12. ベラトリウム④
『前回のあらすじ』
ルカスが剣術大会準決勝でアヴィアを破る。
帰路の中謎の二人組・セレナとレオンに遭遇し、意味深な言葉を残し霧に包まれ姿を消す。
翌日——
大会決勝の朝。
連日と同じように、会場へ向かう。
昨日、あの二人組に遭遇した後、僕とルカス様はヴァノ様のもとへ報告に向かった。
「ーーということがあった」
「セレナ=カリグラとレオン=ガイウスか……」
「心当たりがあるのか?」
「いや。初めて聞く名前だな。奴らが大会に関与するかは不明だが、昨今の被害を考慮して明日の大会会場には兵を多く配置し、監視の目を増やしておこう」
「ああ、頼む」
(面白いことってなんだろう……。大会に関係ないといいけど)
会場に着くと、昨日よりもさらに多くの観客で賑わっていた。
「一回戦目は魔術部門のU十七の部か。相手はホラティウス=ラ=カエルムだ。勝ってこい」
「もちろん!」
その言葉に背を押され、僕は控え室へと向かう。
扉を開けると、すでにホラティウス=ラ=カエルムがいた。
年齢は僕と同じぐらいで特徴的な赤い髪をしている。
「お初にお目にかかります。私、ノアと申します。本日はよろしくお願いいたします」
僕は深く頭を下げる。
「初めまして。お前が噂のノアか。俺はホラティウス=ラ=カエルムや。ホレスでええで! よろしくな!」
するとホレス様はにかっと笑い、気さくに手を差し出す。
「はい! よろしくお願いいたします」
握手を交わすと、彼は不思議そうに首を傾げた。
「お前、珍しいやつやな。俺の噂、聞いたことないんか?」
「え? 噂ですか?」
「いや、なんでもない! 今日はええ勝負しような」
「はい!」
◇
選手入場。
観客の歓声が波のように押し寄せ、砂塵が舞う。
中央で再びホレス様と握手を交わし、少し距離を取った。
審判の声が響く。
「いくで、ノア!」
ホレス様は大声とともに地面を踏み鳴らす。
「Ignis Hastarum」
瞬間、熱風が渦を巻き、周囲の温度が一気に跳ね上がった。
轟音とともに炎の槍が生成される。
呼吸が熱に焼かれ、空気が歪む。
ホレス様は構える間もなく、それらを次々と投げ放った。
(速い!でも予測はできる)
僕は後退せず、地面に手をつけて詠唱する。
「Murus Aquae」
僕の周囲の地面がわずかに震え、水の壁が立ち上がり、炎の槍を受け止めた。
激突の瞬間、水と炎が混ざり合いジューっと音を立て蒸気が噴き上がる。
(炎力が高い。だけど、力任せすぎる……その分詠唱に時間がかかっている)
(この隙を狙おう!)
僕は反撃を行う。
「Vinculum」
右手から銀色の魔法陣が現れ、地面から鎖のような魔力が伸び上がる。
「おっと、なかなか器用やん!」
ホレス様は笑いながら片足で跳ね、空中ですぐに次の魔法陣を展開する。
「Eruptio Flammae」
爆炎が地面を包み込み、僕の鎖を焼き切る。
その爆炎の中僕は姿を消す。
「……おいおい、どこ行ったんや?」
背後に気配を感じたホレス様が振り返るよりも早く、僕は背後へ回り込み、地面に手をついて詠唱を始めた。
「Carcer Metalli」
床から鉄柱が次々と突き出し、瞬く間にホレス様の周囲を囲む。
「うおっ!?」
ホレス様は炎を纏って無理やり抜け出すがその瞬間、ホレス様めがけて鉄柱から破片が雨のように降り注いだ。
ホレス様は交差させた腕に炎を纏って防ぎ、笑った。
「ほぉ〜、やるやん。頭ええ戦い方やな。今のは痛かったで」
「……ホレス様も流石の火力です」
「どんどん行くで!ついてこれるか!」
ホレス様は右手を翳す。
「Procella Ignitum」
再び魔法陣が展開され、空気が震える。
巨大な炎陣が地を焦がし、熱風が押し寄せた。
ホレス様は天井を焼き尽くすほどの炎の竜巻を立ち上げる。
鉄柱は音を立てて崩壊し、爆風が僕を襲う。
僕は地面に手をつけ詠唱する。
「Scutum Impenetrabile」
大地の奥底にある鉱脈が呼応し、灰銀色の光が円を描く。
地面が隆起し、分厚い金属の壁が僕を包み込んだ。
炎の竜巻と鉱の防壁がぶつかり合い、轟音が会場を揺らす。
観客席のざわめきが止まない。
煙の中で、二人の影が揺れる。
「ははっ……まだ立っとるんか、ノア!」
「……もちろんです」
(あれほどの威力がある炎魔法を防ぐことができる水魔法は使えないから、鉱魔法を使ったけどあの一瞬で破壊するなんてすごいな…)
僕たちが放った魔法の影響で、地面が隆起していた。
僕の額には汗がにじんでいたが、その目は一切揺らいでいなかった。
ホレス様の炎もなお燃え盛り、拳を鳴らす音が響く。
互いに息を整え、次の一手を探る。
頭脳と本能。
鉱と炎。
会場の空気が緊迫する。
ホレス様の足元に三重の赤色の魔法陣が展開され空気が震える。
(……来る。これは上級魔法!)
