20. 黒幕
『前回までのあらすじ』
ユスティナはノアに学院への入学を勧め、自分の過去を語る。
夫人の言葉である「周りに流されずに生きなさい」はユスティナの信念となり、ノアの胸にも刻まれる。
会話の最後にユスティナはノアにレオニスとの婚約を明かす。
「お、おめでとうございます……」
「ありがとう!」
「といっても、結婚式自体は来年になりそうなんだけどね」
「申し訳ございません。あまりにも予想外なことで、思わず声が出てしまいました……」
「ふふっ……いいのよ!」
「これからも変わらず、よろしくね」
「はい!」
話を終え、僕は書斎を後にした。
◇
ヴェルクラティア帝国
首都ヴェルクラティエ城 王の間
広間には張りつめた沈黙が満ちていた。
赤い絨毯が玉座へと伸び、その先には帝国の皇帝が座している。
存在するだけでその場を支配していた。
玉座の前には帝国公爵の一人、ルキウス=ディ=マーレが跪いている。
皇帝の傍らに立つ宰相が、帳簿の束を掲げて一歩前に出る。
「陛下。今回の件に関する調査報告を申し上げます」
皇帝は無言のままわずかに顎を動かし続きを促した。
宰相は喉を整え静かに報告を始めた。
「今回のトキシア草密輸事件の発覚に至った経緯は、二点ございます」
「まず一点目は、エクセリア公爵領からの報告です」
「先日開催された公爵領のイベント会場にて押収されたジンジャーブレッドから、トキシア草が検出されました。販売していた露店を取り調べたところ、売人が『南方から仕入れた薬草』として取引していた事実を自白しております」
宰相の声が広間に淡々と響く。
補佐官が手元の帳簿をめくりながら続けた。
「その供給経路を追跡した結果、商人ギルドを介してディ=マーレ商会の下請け倉庫へと繋がっておりました。倉庫の記録には『医療用薬草』と偽ったトキシア草の輸入履歴が確認されています」
広間に、重苦しい沈黙が戻る。
皇帝はしばらく口を開かず玉座の肘掛けを指先で軽く叩いた。
小さな音が、異様なほど響いた。
「続いて二点目です」
宰相は別の書簡を開き声をやや落とした。
「ユスティナ=ラ=オルディス嬢からの報告にございます。数か月前、レオニス=ヴァルセイル殿が国境付近の魔獣討伐を行っていた際、魔獣の襲撃を受けた輸送馬車の一つがディ=マーレ商会の印章を有しておりました」
「中には、帝国内で所持が禁止されている乾燥トキシア草、ならびにそれを取引する契約書が発見されています」
静寂。
空気がさらに冷たく沈み込む。
皇帝が低く呟いた。
「……なるほど」
わずか一言。
それだけで場の温度が下がったように思えた。
「――ディ=マーレ公爵」
皇帝の視線が、跪くディ=マーレ公爵の首筋に突き刺さる。
その瞳は氷のように冷たいが、底には血の匂いを孕んでいた。
「貴様の商会が何を運んでいたか、我が帝国はすでに把握している」
「……」
「沈黙か――それもまた、覚悟の表れか?」
ディ=マーレ公爵は唇を噛み一言も発しない。
その沈黙は、言い訳よりも罪を濃く見せた。
「よかろう。沈黙もまた忠誠のかたちとしよう」
宰相が低く尋ねる。
「……陛下、処罰は如何なさいますか?」
皇帝は天井の金色の紋章を仰ぎ、ゆっくりと口を開く。
「ディ=マーレ公爵の爵位はそのままにしてやる。ただし商会の全権を五年間剥奪し、帝国の監査下に置け。トキシア草関連の利益はすべて没収、被害補償および海軍の増強費に充てよ」
「また――貴様の娘の身柄は、引き続き帝国が預かる」
「良いな?」
「……はっ」
「次に帝国を裏切れば、娘の首を晒し貴様の領地を領民諸共火の海に沈める」
その声は冷酷でありながら、炎のような熱を孕んでいた。
公爵は深く頭を垂れたまま静止している。
やがて皇帝は玉座を離れ、静かに立ち去る。
残されたのは圧と扉の閉まる音だけだった。
◇
オルディス伯爵家
ノアの部屋
(ユスティナ様とレオニス様がご結婚か……。意外だったけど、今まで伯爵家のために尽くされていたし幸せになってほしいな)
僕はベッドに腰を下ろし、先ほどの会話を反芻していた。
すると、扉をノックする音が響く。
「ノア、テルラよ」
僕は部屋の扉を開ける。
「どうしたの?」
「ルカス様があなたにお話があるそうよ。私室に向かってちょうだい」
「分かった!」
僕は立ち上がりルカス様の元へと急いで向かう。
◇
「トキシア草の件でヴァノから新たな報告があった。密輸していた黒幕は、ルキウス=ディ=マーレ公爵の可能性が高いそうだ」
「ディ=マーレ公爵閣下が……」
ルキウス=ディ=マーレ。
ヴェルクラティア帝国南部を治める公爵で、
元々はインスリア連邦の首相であり、帝国との戦で敗れ降伏し、帝国貴族として迎え入れられた人物だった。
公爵の治める領地は大小の島々で構成され、海上貿易の中心でもある。
「恨みからの犯行かな……?」
「目的は不明だ」
ルカス様は腕を組み低く続けた。
「俺の推測だが、エクセリア公爵領の大会襲撃で現れたFALX。そして今回のトキシア草密輸の黒幕であるディ=マーレ公爵。どちらもエクセリア公爵領の大会中に起こった出来事だ。二つの黒幕の共通点として帝国に侵略された過去がある。裏で繋がっている可能性が高い」
「……なるほど」
部屋に静寂が訪れる。
窓の外では、沈みゆく夕陽が赤く差し込みテーブルの上を朱に染めていた。
「……ノア、姉さんから聞いたが来月から学院に編入するんだろう?」
「あ、そうだった。言うの忘れてた。ごめん!」
「気にするな」
ルカスは小さく笑う。
「お前が編入する二年魔術科には、ディ=マーレ公爵の娘が在籍している。不審な動きがないか監視しておけ。ただし、動くのは怪しい兆候が出てからでいい」
「分かった」
「……遅くなったが、学院入学おめでとう」
「ありがとう、ルカス様!」
◇
ヴェルクラティア学院
生徒会室
夕暮れの光が差し込む生徒会室に、男女二人の声が響く。
「ライ、二学期から二年生に編入生が二人入るらしいわよ」
「そうか」
「もっと興味を持ちなさいよ。 貴方、生徒会副会長なんだから!」
「お前が勝手に推薦しただけだろ」
「推薦されて嬉しかったくせに!」
女子生徒はくすりと笑い、紅茶を口にした。
「ちなみにね、一方の編入生は平民らしいわよ。エクセリア公爵殿の推薦みたいだけどこの学院じゃ、立場が厳しいかもね」
「平民か……」
男子生徒は机に頬杖をつき、窓の外を眺める。
夕陽に染まる校舎の庭が静かに風に揺れていた。




