おっさん冒険者、女の子の弟子を取る
冒険者としての全盛期と言うのは大体決まっている。
とある調査によると、冒険者ギルド所属の〈冒険者〉の平均年齢は22.16歳。
大体の冒険者が10代後半から20代前半の頃に冒険者活動を行っている。
そもそも、人の老化は20代からすでに始まっているらしい。
老いというのは恐ろしく、そして避けられぬ物であり、如何なる人間も老いには勝てない。
つまり何が言いたいか?
………30代のおっさんは、冒険者に相応しくないって事だ。
◇ ◇ ◇
俺の名前はライト
フルネームは、ライト・ディスティア。
今年で32歳になる〈冒険者〉である。
30代にもなって冒険者を続けてる奴は稀だ。
殆どの同業者は30代を越えたーー或いは、近付いたーータイミングで冒険者を辞める。
つまり、引退だ。
まぁ、もうその年齢になると色々と無理なのだ。
…冒険者と言うのは、時に何日も掛けて依頼達成の為に遠方まで遠征し、必要とあらば野宿をし、目的地に着いたなら着いたで、殆ど休むこともなく危険な〈ダンジョン〉に潜ったり、凶悪な〈魔物〉と命を賭けた戦いを行う職業である。
そんなこと、『おっさん』と呼ばれても可笑しくない年齢の人間には無理なのだ。
絶対何処かで体が悲鳴を上げる。
そうなって命を落とす前に、大体の人は辞めていくのだ。
そして、年齢を理由にした引退は、冒険者としては最高の引退の仕方と言われている。
何故ならソレは、大きな怪我を負うことも無く、命を落とすことも無く、全盛期の終わりまで冒険者稼業を全うしたと言う事の証明なのだからだ。
…有り難いことに、この世界は仕事に溢れている。
冒険者を辞めても、他に手に職を得ることで残りの人生を過ごすことは十分可能だ。
知り合いは皆そうした。
故郷へ戻った奴も居る。
しかし、俺は未だ〈冒険者〉と言う物にしがみついている。
何故かって???
…なんというか…冒険者以外をやっている自分が想像つかないのだ。
この仕事を始めてから16年。
溜め込んだ貯金を使えば、冒険者を明日辞めても5年程度は遊んで暮らせるだろう。(むろん、遊び過ぎたら駄目だが)
その間に第2の仕事を探せば良い。他の人は皆そう言う。
しかし、それでも俺は冒険者を辞めて居ない…いや、辞められない。
これが天職、と言うレベルで自分の身に染み付いてしまったのだ。だがら、俺は続けている。
ーー無論、老いには勝てないのだから、昔より出来ることは減っている。
しかし、ソレでいいのだ。
若手に比べれば体力も力も無いが、その分を補うように、積み上げた経験と知識、そして技術で俺は戦う。
そう、俺は心掛けている。
◇ ◇ ◇
「あ、ライトさん!こんにちは〜!―――冒険者ギルドテロミア支部へようこそ〜!依頼を探しに来たのですか?」
茶色のポニーテールが、笑顔と共にふわっと揺れる。
ギルドの受付嬢のアンナさんだ。
この人の笑顔で癒される冒険者は数知れず、かくいう俺もまた、その1人である。
「あぁ。なんか良いの無いかな?俺みたいなおっさんでも出来そうな物。」
「なるほど〜。そろそろ来る頃だと思ってましたよ〜。」
アンナさんはニコッとほほえんだ。可愛い
あと、何気に俺の行動パターン(ある程度数の依頼を一気に受けて報酬を稼ぎ、それが少なくなったらギルドに依頼を受けに来る)が読まれている。
「でしたら、常設依頼に1つ新しいのが出たんですよね〜〜。先日〈日溜まり草〉を納品してほしい方が見えまして〜。」
喋りながら、彼女はペラペラと分厚いバインダーを捲っていく。
「取り敢えず数が欲しいとのことでしたので、沢山の方に受けてもらおうと、常設依頼の方に出させて貰ったんですよ〜。
あ、コレです。既に5人の方が受注されてますね〜。最低ノルマは40本で、追加10本毎に依頼主から追加で報酬が加算されます。どうされますか?」
「ほぉ。…なかなか良い依頼だ。受けるよソレ。納品期限は?」
「来月末までです〜。それを過ぎると納品不可となりますので、それまでの間に納品お願いしますね〜。」
