24. 第二皇子
『前回までのあらすじ』
編入初日、ノアは偶然出会ったライナスに混血の秘密を見抜かれる。
授業では第二皇子インヴィクターを実力で上回り、怒りを買って殴られてしまう。
放課後、傷を負ったノアはリヴに助けられ、次第に学院での人間関係が動き始めていく——。
「それにしても、殿下に目をつけられたのは災難だったね」
「あはは……」
「ノア君は公爵様から推薦を頂いて編入したんだからもっと自信持ってね!私は、学院内では平民も皇族も関係ないと思ってるよ」
「そう言っていただけてありがたいです」
「その……差し支えなければ、殿下のことを教えていただけませんか?」
「いいよ」
リヴ様は軽く頷きながら続けた。
「インヴィクター第二皇子殿下は主に魔法を得意としていて、特に血統魔法の『帝国刻印魔法』』と『王命律』は、皇族ならではの権威を感じる魔法かな」
「その二つはどんな魔法ですか?」
「私が直接見たことがあるのは王命律だけなんだけど……この魔法を使うと、相手の精神を支配できるの」
「え、精神に干渉するんですか!?」
「うん。だから皇族に逆らった者は精神を乗っ取られて、最期は自我を取り戻せないまま惨たらしく死ぬの。……怖い魔法だよね」
「そうですね……」
「もう一つの帝国刻印魔法はね、皇族は産まれながらに アルティオラ神から祝福を授かっていて、その祝福が『刻印』として身体に宿るの。その刻印を媒介にすることで、特別な神聖力を持つ魔法が使えるらしいよ」
「神聖魔法……帝国中央教会の大司祭様などの高位司祭だけが使える第三の魔法ですよね」
「そうそう。病気や汚染された土地、人を浄化できるんだよ。でも神聖魔法は謎が多くて、私も詳しくは知らないの。ごめんね」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
僕たちは話しながら廊下を進み、保健室へたどり着いた。
扉を開けると、中は静かで誰もいなかった。
「誰もいないね」
「とりあえず止血しよっか」
「はい」
「ノア君、ここ座って」
「怪我の治療なら自分でーー」
「いいよ。私がやるから、怪我人は早く座って」
僕は言われた通りに椅子へ腰を下ろした。
「Sigurr, tak af bindið」
リヴ様が肩に乗っていた狼の魔獣に声をかける。
何を言っているのか分からないが、狼のような魔獣はリヴ様に包帯を持ってくる。
「Þakka þér」
「うちの子、気になる?」
「あ、すみません。魔獣を連れているのは珍しいと思いまして」
「だよね。この子、フロストウルフの仲間なんだよ。昔怪我していたところを助けてから、ずっと一緒なの」
「素敵ですね。リヴ様は魔獣の言葉が分かるんですか?」
「うん。私の産まれたノルドヘイズ領は帝国の最北端で、魔獣に囲まれた土地なんだよ。自然がすごく近いからかな、いつの間にか魔獣と喋れるようになってたんだ」
「カルっていう歌の魔法があってそれを使えば魔獣を使役できるよ」
「そうなんですね……北方のことは詳しくないので、とても興味深いです」
「そう?じゃあまた今度、ノルドヘイズの話をいっぱいしてあげるよ」
「ぜひお願いします」
リヴ様は慣れた手つきで怪我の治療を進めていく。
「これでよし!」
「ありがとうございます。助かりました」
「いいよ、これくらい!」
リヴ様はふと思い出したように僕を見る。
「そうだノア君。この後、予定ある?」
「いえ、特にはございませんが……」
「よかったら学院内を案内させてよ!」
「良いのですか?」
「もちろんだよ」
「では、ぜひお願いいたします」
「じゃあ、ついてきて!」
僕はリヴ様に連れられ、学院の中を歩き出した。
◇
翌朝——
朝のHR時間になり皆が教室に集まる。
鐘が鳴り終わっても先生は来ず数分後に教室に遅れて入ったリゴル先生は、珍しく厳しい表情をしていた。
ざわつく教室を一瞥し、静かに口を開く。
「……諸君、今朝急ぎの通達が届いた。これより二年魔術科の生徒は、帝国北西部にある『サントゥアリオ』へ向かってもらう」
「北西へ……?」
「校外授業ですか?」
ざわめきが広がる。
先生は頷き、手にした書簡を開いた。
「依頼主は西方教会の高位聖職者、セディティオネス司祭からだ。近ごろサントゥアリオでは『呪いを受けた者が正気を失い、通行人を襲う』という事件が多発している」
