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13. ベラトリウム⑤

お互いの魔力は限界に近かった。

焦げた大地の上で、僕とホレス様は息を荒げながら向かい合う。


「まさか、ここまでやるとは……」

「まだまだ、ここからですよ」


どちらが先に倒れてもおかしくない。

立っているだけで精一杯だが、視線だけは逸らさない。

次の一手で勝敗が決まるーーそんな直感があった。


ホレス様が右手を掲げる。


「Ignis Hastarum!」


轟音とともに炎の槍が生成される。

呼吸が熱に焼かれ、熱気で視界が歪む。

生成した槍を、ホレス様は僕めがけて投げ放った。


(来る……!)


僕は地面に手を叩きつけた。


「Murus Ferri!」


地面から金属の壁がせり上がり、炎を受け止める。

赤熱化した壁が、悲鳴を上げるように軋んだ。

攻撃を受けきると、壁は半ば溶けていた。


(もう……持たない……!)


しかし、ホレス様の表情も限界に近い。

炎が揺らぎ、魔力の流れが乱れている。


(あと少し耐えきれれば……)


僕が再び詠唱に入ろうとしたその瞬間、空気が止まった。


(……え?)


ホレス様の身体の周囲が、歪んで見える。

炎も人も会場内すべてが止まったかのように、時がわずかに遅れて流れていた。


(これは……時律魔法……!?)


ホレス様自身も気づいていない。

無意識のうちに発動したのだろう。

その一瞬の時のズレで、僕の動きが遅れた。


「今や!」

「Orbes Ignis!!」


ホレス様が渾身の力で炎を振り下ろす。

複数の炎弾が僕に向かって放たれる。

僕は咄嗟に詠唱を破棄し、鉱魔法を繰り出した。

炎と鉄がぶつかり合い、眩い光が爆ぜる。


次の瞬間、炎の弾が予期せぬ方向へ軌道を変えた。

ホレス様の魔力が限界を超え、炎が制御を失った。

僕はその隙を逃さず、最後の魔力を込めて叫ぶ。


「Vinculum!!」


右手から銀色の魔法陣が現れ、ホレス様の両腕を拘束する。

炎が消え、観客席に静寂が落ちた。


「……参った、ノア。お前、やるやん」

「……ありがとうございました、ホレス様」


ホレス様の膝が地面につく。

僕は膝に手を置きながら、肩で息をする。

互いに笑みを浮かべたその瞬間、審判の声が響いた。


「勝者、ノア!」


ーー炎が消え、残ったのは焼け焦げた大地と、互いの健闘を讃える笑顔だった。

僕たちは中央に向かい合い、握手を交わす。


「おめでとう、ノア!俺の全力に勝てる奴なんて、お前ぐらいやで!」

「ありがとうございます!ホレス様の魔法での戦い方、とても勉強になりました。僕相手に時律魔法まで使ってくださるなんて……本当に光栄です!」

(時律魔法……?)

「あぁ、まあな。それだけお前が俺を追い詰めたってことや!」

「また勝負しような!じゃあ!」

「はい!」


ホレス様は従者に案内されて会場を後にする。


「ホラティウス様、治療いたしますのでこちらへ」

「わかった」

(無意識に発動したっぽいな……。あの一瞬の隙、魔力がまだ残っていればノアに勝ててたかもしれん)


「時律魔法か……」



試合が終わったあと、気がつけば僕は治療室のベッドに横たわっていた。

魔力を使いすぎたせいで、完全に意識を失っていたらしい。


(……ここ、治療室?)


ぼんやりと天井を見上げる。

腕には厚く包帯が巻かれ、焼けるような痛みがまだ残っている。

隣の机に置かれた時計の針は、昼過ぎを指していた。


(しまった……そんなに時間が経ってたのか!)


身体を起こすと、全身が重く魔力の抜けた倦怠感が押し寄せる。

それでも、胸の中には焦りしかなかった。


(ルカス様の試合……もう始まってるかもしれない!)


僕はベッド脇の外套をつかみ、包帯の腕をかばいながら、治療室を飛び出した。



会場に到着し席を探していると僕を呼ぶ声が聞こえる。

声の聞こえる方へ視線をやるとそこにはユスティナ様とレオニス様がいた。


「よっ、ノア!優勝おめでと!」


レオニス様に頭を撫で回される。


「あ、ありがとうございます!」

「レオニスやめなさい。他の人が見てるわよ」

「ノアお疲れ様。優勝おめでとう」

「ありがとうございます!」

「もうすぐルカスの試合が始まるぞ!俺らで見届けよーぜ!」


目を向けるとルカス様とヴァノ様が中央で握手を交わしていた。



観客席が静まり返る。

昼過ぎの光が会場に差し込み、二人の影を落とした。


「ルカス、ようやくこの時が来たな。お前と戦うのは少し複雑だが」

「遠慮はするな。大会だぞ」


ヴァノは笑い、背の双剣を抜き放つ。

細身だが刃渡りは長く、二振りの刃が陽光を受けて反射する。

対する俺はいつもの長剣を静かに構えた。

審判が手を上げる。


「ーー始め!」


号令と同時にヴァノが地を蹴った。

速い。

双剣が左右から弧を描く。

金属音が立て続けに響き、刃が火花を散らした。


(……間合いが読みづらい)


