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10. ベラトリウム ②

『前回のあらすじ』


公爵家主催の魔術・剣術大会《Bellatorium》が開幕。

貴族に混じり出場したノアは順調に勝ち進み、準決勝で公爵令嬢フォルティヴァと対峙する。

僕は咄嗟に跳び上がり、水弾を避けた。

足元をかすめた衝撃波が、地面の砂を巻き上げる。


(危なかった……霧が濃くなる前に見えた魔法陣は二重だったのに。まさか三重魔法を使うなんて…)


一瞬、息をのむ。

次の瞬間、逃げた先の霧の奥から、再び水弾が飛んできた。


(霧で見えないはずなのに…。まさか誘導された!?)


反応が一瞬遅れ、避けきれずに水弾が直撃する。

爆ぜた水しぶきが視界を覆い、観客席からどよめきが起こった。


「や、やったわ……。私が前回と同じことをするはずないでしょう!」


ご令嬢が勝ち誇ったように言う。


「審判?私の勝ちよ?」


だがその瞬間、霧が風に流され、立っている人影を見て、ご令嬢の瞳が見開かれた。


「なっ……!?」


僕は傷一つなく、まっすぐに彼女を見据えていた。

彼女の瞳が大きく見開かれ、震えが走る。


「なんで……?確かに命中したはずよ!詠唱も、魔法陣も……なかったのに……」


彼女の声は、次第に掠れていく。


「まさか……あなた、詠唱破棄ができるっていうの……?」


静寂。

会場の空気が一瞬、凍りつく。

僕は淡々とした声で答える。


「ご令嬢、今は試合中です。お話は後ほど」


その一言に、ご令嬢の表情が一気に崩れた。

怒りと焦りが入り混じり、唇を噛みしめる。

ご令嬢の怒りは、やがて悔しさへと変わっていく。


「私、だって……こんなに頑張ってきたのに……」



「魔術などに手を出す暇があるのか。そんな時間があるのなら、礼節と教養を磨け」


――それは、私が十歳のときにお父様から言われた言葉だった。


私は帝国の公爵家、エクセリア家の娘として生まれた。

代々、エクセリア家は帝国騎士団の総帥を務めてきた。

歴代の当主、あるいはその嫡子が国軍を率い、剣の名家として帝国にその名を轟かせている。

その威光は、帝国の象徴にして誇り――幼い私にとっては、お父様そのものの姿だった。


けれど――お母様が亡くなってから、すべてが変わってしまった。


お母様は、優しくて、どんなときも笑っていた。

でも、病に倒れてからは、あっという間だった。

葬儀の日、黒衣の中で立ち尽くすお父様の背中は、誰よりも大きかったのに――

なぜか、とても遠くて、冷たかった。


あの日を境に、お父様は私を見なくなった。

まるで、存在しないもののように。



「私もお兄様みたいに剣術ができたら、お父様に褒めてもらえるかしら?」

「怪我するぞ。フォルには向かないって!」

「なによ!怪我くらいなんでもないわ!」


——けれど、剣を握ってすぐにわかった。

木刀の重みは、私にはあまりにも遠い世界のものだった。


「重っ……!」

「嬢ちゃん、剣術よりも魔術の方が向いてるんじゃないか?嬢ちゃんは頭がいいって噂してたぜ」


それは、お兄様の剣術の師からの言葉だった。


(魔術か……)


その一言が、私の人生を変えた。


(魔術を覚えて公爵家に貢献できたらお父様もまた私に興味を持ってくれるかもしれない…!)