「襲われた者は高確率で同種の呪いに侵され、数日のうちに命を落とす……そう報告されている」
クラスの空気が一気に冷え込む。
「呪いの原因は魔獣が放つヴィスにあてられたか、あるいは魔法による人工的なものか。現地でも判断がつかぬらしい。……そこで、魔術の実地経験を兼ね学院から調査隊を派遣することとなった」
その時、椅子が雑に蹴られる音がした。
「はぁ? なんで俺が行かなきゃならないんだよ」
殿下が、露骨に不満を顔に浮かべて先生を睨む。
教室の視線が一斉に彼に向いた。
リゴル先生は、慌てるでも怒るでもなく重たく落ち着いた声で答えた。
「殿下、この件は学院生が対処できる範囲を超えています」
一拍置き、ゆっくりと言葉を続ける。
「帝国の未来を担う者には、『危機の兆し』を知る義務がある」
「現場を知り、民の声を聞き、国に何が起きているのかを自ら確認する……それは机上の学問では決して得られぬ、次代の指導者に必要な経験です」
「帝国の要となる御身が、最前線を知らずに民を導けますか?」
「……ですが、今回の調査は最悪死に至る可能性も考えられます。調査に行くか行かないかは個人の判断に任せます」
殿下は眉をひそめて黙り込む。
先生は柔らかく、しかし揺らぎのない視線で殿下を見る。
「……チッ」
数秒の沈黙後殿下は舌打ちしながらも座り直した。
先生は軽く頷き、書類を閉じる。
「それでよろしい。今回の調査に同行する者には正午までに正式な任務書を渡す。準備を整え、出発に備えなさい」
教室に緊張が走ったまま、朝のHRは静かに終わりを告げた。
(北西の街の調査か……。サントゥアリオというより、西方教会のこと自体よく分かってないんだよな……)
「ノア!」
「ノア君!」
ホルス様とリヴ様に声をかけられる。
「どうされたのですか? お二人とも」
「午前中の授業がなくなったから、一緒に調査の下調べしようよ」
「俺も混ぜてや」
「では、三人でサントゥアリオについて調べましょうか!」
「いいよ!」
「ええで!」
ホラティウス様は胸を張って笑う。
「ちょっと不謹慎やけど……学院入ってから、こういう授業やるの初めてやからな。正直こう……ワクワクしてまうわ」
「ホラティウス君!民に被害が出ているんだよ? 軽率な発言はダメだよ」
「ごめん、ごめん。冗談や。ほんまに心配しとるで」
二人は言い合いながらもどこか楽しげで、僕はその空気に少しだけ気が緩んだ。
――だが、そのささやかな空気はすぐに破られた。
教室の隅から、低いざわめきが広がっていく。
最初はひそひそ声だったのが、徐々に不穏さを帯びた気配へと変わる。
「見て……リヴ様が、あいつらと話していらっしゃるわ」
周囲の視線が一斉に一点に注がれる。
僕もつられて振り向くと、そこには殿下が、ゆっくりとリヴ様へ歩み寄る姿があった。
「リヴ!」
声が鋭く響いた。
リヴ様は肩をぴくりとも動かさず、静かに殿下を見返す。
「おい、お前。こいつらに近づくなって忠告したよな? 聞いてなかったとは言わせねぇぞ」
「もちろん聞いてたよ。でもノア君もホラティウス君も、何も悪いことしてないよ?」
リヴ様は一歩も引かず、穏やかな口調のまま答える。
その目だけが、静かに冷えていた。
「……そうか。いいんだな? 俺の命令に逆らう奴がどうなるか、思い知らせてやる」
周囲の生徒たちが息をのむ。
陛下のもつ血統魔法を知っている者ほど、顔色が青ざめていった。
「どうぞ。――楽しみにしてるよ」
リヴ様の声はかすかに低く、氷のように冷たかった。
「リヴ様、殿下に楯突くなんて……不敬にもほどがあるわ」
「レナリス子爵令嬢? 聞こえてるよ」
「私、ノルドヘイズ辺境伯家の娘だよ?」
それだけで、レナリス子爵令嬢の顔から血の気が引いていった。
「も、申し訳ございません……」
「長い物に巻かれすぎだね。――今度、正式に子爵家に抗議文を送っておくから、楽しみにしててね?」
笑ってはいる。
けれど、その笑みは優しさを欠いていた。
教室の空気が冷え込んだように感じた。
誰も息をするのをためらうほど、静まり返る。
「ノア君、ホラティウス君。早く行こう」
リヴ様が僕たちを振り向きもせず歩き出す。
「「は、はい……!」」
凍りついた教室を後にしながら、僕たちはひたすら前だけを見るしかなかった。
背中に突き刺さる視線の多さが、痛いほど分かった。