「上級魔法や!」
「ホレス様の年であれはまだ早いんじゃ……!」
観客席はどよめく。
ホレス様は片目を細め、笑った。
「悪いなノア。ここで決めさせてもらうで!」
「Infernum Crematio!!」
魔力が奔流となって天へと突き抜け、空全体が赤く染まる。
炎が唸り声を上げ、巨大な魔方陣が宙に展開された。
天地が赤に染まる。
炎の雨が降り注ぎ、地面を焦がし、空気を焼く。
観客の悲鳴と共に、熱が押し寄せた。
(これは……っ、避けきれない!)
僕は歯を食いしばり、右手を地面に押し付けた。
「Aegis Thermalis, Metallum Frigidum」
銀と青の魔法陣が輝き、地中から金属の防壁が立ち上がる。
表面はすぐに赤く焦げつくが、金属の防壁は炎の直撃を受け止め、内部では金属が炎によって溶融し水によって冷却して結晶化するを繰り返して熱を吸い取る。
炎は一瞬、勢いを削がれ、空気が震える。
熱の息が金属の内部へと引き込まれていくのが見えるようだった。
さらにノアは金属の層を重ね、防壁をぴたりと閉じる。
外からの酸素供給が薄れ、燃え盛る炎は徐々に勢いを失っていった。
ーー静寂。
風が吹き抜け、炎の名残がゆらめく。
その中で、僕がゆっくりと歩み出た。
肩で息をしながらも、瞳はまっすぐ前を見据えている。
金属の防壁は、黒く焦げたが形を保ったままだ。
「……防いだ、やと?」
ホレス様が呟き、次の瞬間、豪快に笑い出した。
「ははっ!やっぱお前、面白いやん!」
炎が弱まり、熱がようやく引いていく。
焦げた地面の上で、二人の視線が再びぶつかる。
会場に、再び緊張が戻った。
ーー勝負は、まだ終わっていない。
「なぁ、炎魔法もいいけどカエルム伯爵家の時律魔法見たいよな!」
「わかる!せっかくだし血統魔法見たいよね!」
観客のざわめきが波のように広がる。
(あーあ。他人はみんな勝手や。俺の苦悩や努力も知らんと好き放題言っとる)
(俺やって使えるならとっくに使っとる……)
◇
俺はカエルム伯爵家の長男として生まれた。
カエルム家は代々、時律魔法で名を馳せた家柄や。
時を操る最強格の魔法ーーそれが、俺たちの血統。
けどな、この魔法には代償がある。
使いすぎれば、時が自分を蝕み老化や消滅のリスクがある。
最悪は死ぬ。
ただでさえ短命な家系やのに、そんなもん使えるか。
(俺の炎魔法を見てくれ。俺は時律やなくて、炎で勝負したいんや!)
でも現実は残酷や。
どれだけ炎魔法を極めても、周りが見るのは血統の力ばかりや。
時律魔法を恐れてか触れると祟られるなんて噂まで立っとる。
悔しい。
見返してやりたい。
血統なんかで俺の人生を邪魔されたくない。
だから俺は努力した。
命を削るように練習を重ね、ついに上級魔法を手に入れた。
——それでも。
今、俺の渾身の一撃を防いだやつが、目の前におる。
(俺の炎の上級魔法が……防がれた?)
(あーあ、渾身の一撃やったのになぁ……)
(……けどな、落ち込んでる場合ちゃう!)
頬を叩き、笑みを浮かべる。
(しっかりせぇよ、俺!まだ終わっとらん!)
——二人の戦いの結末は、すぐそこまで迫っていた。




