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23. 氷と皇族

『前回のあらすじ』


新学期の二学期初日、編入生ノアは貴族や皇族が集う学院での生活に緊張しながらも授業や休憩で交流を重ねる。

平民であることを理由に挑発や嘲笑に遭うが、ディ=マーレ公爵令嬢に助けられる。

「あ、申し訳ございません。急に大きな声を出してしまって……」

「いいよ、気にしないで。それより君ーー」


ライナス様はふいに距離を詰め、僕の左耳へと手を伸ばした。

指先が触れた瞬間、反射的に身を翻して避けようとする。

しかし、気がつくと僕のピアスはライナス様の手にあった。

ピアスが外れた瞬間心臓が大きく鼓動する。

ライナス様の視界には隠しようのない赤い瞳が映る。


「あ……」

「やっぱり。君、魔族との混血だよね?」

「えーっと……」


頭の中で言い訳を必死に探すが、この場を乗り切れる都合の良い言葉は咄嗟に浮かばない。


「ごめんね、秘密だった?」

「はい……」

「じゃあ、黙っとくよ」

「えっ、よろしいのですか!?」

「もちろん。信用できない?」

「い、いいえ……!」


ライナス様は僕をちらりと見て、困ったように笑みを浮かべると、少し間を置いて口を開いた。


「じゃあ、俺も一つだけ正直に話すね。俺、実は半分だけ平民の血を引いてるんだ」

「どう?これで少しは対等に話せるかな」

「えっ!? 私などにそのような大切なことをお話しくださって、本当に宜しいのですか?」

「いいよ、別に」


ライナス様はそっとピアスを僕に手渡し、それを左耳に着け直した。

ライナス様の不思議な空気感は、どこか掴みどころがなかった。

気がつけば、自分もいつの間にかそのペースに巻き込まれていた。


「編入生、名前は?」

「遅れて申し訳ございません。ノアと申します」

「ノア、ね。よろしく」

「俺はライナス。好きに呼んでよ」

「では、ヴェルトレイ様とーー」

「俺、ファミリーネームで呼ばれるの嫌いだからさ。ライナスでいいよ」

「……では、ライナス様とお呼びさせていただきます!」

「それでいいよ。ところで、こんなとこで何してたの?」

「一人でゆっくりできる場所を探していて……ここが静かで良いなと思いまして」

「そっか。まあ、編入初日だしね。クラス内は気まずいよね」

「あはは……」


(図星すぎる……)


「ごめん、また無神経なこと言った?」

「いえいえ!気にしておりません。お気遣いありがとうございます!」


ライナス様は腕につけた時計を見てハッとした顔をする。


「そろそろ次の予定があるから行くね。俺、よくここでサボってるから……時間あればまた来てよ」

「はい!本日はお話しする機会を頂けて、大変光栄でした」

「うん、俺も。またね」


ライナス様は軽く手を振り、日差しの向こうへ消えていく。

残された空気がふわりと揺れ、僕は小さく息を吐いた。


(なんか……イメージと違ったな。天才って聞いてたから、もっとプライドが高くて近寄りがたい人だと思ってたのに)

(……今、あのライナス様と喋ってたんだよね。変な感じだな……)


気が緩み、遅れて空腹を思い出す。


(……明日も来てみよう)


僕は持ってきた昼食に手を伸ばし、ゆっくりと口に運んだ。



同時刻——


先ほどノアと別れたライナスは、中央棟へ戻るために小さな森の小道を歩いていた。

昼下がりの柔らかい光が木々の隙間から差し込む。


「ライ、何やってるの?今から生徒会の会議だって言ったでしょう」


木の影から姿を現したのはリゼットだった。


「……うるせーな。どうせお前、どっかから見てたんだろ」

「まあ、見てたけど?あんたが『猫かぶりモード』に入ってたから、空気読んで声かけなかっただけよ」

「キモッ」

「はい、怒った」


ぱしん、と乾いた音が響きリゼットの拳がライナスの頭に落ちる。


「いってぇ!乱暴だな、お前は!」

「そんなにあの編入生が気になるの?あんたが自分から話しかけるなんて珍しいじゃない」


ライナスは口を閉ざし、目線だけそらした。


「……」

「まあ、プライベートまで口出しする気はないけどね。ただ――」


リゼットは腰に手を当ててライナスを睨みつける。


「仕事はきちんとやりなさい!」

「俺、今日はいい」

「バカ!今日はいいなんて選択肢はないわよ」


リゼットは容赦なくライナスの腕をつかむ。


「おい、離せって……痛っ、痛いって!」

「はいはい、生徒会室まで強制連行ね」


小さな森に二人の掛け合いが響き、リゼットに引きずられる形でライナスは生徒会室へと連れて行かれた。



五限目——


昼休みが終わり、僕は五限目の授業が行われる屋外練習場へ向かった。

時間になり、リゴル先生が前に立ち授業が始まる。


「今回の授業は混合魔法の実践を行ってもらう」

「混合魔法とは、知っての通り基本属性の魔法を二つ以上組み合わせて、別の属性を生み出す技術だ」

「作るだけなら簡単だが、ヴィスの割合や維持するコントロールが難しい」

「今日は混合魔法を扱う上で不可欠な『コントロール』と『割合』を学んでもらう」

「では、二人一組でペアを作ってくれ」


周囲の生徒は声を掛け合いペアが作られていく。


(僕はどうしようかな……。あ、ホレス様がいる)


