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20. 黒幕

『前回までのあらすじ』


ユスティナはノアに学院への入学を勧め、自分の過去を語る。

夫人の言葉である「周りに流されずに生きなさい」はユスティナの信念となり、ノアの胸にも刻まれる。

会話の最後にユスティナはノアにレオニスとの婚約を明かす。

「お、おめでとうございます……」

「ありがとう!」

「といっても、結婚式自体は来年になりそうなんだけどね」

「申し訳ございません。あまりにも予想外なことで、思わず声が出てしまいました……」

「ふふっ……いいのよ!」

「これからも変わらず、よろしくね」

「はい!」


話を終え、僕は書斎を後にした。



ヴェルクラティア帝国

首都ヴェルクラティエ城 王の間


広間には張りつめた沈黙が満ちていた。

赤い絨毯が玉座へと伸び、その先には帝国の皇帝が座している。

存在するだけでその場を支配していた。

玉座の前には帝国公爵の一人、ルキウス=ディ=マーレが跪いている。

皇帝の傍らに立つ宰相が、帳簿の束を掲げて一歩前に出る。


「陛下。今回の件に関する調査報告を申し上げます」


皇帝は無言のままわずかに顎を動かし続きを促した。

宰相は喉を整え静かに報告を始めた。


「今回のトキシア草密輸事件の発覚に至った経緯は、二点ございます」

「まず一点目は、エクセリア公爵領からの報告です」

「先日開催された公爵領のイベント会場にて押収されたジンジャーブレッドから、トキシア草が検出されました。販売していた露店を取り調べたところ、売人が『南方から仕入れた薬草』として取引していた事実を自白しております」


宰相の声が広間に淡々と響く。

補佐官が手元の帳簿をめくりながら続けた。


「その供給経路を追跡した結果、商人ギルドを介してディ=マーレ商会の下請け倉庫へと繋がっておりました。倉庫の記録には『医療用薬草』と偽ったトキシア草の輸入履歴が確認されています」


広間に、重苦しい沈黙が戻る。

皇帝はしばらく口を開かず玉座の肘掛けを指先で軽く叩いた。

小さな音が、異様なほど響いた。


「続いて二点目です」


宰相は別の書簡を開き声をやや落とした。


「ユスティナ=ラ=オルディス嬢からの報告にございます。数か月前、レオニス=ヴァルセイル殿が国境付近の魔獣討伐を行っていた際、魔獣の襲撃を受けた輸送馬車の一つがディ=マーレ商会の印章を有しておりました」

「中には、帝国内で所持が禁止されている乾燥トキシア草、ならびにそれを取引する契約書が発見されています」


静寂。

空気がさらに冷たく沈み込む。

皇帝が低く呟いた。


「……なるほど」


わずか一言。

それだけで場の温度が下がったように思えた。


「――ディ=マーレ公爵」


皇帝の視線が、跪くディ=マーレ公爵の首筋に突き刺さる。

その瞳は氷のように冷たいが、底には血の匂いを孕んでいた。


「貴様の商会が何を運んでいたか、我が帝国はすでに把握している」

「……」

「沈黙か――それもまた、覚悟の表れか?」


ディ=マーレ公爵は唇を噛み一言も発しない。

その沈黙は、言い訳よりも罪を濃く見せた。


「よかろう。沈黙もまた忠誠のかたちとしよう」


宰相が低く尋ねる。


「……陛下、処罰は如何なさいますか?」


皇帝は天井の金色の紋章を仰ぎ、ゆっくりと口を開く。


「ディ=マーレ公爵の爵位はそのままにしてやる。ただし商会の全権を五年間剥奪し、帝国の監査下に置け。トキシア草関連の利益はすべて没収、被害補償および海軍の増強費に充てよ」

「また――貴様の娘の身柄は、引き続き帝国が預かる」

「良いな?」

「……はっ」

「次に帝国を裏切れば、娘の首を晒し貴様の領地を領民諸共火の海に沈める」


その声は冷酷でありながら、炎のような熱を孕んでいた。

公爵は深く頭を垂れたまま静止している。

やがて皇帝は玉座を離れ、静かに立ち去る。

残されたのは圧と扉の閉まる音だけだった。



オルディス伯爵家

ノアの部屋


(ユスティナ様とレオニス様がご結婚か……。意外だったけど、今まで伯爵家のために尽くされていたし幸せになってほしいな)


僕はベッドに腰を下ろし、先ほどの会話を反芻していた。

すると、扉をノックする音が響く。


「ノア、テルラよ」


僕は部屋の扉を開ける。


「どうしたの?」

「ルカス様があなたにお話があるそうよ。私室に向かってちょうだい」

「分かった!」


僕は立ち上がりルカス様の元へと急いで向かう。



「トキシア草の件でヴァノから新たな報告があった。密輸していた黒幕は、ルキウス=ディ=マーレ公爵の可能性が高いそうだ」

「ディ=マーレ公爵閣下が……」


ルキウス=ディ=マーレ。

ヴェルクラティア帝国南部を治める公爵で、

元々はインスリア連邦の首相であり、帝国との戦で敗れ降伏し、帝国貴族として迎え入れられた人物だった。

公爵の治める領地は大小の島々で構成され、海上貿易の中心でもある。


「恨みからの犯行かな……?」

「目的は不明だ」


ルカス様は腕を組み低く続けた。


「俺の推測だが、エクセリア公爵領の大会襲撃で現れたFALX。そして今回のトキシア草密輸の黒幕であるディ=マーレ公爵。どちらもエクセリア公爵領の大会中に起こった出来事だ。二つの黒幕の共通点として帝国に侵略された過去がある。裏で繋がっている可能性が高い」

「……なるほど」


部屋に静寂が訪れる。

窓の外では、沈みゆく夕陽が赤く差し込みテーブルの上を朱に染めていた。


「……ノア、姉さんから聞いたが来月から学院に編入するんだろう?」

「あ、そうだった。言うの忘れてた。ごめん!」

「気にするな」


ルカスは小さく笑う。


「お前が編入する二年魔術科には、ディ=マーレ公爵の娘が在籍している。不審な動きがないか監視しておけ。ただし、動くのは怪しい兆候が出てからでいい」

「分かった」

「……遅くなったが、学院入学おめでとう」

「ありがとう、ルカス様!」



ヴェルクラティア学院

生徒会室


夕暮れの光が差し込む生徒会室に、男女二人の声が響く。


「ライ、二学期から二年生に編入生が二人入るらしいわよ」

「そうか」

「もっと興味を持ちなさいよ。 貴方、生徒会副会長なんだから!」

「お前が勝手に推薦しただけだろ」

「推薦されて嬉しかったくせに!」


女子生徒はくすりと笑い、紅茶を口にした。


「ちなみにね、一方の編入生は平民らしいわよ。エクセリア公爵殿の推薦みたいだけどこの学院じゃ、立場が厳しいかもね」

「平民か……」


男子生徒は机に頬杖をつき、窓の外を眺める。

夕陽に染まる校舎の庭が静かに風に揺れていた。

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