「了解。場所は何処でも良いのか?特にこだわりとかは無いか?」
「特に無しですね〜。近場なら、ゲヘンナ樹海をオススメしときますよ〜。片道30分そこらで着きますしね〜。」
「そうだな。そうするよ。」
「では、受注成立ですね〜。」
ダン、とスタンプを依頼書に押すアンナさん。
そして依頼書の控えを受け取った俺は、彼女に礼を言うとギルドを後にした。
◇ ◇ ◇
「さて。先ずは準備だな。」
―――ギルドから依頼を受けたら即出発…とは残念ながらいかない。
どんな事をするにしても(例え納品クエストだとしても)、準備は大事だ。いったん街の片隅にある家へ戻り、持ち物をチェックする。
「―――魔物よけの香、水筒に非常食と火種だろ?……あと…袋を余分に持っとくか。
道中で、なんか目ぼしいのを見つけたら拾っていけるし。」
そんなこんなで準備は完了。
いざ、出発だ。
「とは言っても、歩いて30分なんだけどな。」
独り言を呟きながら、街の外の舗装された道を歩く。目指す場所は、俺が拠点とする辺境の街〈テロミア辺境街〉の外に広がる樹海―――〈ゲヘンナ樹海〉だ。
馬鹿みたいに広い樹海で、森の手前は木々が疎らで危険度も低いが、奥へ行けば行くほど木々が鬱蒼としてきて、現れる魔物も強くなる。
「ま、日溜まり草は森の奥にいかずとも取れるから、楽できそうだな。良かった良かった。」
そんな事を呟きながら、俺は歩き続ける。
やがて、目的地である樹海の端に造られた、木造の小屋に俺は辿り着いた。
この小屋は、ギルドが管理している冒険者用の休憩小屋であり、森へ入る人達の為の拠点ともなるモノだ。
「…さ。始めるか。」
持ち物の最終チェックを終え、俺は気合を入れて森の中へ足を踏み入れる。
「……お、毒消し草。こっちは火膨れ茸か。ニョキニョキ生えてんなぁ〜。」
森の中を歩きながら、目についた物を採取していく。
こういうのは、後でギルドに渡して換金して貰うのだ。或いは自分で使っても良い。
「―――おぉ。パチパチベリーがいっぱい青い実を付けてる。今季は豊作になりそうだ。」
森を歩くのは結構楽しい。
歩いているだけで、色んな発見がある。昨日通った道が、今日も同じ景色とは限らない。
季節によって、いろんな姿を見せてくれるのも森の良い所だと俺は思う。
そんなふうにして森を歩いている時、俺は木漏れ日の中に生えている、背の高い植物を見つけた。
微かに吹く風で、ユラユラと気持ち良さそうに葉を揺らしている。
「あったあった!日溜まり草だ!」
俺は日溜まり草に近付くと、優しくそっと根元から引き抜いた。
日溜まり草は薬草の一種で、文字通り薬(冒険者用の魔法薬では無く、市販薬の類いだ)として使う事が出来る。コレ1本で、鎮痛・解熱・抗炎症と、結構何でも出来る万能薬草なのだ。
ただし、少し手に入りづらい。
今もたった1本しか手に入れられなかった。周りも見渡してみたが、あの特徴的な背の高い姿は見当たらない。
「……あと39本。コレは、長い道のりだな。」
元々1日で終わるとは思っていない。
依頼主もそれを考慮して、長めの納品期限設定にしたのだろう。
「ま、のんびりやってくか。」
取り敢えず今日は10本を目安にしようかな、なんて考えながら森の中を歩いている時だった。
「……ん?―――近くで何か起きてんな…」
木々の合間から微かに音が聞こえてきて、俺は足を止める。
草木を掻き分ける音。枝を踏む足音。何かが空を切る音。
…戦闘音だ。
「ぁッ!」……ガサガサッ!
続いて人の声がして、茂みの上に何かが倒れる様な音が聞こえる。十中八九、人が倒れた音に違いない。
(――――良くなさそうだな。)
俺はその場から駆け出した。
音の聞こえ方からして、前方に100メートル程離れた場所で、戦闘が起きているのだろう。
生え並ぶ低木をすり抜け、少し開けた場所に出る俺。
其処には、地面に倒れ伏した髪の長い少女と、そんな彼女に近づく2つの影があった。
(2本の角に緑の皮膚―――小鬼か!!)
