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11. ベラトリウム ③

『前回のあらすじ』


魔術の部準決勝。

ノアはフォルティヴァの三重魔法を幻影でかわし、勝利を収める。

試合後、二人は固く握手し、互いの健闘を誓い合った。

一方その頃、剣術大会の会場ではルカス対アヴィアの試合が始まろうとしていた。

二人は向かい合い距離を取る。


「さぁて、私の速さに着いてこられるかしら?」


開始の合図と同時に、アヴィア=テンペスタ子爵令嬢の姿が掻き消えた。

観客の誰一人、子爵令嬢の動きを目で追えない。


「――っ!」


一瞬、空気が裂けた。

彼女の踏み込みから斬撃までが一息に繋がる。

足運びは地を滑るようで、砂埃すら遅れて舞い上がるほどだった。


(これがテンペスタの剣……)


剣を縦に斬り下ろし剣先が俺の頬をかすめ、衣の端が裂けた。


「ちゃんと避けないと、怪我するわよ!」


子爵令嬢は愉しげに笑う。


次の瞬間、連撃が襲いかかった。

突き、返し、斬り下ろし――その一つひとつが淀みなく連続し、まるで舞うようだ。

速い。

まるで彼女の周囲だけ時間の流れが遅くなっているようだった。

しかし、俺の瞳は鋭い剣閃の中に、一瞬だけ生まれる隙を見抜いていた。


三度目の突きを放った瞬間――。


「っ!」


アヴィアの剣が弾かれた。


「えっ!?」

「見えた!」


俺はその勢いを正確に捉え、逆に踏み込んだ。

音もなく剣先が子爵令嬢の首筋へと走る。


「やるじゃない……」


彼女は息を吐き、わずかに笑みを見せた。


「勝者、ルカス=ラ=オルディス!」


審判の声が響く。

一瞬の静寂ののち、会場は歓声に包まれた。

誰もが悟った。

これは力ではなく、見切りによる勝利だと。

子爵令嬢は軽く剣を下げ、礼を取る。


「流石は帝国で噂の天才剣士ですね」

「やめてくれ。君の剣も見事だった。速さと技、両方を備えている」

「ありがとうございます。光栄の極みです」


彼女は少し顔を伏せ、息を整えると口を開いた。


「試合中の失言、この場をお借りして謝罪いたします。申し訳ございませんでした」

「いや、気にしていない。また剣を交わそう」

「もちろん。喜んで!」


中央で握手を交わし、観客から大きな拍手が送られた。

俺は剣を納め、静かに控室へ向かう。

控室に戻ると、ヴァノが椅子に腰をかけて待っていた。


「おめでとう、ルカス!勝ち上がると思ってたよ」

「そうか。……主催者が片方に肩入れしていいのか?」

「嫌な言い方だな。信頼しているだけだよ」

「それに、私が八百長をするはずがないだろ?」

「……そうか」


軽くため息をついたところで、

コン、コン、コン――と扉が叩かれた。


「ノアです」

「入ってくれ」


扉が開く。

ノアとユスティナが並んで立っていた。


「姉さん!?」

「ルカス、勝利おめでとう!」

「今回は来ないって聞いてたけど……」

「まあね、少し用事ができて。エクセリア公爵との謁見までに時間ができたから顔を出しておこうと思って」

「そう……か」

「ルカスもノアも、明日の決勝戦頑張ってね」

「もちろんヴァノ様も応援しておりますよ」

「ありがたく受け取っておくよ」

「じゃあ、私はこの辺りで失礼するわ」


ヴァノに一礼しユスティナが部屋を出る。


「で、お前は何しに来たんだ」

「おめでとうを言いに来たんだよ。理由なんてそれで十分だろ?」

「……好きにしろ」

「人に冷たく接しているといつか人望をなくすぞ」

「じゃあ私もこの辺りで失礼する」

「ノア、またね!」

「はい!」


ヴァノは微かに笑みを浮かべ、静かに部屋を後にした。

俺はその後ろ姿を少しだけ見送り、視線をノアに戻す。


(相変わらず何考えてるかわからないな…)



