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18. 対立

『前回のあらすじ』


ノアが目を覚ますと、三日が経過していた。

ルカスから旧デュアリス王国の残党「FALX」による襲撃と、ルカスの父である伯爵が暗殺されたことを知らされる。

一週間後、公爵に呼ばれたノアとアヴィアは、ヴェルクラティア学院への推薦を受けるが、ノアは決断を保留する。

翌日――


僕たちは伯爵邸に戻るため、馬車に揺られていた。


「ルカス様、今さらだけど……」

「僕、エレナたちと戦ったとき闇魔法を使って目が赤くなったと思うんだけど、何か言われたりしなかった?」

「特には何も。公爵閣下にもノアの件は話して了承を得ている。心配はいらないだろう」

「……よかった。僕のせいで伯爵家の名誉に傷がついたらと思って」

「気にしすぎだ。国教なんて、今どき信じてる者のほうが珍しい」

「え、そうなんだ?」

「ああ。平民の間では未だ信仰が根強いが、貴族の身分で真面目に国教を信仰する者などほとんどいない」

「都合が悪くなれば皇帝が教義を変える。そんな宗教、信用するだけ無駄だ」

「じゃあ、皇族と教会は癒着してるってことになるけど……」

「その通りだ。皇族への不満もあって、貴族の間では現皇帝を支持する者が減少している。……まあ、他にも理由はいくつかあるが」

「成程……。でも僕にそんな話して大丈夫?」

「ノアは口が堅い。問題ないだろ」

「信用されてるってことでいいんですよね、ルカス様?」


僕は冗談めかして笑う。

ルカス様は小さく息を吐き、ふっと目を細めた。


「……ああ、そうだな」

(ルカス様に気を使わせたな……もっとしっかりしないと……)


馬車の外では、夏の陽光が揺れる木々の葉を照らしていた。



数日後――


黒い喪服姿の人々がまだ街に残る中、僕とルカス様はようやく伯爵邸へと戻った。

屋敷の前では領民たちが出入りを繰り返し、重苦しい空気が漂っている。

屋敷に入りエントランスへと進むと、重厚な扉が大きな音を立てて開いた。


「……帰ってきたのね」


階段の上から現れたのは、ユスティナ様だった。

その声音には冷えた怒りが混じっている。


「葬儀の日、どうして帰ってこなかったの?」


ルカス様は黙って立ち止まり視線を逸らす。


「お父様が亡くなったのよ!……大会の後、すぐに戻っていれば間に合ったはずよね?」

「……どうしても外せない用がありました。それだけです」

「ルカス、子供みたいな言い訳はやめて」

「……父上の顔を、もう一度見る気にはなれませんでした」


その言葉に、ユスティナ様の表情が凍りついた。


「まあまあ、そんなに責め立てないであげて」


奥から現れたのは、黒い喪服に身を包んだドミティア夫人だった。

故伯爵の三番目の妻だったが普段は別邸で過ごされている。


「お久しぶりね、ルカス」

「……お久しぶりです」


ルカス様は短く頭を下げる。

夫人は満足げに微笑み、言葉を続けた。


「少しお話ししましょう。立ち話もなんですしね」


僕たちは談話室へと移動する。

厚いカーテンに包まれた部屋は、どこか張り詰めた空気を纏っていた。


「この家の主が亡くなった以上、跡継ぎを決めねばなりません」

「――であれば、お父様の遺言に従うまでです」

「お父様の遺言には、はっきりと私の名がありました。次期当主は、ユスティナ=ラ=オルディス。それが伯爵家の正式な決定です」


ユスティナ様がきっぱりと答える。


「まあ……そう言っても、紙一枚で全て信じろというのは難しいわねぇ」


ドミティア夫人は優雅に扇を広げ、微笑を浮かべた。

その目は笑っていなかった。


「私、葬儀の手配も領民への報告もすべて引き受けたのよ。それなのに、あなたは途中で戻ってきて当主を名乗るなんて……虫がよすぎると思わない?」

「お言葉ですが義母様、あなたが伯爵家を守ったとは思えません。普段は別邸に籠りきりで、本邸に顔も出されなかったではありませんか」

「ふふ……口が立つようになったわね。でも領地を動かすのは感情ではなく『権力』よ。あなたにそれがあるのかしら?」


空気がぴんと張り詰めた。

僕は息をひそめて三人を見守る。

ルカス様は何も言わず、椅子の肘掛けに手を置いたまま沈黙していた。

夫人の視線がルカス様に向く。


「ねえ、ルカス。あなたはどう思うの?あなたのような冷静な子なら、私の言葉が理解できるでしょう?」

「……父上の遺言に従うべきです。それが伯爵家の意志ですから」


短くそれだけを答えた。

夫人の笑みが一瞬で消えた。


「……つまらない返事ね。あなたも随分と父親似になったわ」


その言葉を残し、夫人は踵を返して談話室を出ていった。

残された部屋には、重い沈黙だけが残る。

ユスティナ様が深く息を吐いた。


「……あの人、遺産のことしか考えてない。お父様の死を、まるで取引材料みたいに使うなんて」

「ドミティア夫人のことは放っておけばよいのでは?遺言がある以上、形だけでも決着はつきます」

「本当にそれでいいの?……ルカスは、何も感じないのね」


ユスティナ様の問いに、ルカス様は答えなかった。

ただ、遠くの窓を見つめていた。

その横顔はどこか痛ましく、僕にはその沈黙が何より雄弁に思えた。



話し合いが終わった後、僕は荷物を置きに自室へ戻った。


「はぁ〜、やっぱり自分の部屋が一番!」


ベッドに飛び込み、ようやく肩の力を抜く。


(でも……旦那様が亡くなったなんて、まだ信じられない)

(ユスティナ様とルカス様も仲が悪いままだし……)

(夫人は夫人で、何か企んでいそうだし)

(……この先どうなるんだろう)


そんなことを考えていると、扉をノックする音がした。


「ノア様、ルナです!」

「どうぞ」


扉が開くと、勢いよくルナが飛び込んできた。


「ノア様ぁっ!」

「うわっ!?ちょ、ちょっと!」


抱きつかれ、僕は思わずのけぞる。


「ルナ、どうしたの!?」

「お久しぶりにお会いできたので……つい、抱きついちゃいましたぁ〜!」

「びっくりした……急にはやめてよ」

「はーい!」

「……そろそろ離れてくれる?」

「はい!」


ルナは僕から一向に離れようとしない。

それどころか嬉しそうにしている。


「ルナ、怒るよ……」

「すみません……」


ルナは泣きそうな顔で名残惜しそうに離れる。


「で、どうしたの。何かあった?」

「あ、そうでした!ユスティナ様がノア様のことお探しでした!」

「ユスティナ様が?じゃあ、すぐ行くよ」

「いってらっしゃいませー!」


部屋を出ながら、ふと頭をかく。


(ルナってどうして僕に懐いてるんだろう?)

(そういえばなんで『様』付けで呼ばれてるんだっけ?)

(……まあ、いっか。今度聞いてみよう!)


そんな疑問を胸に、僕はユスティナ様の待つ書斎へ向かった。

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