しかも、1匹は手製の弓を持つ弓兵で、もう1匹は少し黒ずんだ皮膚と一回り大きい体躯を持つ、黒小鬼の様である。
倒れ込む少女の横には3匹の小鬼の骸が転がっていた。側には細身の剣も落ちている。
服装と状況から見るに、少女も冒険者で、森を移動中に小鬼の小部隊(小鬼達が獲物を探す時に組むパーティーのような物だ)に遭遇、交戦し3匹仕留めたものの、そこで傷を負わされたと言ったところか。
若手冒険者はギルドの未来。失う訳にはいかない。
その一心で、俺は素早く懐から投げナイフを取り出し投擲する。狙うは、コチラに気付いて弓を構え始めた弓兵だ。
微かに放物線を描いて飛んだナイフは、弓兵小鬼の眉間に、狙い通り突き刺さった。
ドサッ、と弓兵小鬼が弓を取り落として倒れ込む。
そのまま速度を落とす事なく、俺は黒小鬼へ近付くと、腰の剣を抜刀した。
キラリと煌めく鋼の剣が黒小鬼に迫る。―――が、初撃は止められた。
「ギギッッ!!!」
「ッ!」
ガチンッと音が鳴り、火花が舞う。―――相手も剣を持っていたのだ。
(石剣―――しかも良質なヤツか!)
石の剣とは思えない程磨かれたソレは、黒小鬼の実力を暗に示している様だった。
「ギッ!」
体格的に俺との鍔迫り合いは不利と悟ったのか、黒小鬼はバックステップで俺と距離を取る。
そのまま逃げてくれても良かったのだが、どうやらそうはしないらしい。
石剣を構え、俺をギョロリと睨み付けてくる。
「殺る気か。」
「グギギッ。」
距離を空けて相対する俺と黒小鬼。
ふと、後ろで少女が身じろぎした気配がする。
「―――!」
ほんの微かに背後の少女に気を取られた瞬間、黒小鬼が大地を蹴って攻めてきた。
「ちッ!」
背後の少女に何かあってはいけないので、俺はその場で黒小鬼の斬撃を受け止める判断を取る。
流れるような振り下ろしを剣の腹で防ぎ、下から掬い上げるようなカウンターを放つ。
しかしそれは回避され、鋭い突きが飛んで来た。
「ッ!」(速い!)
それを身体を捩って半身で回避。
お返しにコッチも突きを放ち、黒小鬼の肩に刃を掠らせることに成功する。
尚も放たれる黒小鬼の突き。
繰り出される刺突を、横から剣で弾く事防いだ俺は、突きを弾かれて体勢を崩した黒小鬼目掛けて、蹴りを放つ。
「ギャンッ!!」
地面に蹴り倒される黒小鬼。倒れたところ目掛けて剣を振り下ろすが、黒小鬼は横に転がって俺の攻撃を避けた。
素早く起き上がり、蹴られた脇腹を押さえながら、俺から距離を取る黒小鬼。
俺は剣先を奴に突き付けながら、敢えて威圧する様に歩幅を大きくして歩み寄る。
「…ギ…!」
一瞬黒小鬼は怯んだものの、直ぐに剣を構え直して向かって来た。
「まだ来るか!」
俺は黒小鬼の剣を受け止める。俺との鍔迫り合いを避けて、黒小鬼は距離を取ろうとするが、俺は一気に前に踏み込んで、距離を一定に保ち続けた。
そのまま、ほぼゼロ距離で互いに剣戟を交わし合う。
幾度となくぶつかる刃。
余り刃と刃の接触が多いと、深刻な刃毀れを引き起こすので、防ぐのは避けられない攻撃のみに絞ってある。
しかし、その「避けられない攻撃」の数が結構多い。
かなり戦闘慣れした黒小鬼なのか、コチラの急所を的確に、且つ絶妙なタイミングで狙ってくるのだ。
―――だが、ギリギリ俺の方が上かもしれない。
相手に掠る攻撃が、少しずつ増えて来た。一方で、黒小鬼の攻撃は俺に当たってはいない。
もちろん、危ない場面は何度も有ったが、それは防いだり躱したりする事で、回避出来ている。
そうする内に、黒小鬼に目に見えて焦りが生まれてきた。そして、もう1つの「感情」も。
――――奴らは〈魔物〉だが、知能を持つ。
人程賢くは無いとは言え、それでも確かに知能がある。
しかし、知能があると言うことは、ある意味では枷になることも有るのではないか、と俺は考えることがある。
その枷の正体は、「感情」だ。―――高い知能が、より複雑な「感情」を生み出すのであれば、子鬼達にもある程度の感情があって然るべきである。
――――では、「感情」が有るとどうなるのか?
