15. ベラトリウム⑦
『前回までのあらすじ』
大会決勝戦で激闘を繰り広げるルカスとヴァノ。
観客が見守る中、突如として結界が破れ、会場が爆発に包まれる。
混乱の中、セレナとレオンが現れ、襲撃を開始。
ルカスたちは応戦するが疲労から劣勢に。
その時、ノアが現れ身を挺して足止めし撤退を図るがーー。
同時刻——
観客席に降り注いだ天井の崩落は、ようやく落ち着きを取り戻していた。
周囲では、逃げ遅れた観客たちの不安げな声が辺りに満ちている。
「レオニス、公爵閣下の安否を確認してきてくれるかしら?」
「私は皆を安全な場所に避難させてから、負傷者の治療を行うわ」
「承知した!」
レオニスがその場を離れようとした瞬間、二人の女性がレオニスの行く手を阻んだ。
一人は腰まで伸びた髪を揺らし、鋭い眼差しと紅い唇が印象的な女性。堂々とした立ち姿からは、強い自信と気高さが感じられる。
もう一人は、深くフードをかぶり右目を閉ざしている。年は前者より若く、静けさの中にどこか影を落としたような雰囲気を纏っていた。
「お初にお目にかかります。私、ミラ=アルシアと申します。隣はアディス=ヴァレンでございます」
「挨拶ありがとう。けれど今は急を要するの。話なら後にしてもらえる?」
「私どもは、デュアリス王国の残党で構成された組織『FALX』の一員でございます。以後、お見知り置きを」
(デュアリス王国の残党!?どうしてここにいるの……?)
レオニスが私の前に立ち、剣を構える。
「伯爵令嬢殿、『デュアリス王国』という名に聞き覚えは?」
「……ええ。十八年前、滅亡した王国の名よ」
「では、あなた方が王国に加えた所業も、当然お覚えのはずですよね?」
ミラは真顔で私を睨みつける。
「まさか、この襲撃の黒幕はあなたたちなの……?」
「ご想像にお任せします」
「そうか。なら、てめぇらを捕まえて全部吐いてもらうぜ!」
レオニスが手を振ると同時に、魔法陣が展開。
鎖のような光がミラとアディスの手足を絡め取った。
「なっ……いつの間に!?」
「……」
「お前らが無駄話している隙に仕掛けたんだ。大人しく同行してもらうぞ」
「ふふっ……。さすが若くして『エスティス』の称号を持つ男ね。剣術だけでなく、無詠唱魔術まで使えるなんて……。あぁ、神はどうしてこんなにも不平等なのかしら。――虫唾が走るわ!」
「アディ!」
「……うん」
ミラの声に応え、アディスがゆっくりと右の瞼を開いた。
その奥にあったのは、眼球ではない――赤く輝く石のようなものだった。
目の周囲には血管が浮き上がり、皮膚が鬱血して黒ずんでいる。
それはもはや人の目とは呼べないほど、異様で不気味だった。
「――Dissolvo」
アディスの声が響いた瞬間、二人を拘束していた鎖が霧のように消え失せた。
「なっ……なんだこの魔法!?」
「ふふっ……私たちに、あなた方の魔法は通じないわよ」
ミラは優雅に微笑んだ。
「貴方たちの目的は何?王国を滅ぼされた復讐かしら?」
「今日は『挨拶』に伺っただけです。この話の続きは――また然るべき時に」
「では、今日はこれで」
「待て!!」
レオニスが剣を振り抜いた瞬間、二人の姿は黒い霧に包まれ、掻き消えた。
「くそっ……逃げ足の速ぇ連中だな!」
「デュアリス王国……まさか、またその名を聞くことになるなんて……」
私が険しい表情を浮かべる中、レオニスが突然ハッと顔をあげる。
通信魔法で何かを受信したようだった。
「……何っ!?」
「レオニス、どうしたの!?」
レオニスは蒼ざめた顔で、焦燥を滲ませながら告げた。
「――大変だ、ユスティナ!伯爵様がご逝去されたそうだ……!」
◇
闇属性の魔法を使ったことで、変装魔法が解け赤い瞳が露わになる。
その赤い瞳に、決意と覚悟が宿る。
