しじまの手へようこそ
王都中央、《しじまの手》。
国が直轄する三大ギルドのひとつ。その名は、威光と栄光を象徴する。
──ただし、表向きだけなら、の話だ。
現場では、誰もが口を閉ざしていた。
金とコネでねじ込まれた戦力外の幹部。
数字だけを追う事務部。
「功績の横取り」と「責任のなすりつけ」が日常の風景になっていた。
それでも、外には漏れない。
腐り始めた肉は、表面だけ焼かれて、まだ旨そうに見える。
だから王は動いた。
《しじまの手》が完全に崩れる前に、一人の再建屋を送り込んだ。
その名は――セイタ。
***
鋼鉄の扉が静かに開く。
黒い外套の男が足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
重い風を背負ったような歩き方。無駄のない動作。迷いのない眼光。
その男に、受付嬢は反射的に背筋を正した。
「……ご用件を」
「セイタ。ギルドマスターに通せ」
静かな声だった。だが強かった。
“ああ、この人は強い”――周囲がそう思うのに時間はかからなかった。
名も知らぬ男。しかし“格”が違っていた。
(ギルマスが直々に呼んだ男か……)
誰かが、そんな噂を呟いた。
***
初任務は、B級依頼の小規模モンスター調査。
同行するのは、このギルドのエース――ギルズとそのチーム。
ギルズは、一瞥だけで警戒を露わにした。
「……あんたがセイタか。ギルマスに頼まれて動くってのは……よほどのことだな」
「そんなに構えなくていい。俺一人で十分だ」
「は?」
「お前たちは下がっていろ。万が一の時、足手まといになる」
言葉は荒げていない。なのに、全員が一瞬、言葉を失った。
静かな命令。全責任を背負うような言い回し。
だが何より、その眼の色が――“本気”だった。
ギルズのこめかみがぴくりと動く。
「……なるほど。そういう奴か」
その声には、焦りと――嫉妬が混じっていた。
***
森の中。モンスターの気配が漂う。
セイタは前に出る。
「ここから先は俺がやる。下がれ」
ギルズたちは躊躇したが、一歩引く。
セイタは武器に手をかけ、そして……何もしなかった。
十秒。二十秒。
ざわつく草むら。姿を現さぬ敵。
セイタはふっと肩の力を抜いた。
「やめだ。地形が悪い。ここは引く」
「……判断、早っ……」
取り巻きの誰かが呟いた。
ギルズが目を細める。だが何も言わない。
「全員撤退だ。命令だ」
セイタはそれだけを告げて、背を向けた。
誰も逆らえなかった。彼の空気に。
***
依頼は、ギルズの別ルートで完遂された。
セイタは一切手を出さずに、初任務を終えた。
それでも、ギルド内では小さな囁きが広がっていく。
――エースが従ったらしい
――戦闘はなかったが、空気は完全に掌握していた
――あの男、何者だ?
談話室の空気が微かにざわつく。
疲れ切った目をした隊長たちが、久しぶりに名前を口にする。
「セイタって……再建屋って噂、マジか?」
ギルズは無言で椅子にもたれたまま、天井を見ていた。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「……あれは、何もしてない。けど……“何か”を壊して帰った」
腐りかけのギルドに、確かにヒビが入った。
その正体が“救世主”なのか、それとも“災厄”なのか。
まだ誰にも、分からなかった。