答えは、「敵への恐怖を感じるようになる」だ。
強い恐れは身を竦ませる。命を賭けた殺し合いにおいて、萎縮する事は褒められたものでは無い。
適度な死への恐怖は、真剣さを保つのには良いのかもしれない。しかし、体の動きを鈍らせる程の恐怖は、戦いの場に於いて死を招く。
「ギ、ギ…!」
自分の技術が、力が、通用しないかもしれない。
そうやって恐れ、自らの力に、積み重ねた技術に、疑問を抱いた者から死んでいく。「戦意喪失」とも言うソレは、戦いの場においてなってはならない事だ。
(終わらせようか…!黒小鬼!お前は強かった…!!)
いま正に「俺」に恐れを抱き、手が鈍った黒小鬼に対し、俺は一気に攻勢に出た。
「ギッッ?!」
対応しようとした黒小鬼の石剣を弾き、勢いよく踏み込んで、奴の首目掛けて薙ぎ払い斬りを決める。
冷静な状態ならば回避されたであろう一撃だったが、焦りと恐れに判断力を鈍らされていた黒小鬼は、ソレを避けれなかった。
スパンッッ!!!
宙を舞う黒小鬼の首。
研ぎ上げた俺の剣は、一切の抵抗なく奴の首を刎ねる事に成功したのだ。
「――――ふぅ………」
剣を鞘に収め、俺は一息付いてから後ろを振り返る。
「…大丈夫だったか?お嬢さん。」
「あ…!」
俺に話しかけられた冒険者の少女は、ビクリと肩を震わせた。
その肩には、矢が刺さっている。
「……刺さってるな。案外浅そうだ。抜けるか?」
側にしゃがみこんで話し掛けると、少女は唇を噛み締めて首を振った。矢を抜くのは怖いのだろう。
「……抜くのは…痛いですよね…?」
「…そうだな。だが、刺さったままは良く無いよ。俺は包帯と回復のポーションを持ってる。今此処で抜いてしまった方が良い。幸い、大きな血管は避けてるみたいだし。」
話しながら、俺はハンカチを取り出した。…抜く際の痛みで、歯を食いしばって舌を噛み切ることを、防止する為だ。
「コレ噛んで。――大丈夫。俺、こういうの得意だから。なるべく痛くないように出来る。」
安心させる様にそう声をかけると、少女は恐る恐るハンカチを受け取った。
「ホントですか…?」
「あぁ。マジだ。この手で100本は抜いてきたんだぞ?」
「……な、なら、お願いします…。」
「おう。」
…数は少し盛ったが、こういう処置が上手いのは本当だ。何人かの冒険者から、そう言われた事がある。
「………行くぞ?3、2、1、ほい。」
「〜〜ッ!!」
俺は包帯で簡易的な止血をすると、少女の肩から矢を手際よく引き抜いた。…刺さり方が浅かったのも相まって、直ぐに矢は抜ける。
後は傷口に回復ポーションを塗り込み、上から清潔なガーゼと包帯で巻き付け止血。残ったポーションは経口摂取させ、回復力を高めるために使う。
回復ポーションは質の良い薬草を使った物だ。…肩の矢傷が一番大きな傷だが、他にも少女の体には生傷が多かった。だが、コレで直ぐ良くなるだろう。
「あ、ありがとう…ございます。お陰で助かりました……」
包帯の巻かれた肩を軽く押さえながら、少女は頭を下げた。艶のある黒い髪が、フサ…と揺れる。
「いや。同業者として当然の事をしただけだ。若い冒険者が死ぬ訳にはいかないしな。…あ、携帯食料いる?」
「え、あ、ハイ…。」
気まずくなった俺が差し出した非常食(ソフトタイプの干し肉)を受け取る少女。
(にしても、若いな。…10代前半か?)