「ノア、着いてきてほしいところがある」

「はい!」


俺たちは会場を後にし、夕暮れに染まる街の路地へと足を進める。



夕日が赤く沈み、空が青と橙の境を描く。

城下の通りは灯り始めたランタンに照らされている。

ルカス様が向かったのは、かつて助けた女性の家だった。


「その後容体はどうだ?」

「おかげさまで女将さん元気になってきてるよ」

「まだ安静にしているがあと一、二週間もすれば元の生活に戻れる」

「せっかくだし女将さんに会っていってくれよ」

「いや遠慮しておく。元気ならそれでいい」

「代わりに頼みたいことがあるんだが……いいか?」

「ああ、もちろんだ。俺にできることなら」


ルカス様は手早く紙を取り出し、何やら書き始めた。


(何をしてるんだろ……?)


「よろしく頼む」

「ああ、任せろ!恩はちゃんと返す」

「そういえばお前ら明日の決勝戦にでるんだろ?」

「ほら、うちの串焼きだ!これ食ってスタミナつけな!」


僕とルカス様に串焼きを手渡してくれた。


「感謝する」

「ありがとうございます」



夕闇が迫る街角。

一瞬、空気がざらりと震えた。


路地の先に、男女二人組が立ちはだかり、僕たちの帰路を塞いだ。


男性は百八十センチを超える大柄な体格。

右頬に古い傷跡、腰には長剣。

一方の女性は、年齢不詳の小柄な姿。手には棒付きの飴をくわえ、にこりと笑う。


僕はルカス様の前に出て、わずかに身構えた。


「うわあ〜本物のルカスとノアじゃん!二人ともイケメンだねぇ!」


軽い声。

敵意は感じないが、どこか底の読めない明るさ。


「どちら様でしょうか?」

「あー、ごめんね。挨拶してなかった!」


女性は楽しそうに飴をくるくる回しながら言った。


「私はセレナ=カリグラでこっちがレオン=ガイウス。私たちのことは名前で呼んでね!」

「お前、勝手なこといってんじゃねよ」


レオンがセレナの口を軽く引っ張る。


「痛ったいなぁ!!バカレオン!」

「……僕たちに何か御用でしょうか?」


僕は相手のペースに巻き込まれないよう、冷静に問う。


「二人とも今日の準決勝勝利おめでとう!」


セレナは笑顔で手を叩いた。

けれど、その目だけは笑っていなかった。


「ありがとうございます。要件は以上ですか?」

「えぇ〜!ノアは冷たいなぁ?」


レオンが舌打ちする。


「早く本題に入れよ。このクソババァ」

「うるさーい!私に指図すんなよクソガキ!」

「あ、ごめんね?コイツうるさくて!」

「で、ここからが本題!」

「君たち、私たちの元へ来ない?」


彼女の声色が一瞬で変わる。

空気が張りつめた。

僕とルカス様の間で、警戒の気配が走る。


「……どういうことだ?」


ルカス様が一歩前に出て、僕の隣に並んだ。


「言葉通りだよ?私たちと一緒に来て面白いことやろって話」

「せっかくの提案だが断る」

「いいの?これから怖いことが起こるよ。後悔しない??」


その声音には、冗談めいた軽さと冷えた真実味が混ざっていた。


「何が言いたい?」

「ならいいや!また会おうね〜二人とも!」

「待て!」


次の瞬間、セレナの右手に青い魔法陣が浮かぶ。

霧が立ち込め、視界が白に覆われた。

霧が晴れたとき、二人の姿はもうなかった。


(……一体、何者なんだ)


風が一陣、街を抜けていった。

穏やかな夕暮れのはずなのに――空気のどこかに、嵐の前のような張りつめた気配があった。

まるで、明日何かが起こると告げているかのように。


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