3. スビエカ村③
『前回のあらすじ』
夜、ノアとルナは突如現れた賊を短剣と魔法で制圧し賊を捕縛する。
翌日、依頼主のマリグヌス男爵を訪れる。
商会を束ねる成金男爵は、利益を理由にノアの能力を試そうと挑発する。
警告を受けつつも、ノアは討伐を約束。
覚悟を胸に、二人はついにスビエカ村へ向かうーー
男爵邸を後にした僕たちは、スビエカ村に向かう。
「マリグヌス男爵ってほんと性格悪いですよね!」
「あはは……。男爵様は成果至上主義者だよね」
「実際に商会を一代で築いてるし、男爵様から見れば僕たちは実績や知名度が無いことは事実だからね」
「そーですけど、余計なこと言い過ぎです!」
「あんまり深く考え過ぎると身がもたないよ。男爵様に一矢報いるためにも魔獣退治頑張ろう、ルナ」
「は、はい……」
ルナは少し不満そうな顔をしている。
その瞳の奥にはどこか悔しさのようなものが見えた。
◇
スビエカ村に到着し村人に話を聞くと、半年前から近くの森に魔獣が住みつき、森へ入った村人を襲うようになったという。
最近では村に現れ村人を襲うようになったらしい。
「思ったよりも被害が甚大だね」
「ですね。ルナたちでパパッと片付けちゃいましょ!」
「ルナは心強いね」
ルナはニコッと微笑む。
僕たちは魔獣が棲みつく森へ向かう。
森の中は湿った土と苔の匂いが濃く、木々が視界を覆い昼間でも影が深い。
しばらく散策すると、一メートルほどの生物の足跡を見つける。
その足跡を追うと洞窟が現れた。
「この先、獣臭が強いから魔獣の住処だと思う。準備はいい、ルナ?」
「ノア様は相変わらず五感が鋭いですね〜!いいなぁ」
「それは、ルナもだよ」
「違いますよー!人族に比べれば良いですけどエルフ族の五感は魔族には遠く及びません!ここの獣臭もルナにはわかりませんでしたぁ……」
「人には向き不向きがあるよ。さ、行くよルナ」
「いいなぁ〜、いいなぁ〜」
「置いてくよーー!」
「ま、待って下さーい!!」
僕たちは暗い洞窟の中を進む。
洞窟は闇に沈み、壁を伝う水滴の音が一定のリズムで響く。
その不気味な反響が心臓を打つ鼓動と重なり、緊張感を一層高めていった。
その時――。
「グオオオオウーー!」
洞窟を揺るがす咆哮が轟いた。
僕たちは一歩後ろに下がり、武器を構える。
ドォォン、ドォォン――と一定間隔で大地が震える。
「ルナ、くるよ」
「はい!」
暗い洞窟の奥から現れたのは三メートル級の熊の魔獣『グロウベア』だった。
頭には湾曲した黒い角が二本生えている。
グロウベアは僕たちの事を警戒している。
「ルナ、あれは中級魔獣のグロウベアだ。角を砕けば平衡感覚を失う。その隙に仕留めよう」
「僕が洞窟の外に地雷魔法を設置するから、準備ができたらそこまで誘導してくれる?」
「はい、りょーかいです!」
咆哮とともに魔獣が突進してくる。
鉤爪が空気を裂く。
僕は短剣で受け流しながら後退し、距離を取る。
ルナが背後に回り込み、ダガーで毛皮を裂こうとする。
しかし硬い体毛に弾かれ、火花が散った。
魔獣が振り返り鉤爪を振る。
「うわっ……!」
「……魔獣なんて、エルフ族の敵じゃないんですからね!!」
ルナは寸前でかわしたが、巨体の圧に押されて後退する。
その間に僕は洞窟を抜け、地面へヴィスを流し込み魔法陣を刻んだ。
「ルナァーー、準備できたよーー!!」
「はーい!じゃあクマさん連れて行きますね〜」
ルナの軽やかな動きに釣られ、グロウベアが地鳴りを立てながら追いかける。
グロウベア魔法陣を踏んだ瞬間ーー。
――ドォォォォンッ!!
爆音とともに地面が割れ、爆炎が吹き上がる。
巻き込まれた魔獣がバランスを崩し動きを止める。
僕は右手を前に翳す。
「PluviaLaminarum!」
銀色の魔法陣が現れ、無数の金属片が雨のように降り注ぎ、魔獣を串刺しにする。
轟音と共に無数の金属が魔獣の角を断ち切った。
「グオオオオオオッ!」
魔獣は絶叫し、平衡感覚を失って大地に叩きつけられる。
森全体に叫び声が木霊し、土埃が舞った。
「今だ、ルナ!」
「はいっ!」
ルナは高く跳躍し、両手を翳す。
「LaminaAurae!」
緑色の魔法陣が現れ、風が一点に収束し、槍のような刃となってグロウベアの体を貫く。
巨体は痙攣を繰り返したあと、完全に沈黙した。
僕は息を吐き、短剣を納める。
「ふぅ……思ったより頑丈だったね」
ルナはダガーを収め、満面の笑みを浮かべた。
「ノア様の作戦がなければ危なかったです!流石ノア様!!」
「いやいや、魔獣を引きつけてくれたルナの方がすごいよ」
「え、ホントですか?やったぁ!」
「……念のため、残党がいないか周辺を見ておこう」
「はい!」
周辺を捜索していると、獣臭に混じって別の匂いが鼻をついた。
焦げた毛の臭いではない。
それは大量の血の臭いだった。
臭いを辿ると森の奥深くに小さな小屋があり、そこから血の臭いが濃く漂ってくる。
「……ルナ、見て」
「これは……縄、ですか?」
壁際に散乱していたのは太い縄の切れ端や金属製の枷。
しかも血で濡れた布切れが何枚も転がっている。
僕はしゃがみ込み、枷に手を伸ばした。
そこには商会の刻印らしき小さな模様が刻まれていた。
「誰かが……ここで人を縛り付けていた?」
「……はい。これ、ただの魔獣騒ぎじゃなさそうですね」
無意識に短剣の柄を握りしめる。
背筋を冷たい汗が伝った。
「魔獣討伐……その裏に何かが絡んでる」
小屋を吹き抜ける隙間風の音だけが、二人の間に流れた。