俺は受け流しながらわずかに後ろへ下がる。


「どうした、押されてるぞ!」


右の剣を弾き、左からの刃を滑らせて受け流す。

その反動を利用し、剣先を突き上げる。

ヴァノは身をひねってかわすが、頬に一筋の血が走った。


「……やるじゃないか」


ヴァノは笑みを浮かべながらに言う。

再び構えを取る。

ヴァノが低く踏み込み、双剣を交差させて斬り上げる。

その動きを読んでいた。

俺は剣を横に滑らせ、二振りの軌道を同時に逸らす。

金属がぶつかり、甲高い音が響いた。


「くっ!」


ヴァノの体勢がわずかに崩れる。


(今だ——)


一歩踏み込み、剣を突き出す。

土煙の中で、刃がヴァノの肩に迫る。

だが、ギリギリで双剣が交差し、火花が散った。


「……危なかった」

「防がれたか」


互いに距離を取り、息を整える。

土の匂いと汗の香りが混ざる中、静寂が戻る。

互角だった流れが、徐々に傾き始めていた。

俺の剣筋は淀みなく、確実にヴァノの防御を削っていく。

ヴァノの呼吸が荒くなり、動きがわずかに鈍る。


「……本気を出してきたな」

「次はこちらから行くぞ」


次の瞬間、再び地を蹴る音が響く。

双剣と長剣が交差し、眩い閃光が走ったーー。


(くっ…。相変わらずルカスの剣は太刀筋が読みづらい…)

(どのような攻めも全て受け流される……)



初めてルカスに会ったのは、まだ幼い頃だったと記憶している。

その時は、公爵家と伯爵家の顔合わせの場で挨拶を交わした程度だった。


当時からルカスは剣術の天才として名が知られており、彼の噂は私の耳にも届いていた。

友人として言葉を交わしたのは、それから数年後――十二歳の頃、学院に入学したあとだった。


(あそこにいるのは……オルディス伯爵家のルカス殿だ。久しぶりに会うし声をかけておこう)


「久しぶりだな、ルカス殿!」

「お久しぶりでございます。エクセリア公爵令息殿」

「私のことは是非ヴァノと呼んでくれ! 学院では学友として接してくれると助かる」

「君の剣術の腕前は、我が領でも有名なんだ。学院で共に学べることを嬉しく思うよ」

「もったいないお言葉です。では、私のこともルカスとお呼びください」

「ああ。よろしく、ルカス!」

「はい。ヴァノ様」

「せっかく出会えたんだ、少しーー」

「では、私はこれで失礼いたします」

「あ、ああ……」


(せっかく再会したんだ。剣術について語り合おうと思っていたのに……まあ、また機会はあるか)


その後も何度か話しかけようとしたが、ルカスにはいつも軽くかわされてしまった。


(公爵家の嫡子を避けるとは、なかなかやるな……あいつ)

(もう遅いし、今日は部屋に戻るか)


そう思い部屋に戻ろうとしたとき、どこからか剣の素振りの音が聞こえた。


(こんな夜更けに?)


音のする方へ足を運ぶと、月明かりの下で剣を振っているルカスだった。


「おい、こんな時間に何をしてる!」

「あ、ヴァノ様……」

「早く切り上げて部屋に戻れ。明日に響くぞ」

「はい。そのうち戻ります」

「なっ……」


思わず苦笑する。


「珍しいな」

「え?」

「私の指示を断るやつなんて、そういないからな」

「それは、公爵家のお方なので当然だと思いますけど」

「お前が言うなよ」


思わず笑ってしまった。


「ルカス、私のことを避けているだろ? 理由を聞いてもいいか?」

「貴族の方と関わっても、手間ばかりかかって得るものはなさそうだからです」

「素直すぎるだろ!!」

「貴族同士の会話など、結局は家の格が高い者をいかに持ち上げられるかの駆け引きにすぎません。互いに心にもない言葉を交わし、内心では見下している相手と関係を築こうとする。そんなことに時間を費やすのは、どうにも無意味かとーー」


ルカスは剣を振りながら淡々と言った。


「やっぱりルカスは変わってるな」

「自覚してます。だから基本、誰とも関わらないようにしてるんです」

「ヴァノ様が気を悪くされたなら申し訳ございません。もう二度と関わりませんので――」

「決めた!」


「え?」


「ルカス、俺と一緒に剣の稽古をしてくれ。ちょうど相手が欲しかったんだ」

「嫌だとは言わせないぞ。断ったら今言った内容をオルディス伯爵家に報告するからな!」

「うっ……」

「……わかりました」

「よし! 今日は遅いから、明日からやるぞ!」

「はい……」


それからというもの、二人で剣の稽古に励む日々が続いた。

毎日のように刃を交わし、互いに技を磨き合ったが——

それでも、私がルカスに勝てたのはほんの数えるほどに過ぎなかった。



「ルカス! 今日こそ、今までの勝負にけりをつけさせてもらうぞ!」

「やれるものならやってみろ」


俺たちの勝負はまだ始まったばかりだ。

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