22. 始まりの朝
『前回のあらすじ』
ノアとルカスはヴェルクラティア学院へ向かう。
学院長イリスとの面談で、ノアは魔族の血を隠す契約に署名し、学生として新たな学院生活を始める決意を固める。
翌日——
意識が覚醒する。
時計を見ると、針は午前五時過ぎを指していた。
(いつもの癖で予定より二時間早く起きちゃったなぁ……)
僕はカーテンを開き窓の外を見た。
まだ太陽は昇らず、空の端が白み始めている。
九月の朝は肌寒く秋の訪れを感じさせた。
ふと、遠くで閃光が走る。
(なんだろう今の光。誰かの魔法かな?でも七時までは外出禁止のはず……)
「ふぁ〜……」
(眠たいな。あと二時間あるし、二度寝しよ)
僕は再びベッドに潜り込んだ。
◇
アラームの音で再び意識が覚醒する。
「ふぁ〜……七時か。支度しよう」
眠い目を擦りながら制服に着替え、鏡の前で身なりを整える。
(……よし、今日から頑張るぞ!)
頬を軽く叩き、気合を入れて部屋を出る。
朝食を取る気分になれずそのまま講堂へと向かう。
二学期初日の全校集会があるらしい。
(この学院広いな……。寮を出て十分以上歩いてるのにまだ着かないなんて……)
しばらくするとようやく講堂が見えてくる。
重厚な扉の前では、生徒が集まり誘導員の声が飛び交っている。
中に入ると、ゴシック様式の建築が施された荘厳な空間が広がっていた。
(すごい……!貴族の学院って本当に別世界なんだな……)
「ノア!」
突然名前を呼ばれ振り向くと、そこにいたのはアヴィだった。
「おはよう!あなたも学院に入ったって聞いて探してたのよ。改めて、これからもよろしく!」
「おはよう。こちらこそ、改めてよろしくアヴィ!」
「アヴィア!」
「はい、今すぐ参ります!」
「ごめんなさい、呼ばれたから行くわね。今度ゆっくり喋りましょう!」
「うん!」
呼ばれたアヴィは笑顔で手を振り、駆け足で去っていった。
時刻は八時半。
講堂のざわめきが静まり、壇上の男子生徒がマイクを手に立つ。
(すごい、本物のマイク初めて見た……)
帝国では近年、科学技術が急速に発展している。
魔術に頼らずとも力を得ることができる『道具』が次々に作られ、貴族や商人の間で重宝されてきている。
実際に僕の周りでも時計やランプなど科学技術で作られた道具が身近にある。
銃火器のような兵器まで登場し、魔術の地位は揺らぎつつある。
(これからは、魔術よりも化学技術の時代になるのかな……)
「おはようございます。只今より、二学期始めの全校集会を行います。司会は、生徒会副会長、ライナス=ル=ヴェルトレイが務めさせていただきます」
(ライナス=ル=ヴェルトレイ!?あの百年に一度の才能って呼ばれてる天才の……?)
ライナス=ル=ヴェルトレイ。
ヴェルトレイ侯爵家の次男で、八歳で人工光魔法の生成に成功し、皇帝から直接称号を授かった天才。
壇上で淡々と話す姿には威圧感ではなく、不思議な静けさが漂っていた。
(あれ?僕っていつライナス様のこと知ったんだっけ……)
「続いて、生徒会長からの挨拶です」
マイクを手渡された女子生徒が登壇する。
「おはようございます。生徒会会長のリゼット=ド=オルフェリアです。季節は九月、気温の変化がーー」
(あれがオルフェリア公爵家のご令嬢か……)
リゼット=ド=オルフェリア。
魔術と剣術の双方に秀でた才女で、次期公爵と噂される存在。
生徒会の面々は、帝国でも選ばれた名門の子息令嬢ばかりだだった。
(平民の僕が、本来なら近づくことすら許されないような存在をこんなに近くで見る日が来るなんて……)
やがて集会は終わり、各自が教室へと移動する。
◇
『二年魔術科』の看板がかかる教室に足を踏み入れる。
黒板の前には六十代ほどの男性教員が立っていた。
「君が転入生のノアだね?」
「はい!」
「席は自由だ。好きなところに座りなさい」
「分かりました」
僕は空いていた端の席に腰掛けた。
やがて席が埋まり、授業が始まる。
「おはよう、生徒諸君。今日から二学期が始まる。気を抜かず励むように。そして、編入生が一名。ノア、その場で挨拶を」
「はい!編入生のノアと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「私はアウルス=リゴル。混合魔術を担当している。よろしく」
(この人が先生か……落ち着いた声だな)
僕が席に再び座ると教室の空気が変わった。
小さな私語が耳に入る。
「え? ファミリーネームがない?」
「平民?まさか……」
「やだ、最悪」
教員が咳払いをして一喝した。
「ごほん。ノアは平民だが、エクセリア公爵殿の正式な推薦による編入生だ。私語は慎め!」
静まり返る教室。
そして授業が始まる。
(よし、授業に集中しよう!)
