獣のような悲鳴を上げながら、騎士は黒炎に包まれ塵へと還った。

男爵は騎士がいたところに積もっている塵を見つめている。

驚きのあまり目と口を開いたまま固まっていた。


「残念だったな、俺も闇魔法の使い手だ」


三人の間に短い静寂が訪れる。


——パリンッ。


ガラスが割れたような音がして、僕の体を覆っていた変装魔法が砕け、赤い瞳が露わになる。

僕の赤い瞳が、男爵を映す。


「なっ……!小僧……!」


マリグヌス男爵はソファから立ち椅子を蹴倒し、額には脂汗を流しながら顔を真っ赤にして叫ぶ。


「や、やはり悪魔か!魔族の穢れめ!人間の皮をかぶった化け物が!よくも我が屋敷を汚したなぁ!」


次々に罵詈雑言を浴びせ、テーブルのワイングラスを僕の足元に投げつける。

僕は言葉を返さず、真顔で男爵を見つめた。


「……ノア様」


ルナが僕の横に立ち、その瞳をまっすぐ向けた。


「もぅ、黙ってください!」


ルナはすっと男爵の背後に回り込み、手刀を後頭部に叩き込んだ。


「ぐぅ……!」


鈍い音と共に、男爵の身体が崩れ落ちる。


「……ノア様、これ以上は聞かなくていいんです」


ルナの声は柔らかかった。


「ルナはノア様が悪魔なんかじゃないって知ってますから……」


僕は口から出た血を拭って、赤い瞳を伏せた。



数週間後——


オルディス伯爵邸


その後、男爵の身柄は衛兵に引き渡され貴族院にかけられた。

商会の台帳から脱税と不正取引の痕跡が見つかったこと、小屋にあった現場証拠で三万リブラの罰金刑となった。


「思ったよりも罪が軽かったですねぇ〜。斬首刑でもいいのに!侮辱罪も追加で!」

「そうだね。ユスティナ様の侮辱は絶対に許せない」

「奴隷として売り飛ばされた人がかわいそーですよ。帝国内でも、エクセリア公爵領では奴隷の売買は禁止なのに!」 

「やった者勝ちみたいなの私はイヤです!」

「これが今の帝国だからね。僕たち平民は従うしかないよ」


ルナは頬を膨らませ、納得していない様子だった。


「そういえば宿を襲撃したのは誰だったんですかね?」

「あれはマリグヌスの仕業だよ」

「多分レオニス様じゃなくて僕たちが来たから、腕試しとして刺客を送り込んだんじゃないかな?」

「刺客の持ち物から男爵邸で嗅いだものと同じ臭いがしてたからね」

「えぇー!じゃあ初めて会った時、実力を知っていて煽ってきたんですか?!ただの嫌がらせじゃないですかあ!」

「そうだね」


ルナはちょっと怒って愚痴をこぼしていた。


(あれほどの事を起こして三万リブラか……どうせ裏金でどうにかしたんだろうけど悔しいな)


僕たちは事件の顛末に不満を抱きながら日常に戻る。



ヴェルクラティア帝国

エクセリア公爵邸


あたりが寝静まった深夜、公爵邸の書斎に明かりが灯っている。


「以上がマリグヌス男爵をめぐる事の顛末に相違ございません」

「そうか。ではマリグヌス男爵を葬り去れ」

「かしこまりました」


従者は一礼し部屋を退出した。


「尊き血筋に敬意をもたぬ愚か者は、この地にいらぬ」


公爵邸の灯は沈み月影だけが庭を照らした。

ヴェルクラティア帝国の通貨『リブラ』について。

この物語の通貨リブラは

L1=¥200

ぐらいで取引されています。

パンやリンゴなどは大体L1ぐらいです。

なので、マリグヌス男爵がノアに払おうとした金額は80万円ぐらいです。

男爵の罰金刑は600万円ぐらいです。

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