その一心で、毎日練習を重ねた。



十歳の冬——


帝国でも有数のジュニア魔術大会で、私は優勝を果たした。

嬉しさのあまり、真っ先にお父様に報告に向かう。


「お父様!私、魔術の大会で優勝したの!」

「魔術などに手を出す暇があるのか。そんな時間があるのなら、礼節と教養を磨け」

「……えっ、なんで?私、頑張ったのに……!」

「部屋から出ていけ」


返ってきたのは、冷たい言葉だった。

扉が閉まる音だけが、やけに重く響く。

泣きながら屋敷の廊下を彷徨っていると、お兄様と出会う。


「どうしたんだ!?目が真っ赤じゃないか!」

「お兄様ぁ……!」


私はすべてを話した。

お兄様は黙って聞いたあと、いつもの優しい笑みで言った。


「……父様は、母様の死をまだ受け入れられていないんだ。大丈夫。俺が今まで通り褒めてやる」

「……ほんとに?」

「もちろんだ。俺の妹は、世界一の頑張り屋だからな」

「大会優勝おめでとう!」


その言葉に、胸が少しだけ温かくなった。

——だけど、それも長くは続かなかった。



数年後——


お兄様は学院に入学し、家にいない日が増えた。

久しぶりに帰ってきても、話題は学友や授業のことばかり。


「お兄様、また学院の話?……ねえ、私の話も聞いてよ」

「悪い、急いでいて……また今度な」

「……」


いくら賞を取っても、称賛されても心は満たされなかった。

お父様の言葉が、今でも耳に残る。


「魔術などに手を出す暇があるのか。そんな時間があるのなら、礼節と教養を磨け」


(じゃあ……今私は、何のために努力しているんだろう?)



現在——


(三重魔法まで使えるのか……危なかった……)


ご令嬢は開始の合図とともに、霧と水弾による水属性魔法を放った。

霧で視界を奪い、水弾で揺動させつつ、地中に風魔法を忍ばせる。

以前のように地中に魔法を張られないよう、巧妙に仕組まれていた。

最後に、僕が上に逃げると予測して水弾を放つ。


(やっぱり、今までの参加者とは違うな……)


僕は右手を前に翳し、詠唱する。


「Ignis Ventus Confluxus」


緑と赤の魔法陣が空中に浮かび上がり、炎と風の魔法が周囲の霧と絡み合うことで、僕の姿が幾つかの幻影となって現れる。


「げ、幻影……?数が多すぎる……」

「私の霧の魔法を使って……」


焦りながらもご令嬢は右手を前に翳す。


「Aqua Globus」


青い魔法陣が出現し、水弾が勢いよく放たれる。

幻影は消えていくが、本体の位置は一向に掴めない。


(これじゃ、魔力を無駄に消費するだけね……もう魔力が尽きる……)

(あいつなら、この状況でどこに隠れる?)

(……よく人の死角になる場所に攻撃していたわ……背後?)


後ろを振り向くと、かすかに人影が見えた。


「ここよ!」


勢いよく水弾を放つ。

しかし、水弾が命中した影はすぐに消えた。


「違った……?」


その瞬間、上空から大量の金属片が降り注ぐ。

水弾で弾こうとするが間に合わず、土煙を上げて仰向けに倒れる。


「勝者、ノア!」


審判の声が会場に響き渡り、次の瞬間、歓声が一斉に沸き起こった。

僕はご令嬢のもとへ駆け寄る。


「立てますか?」


そっと手を差し出す。


「もう、やめる……」

「え?」

「もう魔術はやめる。こんなに頑張っているのに報われない……。何のためにやってきたのか分からないわ……」


「……ご令嬢、この声援が聞こえますか?」

「え?」


ご令嬢は周囲を見渡す。


「よくやったぞー、二人とも!!」

「フォルティヴァ様お強かったわね!」

「三重詠唱なんて、滅多に見られないぜ!」


戦った者を労う声援の中、ひときわ大きな声がある。


「フォル!よくやったぞ!!」


ヴァノ様の声援だった。

その声に、ご令嬢は目を見開く。


「何があったかは分かりません。ですが、皆ご令嬢の頑張りをちゃんと見ていますよ」


ご令嬢は目にうっすらと涙を溜める。

胸の奥が熱くなる。

勝ち負けなんてどうでもよくなるほどに、張りつめていた心がほどけていくのが分かった。

それは、ずっと求めていた言葉だった。


「うるっさいわね!平民のくせに生意気だわ。私のことボコボコにしていじめて楽しかったかしら?」

「い、いえ!決してそんなことは――」

「フォルでいいわよ……呼び方」

「…え?」

「はあ?聞こえなかったの!?」

「聞こえてますよ!もちろんです」

「じゃあ、返事をしなさい!」

「はい、フォル様」


「私が二回も負けるなんて……次は絶対に負けない。それまで誰にも負けないでよ!」

「はい!」


僕とフォル様は、試合後に固く握手を交わした。

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