授業は、テルラから学んだことのある内容だった。
(これならついていけそう。……テルラに感謝しないと)
二限目が終わり休憩時間になる。
背伸びをしながら息をついていると、声をかけられる。
「ノア!久しぶりやな!」
「ホレス様!お久しぶりです!」
「元気そうで何よりや。俺、ノアとゆっくり喋りたいと思ってたから嬉しいわ!」
「僕もです!」
会話をしていると、突然男子生徒の声が会話を遮ってくる。
「やめてくれよ、クラスの不純物同士が喋ってると空気が淀むだろうが」
机をバンッと叩く音が響き教室が静まる。
「申し訳ごーー」
「二度と口を開くな、ゴミが!」
(……最悪だ)
男子生徒の横にいた取り巻きの女子生徒が嘲笑する。
「平民は知らないでしょうけど、この方はヴェルクラティア帝国第二王子、インヴィクター=ド=ヴェルクラティア殿下よ」
「顔を拝めただけで光栄ね。もう一生分の運を使い果たしたんじゃない?」
嘲笑が重なる。
(マリグヌスぶりに厄介なのに絡まれた……。しかも、皇族か……)
ホレス様は顔を引きつらせ、何も言えずにいた。
「帝国の王子ともあろう人間が、平民相手に威張り散らすとは……いい趣味だな」
低く澄んだ声が響いた。
振り向くと、黒髪に赤い瞳の女子生徒が立っていた。
初めて出会う女子生徒だったが、外見的特徴からディ=マーレ公爵令嬢だと直感した。
「あ゛?異民が俺の前で口を利くな」
「拳を上げるなら、どうぞご自由に。この国の未来と引き換えに、な」
「くっ……」
インヴィクターの拳が止まる。
怒りに歪んだ顔で睨みつけながら、唾を吐くように言い放った。
「覚えてろよ、ディ=マーレ。次に会ったら必ず殺す」
「やれるものなら、殺ってみなさい」
第二王子は取り巻きを連れ、荒々しく教室を出ていった。
その背に漂うのは、威厳ではなく暴力の匂いだった。
「あ、ディ=マーレ公爵令嬢様!ありがとうございました!」
「帝国民からの礼は要らない」
彼女は冷たく言い残し、背を向けた。
(でも……助けてくれたんだよね。やっぱり、いい人だ)
◇
昼休み——
クラスでは誰も話しかけてこなかった。
ホレス様も気まずそうに視線を逸らす。
(なんか……空気重いな。外で食べよ)
学院の敷地を歩き、寮の近くの小さな森を抜けると、崩れた銅像が立つ広場に出た。
昼の光が石像を照らす。
「ここにしよう」
秋風と心地の良い日差しで気分が良くなる。
「いつもこれぐらいの日差しだったらいいのになあ」
腰を下ろそうとしたとき、草むらが揺れた。
(……誰かいる?)
警戒して覗き込むと、人影がゆっくりと立ち上がる。
「あ、こんにちは。編入生」
草むらから現れたのは、ライナス=ル=ヴェルトレイだった。
「えっ、ヴェルトレイ副会長!?」
驚きのあまり、思わず大声を上げた。