横顔を見ながら、なんとなく俺はそんな事を思った。
冒険者ギルドは一応規定で、14歳未満が冒険者になる事を禁止している。
だから、目の前の少女は少なくとも14歳以上という事になるのだろうが、それにしてもかなり若く…と言うか幼く見えた。
「…立てそうか?」
―――少女が干し肉を食べ終わったタイミングで、俺は立ち上がり少女に手を差し出す。
「……大丈夫です。」
少女は少し迷ったようだが、俺の手は借りずに自力で立ち上がった。
「…繰り返すようですが、助けていただいてありがとうございます。あの、この御礼はどうしたら良いか……」
かなり真面目な気質なのか、また直ぐに俺へ頭を下げてくる少女。しかも、御礼だとかなんとか言ってくる。
「…いやいや、お礼だなんてそんな…!気にしなくて良いよ!当然の事をしただけだからさ!」
すこし大袈裟な身振りで、気にしなくていいと俺は表現した。すると、少女が何故か目を輝かせて此方を見てくる。
「おぉぉ……危ない所を助けていただいただけで無く、大事なポーションを使って傷の治癒までして貰ったのに、気にしなくて良いと言って下さるなんて……!!凄く優しい方なんですね!!」
「……ははは……人を助けた事は数あれど、ココまで褒められたのは初めてだな…。」
なんというか……実に純粋で、ハッキリとした少女だ。
弾ける様な若さエネルギーが、年相応の体から全方位に飛び散っている。…おっさんには眩しすぎるね。
「―――えっと…キミも何か依頼を受けて樹海に?」
取り敢えず、俺は話を変えた。
「あ、はい。そうですね。日溜まり草の納品依頼を受けに来たんですけど、実はゲヘンナ樹海に入る事自体初めてで…。」
「へぇ!俺と同じ依頼を受けてたのか。」
聞いて驚き、この少女、偶然にも俺と同じ依頼を受けて樹海に来ていたらしい。
しかもこの樹海入りが初めてということは、冒険者登録してから日の浅い、新人冒険者なのだろう。
ゲヘンナ樹海はテロメア辺境街から近い故、冒険者達の狩り場となりやすい。
此処で冒険者になった新人たちは皆、大体最初にゲヘンナ樹海に向かう。樹海の手前ならば、新人達にもってこいなチュートリアル的難易度だからだ。
「…1週間前にココに来て、ギルド登録をしたばかりなんです。…最初は簡単な物からやってみようと思ったんですが、まさかいきなり戦うことになるなんて…。」
そう言って、微かに笑う少女。
「なるほどねぇ。…ま、説教臭くなっちゃう話だけど、狩り場ってのは何が起こるか分からないからね。油断は禁物だよ。うん。」
「ですよね…。」
はにかんで頭をかく少女。
ま、ここで会ったのも何かの縁だ。―――俺は、彼女と一緒に日溜まり草を探す事にした。
1人より、2人のほうが探しやすいし、たまには誰かと行動するのも悪くない。いつもはソロだからね。
……なんか言いたそうだな?……言っとくが、俺はボッチじゃないからな??違うからな???
――――こうして、偶然出会った少女―――名前をミアと言うらしい―――と、俺は樹海を1日掛けて渡り歩いた。
ミアは中々好奇心旺盛な娘で、事あるごとに俺に話しかけてきたりして、全く退屈することは無かった。
…誰かと一緒に行動するって、こんなに楽しい物だったのか……。………いや、だから俺はボッチじゃ(ry
道中、少し森の中で魔物との遭遇率が高いのが気になったが、基本的に戦いは避け、日が暮れる前に2人で合わせて22本の日溜まり草を手に入れる事ができた。1人当たり11本で、自己ノルマ達成である。
因みに、ミアは結構筋が良かった。
1回だけ、茂みから飛び出してきた〈スティンガーボア〉相手に戦う事になったのだが、その時彼女は得物である細剣で、見事にスティンガーボアを一突きで仕留めていたのだ。
最初に会ったときも、既に小鬼と5対1を戦って3体を仕留めていたのだから、元々センスがあったのだろう。
良い先輩冒険者を見つけて指導を仰げば、メキメキ上達するに違い無い。
「さ、後は帰るだけだ。…ありがとな。おかげで良い1日が過ごせたよ。」
森を出て、夕日に照らされた道を歩く俺達。
「いえいえ!こちらこそ!その…色んな話とか聞けて、とっても為になりました!!」
