5 - 強引な誘い
試験期間はすべての部活が休みになる。五十嵐はロックバンドなどの音楽が好きで、軽音楽部に入ろうとしたが、体験会で部活の雰囲気が合わないと感じて止めてしまった。よくよく考えてみれば、三、四人でバンドを組んで練習に取り組むような協調性は持ち合わせていなかった。音楽は一人で楽しむことができる点が大きな魅力だ。それからどうしようと考えているうちに、結局帰宅部のまま時間が経ってしまい、放課後の教室で宿題を終わらせて帰るのが日課になっている。友達が付き合ってくれることもあるが、今日は五十嵐ひとりだった。
「おつかれー」
「おつかれ」
五十嵐はびっくりして肩を揺らすことはなくなっていた。高嶺の声を耳にすると、ノートから顔を上げ小さな微笑みを浮かべながら返事を返せるまでになった。高嶺は一瞬じっと五十嵐の顔を見つめて、それから口を開いた。
「五十嵐さー、今更だけど連絡先教えてよ」
「……え!?」
五十嵐は思ってもみなかった言葉に一瞬固まった。高嶺はそんな五十嵐に構わずスマートフォンを操作する。
「ほら、スマホ出して」
「あ、うん。ちょっと待って。何だっけこれどっから……」
「ここ。QRだして。……オッケー、スタンプ送ったから追加しといて」
「あぁ……」
有無を言わさぬ勢いで高嶺は五十嵐の連絡先を追加した。五十嵐もまたその勢いに押されて、言われるがまま新しい通知に許可のボタンを押した。突然どうしたのかと混乱しながら、新しくできたトーク画面に送られてきた犬のスタンプを眺める。混乱が伝わったのか否か、高嶺は珍しく言葉を継いだ。いつもなら、高嶺との会話の時間はもっと短い。
「明日からテスト期間で、期末終わったらもう夏休みじゃん」
「うん、まあ夏期講座もあるけど……」
「え、五十嵐あれ出るの」
「うん。夏休み別にやることないから」
「ふうん、じゃあまあとりあえずテスト終わったら遊ぼうよ」
「え?遊ぶ……遊ぶって……??」
この短時間で五十嵐は立て続けに困惑させられた。部活終わりに二言三言だけ話に来るクラスメイトに、遊びに誘われるとは思ってもみなかった。なにしろ、二人で話した時間はこの二週間で全部合わせても30分もないくらいなのだ。同じバンドが好きな者同士という薄っすらとした親近感はあるが、かといって友だちと言えるほどの関係ではない。仲良くなるタイプでもないのだ。確かにここ三週間ばかりの細やかな交流によって、今では高嶺に対する悪感情はほとんど消えていた。しかし、とは言え急に一緒に遊ぶとなると話が違う。高嶺を取り巻く高圧的な奴らに混ざって、カラオケだとかボーリングだとかーー彼らにとっての“遊び”がどんなものかさえ、五十嵐にとっては想像でしかないがーーをすることが、できるのだろうかと不安になった。それで何と返事をしようか迷っている間に、高嶺は「じゃ、またなー」と言って背を向けてしまった。Yes以外の返事が来るとは思っていないみたいだった。あれは質問とか誘いの文句ではなくて、命令だったのかもしれない。教室にひとり置いていかれた五十嵐は混乱しながら、とりあえず高嶺からのメッセージ画面にスタンプを返した。