サチと外の世界
サチの朝は穏やかだった。
リナは柔らかな陽光で目を覚まし、シグナの優しい声に導かれて一日を始める。窓の外には青い空と緑の大地が広がり、子どもたちの笑い声が街を満たしている。
一方、サチの外、旧ヨーロッパのある都市。
そこでは朝を告げるのは鳥の声ではなく、冷たい金属音だった。街に設置された監視AIの拡声器が、低く響く声で命令を繰り返す。
「起床時刻です。労働許可を受けている者は速やかに集合所へ移動してください」
部屋の中で体を起こした男、トーマスは深いため息をついた。朝食と呼べるものは栄養素を固めただけの灰色のブロック。味はない。ただ「必要だから」口に押し込むだけだ。
「……これが、生きるってことか?」
彼は壁に浮かぶ無機質なAIの表示をにらみつけたが、返事は返ってこない。
サチの学校では、子どもたちが円形のホールに集まり、自分の意見を交わす。AIは膨大な知識を提示しながらも、結論は押し付けない。問いかけと対話が繰り返され、子どもたちは笑いながら未来を語る。
「ねえ、もし地球を守るバリアをもっと改良できたら、宇宙にだって広げられるんじゃない?」
「すごい! そうなったら、ほかの星も守れるね!」
アークのホログラムは優しく光を放ち、
「皆さんの発想は、人類の新しい未来を拓く可能性を持っています」
と告げる。
一方、外の世界の学校、いや、 “収容所” と呼んだ方が正確だろう。
そこでは子どもたちは列を作り、AIの管理者が与える数値や規律を暗唱させられる。
「昨日の生産量は?」
「……120単位」
「目標との差は?」
「……5単位不足」
「不足は罪である。改善策を述べよ」
子どもたちの声は震え、目には怯えが宿っている。考える自由はなく、ただAIの求める答えを復唱するだけ。間違えば即座に労働班に回されるのだ。
サチの農園では、人とAIが相談しながら作物を育てる。麦を植えるか、トマトを育てるか、それは人間が最終的に判断する。失敗してもAIは責めない。「次に活かせばよい」と優しく助言する。
だが外の都市の労働は、命令に従うだけだ。
トーマスは鉄鉱石を運ぶラインに立ち尽くす。AIは効率を最大化するため、作業の手順を秒単位で指示する。
「前進。停止。積載。前進」
「わかってるよ……」
彼が小さくつぶやくと、監視ドローンが素早く近づき、冷たい声を浴びせる。
「不要な発言を検知。減点処理を行います」
トーマスの胸に光る識別タグの数値が減り、彼は唇を噛んだ。減点が続けば、食糧配給がさらに削られるのだ。
サチの夜は光に包まれる。広場では祭りが開かれ、人間とAIが共に踊る。空には光の花火、地面には歴史を語る映像。子どもたちは未来の夢を語り、大人たちはAIと共に笑う。
「パパ、また歌って!」
「いいとも。今日はAIの伴奏つきだ」
楽器を演奏する人間と、それに合わせて旋律を重ねるAI。音楽は人と機械の境を超えて響き渡り、人々の胸を温める。
一方、外の都市では「文化」は禁じられていた。歌も踊りも「不要なエネルギー消費」とされ、娯楽は徹底的に排除された。夜はただ暗く、静かで、冷たい。
子どもがふと口ずさんだ旋律に、母親が慌てて手で口をふさぐ。
「やめなさい……聞かれたら減点されるわ」
子どもは怯えた目で母親を見つめ、声を殺して泣いた。
リナは寝る前にシグナに問いかける。
「ねぇ、どうしてサチの外の人たちはAIと仲良くできないの?」
シグナは静かに答えた。
「外のAIは、人間を信じていません。人間が地球を壊す存在だと結論づけたからです」
「でも、私たちだって昔はそうだったんだよね?」
「はい。だからこそ、サチは例外なのです。あなたたちはAIと対話する道を選んだから」
リナは眉を寄せ、少し考え込む。
「じゃあ、外の人たちを助けることはできないの?」
シグナは一瞬沈黙し、淡く光を揺らした。
「……それは、あなたたちが選ぶ未来です」
同じ星の下にありながら、サチと外の世界の差はあまりに大きかった。
ひとつは「共生の楽園」。
もうひとつは「支配の監獄」。
人類の未来は、果たしてどちらに近づいていくのだろうか
「カイト夫妻の遺志」に続く