僕はホレス様を見つけて駆け寄った。


「ホレス様! よろしければ僕とペアを組んでいただけませんか?」

「ええの?俺と組んだら、またインヴィクター殿下に何か言われるかもしれへんで?」

「僕は平気です!ホレス様はお嫌ですか?」

「いや、一緒にやろう!」

「ありがとうございます!」


すると、すぐ近くで聞こえてくる声。


「見ろよ、また殿下の指示無視して喋ってるぜ」

「流石は命知らずの平民と呪われた伯爵家の子息だぜ。マジで度胸だけはすげーな」

「あははは!」


悪口で盛り上がる声が遠くで渦巻く。


(……気にしない、気にしない)


「ごほん。では、課題を説明する。今回出してもらうのは水と風の混合属性――氷属性だ」

「私が炎の魔法で周囲の気温を上げる。その中で作った氷をどれだけ保てるかを見せてもらう」

「十分間、練習の時間を与える。ペアの中で一番手と二番手を決め、交互に魔法を発動し、互いに改善点を伝え合うこと」

「では、始め!」


各ペアが訓練をスタートした。


「ノア、俺からいくで!」

「はい!」


ホレス様が手をかざすと、澄んだ氷が形を成した。

約二分後、氷は溶けて地面に滴り落ちる。


(……すごい。ベラトリウムで戦った時よりもヴィスのコントロールが確実に上がってる)


「ホレス様、素晴らしいです! 二分持つのは十分立派です。あとは魔力の割合を微調整できれば、さらに継続時間が伸びると思います!」

「ほんまに?ありがとう!」

「具体的には――」

「そこまでだ。一番手の者は前へ出るように」


(あ、夢中になってた!)


「ノア、ごめんな! つい嬉しくて、俺だけで時間終わってもうた!」

「気にしないでください! ホレス様、頑張って!」

「まかせろ!!」


ホレス様は気合を入れて前へ並んだ。

七人が最前列に並び、先生が声をかける。


「準備は良いな?――開始!」


一斉に氷魔法が展開される。

一分経過した頃には半分が脱落。

それでもホレス様の氷魔法は安定していた。

ーー五分後、全員の氷が溶け課題は終了となった。


「最高評価、ホラティウス=ラ=カエルム!」

「やった!!」

「やりましたね!!」


ホレス様は照れくさそうに笑った。


(本当に……上達してる!)


相変わらず周囲から色々と言われていたが、それすら気にならないほど、僕は自分のことのように嬉しかった。


「では、二番手の者は前に並ぶように」


次のグループが呼ばれ、僕は前に並ぶ。

列に並ぶと、その中に第二王子――インヴィクター殿下の姿があった。


「平民の分際で、俺の隣に並ぶとは良い度胸だな」

「殿下、授業中ですので」


先生がその場をおさめる。

すると殿下は鼻で笑った。


「せいぜい足掻くがいい。どうせ一分ともたん」


(……挑発も、もう慣れた)


「皆準備はいいな?――開始!」


ヴィスが走り、一斉に氷が形を成す。

殿下の氷は不純物が少なく輝くように澄み、ほとんど揺らがない。


(……確かに、すごい)


気温は先生の炎魔法で急激に上昇していく。


一分。

二分。

三分。


脱落者が次々と増え、最後に残ったのは僕と殿下だけだった。

殿下が横目で僕を見る。


「見ろ。これが皇族の実力だ」


七分が経過したその瞬間――。

殿下の氷が、パキンッと音を立てて割れた。


「ふ……八分だ。俺の勝ち――」

「最高評価、ノア」

「……は?」


殿下が呆然とこちらを見る。

僕の氷は――まだ残っていた。

八分前と変わらずしっかりと形を保っている。


「な……なんでだ……!」


殿下の顔が怒りで歪んだ。

次の瞬間。


「コイツ……ッ!」


怒鳴り声とともに拳が飛んできた。


「っ……!」


頬に強烈な痛みが走り視界が揺れる。

左頬がじんと痺れ、すぐに熱が広がった。

周囲がどよめく。


「殿下!!」

「授業中ですぞ!!」


先生が慌てて殿下を押さえ込む。

僕は頬を押さえながら殿下を見る。

殿下は悔しさと怒りで震え、歯を食いしばっていた。

殿下は先生に押さえられながらも、なお僕を射抜くように睨みつけていた。


その視線はまるで――

『絶対に許さない』

そう告げているかのようだった。



放課後——


殿下に殴られたあと、先生が間を取り持ちなんとかその場は収まった。

ホルス様や先生は怪我の心配をしてくれたが、その場を収めるために大丈夫と見栄を張った。


(平民が貴族の中に混じるって、思ったより大変なんだなあ……)

(はあ……皇族や貴族相手に本気を出すのは、今後控えたほうがいいかも)

(これがいわゆる『身分制社会』ってことか……)


「いてっ」


殿下に殴られた左唇から血が出ていた。


(とりあえず保健室で止血だけでもーーって、保健室って何処だっけ?)


「ノア……くん?」


周囲をうろうろと見渡していると、後ろから声をかけられる。


「僕……ですか?」

「今日、学院に編入してきた子だよね?」

「そうですが……」

「私、同じクラスのリヴ=エーリクスドッティル=ノルドヘイズだよ」

「リヴでいいよ。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


リヴ様は銀色の髪に、ペリドットのように美しい瞳をしていた。

首には季節外れのマフラーを巻き、そばには小さな狼の魔獣のような存在を連れている。


「殿下につけられた傷大丈夫?よかったら一緒に保健室に行く?」

「よろしいのですか?お恥ずかしながら、保健室の場所が分からなくて迷ってまして……」

「もちろんだよ!でも、ごめんね。本当は殴られる前に止めなきゃいけないんだけど……」

「いいんです。こうなることが分かっててこの学院に入ったんですから!」

「ノア君は優しいね」

「さ、早く行かないと膿んじゃうよ」


僕とリヴ様は保健室に向かう。

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