「ははは。唯のおっさんの長話だった気もするけど、そう言ってくれて嬉しいよ。」
………知識だけなら、無駄に溜め込んできた。それが、少しでも彼女の役に待ってくれれば、俺はそれで良い。
「さて。後は帰るだけだが、帰るまでは気を抜けないからな。暗くなってきたし、気を付けていこう。」
「はい!」
―――こうして俺達は街に無事帰り着き、ギルドに今日採れた分を納品してから、俺はミアと別れた。
「……あ。そうだミア。」
ついでに、最後に先輩としてのアドバイスを、俺はミアにしておこうと思い、俺は立ち去りかけたミアを呼び止める。
「?…何でしょうか??」
立ち止まり首を傾げる彼女に、俺は声を掛ける。
…今思えば、コレが俺の運命を大きく変えることになったのかもしれない。
「―――ミアは冒険者としてのセンスがある。…おっさん、人を見る目だけはあると自負しててね。
だから、誰かに弟子入りとかしてみたらどうかな?きっとミアなら直ぐ伸びると思うよ。」
「……弟子入り、ですか…。」
「うん。ま、やるやらないは自由だけどね。この街にはやり手の冒険者が多いから、きっと良い師匠に成れる人が見つかると思うよ?」
それだけ最後に言いたかったんだ、と俺は言ってから、彼女に手を振って今度こそ帰路に着いた。
「なるほど………弟子入りですね……。ならば……」
………ミアは、去りゆくライトの背中をじっと見つめる。…その視線に彼が気付くことは無かった。
◇ ◇ ◇
次の日。
「おはようございます!!……師匠!!」
「ゑ???」
朝早く起き、顔を洗って朝の準備を済ませ、日課の素振りをしようと家の中庭に出た俺を、なんとミアが待ち構えていた。
しかも、凄いニッコニコの笑顔で。
「え、何で此処に居るの??…俺、住所とか教えて無いよね……??」
「はい!ギルドに聞いたら、アンナさんって方がこっそり教えてくれました!」
「いや、個人情報をこっそりと教えるな!!……ん?てか、え??師匠????」
こんがらがってしまった俺は、額に手を当てる。
一方、ミアは変わらない笑顔で俺に話しかけてきた。
「はい!私、ライトさんの弟子になりに来ました!!」
「おぅ……マジかよ。」
「マジです!!」
確かに昨日、誰かに弟子入りする事を勧めたが、まさか、そこら辺に掃いて捨てるほど居る一般冒険者の俺の元に来るとは、思っていなかった。
「えーーっと…それはまた何で…?」
真意を尋ねると、ミアは少しもじもじとしながらも、俺を真っ直ぐ見つめて答えてくる。
「その……考えたら、やっぱりライトさんしか居ないんじゃ無いかって…。――あの…あの時助けてくれた時にですね……えっと、言葉の使い方合ってるか分かりませんけど、私はライトさんに脳を焼かれたんです。」
「……どこでそんな言葉覚えたんだ……?」
おっさん、ちょっと困惑だぞ?
「と、兎も角!私はライトさんを師匠にしたいんです!!…め、迷惑でしょうか……?」
「うっ……」
恐らく意図したものでは無いのだろうが、かなり可愛い上目遣いが、今俺の心臓にクリーンヒットした。
ややあって、俺は静かにため息をつく。
「………分かった。そこまで言われたら、断るのも失礼だよな……。」
正に藪蛇と言っても過言では無い話だったが、コレがミアの考えた結果ならば、それを色々理由をつけて断るのも、彼女に対して失礼に思えたのだ。
「……!!でしたら…?!」
顔を輝かせるミアへ、俺は小さく頷きを返す。
「うん。君の師匠になるよ。こんなおっさんで良ければ。――――だから……宜しくね?」
「ッ!!」
俺が苦笑しながら差し出した手を、凄い勢いで取って握り締めるミア。
「はいっ!!宜しくお願いしますライトさん!……あ、いや!師匠!!!」
そう言って弾けるように笑った彼女の顔を、俺は忘れることは無かった。
――――コレは、冒険者としてはとっくに盛りを過ぎたおっさんの俺が、ひょんな事から弟子を取り、ちょっとだけ変わった日々を送るお話だ。
高評価してくれたら、喜びの余り作者が死にます
低評価してくれたら、悲涙の余り作者が死にます
評価が無い場合は、虚無感の余り作者が死にます
少しでも「コレええやん」って思ってくれたら、嬉しいです。
(どちらにせよ、作者は死ぬ)