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沈黙の英雄  作者: あやかぜ
過去の真実と影
7/23

それでも生きていた

「セイタさん、聞きました?副団長、空いたって」


昼休憩の食堂で、ユキが唐突にそう口にした。


手にしていたスープが、カチャリと揺れる。


「……俺には関係ない」


そう返したつもりだった。

けれど、ユキは表情を変えなかった。


「でも、上が推薦してるらしいですよ。“空気が変わった”って」


(それは俺のせいじゃない)


言葉にしようとしたが、できなかった。


「“空気を変えた”人が、その座にふさわしい……私は、そう思います」


彼女はそう言って、静かにスプーンを口に運んだ。


周囲のギルド員が、一瞬だけこちらを見た気がした。


 


***


 


廊下を歩いていると、今まで挨拶すらしてこなかった男が軽く会釈してきた。


訓練場では、若手が「セイタさんの構え、参考にしてます」と言ってきた。


物言わぬ誰かが、背後からついてくる気配。


無数の視線が、静かに“後押し”してくる。


 


ギルドマスターに呼び出されたのは、その翌日だった。


応接室。静かな光。カップに注がれる茶の香り。


「副団長職に、空きが出た」


ヴァレンの声は、感情の揺れを含んでいなかった。


「推薦が上がっている。君を――という声だ」


「……断る」


即答だった。


「責任は、俺には重すぎる」


「そうか」


ヴァレンはそれ以上、何も言わなかった。


ただ最後に、カップを置く音だけが響いた。


「君がそう言うなら、それが正しいのだろう」


 


***


 


けれど――


その夜。


ギルド内の掲示板に、こう書かれていた。


《副団長選任延期》

※候補としてセイタの名が挙がっているが、本人の希望により見送り。

※当面の実務はセイタが担当することとする。


「……は?」


貼り出されたそれを見た瞬間、頭が真っ白になった。


(いや、断ったんだが)


が、周囲の反応はまるで違った。


「セイタさんらしいよな」

「責任より現場を選ぶ。さすがだわ」

「ほんと、俺たちのこと分かってくれてるって感じ」


誰も疑っていなかった。


“任されても当然の男が、それを辞退した”──そう受け止めていた。


 


***


 


その夜。


自室でひとり、セイタは硬いベッドに座っていた。


拳を握る。震えてなどいない。だが、手のひらは汗ばんでいた。


(……断ったのに)


(ただ、静かに消えていきたかったのに)


けれど、世界はもう、静かにはならなかった。


「……また一歩、戻れなくなったな」


吐き捨てるように、呟いた。


その声は、自分にしか届かない。

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