緊張を優しく解す、君の言葉
そういえば、男子と並んで歩くなんて、これが初めてだよなあ。……結構悪くないかも。
緊張で疲れきった頭で、そんなことを考える。
「今日の面接、どうだった」
「全然、無理。緊張のしすぎでやばかった」
「俺は結構いけたかな」
「えー、ほんと?」
今日は入試。入試なんて、初めての経験で、緊張して、心臓が飛び出しそうで。しかも、この高校は結構難関。だから、うちの中学で受けるのは、私と片桐だけだった。片桐は同じクラスで少し話すぐらいの仲だったけれど、孤独な試験の中で顔見知りが一人でも居るのは心強かった。
「お前、面接で噛みすぎ」
「片桐だって、噛んでたじゃん」
「噛んでねえよ」
「噛んだ」
「噛んでねえ。例えば、どんなところで噛んだんだよ」
「んー」
私は唇に人差し指を当て、考えに沈んだ。
「覚えてない」
「だろ?」
「うん……。でも、絶対噛んだ」
「証拠も無いくせにゆーな」
片桐はふん、と鼻で笑えば、顔の半分をマフラーで隠した。
もう終わった今でも、緊張が持続していて、落ち着かない。吐き出した言葉が今にも震えそうだ。それは、彼も同じようで、唇が僅かに震えていた。それに寒い。吐いた息は瞬時に白く凍り、ふわりと消える。緊張の震え、寒さの震え。ずっと震えていると、背骨がきしむように痛くなった。
「その前の筆記とか、やばいかも」
少しでも緊張を和らげるように声を出す。黙っていると、震えが止まらなくなりそうだから、少しでも、何かを動かす。唇だけでも。
「確かに。数学の証明問題とか、意味不明」
「ああ、Bの座標を求めなさい、みたいなの、全然分かんなかった」
「俺はそれ解けた」
「うそっ」
「過去問で似たようなの出てただろ」
「そうだっけ……」
筆記問題のときも、普通の定期テストとは違う緊張感が漂っていた。終わったときに、片桐が振り返って、「どうだった」といつも通りの笑顔で聞いてきてくれたときは、強張った肩を優しく撫でられたような、妙な安心感があった。
「合格、出来るといいね」
「そうだな」
合格できる、と断言できないのがもどかしい。片桐は頭良いし、合格は確実だと思う。でも、「合格できるよ」と断定したように言うのは、無責任に聞こえるし、実際に決まったわけではないから、気休めにもならない。だから、「合格できるといいね」という曖昧な言い方しか出来ないのだ。
*
「あ、俺、こっちだから」
「ふうん。じゃあね」
「おう」
片桐はそう言って片手を挙げた。
後ろ姿を見ながら、私は小さな声で言った。
「気づけよ、ばーか」
すると、片桐は振り返る。溜め息と判別がつかないほど小さな声で言ったのに、聞こえてしまったらしい。ぎゅ、と胸を締め付けられた心地がした。
「なんか言った?」
「なんでもない」
私は、ふるふると首を横に振る。
「ふーん」
片桐はまた歩き出す。
「あ、そうそう」
そう呟いて、また振り返った。マフラーをずらし、片桐の顔の全体が見える。口元を歪ませ、笑っていた。今度は何。そう呟こうと口を開こうとした瞬間、ワンテンポ早く、片桐が声を発した。マフラーに隠され篭っていた彼の声が、急に透明になって私の鼓膜にストレートに響いた。
「とっくに気づいてるよ。お前が俺を好きなことぐらい」
呆気にとられている私を他所に、片桐は優しい笑顔で、一緒に合格しような、と言った。
少女マンガみたいな展開が書きたかったんですよね。
書いててすごく楽しかったです。
ご意見ご感想等、何かありましたらお気軽にどうぞ。