僕は静かに右手を翳す。
「――Tenebrae Chronus」
詠唱の瞬間、会場全体の地面に黒い魔法陣が広がる。
それはまるで闇が時間そのものを呑み込むように蠢き、空間が軋んだ。
世界が、止まった。
風は息を潜め、舞い散る砂粒さえ凍りつく。
崩れかけた瓦礫は宙に浮かぶ。
音も、熱も、光も、全てが消えた。
――ただ一つ、僕の黒い魔力だけが脈動している。
「……時間が……止まっている……?」
ルカス様が思わず呟く。
僕は、頭をハンマーで殴打されたような頭痛に顔を歪めながらも、わずかに微笑んだ。
こめかみから血が一筋流れる。
「この術は……時間凍結と呼ばれる帝国では禁呪の類いです。今の僕の状態なら持って――一分程ですが……」
「……ルカス様方には『外』を……共有しました。そのため…時間が止まったこの空間でも自由に行動が……できます……」
ルカス様は腕を動かし、自分が動けることを確かめる。
「動ける……!」
「僕が時間凍結を維持できる間に……会場の外へ避難してください」
「この場は……必ず僕が抑えます!」
「ノア……必ず援護を送る。それまで耐えてくれ!」
「かしこまりました!」
ルカス様とヴァノ様は頷き、振り返らずに駆け出す。
止まった世界の中を、二人の足音だけが響いた。
闇に溶けていく彼らの背を、僕は静かに見送った。
その指先は震え、血が魔法陣に滴り落ちる。
(ノア……絶対に、生きて戻ってこい……!)
そして――一分が経過した。
世界が再び動き出した瞬間、轟音が戻り空気が爆ぜた。
「ごふっ……!はぁ、はぁ……」
僕は膝に手をつき、口から鮮血を吐き出す。
血が地面に滴り、魔法陣がゆっくりと消えていく。
呼吸は荒く、視界が霞む。
「……時間凍結か。マジかよ、初めて見たわ」
レオンが剣を肩に担ぎ、感嘆したように笑う。
セレナも口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ふふっ……見事だったよ、ノア。あんな広範囲での時間凍結なんて初めて見たよ!流石あの方の子供だね!」
(あの方……?誰のことだ……?)
「お褒めに預かり光栄です……が、あなたに褒められても……嬉しくないですね……」
僕は戦闘態勢になる。
足元はふらついているが、赤い瞳だけは強く光っていた。
(逃がすわけにはいかない!今ここで、こいつらを止めなければ……他に被害がいく……)
「まだやる気か。いいぜ、俺らが相手してやるよ!」
レオンが前に出て剣を構える。
セレナは一歩下がり、闇と炎を混ぜた魔法を詠唱し始めた。
ノアは右腰にある短剣を抜き構える。
「来い……!」
レオンが踏み込み、刃と刃がぶつかる。
衝突の瞬間火花が散る。
ノアは何とか受け止めたが、レオンの腕力は凄まじく、次の瞬間には剣が弾かれた。
「どうした、その程度か!」
「まだだっ!」
僕が鉱魔法を詠唱破棄し無数の金属片がレオンを襲う。
だがレオンはその全てを斬り払う。
「遅ぇ!」
刃が首筋に迫った――その瞬間。
「Fulmen Incisio!」
雷鳴が轟いた。
眩い光が僕とレオンの間を裂き、電撃が地面を焼いた。
そこに立っていたのは、――アヴィア=テンペスタ子爵令嬢だった。
「……危なかったわね、ノア殿!」
雷を纏った剣を軽く振ると、火花が弾ける。
その動きは大会で見た時よりも明らかに速い。
レオンがわずかに目を見開いた。
「おいおい……ルカスに負けてたガキかよ。ずいぶん速くなったじゃねぇか」
「ええそうよ。あなたみたいな脳筋相手に、手加減するつもりはないから。覚悟しなさい!」
アヴィアが一歩前へ踏み込み、雷光が床を走る。
その姿はまるで雷そのもの。
一瞬でレオンの懐へと入り、刃と刃が再び交錯した。
――戦いは、新たな局面へ向かう。




